レオナさんの弟さん   作:星1頭ドードー

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第7話

 生まれて初めて空を飛ぶ感覚を知ったあの日、空で出会った飛行船。

 その存在感に魅せられたのは間違いないと思う。

 いつか自分も飛行船に乗ってみたいと思い描いたことも間違いないし、憧れが強くなってしまったのも嘘じゃないはずだ。

 

 だからこそ、今こうしてレオナお姉ちゃんとホームに訪れたナカミズさんを前にして話をしているのだ。

 

「リエト君はどえりゃー飛行船に興味があるみてゃーですなも?」

 

 どこか楽しげな雰囲気を醸し出しながら話すナカミズさんに頷いてみせると、小さく笑いながら言葉を続けた。

 

「ならばリエト君が飛行船においてどの役割を担えるのか考えてみたらどうでゃー。操舵手、オペレーター、整備士……はたまた船長とか!」

 

 そう言ってナカミズさんはニシシと笑うものだから、釣られてこちらも笑ってしまう。

 ただ、そんな彼女の冗談を本気にする人が一人居たのだ。

 

「……確かにそれも有りかもしれないな」

 

 ナカミズさんの発言に納得した様子のレオナお姉ちゃんは、腕を組んで考え込んでしまったのである。

 その様子を見ていた僕とナカミズさんが呆然としていると、お姉ちゃんはポツリと言葉を零したのだ。

 

「いやな、もしもリエトが飛行船に搭乗出来る仕事に就けるのならば、同じ職場で働ける可能性があるかもしれないなと思ってな……」

「おやまあレオナもなかなか乙女なことを言やーすね」

 

 からかうような口調で話すナカミズさんを他所に、レオナお姉ちゃんは少しばかり照れくさそうに顔を背ける。

 そんな二人の様子を横目で見ながら、僕はお姉ちゃんの言葉の意味を考えていた。

 僕が飛行船に乗れる仕事に就く可能性か……。

 

 とても魅力的なことだと思ったけれど、そう簡単に見つかるものなのだろうか? 

 そんなことを考えているうちに一つ疑問が浮かんだのである。

 先程ナカミズさんの言っていた『リエト君が飛行船においてどの役割を持てるのか』という言葉だ。

 

 もしも本当にお姉ちゃんの言うように飛行船に関わる仕事が出来ることになれば、現在の僕なら迷わずそれを選ぶに違いない。

 しかし、今の段階ではそれが具体的にどのようなものであるのか、皆目見当もつかないのだ。

 

 そんなことを思いながら唸っていると、ツンツンと肩を叩かれた感覚を覚えそちらへと視線を向けた。

 

「リエト君、明日は暇きゃー?」

「ホームの手伝いを終えれば、後は予定はないですよ」

「なら、今度はうちと一緒にお出かけしよみゃーか」

「……はい?」

 

 思わず間の抜けた返事をしてしまった僕だったが、目の前の人物はそんな僕の様子など全く気にすることなく、ニコニコと笑顔を向けてきたのである。

 

 ◇◇◇

「だからといって行先も教えずに連れて行くなんて酷いと思います!」

「教えたところでリエト君に拒否権はにゃー!」

「横暴だ!」

 

 僕の叫びを聞いたナカミズさんは、うるさいと言わんばかりに僕の口を手で塞ぐ。

 

「ちょっと黙ってなせゃー! 操縦が乱れて墜落しても知らんぞー!」

 

 その声に僕は、取り敢えず落ち着こうと深呼吸をすることにした。

 深呼吸を繰り返す内に少しずつ冷静になっていくのが分かると同時に、自分の状況を再認識したのである。

 相変わらず僕はといえば抱き抱えられた状態であり、レオナお姉ちゃんとはまた違う香りがするナカミズさんの操縦する機体で空を飛んでいる。

 

 零戦一一型。

 ユーハングの置き土産とも呼ばれる飛行機の一つだが、世に出回っているのは零戦二一型の方が圧倒的に多い。

 何故この機体を選んだのか本人に聞いてみたところ、「飛行機の墓場にレアモノが置かれとったら、誰だって迷わず選ぶがね」ということらしい。

 

 ただ、一から修繕した機体だけあって、本人もかなり気に入っているようで、時折自慢話をしてくることもある。

 

「それでな、うちはコツコツと部品を集めて直いていったわけさ。墜落した機体ならそこら中に転がっとったしな」

「うわぁ……地獄絵図ですね」

「そぎゃん言われても仕方なかろうもん。敵か味方かも分からん奴等がひっきりなしに襲ってくる時代じゃけん、使えるモノはありがとう何でも使わにゃあいかんわ」

 

 ゲラゲラと笑うナカミズさんに対し、僕は思わず頭を抱えてしまう。

 この人と話していると頭が痛くなることが多い気がするのだが、どうしてだろう? 

 そんな僕の様子を見かねたのか、ナカミズさんは再び口を開く。

 

「それはそれとして。これから行く場所について話しておこーさ」

「えっと、どこへ向かわれているんですか?」

 

 恐る恐る質問してみたものの、返ってきた答えは簡潔なものだった。

 

「研究家の元だわ」

 

 その言葉を聞き、思わず拍子抜けしてしまう。

 なるほど、わからん。

 

 ◇◇◇◇

 たどり着いた先にあったものは、他よりも立派な庭付きの大きな建物。

 ラハマにだって数件あるかないかと思われる家の玄関先には呼び鈴と思われる装置があり、それを見たナカミズさんはボタンを力強く押し込む。

 ジリリという音が鳴り響くが、特に誰かがやってくる気配はない。

 

 首を傾げていると、ナカミズさんは扉へと手をかけた。

 

「鍵はかかっとりゃーせん。無用心なもんだ」

 

 そう言いながらノブを回すと、そのまま勢いよく開け放つナカミズさんは大きな声で呼びかけた。

 

「アレン! おるんやったら出てこんきゃー!」

 

 すると家の奥から物音が聞こえ、特に急ぐような気配を感じさせず一人の男性が姿を現したのである。

 

「はいはい、相変わらず騒々しいなぁ」

 

 そうぼやきながらこちらへ向かってくる男性は、顔つきは優しげに見え、穏やかそうな印象を受けた。

 頭の中で思い描いていた研究者の姿とは似ても似つかぬその姿に、僕は思わず面食らう。

 そんな僕とは対照的に、ナカミズさんは呆れた様子でため息を吐くと、腕を組みながら話し掛けたのだ。

 

「ちゃんとおったのか、アレン。お留守か思ったわ」

「最初はそうしようかと思ったけど、知っている声が聞こえたものでね。慌てて出て来たんだよ」

「ほう? その割には慌ただしゅうなかったみてゃーだけど?」

「まあまあ、細かいことは気にしないでくれよ。さ、上がってよ。そちらのお客さんもどうぞ」

 

 そう促され、アレンさんの後に続いて僕とナカミズさんもそれに付いて行き、通された部屋へと入る。

 外観の見た目から察していた通り、中は広く部屋数もそれなりにあるようだが、人気があまり感じられない。

 

「妹さんは元気にしとるのか? こないだ会えんかったけんなあ」

「もちろん。今も本を読んでいるんじゃないかな」

「相変わらず兄妹して本の虫きゃーな。ほんと仲良しかおみゃーらは」

「ははっ、今のナカミズだって人のこと言えないじゃないか」

「そうがねそうがね。うちの可愛い大事な弟なんだがね」

「で、実際のところは?」

「レオナの弟なんだわ」

 

 そう言いながらナカミズさんは、自分の方へと引き寄せる様に僕の肩を通して腕を回す。

 その瞬間、アレンさんはすぐに納得したような顔をする。

 

「レオナの弟さんか。噂はお姉さんから聞かされているよ。よろしくね、リエト君」

「名前までご存じなんですか?」

 

 僕がそう呟くと、二人は同時に笑い出した。

 

「レオナに話を振ると、大体キミの名前が出てくるがね。いつもリエト君のことを気にかけとるみてゃーだしね」

「そうそう。僕に妹がいる話をしていた時も、ここぞとばかりに弟の自慢話に変わっていくんだよね。もう耳にタコが出来るくらいさ」

「お姉ちゃん……」

 

 自分の知らないところで僕のことを色々と喋ってくれているのはとても嬉しいことなのだけど、もう少し抑えてくれてもいいのではないだろうか。

 

「彼女の飛び方とはうって変わって、穏やかな声色だったのが印象的だね」

 

『飛び方』という言葉に一瞬だけ違和感を覚えたものの、考える暇もないまま話は続く。

 

「ところで今日の目的は何だい?」

「そうだった。アレン、リエト君に飛行船と飛行機に関する知識を教えてやってくれんか? 今すぐ。詰め込み式でええで」

「……は?」

 

 ナカミズさんの急な提案を聞いた僕は、思わず間抜けな返事をしてしまった。

 そんな僕をよそに、ナカミズさんは更に続けたのである。

 

「うちは人に教えるの下手くそだでな。他の奴に教わるにしても時間がかかるだろうし、アレンにお願いした方が早いがな」

「珍しい。ナカミズがお願いだなんて」

「期待値高めの子が目のみゃーにおったらどうするさ? 蕾のままへし折るのか? 花を咲かすのか? そのままで放置するのか? うちが聞きてゃーのはそういうことだわ」

「ははっ、確かにその通りだ。だけどこういうのは本人の意思が大事だからね。無理強いをするのはあまり良くないよ」

「それじゃーいつまで経っても芽が出んで腐っていくだけでな。蕾のまんまでも、花は咲くがね」

「それはさすがに極論過ぎると思うけど」

「そうきゃー?」

 

 と、首を傾げるナカミズさんに対し、苦笑しながらアレンさん。

 それを聞きながら、僕は黙って二人のやり取りを見つめていた。

 この二人がどういう経緯で出会ったのかは分からないけれど、こういうやり取りが出来るということは、きっとそれだけの信頼関係を築いてきたのだと思う。

 

 自分にも出来るのだろうか、仲間と呼べる人達と出会うことは。

 

「芽が出てから育てても遅くはないんじゃないかな?」

「甘い、甘すぎるがね。人間、成長する時は突然にやってくるものさ」

「突然、かぁ。ナカミズの言うことも一理あるかもしれない」

「だろ? うちの言っとることに間違いはなか。アレンも勉強になるはずきゃー」

「……そうだね。よし、僕は決めたよ」

「ほれ、リエト。こっちに来んしゃい」

 

 呼ばれた僕は二人の元へ近寄ると、ナカミズさんは真剣な表情で僕に語りかけたのだ。

 

「最初が肝心だ。言葉は選んだがね?」

「はい!」

「なら口に出いて言ってみやあ。責任はうちに任しゃーでええ」

 

 僕は、ナカミズさんの言葉に小さくうなずき、意を決して声を出す。

 

「よろしくお願いします!」

「うん、良い返事だ。僕も勉強させて貰おうかな」

「それがええ。レオナの言うとおりならリエトは物覚えがええで教え甲斐があるわ」

「まあ、二人が嘘を言うわけがないからね。そこは信じてるよ」

「当然だがね」

 

 ナカミズさんは胸を張ってそう言った。

 何故ここまで自信満々なのかは分からなかったが、期待に応えられるように頑張ろうと心に誓ったのであった。

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