大切な幼馴染の死に目に二度も遭遇し、文字通り吐き気を催すような経験をした僕は、またしても同じ今日という日を迎えていた。
やはりアスタの死によって、強制的に時間が巻き戻るらしい。僕はそれをひとり静かに確信する。
その根拠は、あのとき感じた絶望が夢や幻だったとは到底思えないから、という極めて単純で主観的なもの。今だ信じ難いことではあるが、僕はもう二度と同じ後悔をしたくない。
このループ現象を奇跡と呼ぶか呪いと呼ぶかは人によって意見が割れるかもしれない。けれど、今日をやり直すことによってアスタの命が救えるのであれば、僕は奇跡と呼んで受け入れる他にないのである。
「アスタは何も覚えていない様子だったな……」
先ほど廊下で遭遇した際に軽く探りを入れてみたのだが、彼の様子はいつもとまったく変わりないように見えた。いや、外見に関していえば、少女と化したままだったので決していつも通りではないのだけれど。同じタイミングで起きている二つの不可思議な現象には、何か関係があるのかもしれない。
兎にも角にも、もし自身が殺されたときの記憶がそのまま残っているのなら、あんな風に正気ではいられないはずで。何せ、死ぬほどの苦しみ……というか、実際に死ぬ苦しみを味わったのだから。
そう考えると、アスタが何も覚えていないのは寧ろ胸を撫で下ろすべき幸運なのだろう。
「大丈夫、今度こそ僕がなんとかするから」
さて、改めて諸々を整理してみよう。
一度目の今日、僕に告白を断られたルルリルの八つ当たりによってアスタが殺された。これは恐らく間違いない。僕にだってその程度は理解できる。
そして肝心の二度目だが、このときもルルリルの行動自体は一度目と変わりなかったのだと思う。少なくとも途中までは……。同じ今日を繰り返しているのだから、当然といえば当然のことだ。
ただ、同じ今日でもアスタと僕には変化があった。具体的に言ってしまえば、アスタの外見が少女になっていたことと、僕がそんな状態のアスタと一緒に行動していたことのふたつ。で、前回と同様に僕を見つけたルルリルが目にしたのは、そんな僕ら。
振った本人である僕が言うのもどうかとは思うが、この日のルルリルは告白に失敗しただけで僕と親しい人間へと本気の殺意を向けるような、危うい精神状態の女である。そんな彼女が、ベンチに腰掛けて僕と親密な雰囲気で談笑している
実際、アスタを滅多刺しにしながら、ルルリル自身がそのような恨み言を口にしていたわけだし。
一度目と二度目、共通しているのは僕と出会うまでのルルリルの行動。なら、三度目である今回もそれは変わりないはず。つまり、僕が外を出歩いてさえいれば、また彼女と遭遇することになるわけだ。そのときの僕の対応次第で、きっとアスタの死は回避できる。
僕のそんな推測は、どうやら当たっていたらしい。外へ出て暫く経った頃、僕はルルリルと三度目の遭遇を果たした。この機を逃す手はない。
「やあ、ルルリルじゃないか。元気そうだね」
彼女のもとへと自ら駆け寄り、緊張のあまり挫けそうになる心を必死に奮い立たせながら言葉を紡ぐ。
「キミと一度、腹を割って話がしたい。お願いだ、少しだけ僕に付き合ってくれないだろうか?」
できることなら、悲劇に繋がるような不穏な要素はこの場で確実に潰しておきたい。その為には、慎重に話をつける必要がある。おかしな誤解を生まないように、彼女の恋心を踏みにじらないように、そしてアスタにだけは矛先が向かないように。
話してみた上でどうしても駄目そうなら、僕自身に殺意を向けさせてしまうのも手だろう。以前のアスタみたいに不意打ちで襲われたのならまだしも、最初から警戒して身構えていれば、さすがに易々とは殺されない自信があるし。もちろん、平和的に解決できればそれに越したことはないが。
などと考えて先手を打ってみたわけところ、
「えっ……わたし? なんで?」
と、まったく予想だにしていなかった困惑気味の反応が返ってきた。しかも、演技なのではと疑う余地もないほどに本気で訝しんでいる様子。
ええっと、これは一体どういうことだ? 今から僕に告白するつもりでいるのなら、嬉々として話に乗ってくるはずと踏んでいたのだが。そうでなくとも、彼女からすれば想い人から誘われた絶好機なわけだし。
……って、これではまるで僕が勘違い野郎みたいじゃないか。よりにもよって
そういえば、僕に対する態度もどこかそっけないような気がする。いつもなら過剰なくらいに好意をアピールしてくる彼女が、今回に限って妙に大人しい……というか、よそよそしい?
「ごめんなさい。わたしたちって、べつにそういう感じの仲じゃないですよね? それに、これから大事な用事があるから今はちょっと……」
引き気味にそれだけ言い放つと、ルルリルは逃げるようにして僕から離れていく。
「なっ!? いや、それってどういう――」
伸ばした腕は空を切り、漏れた呟きすらも街の喧騒によって掻き消される。僕はただ茫然と、去りゆく背中を見送ることしか出来なかった。
ともかく、直近の危機は過ぎ去ったらしい。正直なところ肩透かし感が半端ないけど……。
何であれ、無事に「アスタの死」という運命を変えることができたのならそれで良いじゃないか。うん、何も問題ない。どこか釈然としない気分を誤魔化すように、僕は自分自身へ言い聞かせた。
♢
「おねえ、それ砂糖じゃなくて塩」
「ぐぬぬぬ、ホントだ……」
「そのミスはちょっとベタすぎないかしら!?」
キッチンに並ぶオレとサラ、それからアネット。まったく記憶にない『約束」とやらの所為で、オレたちはマフィン作りに励んでいた。
「アスタ、貴女ってホントに成長しないわね」
「おねえの女子力、ずっと皆無」
二人の呆れたようなツッコミを聞いて、オレは内心ホッとする。良かった、
「なんでちょっと嬉しそうなのよ……」
「待て、べつに貶されて喜んだわけじゃないぞ!?」
どうやら内心で思っていたことが思い切り顔に出ていたらしく、とんでもない誤解をされてしまった。いや、本当にそんな趣味はないからな? 今も昔も。
と、不名誉な誤解を解くべく全力で否定するオレに向かって、サラが余計な質問を投げかけてくる。
「おねえ、もしかして……ジール兄と、隠れてそういう
「おいこら、どうして今の話の流れでジールの名前が出てくるんだよ……!? というか、我が妹よ。そういうことって一体どういうことだ?」
「むふーっ、むふーっ」
「やだこの子、鼻息荒くして何考えてんの!?」
いかん、思わず乙女な口調になってしまった。まあ正直、今の見た目だと一切違和感が仕事しないし、逆にしっくりきてしまうのが悲しいところだけど。
って、いや、そんなことより先に確認すべきことがあるじゃないか。そう、オレとジールの
「なあ、オレとジールは……」
「はいはい、言わなくても分かっているわよ。あくまでも
「あ、うん。そうそう、そうなんだよ」
ふぅうううううう、セーフ! あっぶねぇ! ナイスすぎるぜ、過去のオレ。最大限の賛辞を送りたい。
そして、だいぶ状況が掴めてきた。性別こそ挿げ変わってはいるものの、オレはやはりオレのままだ。
「ま、それにしては距離が近すぎると思うのだけれど。幼馴染だからか、お互い無自覚というのがタチ悪いのよね……」
「ん? 今なんか言った?」
「なんでもないわ、気にしないで」
いや、そんなこと言われちゃうと逆に気になって仕方がないんだけど。ジールといい、アネットといい、どうしてすぐ誤魔化そうとするのか。今度は絶対に聞き逃すまい。そう思い「もう一度」と催促しようと身を乗り出したそのとき、玄関の扉をドンドンと叩く音が響いた。最近、悉くタイミングが悪いなぁ。
「っと、誰か来たみたいね。あたしが見てくるわ」
「へいへい、よろしく」
これ幸いと言わんばかりに、アネットがキッチンから離れていく。オレはそれを仕方なく見送り、混ぜている最中だった手元のボールに視線を戻す。
「おねえ、しっかり混ぜてね?」
「分かってるって」
ところで、玄関の扉を叩いたのは誰だろうか。
う〜ん、もしかしてジールが帰ってきたとか? 意外と抜けているあいつのことだ、鍵を忘れて扉の前で困っていても不思議じゃないからな。
「今、ジール兄のこと考えている、でしょ」
「ちょっ、おまえ心が読めるのか?」
「……おねえの、ばか」
「えぇええええ!?」
などと妹から理不尽な罵倒を受けてちょっぴり涙目になっていると、ほどなくして背後に
「珍しいな、来客か?」
「そ、アスタに会いに来たんだって」
えっ、オレに? 一体誰が何の用事で……?
アネットのちょうど後ろにいる客人の顔を確かめようと、オレはそいつに近づいていく。
「でもなぁ、わざわざオレに会いに来るやつなんていたっ、け……なぁ!?」
その顔を目にした瞬間、オレは思わず固まった。
何故って、そこにいたのはオレが悪夢で二度も遭遇したハーフエルフの女だったからだ。
ルルリル「お待たせ(はぁと)」
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