―――〈第76号解析機関内部異界・最深部〉―――
何処までも続く廃墟。
何時までも響く轟音。
最早朽ち果てた箱庭。
まるで変らない光景は本当に進んでいるのか疑わしくなる。
ルームランナーの上をただ延々と走っているように思える。
「豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺?シ 豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺?シ?シ」
しかし、あらゆる場所から溢れるように姿を見せる影法師がそれを否定した。
絶え間ない襲撃は排除、あるいは足止めを目的としたものなのは明白。
であるのなら、間違いなく目的地へ近づいている事の証左に他ならない。
「縺溘☆縺代※縺?▲?」
「縺?o縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠??シ?シ?シ」
影法師たちはひたすら同じ雑音を垂れ流す。
言葉として成り立たない、だがそこに込められた想いは伝わってくる。
“助けて”―――それは救いを求める嘆願。
“死にたくない”―――それは迫り来る死への恐怖。
“どうしてこんな目に”―――それは降りかかる理不尽への憤り。
最後に抱いた感情を原動力として動き続ける残滓たち。
死してなお苦しみ続けろ、それがお前たちへの罰である。
そう言わんばかりの趣味が悪過ぎる所業。
「つまり、美野里の力の大元はカーリーって事か。
色々納得ではあるなぁっ!」
【宗吾が眼前の敵を斬り伏せる!】
【影法師の群れが消し飛んだ!】
それら全てを足を止めずに斬り捨てつつ、宗吾は咆えた。
視線は前に向けたまま、自身と並走する人影に再び問いかける。
「本人はウカノミタマっつってたが……そりゃ何でだ?
自分でも怪しいと思ってたっぽいが」
―――ウカノミタマ。
あるいは宇迦之御魂神や倉稲魂命。
日本ではお稲荷さんとして親しまれ広い地域で信仰される神格。
その名は食物や穀物を意味する、いわゆる豊穣を司る女神である。
当初、美野里に生来宿る悪魔因子はそれだとされていた。
だが、普段の美野里の様子を見れば分かるが。
女という点を除いてこの悪魔と共通する部分がかなり薄い。
農業どころかガーデニングといったものにも無縁である。
キツネ目や獣耳といった身体的特徴も見当たらない。
もっと踏み込んで言えば、豊穣を司る部分がかなり控えめだ。
毎日こっそり豊胸体操を行っているが効果はまるで見られない。
宗吾はその辺りの感想を迂闊に零して蹴りを入れられた事があった。
無論、悪魔の力を宿しているからといって肉体や人格がそちらに寄るとは限らない。
清らかな聖人に下劣な悪魔の力が宿っている事もある。
悍ましい外道に清浄な悪魔の力が宿っている事もある。
体が小学生の頃からまるで成長しない者もいる。
反対に年相応の外見へと成長していく者もいる。
まさに千差万別、人それぞれだ。
だから多少怪しくともそういうものだと判断していた。
「我々も後で知ったのだが……生徒会長は敢えて伏せていたらしい。
美野里の成長を促し、強くするにはそうした方が効果的だと判断したようだ。
その結果は君の方がよく知っているだろう」
\カカカッ/
| 顕現体 | ブラッディ | Lv70 | 備考:美野里の古い仲間にして使役犬 |
ァ气
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「でも一応うどんはきつね派だったニャー。
それと神話的にギリ無関係じゃないのが性質悪い所だニャア」
\カカカッ/
| 顕現体 | シャノワール | Lv70 | 備考:美野里の古い仲間にして使役猫 |
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答えたのは貴族風の衣装に身を包んだ獣人と露出過多な褐色肌の美女だ。
それぞれブラッディとシャノワールと名乗った悪魔人間ならぬ悪魔動物。
美野里の口から度々聞かされていた、逸れてしまった古くからの仲間たち。
現在、共に美野里の下へと向かう4つの影の内の2体。
―――話は戮刃を倒した直後まで遡る。
『まずは話を聞いてくれないだろうか。
こちらに君を害する意思は微塵も無い』
『別に怪しいもんじゃねーニャ……いやごめん、めっちゃ怪しい』
『自覚あんのか』
簡潔に事情を説明された宗吾は美野里を助ける為に力を貸して欲しいと彼らに頼まれた。
何らかの方法で外部の情報は仕入れていたらしく、宗吾についてもある程度把握していたらしい。
渡しに舟といった提案ではある……のだが。
『んー……』
この状況であれば罠の可能性も十分に疑える。
例えば、案内すると抜かして有利な場所まで誘い出し、数で囲んで殴るのは定石だ。
似たような真似をしたりされた事は何度もあった。
そもそもの話、相棒の仲間というだけで面識が無い相手なのだ。
ただでさえ判断材料が乏しいというのに悪魔化までしているおまけ付き。
美野里と共にいた頃と在り方が変わっている可能性は高い。
とてもではないが無条件に信じられる筈もなかった。
そして―――。
『よし……分かった信じる』
『おお、ありがとう感謝する!』
『言っちゃなんだけど随分あっさりニャー』
『―――お前ら斬っちゃいけない気がするし』
最終的に剣鬼は己の勘を信じた。
どの道他に手掛かりは無い。
例え罠であっても、当てもなく彷徨っていたずらに時間を食い潰すより遥かにマシだろう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、という言葉の通りだ。
罠なら力づくで突破して、騙されたら斬り抜ける。
極論、宗吾からすればそれだけの話であった。
『『えぇ……』』
ちなみにこの返答を聞いた犬猫コンビはドン引きした。
同時に色んな意味で心配になった。
こんな奴に協力を求めて大丈夫だったのか、とか。
こんな男を好きになる美野里の趣味大丈夫、とか。
閑話休題。
「―――神仏習合、それとダーキニーとマハーカーラの異説か?」
「正解ニャア」
―――ダーキニー。
荼枳尼天とも呼ばれ、ヒンドゥー教では女夜叉、あるいは地母神として信仰される神格。
同時にカーリーへと付き従い共に殺戮にふける眷属としての側面も持つ。
神仏習合で日本へと取り込まれた際、ウカノミタマと同一視されており、その繋がりで美野里もこの悪魔に関する力を振るえるのだと考えていた。
そして、これは極一部で語られる程度の説ではあるのだが。
「ダーキニーはマハーカーラの妻っつー話がある。
正直誤訳とか誤解が広がった説だと思ってたが……まさかこんな形で目にするかよ」
シヴァには妻―――すなわち神妃が複数存在する。
が、実際はそれぞれ同一の女神の別側面とされる。
あるいは別個の神が一つに纏められたとする説もある。
しかし、その中にダーキニーは存在しない。
護法神になった経緯で大黒天により調伏されたというくらいの関係性だ。
この異説はおそらく、カーリーと混同される形で伝わってしまったものなのだろう。
眷属あるいは侍女という近しい繋がり。
何より血に染まる鬼女という面でも共通しているのだからあり得ない話ではない。
故に―――そこから転じてダーキニー=カーリーという見立ても不可能ではない。
ハッキリ言って強引過ぎる屁理屈だ。
学者どころか対して詳しくもない一般人でも首を捻るだろう
しかし、屁理屈だろうと理屈は理屈である。
情報生命体である以上、悪魔やそれに類する存在は必ず影響を受ける。
人間であり肉の器を持つ美野里であっても本人の認知次第だろう。
美野里が一部でもダーキニーやウカノミタマの力を使えていたのがその証明だ。
あるいは、そうやってより多くの力を得させるのが生徒会長の目論見だったのかもしれない。
「まさに“言ったもん勝ち”というやつだろう。
しかし、失礼な言い方をするが意外と博識だね。
知っている者も少ない、かなりマイナーな伝承だというのに」
「知らなきゃ斬れない事もあるから勉強してんだよ」
「やっぱこいつやべーニャ。
美野里がここまで男の趣味悪かったんなんて……。
上京した娘に久々会ったらヤ〇チ〇に染められてた感じニャー」
「ひどい言われようだな。まぁ事実だからしょうがないが。
とにかく四騎士とか美野里の裏事情は分かった。
で、ついでに聞くんだが―――」
宗吾は一旦言葉を区切り、後回しにしていた疑問を尋ねるべく口を開いた。
「お前らの姿はどういうこった。
美野里から聞いてたのと随分違う……イメチェンか?」
それは初対面の時から気になっていた事であった。
美野里は彼らを機械化動物と言っていた。
毎日膝に乗せてブラッシングをするのは大変だったとか、なんだかんだで楽しかったとか話していたのも記憶に残っている。
しかし、実際は御覧の通りである。
二本足で走っているしサイズも宗吾と然程変わらない。
特にシャノワールに至っては凄まじいの一言に尽きた。
体のとある部分が巨を超えて爆と言うべき領域だった。
走る度にどたぷん、ぶるんぶるん、と擬音が付くレベルで双丘を弾ませている。
露出が高いのも相まって、宗吾も初見では思わず目で追ってしまった。
美野里が見たら間違いなくブチギレ確定の光景であった。
「なに、大したことではないさ。
単純に、サイバネパーツの経年劣化と力不足だ」
そして、返って来た返答はある意味予想通りの物だった。
異形科学の産物は大抵使用者の生命エネルギーを用いて半永久的に駆動する。
その耐久性も既存の代物とは比べ物にならないほど高い。
しかし、刀が手入れを怠れば錆び付くのと同じように。
定期的なメンテナンスや部品の交換は必須だ。
戦いで損傷する事もあれば長年の使用で摩耗もする。
きちんとした設備と確かな腕を持った技術者がいなければ限界はすぐ訪れる。
ましてや、相手は黙示録に語られる四体の大悪魔。
そんな相手と十分な支援無しで戦い続けるなら―――。
「あれらを相手取るには、こちらも悪魔に寄るしかなかった。
いざという時の為にそういう機能も搭載されていたしね。
人格が大きく変わらなかったのは幸運だったよ」
「それでも地力じゃ劣ってたから嫌がらせするのが精一杯だったニャー。
解析機関の支配権も3割維持が限界だったし。
須摩留の技術と漂流先で得た知識もあってほんとギリギリニャア」
「………そこまでしたのは」
直接現行周回に漂流した美野里と異なり、彼らは幾つもの周回を経て此処へ辿り着いた。
その間、幾つもの試練や悲劇、別れがあった事は想像に難くない。
途中で降りるという選択肢は何度も訪れた筈だ。
それでも彼らは今ここにいる。
力の代償に元の体を失って。
悪魔化による人格変容のリスクを乗り越えて。
幾度も敗北と挫折を積み重ねて。
そこまでした理由は―――。
「全部、美野里に会う為か」
「勝手に死地まで付いて行った身だからね。
生きている限りは付き合うのが筋だろう」
「一緒に地獄に行くって言っちゃったしニャー」
かつての誓いを果たす為。
大切な仲間と再び会う為。
彼らが長きに渡る放浪を続けられた理由は……それで十分過ぎた。
「……そうか」
言葉に込められた覚悟と美野里への想いに宗吾は頷いて返す。
脳裏を過ぎるのはもう会えなくなった仲間や友人たちの姿。
自分も会えるならまた会いたい……ふとそう思ってしまう。
再会したらしたで大変な事もあるだろうが。具体的には師匠とか。
「大したもんだよお前ら。尊敬するわ……それに比べて」
宗吾は素直に賛辞を送りつつ、僅かに首を動かし後ろを向いて。
「お前は先輩見習えよアル中女神。寝てる場合じゃねぇぞ」
「―――うっぷ」
自身の背中へ紐で括り付けられた、青い顔で失神している女へと声をかけた。
美野里の下へ向かう途中で拾ったリーベラである。
戦闘中に吹き飛ばされたのか、酒瓶を持ったまま地面に突き刺さっている所を発見したのだ。
幸いな事に対した負傷はなく、回復を必要とするほどでもなかった。
―――問題は彼女がいつまで経っても目を覚さない事だ。
どれだけ激しく揺さぶっても、影法師たちと戦闘を行おうとも。
寝言や唸り声を漏らすだけで覚醒する気配が微塵も無かった。
気付けや状態異常回復は試みたが一向に夢の中から帰って来ない。
特殊な呪いの影響も疑ったが、そういう気配も一切感じられない。
さりとて放置する訳にもいかないので、こうして宗吾が背負う形で運んでいるのだ。
「うぅん……まだ飲めるぅぅううう」
「くさっ! 酒臭さっ!!」
「すまない、我々の嗅覚は据え置きなのだ。
代わりに背負うとその……死ぬほどキツイ」
「鼻がイカれるから頑張ってくれニャア。応援するから」
ちなみに背中に当たる大きな肉の感触は酒臭さで台無しだった。
「さっさと美野里に押し付ける……!」
「他の仲魔もこれくらい濃いのかな?
昔からユニークな縁に恵まれた子だったから……」
「私たちも十分イロモノだけどニャー」
そこから数分更に走って。
途中で幾つかの拾い物をして。
爆音と強大な悪魔の気配を感じ取って。
「あああああああああああああああああああああ!!!!」
「おいおい、イメチェンにもほどがあるだろ」
「激しく同意するニャア」
「どうやら遅かったようだ」
斯くして彼らは再会する事となる―――殺戮の権化に変貌し暴走する彼女と。