死に戻るたびにTSが加速する   作:こびとのまち

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それは最初で最後の砦

 冒険者って生き物は死ぬときにゃ驚くほどあっさりと死ぬ。そんなことは、冒険者として生きていくと決意し、幼馴染であるジールと共に故郷を飛び出したときから理解していたつもりだった。

 

「うぐっ……でもさ、さすがにこんな死に方をするとは思っていなかったなぁ」

 

 腹から突き出た短剣の先へと視線を落としながら、オレは絞り出すように呟き嘆く。すると、それに応えるように何者かが耳元で囁きかけてきた。

 

「全部あんたが悪いのよ? 男のくせして、ジール様にいっつもベタベタ纏わりついているんだもの」

 

 背筋が凍るような冷え切った声。反射的に首を回せば、どす黒く濁った瞳でオレを睨みつけている女の姿が目に映る。

 

 その顔にはおぼろげながら見覚えがあった。そう、たしか酒場やギルドで毎回しつこくジールに絡み、袖にされ続けていたハーフエルフの女だ。

 誘惑が失敗する度に何故かオレのことを睨んでいたので、おかしな奴だとは思っていたが……いやはや、まさかこのオレに嫉妬していたとは予想だにしなかったぜ。世の中にはいろんな奴がいるんだねぇ。

 いや〜、怖い怖い。物騒だから、人気のない路地裏なんて不用意に歩くもんじゃないや。って、刺されてから気づいても手遅れだよな。

 

 それにしても、オレとあいつがベタベタって……。オレたちは只の幼馴染みで、今は同じ冒険者パーティー『若葉の契』に所属する仲間のひとりに過ぎないんだけど。当然、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 というか、うちのパーティーの女性陣をすっ飛ばして、真っ先に男のオレへと嫉妬の矛先が向いているのはおかしくないか!?

 でもまあ、あいつらが傷つけられるよりかはずっとマシか。もしオレじゃなく妹のサラが狙われていたらと考えると、心底ゾッとする。

 

「あんた、なんでそんなに落ち着いているのよ? 気持ち悪いわね……」

 

 おいこら、失礼だぞ?

 

「ふん、まあいいわ。これでようやく、わたしとジール様の恋路を邪魔するゴミが取り除けるのだから。うふ、うふふふふ」

 

 いや、おまえの笑い声の方がよっぽど怖ぇよ!?

 

 オレはほら、もうすぐ死ぬんだってことに、イマイチ実感が追いついていないだけで。どうせほんの数秒後には寝坊助な痛覚が目を覚まし、口からみっともない奇声を発する羽目になるだろうさ。泣きそう。

 

「うふふふ。わたしってべつにサディストじゃないのよね。だから、あんたが苦しむ前にさっさと楽にしてあげるわ。慈悲深さに感謝してくれていいわよ?」

「…………いや、ふざけっ」

 

 ふざけんじゃねえ! そう言い返そうとしたオレの背中から勢いよく短剣が引き抜かれた。思わず息を呑み込んだ次の瞬間、再び短剣が突き刺さる。さらにもう一度。ついでにもう一度。

 逆流した血が口からコポリと音を立てて溢れ出た。ここまで身体がズタボロになってようやく痛みを自覚するも、悲鳴を上げる暇さえ与えられないうちに意識がぼんやりと薄れ始める。クッソ……オレってば、どうやら本当に死ぬみたいだ。

 

 と、そのとき。霞れゆく視界の端っこに、この場にいるはずがない人間の足元が映り込む。

 

「やあ、アスタじゃないか! そんなところで……何して…………」

 

 その声は、まさかジールなのか?

 ……あぁ、幼馴染にオレが殺される瞬間なんて見せたくなかったなぁ。絶対トラウマになるじゃないか。

 

「えっ、嘘!? どうしてジール様がこんな場所に……って、あっ! ちちち違うのこれは、わたしとジール様の将来の為にどうしても必要なことでっ」

 

 女が早口で喚いているが、たぶんジールの耳には届いていない。

 

「……冗談、だろ? 二人して僕を揶揄っているだけ、なんだよね? ねぇ!?」

 

 幼馴染の絶望が、オレにはひしひしと感じ取れる。だが、情けないことに今のオレでは声をかけてやることすら叶わない。それどころか全身の力が抜けて、情けなく地面に崩れ落ちてしまう始末で。

 

 なんか、ごめんな。こんな最後で。

 

「アスタ!? おいっ、アスタァアアアア!」

 

 幼馴染みの悲痛な叫びを傷口に浴びながら、オレは静かに意識を手放した。

 

 

 

 

「ぐえふぉあ!?」

 

 もしも誰かに聞かれていたら死んでしまいたくなるような奇声と共に、オレは勢い良く飛び起きた。死んでしまいたくなるっていうか、今さっき実際に死んだばかりなんだけどさ。

 

 ……ん? ちょっと待て。なんで死人が当たり前のように飛び起きているんだ? いや、目が覚めたということは、つまり生きているということで。

 

「もしかしてオレは助かった、のか?」

 

 なるほど、少しずつ状況が飲み込めてきた。

 自室のベッドで寝ていたってことは、オレはジールにすんでのところで救い出されたのだろう。あれだけ滅多刺しにされたのだから、間違いなく死んだと思ったのだけれど……。オレってやつは存外にしぶとい男だったらしい。後でジールに感謝しないとな。

 

 さて、腹の傷はどんな具合か。十中八九、ミンチ状態なんだろうなぁ。正直なところ、現実を直視するのは恐ろしくて堪らない。だからと言って、確かめないなんて選択肢はないわけで。オレは慎重に服を捲る。

 

「……あれ? 手当てした痕跡は? というか、そもそも傷がひとつもない? んなバカな!?」

 

 予想に反して傷ひとつない綺麗な腹を凝視して、オレはあんぐりと口を開いた。

 そんな状況であったが為に、いつの間にか部屋の扉が開いていたことにまったく気がついていなかった。当然、そこに立っている男の存在にも。

 

「うっわ!? 痴女がいるぜ、痴女が!」

 

 えっ、痴女って言った? どこにいんの?

 馴染みある声に釣られ、オレはようやく周りに目を向ける。するとそこには、我がパーティーの頼もしい斧使い、ダン・デイヴィスが目ん玉をひん剥いて突っ立っていた。

 

「いや待て、ここはアスタの部屋だよな? つまり、この女はアスタの客人ということで」

「……ダン?」

「ってことは、客人のいる部屋に無許可で侵入した挙句、いきなり痴女扱いしちまった俺の方がマズい立場なんじゃねぇのか?」

 

 何やらぶつぶつと呟いているが、ぶっちゃけ内容はよく分からない。べつに分かりたくもないが。

 こいつ、こんな危ない雰囲気の男だっけ? オレが訝しげに眺めていると、今度は慌てて弁明を始めた。

 

「あぁ、えっと……隣の部屋から知らない女の声がしたもんだから、思わず覗いちまったんだよ。そんなわけで、これっぽっちも他意はねぇんだ。ノックもせずに覗いたのはたしかに悪かったが、ここはひとつ寛大な心で許してくれねぇか?」

「…………さっきからなに言ってんの? ダン」

 

 クエストの報酬を貯めて買ったボロッボロのこの屋敷で、オレたち『若葉の契』は細々と共同生活を送っている。故に、隣の部屋から音が漏れ聞こえるなんてのは割と日常茶飯事なわけだ。

 それにしたって、急に気味の悪いことを言わないでほしい。オレの部屋から知らない女の声が聞こえたとか、普通にホラーな話じゃないか。オレ、そういう類は苦手なんだって。

 というか、今更おまえがオレの部屋を覗いたくらいで、べつに許すも許さないもないだろう。

 

「ところでさぁ、あんたもしかしてアスタの女か? ……って、そんなのわざわざ聞くまでもないか」

「はぁ!? おまえホントなに言ってんの?」

 

 オレのツッコミを華麗にスルーし、ダンは忌々しげに顔を歪める。

 

「チクショウ、あいつはまだ童貞仲間だと思っていたのによぉ……! しれっと女を連れ込んでいたとかマジで見損なったぜ、あのむっつりスケベ野郎」

「オレ、おまえからそんな風に思われてたの!?」

 

 むっつりスケベじゃねぇし! 失敬な。

 

「いや、あんたじゃなくてアスタのことなんだが」

「……? だからオレのことなんだろ?」

「おいおい、どう解釈したらそうなるんだ?」

「うん? そのまんま解釈したんだけど」

「マ、マジかよこいつ……」

「えっ?」

 

 どうにも話が噛み合わない。オレとダン、揃って首を横に傾げた。

 

「あぁ、そういうことか。つまり、あんたとアスタで手を組んで、俺を嵌めようって魂胆だな?」

「いや、だからアスタはオレじゃないか」

「なぁアスタ、隠れているんだろ? 出てこいよ」

 

 オレのツッコミをまたしてもスルーし、ダンは部屋の中をゴソゴソと捜索し始める。ふざけたことに、目の前にいるオレの名前を連呼しながら。どう考えても揶揄っているのはそっちの方じゃない?

 一体何の冗談なのかとさすがにキレそうな気分なのだが、これ以上訳の分からない問答はしたくないので奥の手を使うことにする。

 

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「……あ?」

「ダンが惚れてんの、あの子だったよな? 頭を下げて頼んできたから、わざわざ彼女と二人きりで話せる場をセッティングしてやったのに、直前でビビッて逃げたヘタレは誰だったっけか?」

「おまっ、なんでそれを!?」

「……まだそのしょーもない芝居を続けるつもりなのかよ。いいぜ、おまえがその気ならまだまだネタはあるんだからな」

「待て待て、ちょっと待て!」

 

 待ってなんてやるもんか。バーカ!

 鬱憤ばらしも兼ねて三つか四つほどネタを掘り起こしたところで、ダンが手を上げて涙声で叫んだ。

 

「分かった分かった、完っ璧に分かった! あんたがアスタだ、間違いねぇ。俺が悪かったからもうそのくらいで勘弁してくれ!」

 

 当たり前じゃないか、オレはオレだ。ほとんど毎日顔を合わせているくせに、今さらそんな反応するんじゃねぇよ。白々しい。

 

「いや、でもさ……アスタに女装の才能なんてあったのな。俺、知らなかったぜ」

「おまえ、まだそんなふざけたことを……!」

「目が怖ぇえよ!? なんでキレてんの!?」

「そんなのおまえが女装とか意味不明なこと言い出したからに決まって……ん? あれ?」

「……ど、どうした?」

 

 懲りない奴めと更にネタを掘り起こそうとしたところで、ふと自分の声に違和感を抱く。

 なぁ、オレの声ってこんなに高音だったっけ? これじゃまるで声変わり前の子どもみたい……というか、それこそ()みたいというか。

 

「いやいやいや。ま、まさか……な」

 

 オレは再び服を捲る。

 

「ちょっ、おまっ、急に何を!? ……って、アスタの身体に狼狽えてどうすんだよ、俺」

 

 ダンがまた妙に狼狽えているが、オレはオレで内心かつてないほどに狼狽えていた。何故って、何度確かめても肉付きが今までのオレと明らかに違っているからで……。刺されたはずの傷がないとか、最早そういう次元の違和感ではない。鍛え上げたはずの腹筋はどこに行ってしまったのだろうか。こんなにすべすべになっちゃってさぁ。

 

「なあ、大丈夫か? なんか顔色ヤバいぞ?」

「大丈夫……ではない、かも」

 

 恐る恐る自身の胸に手を当てて、オレの困惑は更に深まる。けして大きいわけではないが、そこにはたしかな膨らみが在った。

 

「まだだ、まだ最後の砦が残っている……!」

「おいアスタ、どうしちまったんだ?」

「そう、最後の砦が……残って…………」

「アスタ?」

「ないっ」

 

 覗き込んだ下着の中に、()()()()()()()()()()

 

 オレは暫く呆然としたまま天井を眺める。そして、ダンへと助けを求めるように震えた声で呟いた。

 

「……どうしよう。オレ、女になっちゃったみたい」

 

 その日、オレは男の『身体』を失った。





まだまだ序の口。
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