真・女神転生オタクくんサマナー外伝~エピソードオブドリフターズ~   作:ジントニック123

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Fleur-de-lis:Vendetta -中篇①-

 

 

――― 〈1時間前 666部隊駐屯地 医務室〉 ―――

 

 

「―――って事で雨柳隊長がヤバいのと戦って死にかける。

 だからそっちには治療の準備を頼みたいんだ」

 

「いやいやいや、随分とまぁ無茶言って来るね迅君。

 ()()()()()()()()()()()を根拠に動けなんて。

 俺じゃなくて今すぐ本人に言った方が良いんじゃないか?」

 

「そうしたい所なんだけど連絡が取れなくてさ。

 専用回線どころか個人のスマホも全然駄目。

 たぶん()()()()が妨害してるんだと思う」

 

「―――最後の休日って事で街へ出たこのタイミングで?

 連絡手段(ホットライン)を潰して孤立までさせるとは……。

 浮かせた所を狩るつもり、いや単純に誘い出してるのか」

 

「この実力派エリートも引くレベルで用意周到だよ。偏執的って言ってもいい。

 よっぽど他の奴に邪魔されたくないんだろ」

 

「……ま、死んでないなら何とかすると約束しよう。

 雇われの身だし、任された仕事はきちんとこなすさ。

 しかしそれだと馬鹿正直にここでやるのも危ないな……仕込みもしておかないと」

 

「それだけで十分助かるよ。

 じゃあ、おれもそろそろ行かないと。

 方舟の方にも大事な用事があるからさ」

 

「……一応聞くけど、俺が雨柳君を治療する未来も見えたのかな」

 

「すっごいノイズ塗れだったけどね。

 でも、他に医官はいるけど、あんたなら何とかなる可能性が一番高いんだ」

 

「君のレアスキルがそう言ってる?」

 

 

「いや―――がそう言ってる」

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

――― 〈湾岸都市横浜 市街地〉 ―――

 

 

「………っ、ぁ」

 

 深い暗闇の底から浮かび上がるようにゆっくりと意識が覚醒する。

 

 寝起きのせいか混濁する頭。

 今は何時で何処にいるのか。

 己は一体何をしているのか。

 

 ノイズ、断線、ノイズ、ノイズ。

 

 欠片同士がまるで繋がらずパズルが全く完成しない。 

 バラバラのまま散乱する記憶と思考のサラダボウル。

 どれだけ咀嚼し飲み込もうと纏まる気配は一切皆無。

 

 遮断、迂回してノイズ。断線、修復、遮断、修復。

 

 殺意に満ちた獣の気配。

 暴力の薫りと血の臭い。

 生死の入り乱れる戦場。

 

 遮断、修復、修復、修復―――さっさと起きろ。

 

 

「……ッ、ぁが―――ッ!?」

 

 

 直後、機能不全に陥っていた雨柳の脳内回路が正常に繋がった。

 体に染み付いた経験が、これ以上の醜態を晒す事を拒絶したのだ。

 意識にかかっていた霧が晴れ、段々と思考能力が戻っていく。

 

「――――っ」

 

 ―――突如として発生した血で血を洗うような暴動。

 ―――元凶にして本性を現した狂笑する親友の暴露。

 ―――最悪にして悍ましき機兵が振るう圧倒的暴力。

 

 先ほどまでの事を思い出すと同時に、全身をすり潰されたかのような激痛が襲う。

 あれだけ痛めつけられて無事な場所などあるはずもない。

 こうして呼吸をしているだけでも奇跡だろう。

 

 思わず叫びそうになって―――歯を食いしばって堪える。

 

(そんな事……する資格があるかよ……)

 

 雨柳からしてみれば、己は痛みに悶える()()が許される立場ではない。

 

 精神汚染を受け発狂した市民や覚醒者たちを手にかけた責任。

 親友が抱えていた闇に今日まで気付く事が出来なかった責任。

 そして何よりも―――。

 

 

(どうして、どうして俺はもう大丈夫だと思い込んでた?

 一番の外道共を排除した程度で……っ!)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それらの自責の念が雨柳を蝕んでいた。

 

 ―――1年ほど前の話だ。

 

 当時、雨柳は信頼出来る仲間―――大沢も含めた―――の力を借りてG.E.H.E.N.A.(研究機関)の過激派を文字通り一掃した。

 設立当初はまだあったはずの世界の為、未来の為という大前提さえ捨て去り、歪んだ知的好奇心と機械的な合理性を以て人を弄ぶ所業をもはや許す事が出来なくなったからだ。

 手を汚す事を躊躇う理由など一切皆無。抵抗する暇も与えず研究者たちを葬り、残された研究資料も目を通した上で残す価値は無いと判断し処分した。

 ―――人の尊厳というものをどこまでも舐め腐った内容だった故に。

 

 しかし、如何な理理由があろうと私刑による解決など許される筈がない。

 それに中身が腐り果てていようが、G.E.H.E.N.Aは“ブレード企業”を中心に複数の民間企業が集まって作られた人類最大の研究機関でもある。

 この情勢であってもその背景が齎す重さに陰りは無い。

 本来であれば大騒動となり、下手人である雨柳は裁判無しで死刑判決もありえただろう。

 

 無論、彼自身それを覚悟しての行動であったが―――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 精々が駐屯地の便所掃除3ヶ月担当という、罪と言うには軽過ぎる刑罰。

 それもシフトを無視した休暇を無理矢理入れたペナルティと言う扱い。

 これを聞いた時、雨柳は思わず頬を抓ってしまった。 

 

 もちろん理由はある。

 大沢が方々を駆け回って揉み消したのもあるが、元より過激派があらゆる方面から敬遠されていたのが大きい。

 

 感情が制限された零度に近い世界でも、心が完全に失われた訳ではない。

 故に不快に感じる機能はきちんと存在するし、好き嫌いも当然生まれる。

 無論閾値は相応に高いが……過激派はそれを余裕でぶっち切る真似を続けていた。 

 

 ―――まるで正気を失っていたかのように。

 

 だからこそ、誰も声高に問題として取り上げなかった。

 公になれば面倒事を増やすだけという思惑もあった。

 例え雨柳が何もしなくとも、似たような終わり方をしていたのは想像に難くない。

 

 そうして事件は有耶無耶となり、僅かに残った穏健派を他の部署へ異動させて事実上G.E.H.E.N.Aは消滅した。

 

 ―――だから、もう大丈夫だと思った。

 ―――だから、もう問題ないと考えた。

 

(考えが甘かった)

 

 そのせいで……未来ある部下(子供)をまんまと地獄に放り込んでしまう始末。

 世に悪の種は尽きまじというように、どれだけ人類が減ってもそういう奴は出て来る。

 そんな当たり前のことに思い至らなかった己の愚かさに呆れが止まらない。

 

(間抜けの、大馬鹿には……相応しい罰だ)

 

 こんなものが自罰的な思考でしかないのは雨柳も分かっている。

 犠牲となった少女が元通りになる訳でもない。

 むしろ彼女なら止めてくれと間違いなく言うだろう。

 

 だが、止める事も出来ない。

 正してくれる誰かもいない。

 

 そんな最低最悪の気分を味わいながら、自身の状態把握を完了させる。

 

 

「状態異常:ロスアーム( LOSARM)*1COMP使用不可・戦闘中行動不可・1歩ごとにHP減少。

僅かでも癒える事を許さない、愛の如き呪詛が齎す状態異常。

少なくとも今生において生身の腕が戻る事は無い。

 

 

(……死体寸前ってとこだな)

 

 両腕は千切れ飛び全身の骨が砕け内臓も複数損傷。

 こうやって生きているのが不思議なレベルの重傷。

 もはや人型の肉袋と言っても差し支えの無い状態。

 

 最低限の処置はされているようだが、風前の灯火である事に変わりはない。

 如何に覚醒者と言えど、何の治療も受けなければ1時間も生きられないだろう。

 

(回復……駄目か)

 

 魔力(マギ)を振り絞ろうとするがすぐさま霧散する。

 魂にまで影響を及ぼす呪いによって力を行使する事さえ難しい。

 だから己を回復させる事さえ出来ない有様だった。

 

(……待てよ、そもそも俺は何で生きてる。

 というか、何処だここ?)

 

 今になって雨柳は一番重要な事に気が付いた。

 どうやら自分は物陰で横になっているらしい。

 その事に少々混乱する。

 

「なん……で、だ……?」

 

 最後の記憶では愛剣ごと両腕を吹き飛ばされ、間違いなく詰んでいたはずだ。

 あそこから大沢が情けを掛けたとも考えにくい。

 無意識に体が動いて何とかなった、などという奇跡は端から信じていない。

 

 では何故か―――答えはすぐ傍から返って来た。

 

「雨柳隊長、目を覚ましたんですか!?」 

 

 若い声が耳に届く。

 雨柳は力を振り絞り、視線を声のした方へと向ける。

 そこにいたのは666部隊の隊章を身に着けたデモニカスーツの姿。

 自身より一回り以上小柄で、そしてヘルメットから覗く眼鏡で正体を察する。

 

「―――三雲、か……どうして?」

 

「隊長を回収した後、迅さんにそのまま離脱しろって言われたんです。

 治療の準備ももう出来てるからそこへ向かえって」

 

 

\カカカッ/

戦士三雲修Lv20備考:666部隊最年少のメガネくん。

 

 

 声の主は三雲修。

 補充要員として訓練期間を大幅に繰り上げて送られてきた新兵。

 誰が見ても戦いというものにまるで向いていない15歳の子供である。

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 ハッキリ言って何が何だか分からない。

 それが三雲修の抱いた感想であった。

 彼からすれば本当にそうとしか言いようがない。

 

 15年程度の短い人生であるが理不尽な目に遭った事は何度もある。

 

 覚醒してすぐに士官学校という名の隔離施設送られた事。

 他と比べて才能に乏しく、教官たちからは半ば放置されていた事。

 戦力不足を補うべく、最低限の教育だけで戦場に立たされた事。  

 

 そこから666部隊に配属されて以降も変わらない。

 

 心優しい先輩方が課して来る血反吐吐く訓練の山々。

 攻め入って来るヒュージ共に対する遅滞戦闘の数々。

 幼なじみや同期のリリィに対するご機嫌取りの日々。

 

 正直、思い返すだけでも頭が痛くなる出来事の連続。

 あまりに酷過ぎる戦況に対し悪態さえつけない毎日。

 希望はあまりにも儚く、深い絶望しか見えない未来。

 

 それでも、歯を食いしばりながら進み続けた。

 

 あらゆる面で力不足の自分に出来る事を必死に考えて。

 なりふり構わず自分に可能な範囲の試行錯誤を続けて。

 何度も死にかけながら今日この日まで戦って来られた。

 

 だが―――。

 

 

「どけぇっ! そこは私の席なんだよ!!」

 

「死ね死ね死ね! 塵が呼吸をするなぁっ!!!!」

 

「生きルのは私だけで十分ダァアアアア!!!!!!」

 

 

  \カカカッ/      \カカカッ/    \カカカッ/

軍勢狂人の群れLv41
 
軍勢狂人の群れLv44
 
軍勢狂人の群れLv40

  \カカカッ/      \カカカッ/    \カカカッ/

軍勢狂人の群れLv32
 
軍勢狂人の群れLv39
 
軍勢狂人の群れLv33

 

 

 これは流石にどうしようもない。

 

「な……!」

 

 見渡す限りの暴徒の群れ、群れ、群れ。

 狂気のまま殺し合いを続けながらこちらへ迫る人獣たちの行進。

 起きたまま夢を見ているのではないかと疑う現実味の無い光景。

 

 しかし、センサーに映し出される敵性反応が間違いなく現実だと伝えて来る。

 ヒュージとの戦いとはまるで異なる、地獄の如き光景がそこに広がっている。

 

 接敵まで数分も残されてはいない。

 此処にいれば人の波濤に呑まれ圧死するだろう。

 十把一絡げの覚醒者ではどうしようもない数の暴力である。

 

「っ……やるしかない」

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冷や汗を流しながらも懐へ手を伸ばす。

 三雲修という少年の手には余る事態だ。

 この数に何をしても焼け石に水だろう。

 最善の手は今すぐ仲間と合流する事だ。

 

 しかし、己の背後には護るべきもの―――無骨なデザインをした黒い艦がある。

 

 曲がりなりにも精鋭たる666部隊の一人を警備に当てる必要があるもの。

 ヒュージの巣(ネスト)へ乗り込む為の最新型揚陸艦を改修・再設計した次元潜航船。

 ヒュージのいない新天地へと逃げる(渡る)為の方舟が1つ。

 

 覚醒者(仲間)たちが命懸けで稼いだ時間で作り出された人類最後の希望である。

 

 おそらくだが暴徒たちの狙いはこれを奪う事。

 殺し合いもしているがその目的で此処に押し寄せている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 激減したとはいえ、人類は万単位で数が残っている。

 ヒュージ襲来前と比べれば目も当てられない有様だが、それでも多い。

 当然、それだけの数を乗せるだけの船を建造する時間も資材も無い。

 

 故に、厳正な選抜が行われ既に搭乗員は確定している。

 今は物資の積み込みを行っていて、3日後には遥か遠い場所へと旅立つ予定であった。

 

 ―――落選した市民たちも、()()()悲嘆はあれどその事実を受け入れた筈だった。

  

 ある者は己の最期を悟り静かに身辺整理を始めた。

 ある者は友人に連絡を取り思い出話に花を咲かせた。

 ある者は搭乗切符を手に入れた身内に最後の言葉を残した。

 

 粛々と、淡々と、大きな騒ぎも無く。

 すぐ傍まで迫った終焉を静かに迎え入れる。

 そうやって人類の歴史は幕を閉じる……その筈だった。

 

 ―――それが人として極めて歪な形であるとも知らずに。

 

(気持ちは、分からない訳じゃないけど……っ!)

 

 暴走しているとはいえ、元となった気持ちはよく分かる。

 死にたくない、まだ生きていたいという本能からの願い。

 戦場に立つ覚醒者であれば特に意識せざるを得ない事だ。

 

 ()()()()()()()()である修とて、全て納得して受け入れた訳ではない。

 ただ、自分なりの優先順位に従って理不尽への憤りを腹に呑んだのだ。

 ()()()()()()()()()()()()にいきなりソレをしろと言っても不可能だろう。

 言葉を覚えたての幼児に六法全書の説明をするようなものだ。

 

 同情はする―――しかしそれとこれは話が別だ。

 

 方舟は自動車のようにアクセルを踏めば動くという代物ではない。

 相応の知識と技術が必要で、彼らが奪った所でただの巨大な鉄の箱だ。

 そもそもあのような精神状態では動かす以前に合同棺桶にしかならない。

 

 それはつまり、方舟が1隻無駄になるという事。

 

 他にも複数あるとはいえ、無くなればその分乗れる人間も少なくなる。

 これまで一人でも多く逃がす為に流してきた血が無駄になってしまう。

 故に、無駄になると分かっていても選択肢は頼りない暴力の一択だけ。

 

魔道器(トリガー)、オン―――」

 

 不幸中の幸いか、自動化(オートメーション)のおかげで周囲にいる素面の人間は修一人だ。

 この無茶で死ぬのもそれだけで済む。

 意を決し魔道器を起動しようとして―――。

 

 

 

『落ち着けよメガネくん』

 

 

 その前に、聞きなれた声が修の耳を叩いた。

 

 

《レイズスラッシュ》*2敵全体に斬属性の物理攻撃で中ダメージを与える。

《遠距離戦闘》*3射程が3になり、間接攻撃への迎撃が可能となる。

 

 

 後方より飛来した斬撃が人獣の群れを一閃した。

 

 総数からすればそこまでではないが、動けなくなった暴徒が障害物となり、それに次々と躓くようにして進行速度が目に見えて低下する。

 集団に対して遅滞戦闘を行う際の基本にして散々叩き込まれて来た動き。

 そしてこれだけの遠距離斬撃を使える人間を修はよく知っていた。

 

「迅さん!? どうしてここに―――」

 

『張り切ってるとこ悪いけど説明は後だ。

 残念だけどその艦は放棄してすぐに指定したポイントまで退避してくれ。

 ……()()()()()()()()()()()()

 

 通信から返ってきた声は何時ものように飄々としていて……どこか重苦しい物だった。

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

「―――それで、最終点検中の方舟がある地下ドッグに集められるだけ集めて立て籠もって。

 最低限の安全を確保してから部隊全員で俺の所まで来たのか」

 

「はい……けど、生き残りは全部合わせて100人もいませんでした。

 たぶん未覚醒者(普通の人)たちは全員ああなって、もう助からない。

 覚醒者(病人)も、多くは辿り着く前に……」

 

「………クソッタレ」

 

 バックパックを即席の背負子にして雨柳を背負いながら、修の口から語られたのは予想をはるかに上回る惨状だった。

 ()()()な人類は全滅し、生き残ったのは一部の病気持ちだけ。

 多くの血を流し、歯を食いしばりながら駆け抜けて、最後に辿りついた結末がこれ。

 

 どこからどう見てもバッドエンド。

 物語なら脚本ごと地面に叩きつけられる駄作。

 しかしもう覆す可能性は完全皆無の現実である。

 

(挙句の果てに子供に背負われておめおめ逃げてると。

 俺は一体何をやってるんだか)

 

 せめて元凶を討とうとして返り討ち。

 部下に命懸けで逃がされ、本来なら護るべき子供に助けられているという始末。

 これが人類の英雄、最強最後の希望など聞いて呆れる。

 

 無論、今こうしているのは迅の判断によるものだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その未来視に救われた事は何度もある。

 おそらく、これが最悪の中の最善を掴む唯一の方法(ルート)なのだろう。

 

(―――俺なんかに、それだけの価値が……あるのかよ)

 

 それでも理性と感情は別物であって。

 この瞬間、雨柳巧という男は間違いなく折れる寸前であった。

 衝動的に舌を噛み切って自殺してもおかしくない精神状態だ。

 積もり積もった負債が一気に噴き出して来たと言っても良い。

 

 強力な力を持ちながらもそれに釣り合わない心の強さ。

 善意も信念も使命感もあるが、それだけでは戦い続けられない凡夫。

 背中を支えてくれる誰かを次々と失いながら、今日まで戦って来られたのは半ば奇跡に等しい。

 

「……とにかく急いで治療を受けましょう。

 このままじゃ本当に危ない」

 

 穴の開いた風船のように、あらゆるものが抜け落ちつつある雨柳を担いで修は走る。

 目的地までそう距離は離れていない。

 発狂した一般人はそこら中にいるが、専用の魔道器( バッグワーム)*4―――修を含む若い世代は魔道器(トリガー)と呼ぶ―――を使えば切り抜けられる程度だ。

 

 

 ―――だが。

 

 

「あびゃあっはっはああああ♪」

 

 

 突如、頭上から殺意が降って来た。

 

 

「っ下がれ三雲!!」

 

「な……!」

 

 修が動けたのは奇跡に近かった。

 雨柳の叫び声と、散々叩き込まれた訓練の成果が反射的に足を動かしたに過ぎない。

 それでも間一髪、人間を軽くミンチに出来る振り下ろしを回避する事に成功する。

 

「アhハハ、hハハh!!」

 

 魔道器(バッグワーム)による隠密状態は継続している。

 それを無視し2人に襲い掛かったのは()()の男だった。

 

 剥き出しとなった骨と赤黒い筋肉で編まれた悍ましい右腕。

 はだけた服から覗く、腹部に生じた巨大な口。

 そして額に開く血走った第三の瞳。

 

 漏れる言葉は意味を成さず、ただ正気を保つ存在を見つけては襲い掛かるだけ。

 修たちは知らないが、此処に至るまでリリィを含めた大勢を殺害した正真正銘の怪物(モンスター)

 

 

\カカカッ/

狂人(ニ■ゲ■)ホモ・◆■□Lv65

 

 

 それはまるでヒュージのようだった。

 

「なんだこいつ……まさか、ヒュージなのか!? どうしてこんな街中に!!」

 

「防衛線が、突破……それにしては、早過ぎる……っ」

 

 2人は知らない。

 狂気に汚染され、無理矢理感情を抉じ開けられた影響で不安が芽生えた者たちがいた事を。

 

 覚醒者である彼らは気付けない。

 只人では突如として芽生えた不安を抑える事も転化する事も出来ず、暴走してしまう事を。

 

 この世界の誰もが知らなかった。

 これは恐化と呼ばれる現象であり、人からヒュージ(ニ■ゲ■)へと変質してしまう事を。

 

 知恵を捨て、知識を捨てた無知蒙昧の輩が生み出した世界の住人では仕方のない事だった。

 

 ―――しかし、この状況においてそれは何の慰めにもなりはしない。

 

 

「ァアアはははははははは!!!!」

 

《狂乱の呪い》*5敵1体を「激昂」*6状態にする。

《叩きつけ》*7敵1体に壊属性の物理攻撃で中ダメージを与える。

 

【 人型ヒュージが動き出す! 】

【 発狂の呪詛が垂れ流された! 】

【 お荷物を抱えた獲物向けて骨腕が唸る! 】

 

 

 心狂わす呪いを散布しながら、跳ねるように2人へと迫る怪物(ヒュージ)

 万全の雨柳ならともかく、修では回避など望むべくもない速さ。

 かと言って馬鹿正直に正面から受けて耐えるのも論外。

 

 

「シールド、オン!!」

 

 

不動心(ペンチメンタル)*8魅了・放心・睡眠・激昂にかからなくなる。

精神の強さだけで言うなら666部隊でも屈指のメンタルの持ち主である。

《シールド・フォーム》*9シーンまたは戦闘終了時まで魔道器(CHARM)を盾に変更する。

《盾防御》*10回避の代わりに使用。

盾の防御相性(物理に極めて強い)を得る。

 

【 修に発狂の呪詛は通じない! 】

【 修は魔道器を盾モードへと変形させた! 】

 

 

 回避も素受けも不可能―――故に、冷たい思考で選ぶのは防御。

 

 咄嗟に魔道器を剣から盾形態へと変更。

 体の前に突き出して受けの構えを取る。

 ―――直後に衝突、そして轟音。

 

「ッが、ああああああああ!!」

 

 踏ん張りがきかず宙へと飛ばされた。

 骨が砕け血管や内臓が複数破裂した。

 愛用のメガネもレンズに罅が入った。

 

 グルグルと回る視界にはこちらを見上げるヒュージの姿。

 聞き取れないがこちらを案じる雨柳の叫び声。

 たかが一発受けただけであの世へと片足を突っ込んだ感覚。

 

 

 ―――それでもまだ生きている、ギリギリで生存を掴んだ。

 

 

「ッスラスタァアアア!!!!!」

 

 

《煙幕弾》*11戦闘から脱出する。

覇気の陣(スラスター)*12味方全体の隊列が『前列』に移動する。

3Tの間、味方全体の攻撃力が2段階上昇する。

 

【 修は煙幕弾を放り投げた! 】

【 視界を塞ぎつつ、魔道器のスラスターを起動させる! 】

 

 

 続けて選ぶのは逃げの一手だった。

 勝ち目など無い。自分が20人いても勝てるかどうかというレベルの戦力差。

 吹き飛ばされた距離を利用しつつ、煙幕とジェット噴射で離脱を図る。

 

「隊長、すみま、せん……体に響きますけど、無茶します!」

 

 全身を軋ませながら修はスラスターを使って街中を疾走する。

 もはや隠れて進む意味はない。

 自分が使える程度の隠蔽では見抜かれると証明されたからだ。

 

 

「はははははははは!!!!」

 

「コロスコロスゴミコソススススッァアアアアッハッハ!!」

 

「ヒョッ、クヒヒ、キイッキキ!!!!」

 

「ジにダくナいヨォ! なンデワタしがこンなめニぃいいい」

 

 

  \カカカッ/      \カカカッ/    \カカカッ/

軍勢狂人(ニ■ゲ■)の群れLv41
 
軍勢狂人(ニ■ゲ■)の群れLv51
 
軍勢狂人(ニ■ゲ■)の群れLv57

 

 

 ちらりと後ろを向けば、こちらを追って来るヒュージと狂った民衆の姿が目に入った。

 怪物(ヒュージ)は当然として、誰も彼もまともではない。

 二足歩行を止め、手を含めた()()機動は常軌を逸した速さを成立させている。

 

 スラスターによる加速があっても振り切れない速度差だ。

 おそらく、このままでは1分もしない内に追いつかれるだろう。

 

(あのヒュージっぽいのはともかく、発狂者まで!?)

 

 修は驚くが、何も不思議な事ではない。

 狂気に当てられ不可逆の変質を起こした彼らの中身は既に人から乖離しつつある。

 見かけこそ人間だが実質ヒュージの群れである。

 

 個体毎の強度も修を上回り始めており、時間が経つほど更に強くなっていく。

 まさに下劣畜生、邪見即正の道理―――やがて総てが怪物に成り果てる世界がそこにあった。

 

「ここままじゃ……っ」

 

 

 

「―――三雲、俺を捨てて逃げろ」

 

 

 

 冷や汗を流す修の耳に、失意に沈んだ男の声が届いた。

 

 

「俺なんて足手まとい(お荷物)がいなきゃ……もっと早く動けるはずだ。

 このままじゃ、共倒れになる。だから、捨てろ」

 

「それは……その通り、ですが………」

 

 事実だった。

 現状重石になっている雨柳を捨てれば修はもっと身軽になる。

 このまま共倒れするくらいなら片方を見捨てるのが合理的だ。

 今までの戦いでも、()()()()()が苦渋の選択の果てに何度もあった。

 

「気にするな、俺の番が来たってだけの話だ……覚悟はとっくにしてる」

 

 半分嘘だった。

 あるのは覚悟ではなく失望である。

 自分のような存在よりも子供を優先するという最低限の矜持が残っていただけ。

 

「お前はそのまま、方舟に行け。

 そして……逃げられる子たちと一緒に、逃げるんだ」

 

 ()()()()()()()()()()()

 部隊全員の総意で出航日に修を方舟に放り込む手筈であった。

 まだ子供でしかない彼を地獄の果てに付き合わせる気は無かったのだ。

 

「迅の指示は無視していい……隊長命令だ、早くしろ」

 

 

 

 

 

 

「―――すみません、マダオの命令は聞けません」

 

「マッ!?!?」

 

 

 

 いきなりまるで駄目なおっさん―――略してマダオ呼ばわりされた雨柳は思わず固まった。

 その姿を無視して、修は一瞬だけスラスターを停止。

 反転しながら空いた手に持っていた魔道器を起動する。

 

魔道器(トリガー)、オン!!」

 

 

バインドトラップ(ワイヤー陣)*13エリアに『バインドトラップ』を構築する。

侵入した敵の移動を停止する。

年の近かった先輩から使い方を教わった魔道器(トリガー)

 

【 専用の魔道器から数十のワイヤーが展開された! 】

 

 魔力(マギ)で作られたワイヤーが幾つもの巣となって張り巡らされる。

 

 

 本来であればワイヤー陣はヒュージを拘束・足止めする罠として()()するものだ。

 こんなあからさまに目の前で用いる物ではない。

 かつて使い方を教えてくれた(性格と目つきが腐っていた)先輩が見れば、間違いなく微妙な顔をする。

 まともな思考能力を持っていれば回避するなり、ワイヤーの土台部分を破壊して終わるだろう。

 

「ギィイイイイイイ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 入れ食いのように次から次へと自ら罠の中に飛び込んできてくれる。

 方舟の駐機場では周囲が開け過ぎていて使えなかった手だ。

 即席かつあの数相手ではそこまで長くは持たないが、それでもかなりの時間を稼ぐ事に成功する。

 

「隊長、ぼくがここにいるのは、迅さんに命令されたからじゃない。

 ただ単に、自分がそうするべきと思ったからです!!」

 

 再度スタスターを起動しながら、修は背後で呆然とする雨柳へと叫ぶ。

 それはどこか、自分にも言い聞かせているようにも聞こえた。

 

 彼は自分が弱者だと知っている。

 彼は自分が取るに足らない、踏みつけられる虫ケラ同然の存在だと知っている。

 彼は自分が“そうするべき”と思った事から一度でも逃げれば、本当に戦わなければならない時も逃げるようになってしまう人間だと知っている。

 

 だからこそ。

 

「最終的に隊長を送り届けると決めたのはぼくです!

 どんなに絶望的でも、ぼくはぼくのやるべき事をやる!!」

 

 例え子供であったとしても。

 例え子供の意地と言われようとも。

 

 

「迅さんたちもやるべき事の為に命を賭けている。

 最悪を通り越した結末を覆そうと足掻いている。

 だからぼくも、隊長を捨てて逃げる訳にはいかないんだ!!」

 

 

 客観的に見れば諦めの悪い未熟者が咆えているだけ。

 目の前まで迫る巨大隕石に対し、必死でどうすればいいか直撃するまで考える愚者。

 何も成せず、歴史の染みにさえならずに終わる存在。

 

 それでも――――。

 

「三、雲……俺は……っ!!」

 

 その姿は、砕けかけていた男の心を奮い立たせるだけのものがあった。

 

 自分の半分も生きていない子供が諦めていないのに、何をウジウジとしているのか。

 本来であれば護られる立場の子供の影に隠れて、何を嘆いているのか。

 失敗に押し潰されたまま、更なる失敗を重ねようとしているのか。

 

 己への失望を超える怒りが湧いて来る。

 バッドエンドが確定したからと言ってどうした。

 まだ出来る事はあるのに膝を折っている場合ではない。

 

(資格だの価値だの、そんなもん考えるな!!

 ここで投げだしたら……G.E.H.E.N.Aのカス共以下だろ!!

 死んでいった皆の想いさえ、無駄になっちまうだろうが!!!!)

 

 雨柳は歯を食いしばる。

 苦しみを堪えるのではなく、ぼやけた意識に活を入れる為に。

 戦える状態ではなくとも、それ以外の事はまだ出来るのだから。

 

「三雲! お前は全力で走る事だけ考えろ!!

 周囲の警戒は俺がする―――もうひと踏ん張りだっ!!!!」

 

「はい!!!!」

 

 三雲修は知らない。

 

 彼だけが己をヒーローと知らない。

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

 ・

 

 

 

――― 〈同時刻 横浜ランドマークタワー付近〉 ―――

 

 

 

「ボクが負けるだっけ―――もう一回言えるかい?」

 

 

 感情の起伏を感じさせない声音で、超越者は地に倒れ伏す666部隊を見下ろしていた。

 

 

 

*1
※旧約Ⅱ

*2
※メタファー

*3
※デビサバ

*4
《矮化》 ※NINE 

パーティの認識LVを1下げる。

通称バッグワーム。

*5
※メタファー

*6
※メタファー 攻撃力が高まる代わりに、敵から受けるダメージも大幅に上昇し、行動も自動的に武器による通常攻撃のみになる

*7
※メタファー

*8
※メタファー

*9
※200X

*10
※200X

*11
※真1

*12
※メタファー

*13
※NINE




◎登場人物紹介

・三雲修 Lv20
シリーズポジション:イブキ(真Ⅲ小説 地の書)

666部隊最年少の隊員。
精鋭部隊所属と言えば聞こえはいいが、実際は数合わせに送られただけの補充兵。
それでも精神力だけなら群を抜いている。




次回は666部隊視点の話を予定しています。
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