なあ、どうして簡単に夢だと思い込んだ?
なあ、どうして現実から目を逸らした?
なあ、どうしてまたアスタを救えなかった?
なあ、どうして二度も幼馴染を見殺しにした?
なあ、どうして何も対策を考えなかった?
なあ、どうしてひとりで行かせてしまった?
なあ、どうして僕はこんなにも無力なんだ?
なあ、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……!?
僕、ジール・オルコットが何やら妙な胸騒ぎを覚えてアスタの後を追いかけたのは、軽やかな足取りで離れていく彼の背中が視界から消えた僅か数分後のことだった。けれど、その僅か数分が致命的な隙を生んでしまったらしい。腹部から血を流し地面に倒れ伏している幼馴染の姿を前にして、僕は否が応でもそう理解せざるを得なかった。というか、この状況で理解しないなんて甘いことは許されない。
ひと回り小さくなったアスタから漏れ出る息は見るからに絶え絶えで、今にも命の灯火が途絶えようとしている。はっきり言って、手遅れで救いようがない状況。絶望的なまでに全てが終わっていた。途方もない無力感に苛まれ視界が真っ白に染まる。
しかも、だ。こんな状態のアスタと遭遇するのは、何も
あの日、アスタが最初に刺し殺された日、僕はルルリルというハーフエルフの少女に会って愛の告白を受けていた。あぁ、べつに彼女と待ち合わせをしていたわけではない。ただ、ふらっとギルドにでも顔を出して依頼書を漁ろうと出掛けた道中で、偶然出会って告白されただけ。いや、今思うとあれは本当に偶然だったのか割と怪しい感じがするけれど。
告白を断った理由は至ってシンプル。内心で僕が彼女に苦手意識を抱いていたから。
実を言うと、以前から幾度となく遠回しなアプローチは受けていたのだが、その度に僕は彼女の目がどうにも不気味に思えて仕方がなかったのである。
そして、その印象はどうやら間違いではなかったらしい。告白を断りギルドに顔を出した帰り道、僕は彼女に刺されて口から血を吐くアスタの姿を目撃した。
僕は愚かで鈍感などうしようもない男だが、それでも惨状の原因が僕にあることくらいは想像がつく。
告白を断られ自棄になったルルリルは、プライドを傷つけた
正気でない様子のルルリルが何か喚きながら近づいてきたが、僕は腕を乱暴に振って接近を拒んだ。その際、彼女の構えていた短剣の先に掠ったらしく右手がぱっくりと裂けてしまったが、そんなことはどうでも良かった。僕はアスタを抱き抱え必死に彼の名前を呼び続ける。
「アスタ、アスタ! なぁ、アスタってば!」
「……んな。こんな最後で」
「えっ……?」
やがて、アスタの肉体から一切の力が抜け落ちた。僕はありとあらゆる絶望を煮詰めて濃縮したような感情の渦に呑み込まれ、獣のように咆哮を上げる。
「アスタ!? おいっ、アスタァアアアア!」
その刹那、人智を超えた
次に意識が覚醒したとき、僕は自身のベッドで全身汗だくになって横たわっていた。目覚めと同時に寸前の出来事が走馬灯の如く脳裏へと走る。途端に猛烈な吐き気を覚え、堪らず屋敷から飛び出した。
屋敷の裏で二度三度と盛大に吐き終えた僕は、ふと壁についていた己の右手に違和感を覚える。
「おかしい、これはおかしい。僕の記憶が正しければ、かなり深く切っていた……はずなんだ」
僕はこの
負ったはずの傷がないということは、あの悲劇自体がそもそも幻だったのではないか。普通に考えて、僕の幼馴染がそんなあっさりと殺されるはずがないだろう。大体、ついさっきまで僕はベッドで眠っていたじゃないか。つまりあれは悪夢を見ていただけに違いない――。所謂、正常性バイアスというやつである。
直後にダンがやって来て、今まさに現実で起きているアスタの性転換という常識外な現象へと意識を持っていかれたことも大きかった。
結果、アスタは二度も無惨に刺し殺される。またしても、愚かな幼馴染の所為で。
「ねぇねぇねぇ、わたしが決死の覚悟を決めて告白しに来たのにさぁ、どうしてあんたみたいなぽっと出の女が彼と親しげにデートしているわけ……!? お願いだから死んでわたしたちの前から消えてよぉ!」
ヒステリックに叫ぶハーフエルフの甲高い声が、僕の麻痺した脳髄に響き渡る。
そして漠然と理解した。あのときの悲劇は夢なんかじゃなかった。当然、目の前の惨状も夢じゃない。
「あぁ、そうか、そうだったのか。つまりこれは
僕がそう溢すのと時を同じくして、アスタの目から生気が尽きる。苦痛から解き放たれたその顔は、まるでよくできた人形のように美しかった。
♢
「ぐえふぉあ!?」
もしも誰かに聞かれていたら死んでしまいたくなるような奇声と共に、オレは勢い良く飛び起きた。死んでしまいたくなるっていうか……って、あれ? なんだろう、ものすごい既視感。
「……! そうだ、オレはさっき刺されたはずで」
思考が少しずつクリアになってきたオレは、慌ててシャツを捲り上げる。けれど、目に映ったすべすべの腹部には傷ひとつ付いていなかった。
「また変な夢、見ちゃったのか?」
刺し傷がどこにも見当たらない以上、短剣で刺された辺りの記憶はただの夢と判断するしかないだろう。悪夢ってのは繰り返し見ることがあるらしいし。さすがにそう何度も夢如きで取り乱しはしない。
で、その場合、刺される直前までの記憶は夢かそれとも現実か。そこが割と重要だ。常識的に考えれば、身体が女になるなんて非現実的な展開まで含めて全て夢とするのが自然だが、
「う〜ん、どう見ても女の身体になったまま……だよなぁ。ってか、なんか前に観察したときよりも胸元がふっくらしてないか!?」
世の中はそう都合良く回っていないようで、オレの身体は相変わらず少女のままであった。悲壮感に暮れつつも、とりあえず起き上がろうと顔を上げる。
「……あれ? ここって」
周囲を見回して、遂に気づいた。今はオレしかいないけど、ここってアネットとサラが使っている女子部屋じゃん、と。
いや、たしかに今のオレは女の身体なんだけどさ。さすがに女子部屋のベッドを使っているのはマズいでしょうよ。服を借りるのとはまったく訳が違う。
……えっ、ちょっと待って。もしかしてオレ、あいつらと一緒に寝たりしたの!?
意味の分からない状況に頭を抱えて唸っていると、部屋の主であるアネットたちが見計らったかのように扉を開いて入ってきた。これはヤバい、と焦ったオレは必死に弁明を試みる。
「いや待て、これは何かの間違いだ……! べつにオレの意思でベッドへ潜り込んだわけじゃない!」
「「…………」」
しまった、必死すぎて逆に怪しまれてしまったか? 二人の訝しそうな視線がチクチクと突き刺さる。
暫く身を縮こまらせていると、痺れを切らしたのかアネットが呆れたように口を開いた。
「間違いも何も、駄々捏ねて二度寝したのは貴女でしょ? ほら、いつまでも寝ぼけてないで起きなさい」
「いや、でも……」
「でもじゃないから! ほら、上目遣いで甘えようとしたってダメよ? 可愛いけど」
「上目遣いって、オレにそんなつもりは……」
「まったく。これじゃ、アスタとサラちゃん、どっちが
散々な言われようである。まあ、女子たちが寝ているベッドに潜り込むという蛮行を許してもらえたのならそれでいいか。寧ろ温情すら感じる。
昨日一日については途中から記憶が怪しいが、きっと慣れない身体で疲れていたのだろう。その挙句、夜中に寝ぼけて部屋を間違えた……みたいな。
幸か不幸か女の身体になっているから騒ぎにならなかったものの、もし男の身体で同じ失敗をしていたらと考えると恐ろしい。下手したら大事な部分を切り落とされる羽目になっていたかも。うぅ、想像しただけで背筋が凍る。今後は本当に気をつけないと。
「でもさ、オレは姉じゃなくて兄だぞ?」
サラの兄として、そこだけは絶対に修正しておきたい。そう思い笑いながらツッコミを入れると、アネットとサラが揃って首を傾げた。なんで?
「……アスタってば、遂に言葉遣いだけじゃなくて頭の中まで男の子になっちゃったの?」
「おねえは、ずっと、おねえのまま! こんなに可愛いのに、男の子なわけがない、でしょ。むふー」
は? 二人とも、何を……言っているんだ?
「そもそも貴女が女の子じゃなかったら、同じ部屋で生活なんてしてないから。……あっ、分かった。アスタ、まだ寝ぼけているのね?」
「おねえ、おねえ! いつも通り、髪を梳かしてあげるから、早くこっち来て!」
え、えぇえええええええ……!?
外見のみならず男として生きてきた過去まで失った哀れな
序盤からだいぶ苦しそうな幼馴染と、ハイペースで転がり落ちていくTSっ娘。
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