「あのさ、体調は本当にもう大丈夫なのか?」
「あぁ、すまない……。いや、少し嫌な夢を見てしまっただけだからさ、まったく心配はいらないよ」
アネットとサラの魔の手からようやく解放されたオレは、ダンの説明を受けて困惑しきりなジールを連れ出し、二人で街中を歩いていた。
見るからに顔色が悪いジールの気分転換になればと考えての行動だったが、見知らぬ女と化してしまったオレと一緒では逆効果だっただろうか。心配いらないと言う割には、未だに辛そうな表情のままである。
「アスタの方こそ、なんだか大変そうじゃないか。その……話を聞いてビックリしたよ。まさか幼馴染の身体がいきなり女の子になっちゃうなんてさ」
「ま、まあな。へへっ」
うーむ、どうにも気まずい空気が漂っている。これなら喧嘩したときの空気の方がまだ幾分かマシかもしれない。
「なぁ、もしかしておまえ……」
と、オレが恐る恐る口を開いたその刹那、ジールの腹が唸るようにギュルルと鳴った。
「…………」
「えぇっと、アスタはお腹とか空いてない?」
「あ〜、言われてみれば、朝から何も食ってないな。この身体の所為で朝食どころじゃなかったし」
「だよね……! よし、適当に何か調達してくるからさ、そこのベンチにでも座って待っていてくれよ」
そう言い残して、ジールは足早に去っていく。仕方がないので、オレは言われた通りに近くのベンチへと腰を下ろした。
ここは若手冒険者の街、ルクセルヒ。オレたちのように冒険者を目指して集まってきた若者と、そんな冒険者をターゲットにして商いを営む現地民の共存関係によって栄え続けてきた街である。
つまり何が言いたいのかというと、この街ではそこかしこに店舗が建ち並んでいて、買い物に苦労しないってこと。案の定、両手いっぱいにパンを抱えたジールが早々と戻ってきた。
「お待たせ、アスタ。ほら、適当に買ってきたから好きなの選んで取ってよ」
「助かる! じゃ、これ貰おうかな」
幼馴染の好意に甘え、オレはソーセージの挟まったパンへと手を伸ばす。これ、美味いんだよなぁ。
「……ははっ、やっぱりそれを選ぶんだ」
「え? ……あっ、おまえ!」
一瞬まさかと思ったが、ジールのニヤけた顔を見てすぐさま確信に変わる。この男、オレの好物をしっかりと把握した上で、わざと紛れ込ませて選ばせたな? 目的はもちろん、このオレが本当に自分の知っている
「うぅうう、オレの心配を返しやがれ……!」
「あはは、すまない。けど、今ので僕も納得した。キミはたしかにアスタだ」
そう言って笑いながら謝るジールの態度は、すっかりいつもの調子へと戻っていた。まったく、こっちは真剣に幼馴染の体調を心配していたというのに。
「おまっ、さっきまでは疑っていたのかよぉ」
「いや、ダンの奴はともかくとして、妹のサラまでキミをアスタだと認めていたからね。その時点で、もうほとんど疑ってはいなかったさ。だから今のは、ちょっとした悪戯みたいなものさ」
最後にペロッと舌を出して、軽いノリでオレの不満を躱そうとしてきたが、無駄に顔が良いから様になっているのが腹立たしいところ。そんなので許してくれるのは、その辺の面食い女だけだぞ。
「悪戯って……。ま、おまえがそれでスッキリしたのなら、このくらいべつに気にしないけどよ」
「……アスタ、キミはやっぱり最高の幼馴染だ」
「ばーか!」
なんだかチョロい奴だと言われた気がしたオレは、誤魔化すように顔を背けてパンを頬張る。が、身体の変化に合わせて口も小さくなっていたらしく、想定外に口の周りが汚れてしまった。ぐぬぬ。
「落ち着いて食べなよ、誰も盗らないから」
「分かってらい!」
そんなオレの様子を苦笑いしながら眺めていたジールだったが、暫く観察して満足したのだろう。自らもパンをひとつ掴むと、並ぶようにしてオレの隣へと腰を下ろした。
「ほんとに女の子になっちゃったんだね、アスタ」
「あぁ、なっちゃったよ。不本意ながらな」
「原因に心当たりは?」
「そんなのあったら、とっくに話しているっての」
そう、残念ながらオレに心当たりなんてものは全く存在しなかった。これといっておかしなモノは食べていないし、そもそも性別が一晩で変わるだなんて摩訶不思議な話は聞いたことがない。
「魔術の類、とか」
「さっきアネットに訊いてみたけど、魔術はそんな都合の良いものじゃないってさ」
魔力を用いて火を放ったり水を出したり、はたまた傷を治癒したり。魔術ってやつは、そんな具合に日常生活や冒険者活動の中で非常に有用な代物である。
しかしそれは当然ながら、なんでも実現できる万能の術というわけではない。例えば、治癒はあくまでも回復を早める程度の効果で、怪我そのものをなかったことにはできない、みたいな。
魔術師であるアネットと違って、大した知識のないオレには専門的な説明なんてできない。が、少なくとも人体を作り替られるほど大層なものでないことくらいは子どもでも分かる。
「ま、そうだよねぇ。となると、今のところ可能性が高いのは誰かの『ギフト』による影響ってとこか」
「やっぱりそこに行き着く……よな」
ギフト。それはこの世に生を享けた全ての人間に秘められているとされる特殊な能力の総称である。そして、その能力の内容は皆それぞれに異なっていて、効果も代償も千差万別なのだとか。
教会が流布している伝承によると、生まれる直前に女神様から授けられる代物らしいが、大半の人間は自身のギフトがどのようなものか知ることすらないまま生涯を終える。何せ、その能力は人の想像を超えたものであることが大半なのだ。普通に生きていれば発現する機会なんて滅多とないし、稀に発現したところで大抵は碌な目に遭わない。
因みに、オレたちが生まれ育った田舎村にいた唯一のギフト自覚者が持つ能力は、へそに茶を注ぐと瞬時に沸騰させられるというものだった。代償は数時間の猫舌化。ギフトを授ける女神様って奴は、どうしようもない悪戯好きで、性格が死ぬほどねじ曲がっているに違いない。オレたちは見せ物じゃないんだぞ?
「他人の性別を変えるギフト待ち、か」
「条件も何も分からないけど、大体そんな感じなんじゃない? 人体を丸ごと作り変えているわけだから、代償だって相当ヤバそうな気がするけど」
「うわぁ、たしかに。ギフトの持ち主が無自覚に発動していた場合、それはかなり悲惨だ……」
まあ、必ずしも効果と代償が釣り合っているとは限らないらしいが。要するに、全て女神様の裁量次第ってわけだ。弄ばれている感が半端ない。
「お互い平穏に生きる為にも、寝て起きたら元に戻っていることを願うぜ」
割と心の底から呟いたオレの隣で、ジールがまたしても苦笑いしている。いや、他人事みたいに笑っているけど、おまえのギフトが発現した可能性だって十分にあるんだぞ? ちょうど今朝、体調を崩していたあたりも微妙に怪しいし。
「あはは、そんな目で僕を見ないでくれよ」
「おまえなぁ、オレは真剣に……」
「分かっているさ。だけど心配しなくていい。必ず僕がアスタを元に戻してみせるから。キミの為なら、この身を捧げることだって厭わないつもりさ」
な、ななな何を言ってんの、こいつ!?
急に真剣な顔で宣言されたもんだから、オレは思わず身体を引いてしまった。
「おまっ、そういうことをさらっと口にするなよぉ! オレが女なら勘違いしていたかもしれないぞ……」
「今のアスタは一応女の子だと思うんだけど」
「……ジール、やっぱりおまえが犯人だろ!?」
「違う違う、冗談だから睨まないでくれよ」
そう言って、からからと笑うオレの幼馴染。
そうだ、こいつは昔からこういう奴だった。オレは呆れて小さく溜息をつき、やれやれと首を振りながら食べかけのパンに意識を戻す。
「ま、アスタがどんな風に変わっても、僕とキミの関係だけは変わらないから安心してくれ。僕はいつまでもキミの幼馴染で、親友だ」
「なんで恥ずかしげもなくそんな臭いセリフを吐けるんだよ、おまえって奴は……。けど、そこまで言うなら約束だからな? 破るなよ?」
「あぁ、約束だ」
ふっと鼻で笑い、どちらともなく突き出した拳と拳を静かにぶつける。そしてオレは、小さくなった己の口に残りのパンを詰め込んだ。
「ぷふぅ、ごちそうさん。さてと、ジールも喋ってばかりいないでいい加減それ食っちまえよ。その間にオレがミルクでも買ってきてやるからさ」
「すまない、飲み物の用意を忘れていたね」
「どうせさっき買いに行ったときは、オレを試す作戦で頭の中がいっぱいになっていたんだろ?」
「ぐっ、すまない……」
仕返しとばかりに揶揄ってやると、ジールは申し訳なさそうに頭を掻いていた。それを見て少しだけ気が晴れたオレはベンチから立ち上がる。
「そんじゃ、ちょっくら行ってくるよ」
「あぁ、気をつけて」
ひらひらと手を振るジールに見送られながら、オレは行きつけの商店を目指して歩き出した。
そして暫く道なりに進み、近道をしようと大通りから外れたその直後、
「…………は?」
アネットからもらったワンピースの腹部にじわじわと広がる真紅の染み。揺れる視界に映り込んだその光景を、オレはただ呆然と眺めていた。
幼馴染とイチャイチャしていたら、早々に刺されたTSっ娘。哀れ。