夢の先には、どのような未来があるのだろうか。
それは楽しいことばかりではなく、辛いことも苦しいこともあるだろう。
僕の師匠とも呼べる友人のアレンが、飛行中に襲われて両足を怪我した時のことを思い出す。
幸い救助が早く、命に別状はなかったことだけが救いだ。
それから妹であるケイトは、兄のアレンの手伝いを『コトブキ』の仕事の合間にするようになり、僕も時間を作っては一緒に手伝っていたものだ。
その時に冗談で渡された一冊のノートによって騒動に巻き込まれたりもしたが……それはまたの機会に。
「…………」
様々な困難を乗り越えた先にあるものは、幸せが訪れるものだと信じている。
隣では寝息を立てているケイトがいるのだが、今は起こさないようにそっと頭を撫でてやるに留めておく。
細く小さな指先は、僕の寝間着の裾をしっかりと握って離さないからだ。
可愛らしい彼女の寝顔を眺めているだけで幸せな気分になるものの、ケイトを起こす為に必要な時間が迫っており、そろそろ起きなければならない時間。
心を鬼にして彼女を起こすことに決めた。
「ケイト、起きて」
耳元で囁きかけると、ケイトの体がぴくりと反応したのがわかる。
やがて瞼が開かれて寝ぼけ眼のままこちらを見つめている。
どこかぼんやりとした表情で、焦点が定まっていない様子の彼女に向かって微笑みながら話しかけた。
「おはよう、ケイト」
「……んっ」
まだ意識が覚醒していないのか、返事にも力が入っておらず普段よりも幼さを感じる話し方だ。
そのせいだろう、僕の胸板に顔を押し付ける仕草が甘えてきているように見えるのだから不思議である。
そしてそんなケイトの行動に対して愛おしいと感じるあたり、どうやら僕は相当重症らしいなと思う。
「……リエトの匂いがする。ケイトの好きな匂い」
「ケイトってば、くすぐったいよ」
僕の匂いを嗅ぎ取った彼女は、まるでマーキングするかのようにすりすりと僕の胸板に頬ずりを繰り返すのだ。
しばらくの間好きにさせておくことにして頭を撫で続けていると、再び規則正しい寝息が聞こえてくるようになった。
毎回のことなので理解はしているつもりなのだが、どうにも厳しくできない自分に対する呆れも感じてしまう。
しかしその一方で、無防備な姿を見せてくれるほどに信頼されているのだと嬉しく思うのも事実なのだ。
「ケイト、そろそろ起きる時間だよ」
「…………」
相変わらず返事はないのだが、寝間着の裾を掴んでいた手に力が込められたことで拒絶の意思を感じ取れる。
ケイトのつむじを見つめながら、さてどうしたものかと現状を確認すべく、彼女の髪を撫で続けながら思考を巡らせていくことにした。
お互いに同じベッドの上で横向きに寝ている状態で、彼女は僕の腕の中だ。
視線を落とせば僕の腕を枕代わりにして気持ちよさそうに二度寝を決め込んでいる可愛い姿がある。
頬っぺたを指で突っついてみるとぷにぷにとした感触が伝わりとても心地よい気分となるし、そのまま指先を滑らせるように撫でればすべすべのお肌に触れることができるのだ。
普段は表情の変化が乏しい彼女の姿からは、想像ができないくらい愛らしい姿を目に焼き付けながらも、今こうしていられる幸福に感謝していたりする。
その過程について語ろうとするならばかなりの時間を費やすことになるだろうことは間違いなく、かといってそれを誰かが望んでいるわけではないので割愛させてもらうとしよう。
ただ一言だけ言わせてもらうのであれば、この穏やかな時間がいつまでも続いて欲しいと思っている。
「よし、決めた。声をかけて起きないケイトが悪いんだ」
我ながら勝手な理由だなとは思うけれど、これも彼女への愛情故なのだから仕方がないことだと考えて納得することにした。
というわけで早速行動に移すことにしよう。
まずは彼女の綺麗で長い髪に軽く触れてみることから始めようと思い手を伸ばす。
さらさらとした触り心地の良い髪を梳くようにして優しく撫でると、手の中で流れる髪の感触を楽しむことができる。
時折指先で弄ぶような動きを混ぜつつ、ひたすら髪に触れ続ける行為を続けていると、ケイトがもぞもぞと体を動かして身じろぎをする姿が目に映ったので、次の行動へと移行する。
「起きないと髪に口づけしちゃうぞー?」
囁くような声で話しかけつつも、それでも眠り姫が起きてくれないことにより、僕は彼女の髪へ顔を寄せると、わざと音を立てるようにして唇を落としていく。
「……っぁ……」
くすぐったかったのだろう、小さく声を零したケイトだったが、未だに起きる気配はない。
それならばと今度は耳に口を近づけて髪を避けた後、すべすべのお肌に直接触れるように耳の裏側から首筋にかけて音を立てながら唇を落としていくと、びくりと体を震わせてから反応を見せるようになる。
流石にここまで分かりやすい動きを見せられれば気づかないわけがないのだが、やはりというべきか狸寝入りをしている様子だ。
しなしながら彼女の瞼は閉じられたままであり、寝たふりを続けるつもりのようだ。
となれば仕方あるまい、こちらも本気で相手をしようと心に決めると、先程までとは違った意味合いを持って唇を落とし始めることにする。
耳元に口を寄せた状態から一度離れると、体勢を変えてケイトの顔が見える位置に移動する。
頬を赤らめながら目を瞑り続けている眠り姫の姿に愛おしさを感じながらも、おでこから下るように順番で口づけを落とし始めていくことにした。
額に、鼻に、頬に、首に……次々と口付けを落としていきながらゆっくりと時間をかけていくことで、相手の羞恥心を煽ることも忘れない。
道中、鎖骨あたりに狙いを定めた時に、寝間着の隙間から見え隠れしている谷間に目が目に入った時は一瞬躊躇してしまったのだけれど、これはチャンスだと思って唇を落とすと同時に顔をうずめてしまう。
我ながら攻めているのか攻められてるのかよく分からない状態だけれども、柔らかく、それでいて温かい感触を顔で味わいながら、何度も繰り返していると、とうとう我慢できなくなったのだろうか、ケイトの口から艶やかな言葉が漏れ始めた。
「んっ……ふぅ……んんっ……」
その声はどことなく甘さを含んでいるような気がしてならない。
そんな彼女の反応を見たことによって、僕自身が我慢の限界を超えかけようとしていることに気が付く。
本来の目的は、ケイトを起こすことであって決してやましい気持ちがあってこんなことをしているのではないはずだと必死に言い聞かせる。
彼女が狸寝入りをしているとはいえ、許可なくこれ以上の行為はあまり好ましくない。
耐えきった理性に感謝しつつ、彼女を仰向けの状態にして顔を見ると、恥ずかしさのあまりなのか頬が真っ赤に染まっている様子が窺える。
これで終わりかと思っていた矢先、再び僕の服の袖を掴んできたかと思うと、ケイトが一部を主張させながら何かを待っている。
怒られたって仕方ない起こし方をしたにもかかわらず、彼女は最後の行為を待ち望んでいたようで、その様子を見て安堵しつつも期待に応えるために顔を近づけた。
最後に辿り着いた先は、桜色の綺麗な唇だった。
親指を使って柔らかい感触を確かめるかのように何度か押してみると、ふにっとした弾力のある触感が伝わってきて癖になりそうだと思いながら、しばらく堪能した後にようやく唇を重ね合わせることができた。
触れるだけの優しい口づけではあるが、長く重ね続けることでお互いの体温を感じ合うことができるのだ。
次第に息苦しくなってきたため、どちらからともなく唇を離すと銀色の橋が架かり、やがて切れる様子を眺めてしまった。
その光景を目にしたことで改めて自分が何をしたのかを理解したわけだが、今更恥じらいを覚えたところでどうしようもないだろうと考え直すことにした。
「おはよう、ケイト」
「……おはよう、リエト」
見つめ合いながら挨拶を交わす二人であったが、互いに顔が真っ赤であることには違いがないようだ。
そんな状況であってもお互いに離れようとはしないのだから不思議であると感じながら、僕は彼女の隣に横たわると、今度はケイトが僕の上に覆いかぶさるようにして上に乗ってくる。
心地よい重みを感じながら、彼女に対して疑問を投げかけることにした。
「ケイトはどうして狸寝入りなんてしてたんだい?」
「……リエトの体温を感じたかったから」
「それなら起きたあとにぎゅーってしてあげるのに」
「それだけでは足りない」
そう言うと彼女はさらに体重をかけて僕に抱き着いてくると、胸に顔を埋めてくるものだから、その可愛さに思わず抱きしめ返してしまう。
「リエト、もう少し力強く抱きしめて欲しいとケイトは要望する」
「それは構わないけど……痛くないの?」
「痛いというよりも苦しいに近い感覚。だが、ケイトはこれが気持ちいいと思えるようになっている」
「それって大丈夫なのかな?」
「分からない。ただ言えることは、寝起きのケイトに対して力強い抱擁を行う行為は極めて効果的だということだ」
「……まぁ、本人がいいならそれでいっか。はい、ぎゅーっ!」
そう言って、僕は自分の上に乗っかっているケイトを抱きしめ返すことにした。
程よい大きさと柔らかさを持った双丘が自分の胸板に押し付けられることで圧迫され、形を歪ませながらもなお、反発力を感じられるくらいにしっかりとした存在感を発揮している。
それだけでなく、ほんのりとした甘い香りも同時に漂ってくるため、こちらとしてもついつい興奮してしまうのだが、当のケイト本人は気にした素振りも見せずに平然としたまま話しかけてくるではないか。
「普段のケイトであれば、意識を覚醒させるのにある程度の時間が掛かっていた。しかしこの抱擁により意識が完全に覚醒を果たしたと言える。よって、本日はいつもより効率よくこなせることだろう」
「そ、そうみたいだね……ヨカッタヨ……」
「やはり、リエトはケイトを至福にさせる天才。ケイトにこれほどまでの幸福感を与えてくれる人物は他にいないことをここに断言する」
「お褒めいただき光栄だよ……それよりもさ、そろそろ離れてもいいよね? 正気に戻ってくると結構恥ずかしいんだけど……」
「断る」
「デスヨネー」
「それともう一つリエトに要求がある」
「はいはい……なんでしょうかお姫様?」
「今日は一日中、このままがいい」
「いやいや、お互いにやるべきことが山積みだし、なによりこの体勢だと僕が何もできないよ?」
「何がいけないのか理解不能。別にこのままでも問題ないはず」
「仕事に向かわなきゃ行けないし、朝食だってまだだよ? 起きた直後の水分補給は大切だとケイトが言ったじゃないか」
「それも一理あるが、だからといってリエトから離れる理由にはならない。それに水分に関しては問題ない」
そう伝えるや否や、彼女が唇を重ね合わせてきた。
この会話の中で口の中に舌を入れられて掻き回されるという事態になるとは誰が思いつくであろうか。
僕の口内をケイトの舌が自由自在に動き回り、絡まれた舌から分泌された体液が流し込まれてくる始末だ。
彼女は香りだけでなく味まで甘く感じる気がするなぁ、などと逃避行めいたことを考えつつも、決して嫌ではないというのが本音である。
むしろ好きな相手からの好意を無下に扱うことなどできるはずもないため、僕もまた舌を絡め返していき、彼女と情熱的な口づけを続けることにした。
しばらくして息が続かなくなったらしく、ぷはっという声と共にようやく離れることができたわけだが、その時に見た彼女の顔はとても幸せそうな表情をしていた。
「リエトへの水分補給及び成分摂取完了。今日を乗り切るために必要な栄養素が全て得られた。感謝する」
「どういたしまして、と言ってあげたいところだけど、やっぱり朝からはちょっと刺激が強いかなぁって思うんだよね」
「問題無い。ケイトとリエトは恋人同士。つがいの営みとして何ら不思議なことではない」
「いやね、確かにそうだけど、なんというか……照れるというか気まずいと言うか……」
「ならばケイトは気にしないことにする」
「え?」
「ケイトは好きな人とこうして愛を確かめ合うことができてとても嬉しいと感じると同時に、幸せな気持ちになれる時間でもあると考えている。だからこそ、恥ずかしがることなく堂々とすべきだと認識している次第である」
「……」
「……何か言ってくれないと反応に困る」
「ごめん、あまりにも可愛すぎて見惚れてた」
「そういうことは、面と向かって言うものではない」
顔を真っ赤にしながら俯いてしまったものの満更でもない様子の彼女は本当に可愛い。
「……あーっ! お仕事行きたくなーいっ! ケイトの提案通り今日一日ずっと一緒にいるべきだよ!」
「ケイトとしては本望であり大変喜ばしいことである」
「だが! 社会が許さないのである! チクショー!」
そう言いながら駄々っ子のように手足をばたつかせながらベットの上を転がり、しばらくしてから動きを止めると静かに呟くように言葉を紡ぎ出した。
「はぁ、朝ご飯の用意をして準備を始めますかね」
「ん、リエトの格好良い姿をケイトに見せて惚れ直させて欲しい。そうしたら……」
「そうしたら?」
「今夜はもっと凄いことをするかもしれない」
「……これ以上のことってどんなことなんだろ?」
「それを今夜教えてあげたい」
「分かった、楽しみにしておくよ」
そうして僕とケイトは再び顔を近づけ合い唇を触れ合わせた。
夢の先にあるものを見つけに二人で手を取り合って進んでいこうと誓い合った僕達ではあるが、未来がなかなかやってこない時もある。
そんな時は、自分たちで作り上げていく方法もあるのだと教えてくれた彼女に感謝している。
……や、格好良いこと言ってるけど、結局は明るい家族計画のことなのでは……? とも思ってたりするんだけどね。
ひとまずいちゃこらifはこれで一区切り。
チカちゃんザラさんレオナお姉ちゃんの回は果たしてあるのだろうか。
お読み頂きありがとうございました!