「まず最初に言っとくきゃーど! 終わるまでアレンのところに泊まり込みで!」
「はい? ホームの手伝いは!?」
「そんぐりゃー何とかなる。なあ、アレン」
「ま、なんとかなるでしょ」
そんな軽いノリで了承されても困るのだけど、今はそんなことを言うよりも他に気になることがあった。
「そんな、いきなり迷惑じゃないんですか?」
「いいのいいの。いつも妹と二人でいるから賑やかな方が良いし」
「そうそう。遠慮は要らんがね」
「ナカミズさんには聞いていないです」
「そんなこと言うてええんかー? おみゃーは知らねーかもしんねーけど、うちのしつこさは天下一品だで? 雑に扱ったら泣いて喚いて駄々捏ねるに」
「同じくらい飽きっぽいところもあるけどね」
「それは否定せん。だけどな、一度ハマったもんには全力で取り組むがね」
そう言うとナカミズさんは僕に話しかけてきた。
「だから、リエトも覚悟しておいてほしいがね」
「覚悟、ですか」
「ああ。うちが満足するまで付き合ってもらうきゃー」
笑顔でそう伝えるナカミズさんは、本当に楽しそうな顔をしていた。
まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように、目を輝かせながら。
「期待に添えるよう、頑張ります」
「良う言った! 流石は男の子だきゃーなあ」
ナカミズさんはそう言いながら僕の背中をバシバシと叩く。
地味に痛かったのでやめて欲しいが、ここで文句を言えばまた面倒くさくなると思い、黙っていることにした。
「これからよろしくね、リエト」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。アレンさん」
「アレンでいいよ。なんだか長い付き合いになりそうな予感がするからね」
「分かりました、アレン」
僕がそう答えると、アレンは「うん」と言いながら僕に手を差し出してきたので、それに応えるようにして握手を交わす。
「よし、授業……の前に、妹を紹介させてもらうね。ちょっと待ってて」
そう言うとアレンは部屋から出ていき、妹さんを呼びに行ったようだ。
「アレンの妹は、素直で可愛い子だきゃー」
「そうなんですか?」
「なんつーかな。『お兄ちゃん!』って感じの女の子だきゃ。リエトと歳も同じぐりゃーで似とる部分がある」
「僕と似ている、ですか」
「雰囲気がな。真面目か無邪気とでも言うがね」
「それ、褒めているんですよね?」
「当たり前がね。じゃねきゃ誰が教えるかってんだ。こんなめんどいこと」
「その割に楽しそうに見えるのは僕の見間違いでしょうか?」
「楽しいに決まっとるがな。教えた分だけ身に付くのは早いにゃーし、なにより、教えたことをしっかりと理解してくれりゃーそれでええ」
ナカミズさんはそう言いながら腕を組み、うんうんとうなずく。
「そうやって僕を焚き付けたのは、ナカミズさんでしょう?」
「違いないきゃーな。ま、リエトに教えることはアレンの為にもなるし、お互いに利益はあるにゃーで」
「そうだと良いのですが」
「それに、うちはリエトがどう成長するのか興味があるがね」
「どう成長するか、ですか?」
「そうだきゃー。芽が出た瞬間を見逃すわけにゃーいかんからな」
質問をすると、ナカミズさんはニヤリとした顔を浮かべる。
これは僕をからかっている時の表情だと、この短い期間で分かってきた。
「つまりそれは、僕はナカミズさんの実験台という事ですか?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃにゃーで。これは投資だがね」
「僕が成長してナカミズさんが損しても知りませんよ」
「その時は大人しく身を引くだけだきゃー」
「随分とあっさりしていますね」
「自分の価値を自分だけが決めるわけにはいかにゃーで。他人が認めれば、それが自身の価値となるにゃー」
「そういうものでしょうか?」
「そういうもんだきゃー」
相変わらずの調子でナカミズさんはそう言った。
「他人にとっての僕の価値、ですか……」
「例えば、アレンがリエトに教えるのは知識であって、技術ではにゃーで。技術はあくまで知識を元に構築するもので、知識だけでは意味がない。知識がなければ技術は生まれず、真価を発揮できないがね」
「は、はぁ……」
「逆に言えば、技術は後からいくらでも身につけられるが、知識は学ばなければ身に付かにゃーで。知識とは情報の塊であり、技術とは手段と方法。それらを繋げるものが理論だきゃー。知識や技術を積み重ね、思考することで理論となってより洗練されていく」
人に教えるのは下手だと自称しているのに、ナカミズさんの口は飛行機に積まれている発動機の様によく回る。
「つまり、知識や技術は反復練習と実践。ということですね」
「正解だぎゃーな。やっぱり飲み込みが早いにゃー。今のも含めてうちからみたリエトの価値は上り調子だわ」
「まだフワフワとした感覚があるだけで、理解までは」
「謙遜する必要は無いと思うがね。それと、そろそろ敬語をやめてもいいんじゃないきゃー? うちとの仲はそんなに浅かないはずだがねー。お姉ちゃんって呼んでくれても良いがね?」
「呼びませんよ?」
「ちぇっ、つれねーなー!」
僕は冗談めかして言うナカミズさんに思わず突っ込みを入れる。
この人しかり、僕の周囲にいる女性陣は何故こうも強引というかなんというか、僕に対して強気な態度を取るのだろうか。
そんな疑問を抱きつつお茶を啜る。
すると、部屋の外からパタパタという足音が聞こえてきて、扉が開かれた。
そこから姿を現したのは、アレンと一人の少女だった。
「おまたせ。僕の妹を紹介するよ」
アレンの言葉に続き、少女はペコリとお辞儀をする。
それを見た僕は、つられて頭を下げる。
「ケイト」
短く、名前を言う少女。
その姿はアレンと同じ髪色で、長い髪を二つ束ねていた。
幼いながらも整った顔立ちをしており、どことなく気品を感じさせる雰囲気を漂わせている。
「リエトと言います。よろしくお願いします」
そう言ってもう一度頭を下げたところで、ようやくアレンが口を開いた。
「今日からしばらく賑やかに過ごすことになるけど、仲良くしてほしいな」
そう言われたケイトと呼ばれた少女はコクりと頷き、僕の方をジッと見る。
何か言いたい事でもあるのかと少し身構えたが、特に何も言われることはなく、ケイトと名乗った少女はただ黙ってこちらを見ているだけだった。
なんだか居た堪れなくなってくる。
「……あの、どうかしましたか?」
その表情は相変わらず無に近いもので、何を考えているのか全く読み取れない。
「(この子は何を思って僕を見るのだろう?)」
僕がそう思っていると、隣にいたナカミズさんが声を上げた。
「ケイト、久しぶりやんか! また一段と可愛くなったんじゃねーかにゃー!」
そう言うナカミズさんは、心底嬉しそうな表情をしていた。
それに対してケイトさんは表情を変えることなく、口を開く。
「かわいい……」
ポツリと呟かれた言葉に僕も同意せざるを得ないのだが、どうにも腑に落ちない部分があった。
「もしかして、照れてる?」
「…………」
どうやら図星のようで、ケイトさんの表情は若干ではあるが紅潮しているように見える。
普段の無表情からはあまり想像できないものだったが、こういうところは年相応に見えるんだなと思った。
それにしても、感情を表に出さない子が赤面しているというのは、ギャップがあって可愛いなとも思ったりするのは仕方ない。
当の本人はそれを指摘されることを望んでいなさそうなので黙っていることにするけど。
「うんうん、二人は波長が合うようだね」
僕たちのやり取りを見ていたアレンがそう告げると、ナカミズさんもうなずく。
「そうだぎゃーな。うちらが話している横で一言も喋らずにじっと見てるだけのこともあったがね」
ナカミズさんの話を聞いた僕は思わず声を上げる。
「そうなんですか?」
てっきり話がしたくて見ているものだと思っていたので意外である。
「初めは警戒されてんのかと思ったが、どうも違うようでねぇ」
「ケイトは好奇心旺盛でね。何かを知ることが好きみたいなんだ」
ナカミズさんの説明に補足するように、アレンが言った言葉から推測すると、彼女は自分が気になった事をなんでも知りたくなる性分らしい。
そして、知識欲のままに行動しているのだろうと理解した。
ちなみに、その説明の間もケイトはずっと無言で僕のことを見つめていた。
いや、観察と言った方が正しいかもしれない。
とにかく、不思議な子だなというのが第一印象であった。