「キリエ、いるかな?」
ノックをしながら呼び掛けるけれど返事がない。
ドアノブを回してみると鍵は掛かっておらず、不用心な事に扉は簡単に開いた。
「入るよ」
断りを入れて中に侵入すると、ベッドの上で膝を抱えて座ったまま眠っているキリエの姿があった。
午前中とはいえ、少しばかりお寝坊さんである。
キリエの住む場所は、以前と変わりなく質素な部屋だ。
必要最低限の家具しか置いていない、生活に必要な物だけが置かれた空間。
僕もここに住んでいた時は同じようなものだったけど、彼女の場合は拍車を掛けている。
キリエは、僕よりもずっと前からこの部屋に暮らしている。
僕より長く住んでいるのに、どうしてこんなに殺風景なのだろうか。
「寝てるのかな?」
声をかけてみても反応はない。
寝顔は天使のように可愛くて起こすのは忍びない気持ちになる。
このまま彼女の寝顔を見ているだけでも十分に楽しい時間なのだが、今日はそういうわけにもいかない。
キリエを起こさないようゆっくりと近付いていき、声を掛けようとしたその時。
寝ていたはずの彼女が、気怠そうに眼を開き始め、目が合ってしまう。
「んぅ……ふぁ~、おはようリエト」
キリエは寝ぼけているのか、まだ寝惚けたような声で挨拶をすると、欠伸を噛み殺しながら伸びをした。
「キリエ、おはよう」
「うん、おはよ……おはよう……? お、おは、おは? おは! おは!? おは!!」
キリエはようやく意識を覚醒させたようで、自分の置かれている状況を徐々に思い出してきたらしく、壊れたラジオのような言葉を発している。
「大丈夫? 水でも飲む?」
彼女は僕の問い掛けにコクコクと何度も首を縦に振ると、準備をして差し出したコップを受け取る。
キリエは受け取った水を一気に飲み干すと、空になったコップにもう一杯注いでいく。
そして、僕に背中を向けると恥ずかしさを誤魔化すように髪の毛を指でクルクルと弄り始めた。
「落ち着いた?」
「う、うん……」
「ごめんね、勝手に入って来て」
「いい、別に。リエトなら構わない」
キリエは振り返らずに答えてくる。
その様子からして、どうやら怒ってはいないらしい。
「そっか、ありがとう」
「ん、それにしても珍しいよね。こんな時間に会いに来てくれるなんてさ。何かあったの?」
キリエは僕に向き直ると、不思議そうな表情を浮かべた。
「何か……は、いったん横に置くとして。時間的にはいつもより遅いぐらいだよ?」
「あれ、そうだっけ? ……うわっ! 太陽があんな位置まで昇ってるし!! やばっ、完全に寝過ごした!」
キリエは慌てて窓の外を見ると、既にお昼前になっていたことに驚きの声を上げた。
寝癖の付いた髪を手で押さえている。
「たまにはこういう日もあるよ。僕はキリエの寝顔が見れて満足だったし」
「うぐっ……。私にとっては大問題なんだよぉ。寝起きのボサボサな姿を見られたとか、一生の不覚だっ」
キリエは涙目になりながらも必死に抗議する。
「そんな事ないと思うけど。普段のキリエはしっかりしているし、寝坊なんて滅多にしないじゃないか。疲れてたりする?」
「まぁ、確かに疲れていたのはあるかも」
「だよね。目の下にクマが出来てるし、昨日は寝付けなかったのかな?」
「うーん……ちょっと違うんだけど、言いづらいというか、何と言うか……」
「僕にも言えないこと?」
「……その聞き方ズルいじゃん。卑怯だ。リエトのイジワル」
キリエは頬を膨らませ、不満げな視線を向けてきた。
「キリエの身体が心配でさ、ごめんね」
「謝らないでよ。リエトが悪いんじゃないし。……わかった。リエトに隠し事はしたくないし、正直に言う。……あのさ、笑わないよね?」
「もちろん、約束する。ゆびきりする?」
「子どもじゃないんだから、それはいらないよ。じゃあ、話すよ」
キリエはコホンと咳払いをしてから、話し始めた。
「以前さ、私は夜になると何をして過ごせば分からないって言ったことがあったでしょ? 覚えてる?」
「二人でお酒を呑んだ日のことだね。覚えてるよ」
「私なりに考えてみたの。どうして、私は夜になると何も出来なくなるのかって」
「うん、それで分かったの?」
キリエは小さく首を振ると、申し訳なさそうに口を開いた。
「全然分かんない」
「えぇ……」
自信満々に答える彼女に、僕は思わず困惑した。
「リエトがここに居た頃はさ、意味もなく部屋に行ったり出来たし、夜も一緒に過ごしてたりしてたじゃん? だから、特に気にならなかったのかも」
「ノック無しで部屋に入ってくるのは止めて欲しかったかなー」
「今更それを言うの!?」
「シャワーを浴びた直後だとか、着替え中だってことも普通にあったし」
「…………」
「あと、寝ている間にベッドに潜り込んでくることもあったし、朝起きたら抱き枕代わりにされてることも何度かあったね」
「モウシワケ、ゴザイマセン」
「流石に下着姿で歩き回るのは止めた方が良いと思ったから注意したけどさ」
「それは本当に反省しています。はい……ってか! 今の私がまさにそれじゃんか!!」
キリエはハッとした顔をすると、慌てて布団をかき集めて自身の身体を隠す。
「安心して。堪能させて貰ったから」
「リエトのバカ! スケベ! ヘンタイ!!」
「もうちょっと続けてくれない?」
「うっさい! 黙れ! このドヘンタイ! ってか私の身体を見てなんで平然としてるんだよ! 興奮しろよ!! もっとこう、なんかあるでしょ!?」
「キリエの寝間着姿が可愛いのと、髪が乱れていて色っぽいのと、寝相の悪さを指摘すれば良いのかな?」
「そういうことを聞いているわけじゃないんですぅ~。普通、女の子の寝姿を見たらドキドキしたりするんじゃないの?」
「……うーん、キリエに隠し事をしても仕方がないからぶっちゃけるけど、実は理性で無理矢理抑えている」
「……へ?」
キリエがポカンとするが、僕は言葉を続けた。
「キリエが無防備な姿を見せてくれるのは、僕のことを信頼してくれている証だと思うと嬉しい。でも、我慢できなくなってしまいそうになる時が何度かあった」
「そ、そうなんだ。へぇー、リエトでも我慢できなくなりそうだったんだー。(無駄じゃなかったんだ……)」
キリエは安堵の表情を浮かべると、僕には聞き取れない小さな声で何かを呟いた。
「キリエ?」
「さ、参考までに聞かせて欲しいんだけどさ。どんな時にグワーってなったの?」
「本筋から随分と離れてきたから話を戻したいんだけど……」
「言え。さもなくば布団を開いて私の下着姿を見せつけるぞ?」
「キリエ? まだ寝ぼけていたりしない? 少し言動がおかしい気がするよ」
「私は正常だ。いいから答えろよ」
キリエは目を細めながら睨みつけてくるのだが、寝起きで髪がボサついているため迫力は皆無であり、逆に可愛らしさが増している。
「(寝癖のついた髪のキリエも良いな)」
などと考えていると、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「いいのか~? 早くしないと、リエトの目の前で脱ぎ始めるぞ~?」
「分かった。分かったよ。正直に話すから落ち着いて欲しい」
「最初から素直にそう言えば良いのに」
キリエは満足げに微笑むと、再び僕を睨んでくる。
「聞いても笑わないよね? 僕のことを嫌いになったりしないよね?」
「それだけは絶対に無い。断言できる」
キリエは真っ直ぐ僕を見つめて、真剣な口調で言い切った。
「分かった。信じるよ」
僕は大きく深呼吸をしてから、キリエに向き合う。そして、ゆっくりと口を開く。
「その……これだけ長い間、付き合いがあるとキリエと添い寝をする機会が何度かあったじゃないか」
「うんうん」
「その時は決まって僕の方が先に寝てしまうんだけれど……。たまにキリエより早く目が覚めることがあるんだ」
「ほうほう」
「そういう時は、いつもキリエの顔が見えるんだ。安心しきった表情で寝息を立てているキリエの寝顔がね。普段のキリエからは想像できないくらいにあどけない表情なんだ」
「ほぉー」
彼女の反応に若干不安を覚えながらも、僕は話を続ける。
「キリエの寝顔を見ると幸せな気持ちになる。キリエが傍に居るだけで、心の底から安らぎを感じることが出来るんだ」
「いいぞ! いいぞ!」
「ここからが本題なんだけど……本当に言わないと駄目?」
「言えよ! ここから先が重要だろ!! むしろここで止められたら気になりすぎて不完全燃焼だよ!!」
もはや彼女は布団で身体を隠しもせず、ベッドの上で縦横無尽に足をバタつかせながら抗議してくる。
「(これは言うまで解放されない流れだなぁ)」
僕は諦めて大きく溜息をつくと、覚悟を決めて続きを話し始めた。
「……キリエと一緒に眠っていると、キリエが僕の手や服を掴んでくることがよくあるんだ。寝ている時の無意識の行動だから、僕も最初は気にしていなかった。でも、ある日を境にそれが変わった」
「気恥ずかしさで死にそうだけど、それで?」
「その状態で呼ばれてごらんよ、自分の名前をさ。甘えたような声音で『リエト』って名前を呼ぶんだ。しかも、幸せそうな笑顔でさ。そんなの見せられたら、流石に我慢の限界が来るというか、何と言うか……」
「……つまり、ムラっと来たわけですね?」
「……はい」
「このムッツリスケベ野郎がッ!!」
キリエは大声で叫ぶと、勢いよく僕の腕を引っ張る。
そのままベッドの上に押し倒されると同時に覆いかぶさる形で力いっぱい抱きしめられてしまう。
「ちょっ!? いきなり何をするんだよ!?」
「うるさい黙れ! リエトが悪いんだからな!! 私をこんな風にした責任を取れよな!!」
キリエは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「待ってよ! 一体どういうことさ!?」
「私だって同じなんだよ! リエトの寝顔を見る度にドキドキするし! 胸の奥がキュンとして心臓が爆発しそうになるし! 寝言で名前を呼ばれたりした日にはもうどうしようもないんだぞ!! 寝てる間にリエトの身体を触りまくったことも一度や二度じゃないし!!」
キリエは捲し立てるように言葉を並べると、急に押し黙ってしまう。
「…………」
「キリエ、大丈夫?」
「私だけかと思ってたけど、リエトも同じだったんだなって分かると、凄く嬉しくてさ。なんかこう、色々と込み上げてきて涙が出そうになった」
キリエは僕の胸に顔を埋めたまま喋っているので、表情を窺うことが出来ない。しかし、耳元で囁かれる言葉から彼女が泣いていることだけは理解できた。
「キリエ……」
僕は彼女の背中を優しく撫でながら、キリエの名前を呼んだ。
「このまま少し聞いて欲しいんだけど、いい?」
「うん」
キリエは僕をギュッと抱き締めると、小さく言葉を発した。
「私はリエトの夢を応援してる。それが叶ってとっても嬉しい。その後もこうして私に会いに来てくれるし、私のことを好きだと言ってくれた。これ以上の幸せは無いと思う」
「ありがとう。僕もキリエと出会えて本当に良かったと思っているよ」
「でも、やっぱり寂しい時もある。夜なんか頻繁に孤独感に襲われるし、不安になって眠れない日もあった」
キリエは僕を抱き締めていた手を緩め、互いの視線を交差させる。
「手紙の返事もしないから、心配したエンマが何度か様子を尋ねてきたよ。でも、顔を合わせたら嫉妬で思ってもいないことを口にしてしまいそうで怖かった」
彼女の目尻には薄らと光るものが浮かんでいた。
「あれだけリエトの応援をしていたのに、それが叶うと、リエトはもっと先へと進んでしまう。私を置いて何処かに行っちゃうんじゃないかと思った」
「そんなことはしないよ。約束したじゃないか」
「分かってる。リエトを信じてる。それでも、心のどこかでは信じ切れていない自分がいるんだ」
キリエは目を伏せて、静かに呟いた。
「リエトはこれから様々な出会いがあって、素敵な経験をして、色々なものを見て、そして沢山の思い出を作っていく。そう考えると嫉妬しちゃうんだ。私だけが取り残されていく気がして怖いんだ」
僕は無言のまま彼女を見つめることしか出来なかった。何かを言いたくても適切な言葉が出て来なかったのだ。
「私がリエトの邪魔しちゃいけない。リエトの未来を私みたいな人間が縛り付けてはいけない。頭の中では分かっているはずなのに、心はそれを拒絶しているんだよぉ」
キリエは嗚咽混じりに語ると、再び僕を強く抱き締めてくる。
「ごめんね、リエト……。こんなの困らせているだけだよね? でも、これが今の私なんだ。人を拒絶し続けて、人を受け入れるようになって、でも、また人を拒絶してしまう。私の中で矛盾が生じている。こんな面倒臭い女、嫌いになったよね?」
キリエは今にも泣き出しそうな声で問いかける。
「ならないよ。むしろ安心したくらいだ」
「えっ?」
キリエは目を大きく見開き、不思議そうに見つめ返してきた。
「キリエは強い女の子だと思っていた。実際、そのとおりだと思う。出会った当初のぶっきらぼうな態度からは想像できないほど、いまのキリエは多くの人を受け入れている。でも、それと同時にキリエは誰よりも繊細で傷つきやすい部分を持っている」
彼女はこちらを見つめたまま、微動だにしない。
「誰かを信じるということは同時に、相手に対して依存を初めてしまう。それは悪いことではないけれど、時にはそれが相手を束縛することにもなることもある。キリエはきっと無意識のうちに僕に依存しないように、自分を律していたんだろう」
「そう、なのかな……?」
「そうだよ。キリエは自分で思っている以上に、僕を頼らずに生きようとしている。キリエなりのけじめのつけ方なんだろう」
キリエは無言のまま俯いている。図星らしい。
「だから、キリエの本音が聞けて良かった。おかげで、僕がすべきことが理解出来た」
「私、リエトに迷惑かけてばかりだよ」
「気にしなくていいよ。むしろ、今まで溜め込んでいたものを吐き出してくれて嬉しい」
彼女は再び僕の胸に顔を埋めると、弱々しい力で抱きついてきた。
「あたしだって本当はもっと甘えたいし! ずっと一緒に居たいし! あたしだけの側にいて欲しい! 夢が叶ったらなら、次はあたしの番じゃんか!」
「キリエ……」
「でも、それじゃあ駄目だって思ったの! あたしたちは対等な関係であり続けないといけない! リエトの足を引っ張るのは嫌だし! リエトの重荷になるような存在には絶対に成りたくない! あたしにとって、リエトはかけがえのない大切な人なんだよ!?」
キリエは堰を切ったように感情を露わにする。ここまで彼女が取り乱すのは初めて見たかもしれない。
それほどまでに彼女は僕を大切に想ってくれているのだと実感する。
「リエトと離れたくない、他の人に取られたくない、誰にも渡したくない、でも、リエトの未来をあたしのせいで潰したくない、あたし以外の人と幸せになって欲しくない、あたし以外に笑顔を見せないで欲しい、でも、それは無理な話であって……」
自問自答を繰り返しながら、キリエは徐々に落ち着きを取り戻していった。
「結局、私は何を望んでいるのか分からないの。ただ一つ言えるのは、私はリエトを独り占めしたいということだけ。でも、それを叶えようとすると、リエトの未来を奪っちゃうことになる。そんなのは嫌。だったら、私はこの気持ちを封印するしかないの」
キリエはゆっくりと身体を離すと、涙を拭って微笑みかける。
「でも、もう大丈夫。私はリエトの夢の続きを応援することに決めたから」
彼女は僕から離れると、ベッドから離れて着替えを始める。
「キリエ、まだ話は終わっていないよ」
「これ以上、何を話せば良いのかな?」
キリエは振り返ることなく答える。
「最初は、手を差し伸べてキリエに選択肢を与えて選ばせようと考えてた。でも、やっぱり僕が間違っていたみたいだ」
「うん、正解なんて最初から存在しない。あるのは結果だけ。そして、その結果はいつの時代も残酷なものなの」
「そうだね、正解なんて誰にも分からない。結果が全てだ。だから、キリエの想像する残酷な結末に辿り着かないよう行動しようと思う」
「リエト、お願い。それ以上は何も言わないで」
「やなこった」
怯えるキリエは、少しずつ僕から離れようと後ろへ下がろうとするが、壁に背中を預けた状態で逃げ場を失ってしまう。
僕は壁に手を伸ばしてキリエの退路を断った。
「キリエ、僕を見て」
キリエの瞳に僕の姿だけが映される。
「君にしか出来ないお願いごとがあるんだ」
彼女は小さく首を横に振る。
「聞いてくれるまでここから逃さないし、キリエに拒否権はないから」
……キリエは諦めた様子で溜息をつき、肩を落とす。
「……内容次第だけど、聞くだけはしてあげる」
「ありがとう。今からオウニ商会へキリエを連れて行くよ。なんとしてでもね」
「えっ? ちょっと待って、意味が分かんないし」
キリエは動揺しながら聞き返す。
「『羽衣丸』でエンマがキリエと話をしたがってるんだ」
「エンマが私と話をしたがっている?」
彼女は困惑した表情を浮かべている。
「エンマは何度かキリエと会おうとしたり、手紙で連絡を取ってきたけど、キリエは全て無視してきたよね」
「当たり前じゃん。エンマと会うつもりもなければ、手紙の返事を書くつもりもない。そもそも、いまエンマと会ったら嫉妬で何をするか分からなくなるし」
「その心配はいらないと思う。エンマからは何としてでもキリエを連れてくるように言われてるから」
「……むぅ、エンマの言うことは素直に聞くんだ、リエトって」
「それが嫌だったら僕に脅されたことにして一緒に『羽衣丸』へ行きましょう。断る理由はないですよね?」
「なんか、ムカつく言い方」
「僕に対してキリエの最初のお願い方法が、これだったのですが」
「ぐぬぬ……卑怯者めぇ!」
キリエが恨めしい視線を向けてくるが、なんのその。
あの頃の鋭い目つきに比べたら、比較するのも失礼な差だ。
「……行くよ、行けばいいんでしょ!」
「では、決まり。準備が整い次第、手でも繋ぎながらゆっくりと行きますか」
「……遠回りも」
「了解です。待たせるだけ待たせてやりましょうか」
頬を膨らませながらもキリエは僕の手を握りしめる。
「……私をこんな風にしたのは誰だよ」
「僕ですね」
「そうだよ、リエトのバーカ」
彼女は不満げな口調で言うが、繋いだ手からは嬉しさが伝わってくる。
「私、今日はずっと機嫌が悪いから覚悟しといてね!」
「はい、承知しました」
「あと、途中でアイス奢って」
「お安い御用です」
「それと、握りしめた手を絶対に離さないでね」
「お姫様の仰せのままに」
「よろしい」
キリエは満足そうに微笑むと、空いている手の小指を差し出して僕にも同じようにするよう促してくる。
「約束、忘れないようにね」
「もちろんです」
お互いに小指を絡め合う。
『指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます。指切った』
「これでよしっと、それじゃあ行こうか」
キリエは僕に寄り添いながら、少し照れくさそうな顔をしながらも、僕の手を引くように歩み始めた。
次回、最終話を予定しております。