死に戻るたびにTSが加速する   作:こびとのまち

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悪夢で見知った訪問者

「ヒッ……!? な、なんでおまえが……」

 

 アネットの背後に佇むハーフエルフの女を指差し、オレは悲鳴にも似た声を漏らした。途端に全身から汗が吹き出し、心臓が煩いほど激しく脈打ち始める。

 

「アネット、サラ! こいつはオレをっ」

 

 ――刺し殺した女だ。そう叫ぼうとして、すんでのところで思い止まる。いや、それは違う、と。

 

 だって、あれは所詮オレが夢で見た光景に過ぎないわけで。だから当然、目の前にいるこの女に怯える必要なんてない。その証拠に、オレは今も傷ひとつない身体でピンピンしているではないか。

 そう頭では理解していても、自然と湧き上がる恐怖心は微塵も静まる気配がない。ゴクリ、と唾を飲み込む音が顎の骨を伝って直接脳裏に響いた。

 

 それはそれとして、アネットが仲間でもないこの女を易々と屋敷に入れたことには違和感を覚える。そもそもの話、ジールと同じパーティーに属しているオレたち全員へ態度が悪かったこいつのことは、アネットたちだって快く思っていなかったはずなのだ。

 

「うふふ、会いたかったです……」

 

 果たして何を企んでいるのか、薄気味が悪い笑みを浮かべて女がじりじりと詰め寄ってくる。ついさっきまで頭の中で渦巻いていた疑問の類は、瞬く間に何処かへと吹き飛んだ。怖い、怖い、怖すぎる。

 

 やめてくれ、こっちに来ないでくれ。そんな心の叫びは誰の耳にも届かない。当たり前だ。夢での出来事が一気にフラッシュバックしたオレは、恐怖のあまり呼吸すらままならなくなっていたのだから。

 

「うふ、うふふふふ」

 

 そんなオレの腹部に飛び込まんと、女が床を強く蹴り身体をふわりと宙へ浮かせる。

 このままでは夢と同じように刺し殺されてしまうかもしれない。今すぐ避けるべきだと頭では考えているのだが、硬直し切ったオレの身体がそれを許さない。

 こうなっては、もはや彼女を信じて素直に受け止めるしかないだろう。反射的に目を瞑り、夢で味わった苦痛の再来を覚悟した。が、

 

「アスタ様ぁあああああっ」

 

 甘い声でオレの名を叫んだ彼女は、そのまま腰に腕を回し愛しげに抱きついてきた。……んんっ!?

 

「ルルリルちゃん、ステイ! ほら、急に飛びついたからアスタがびっくりして固まっているわよ? 毎度ながら、貴女アスタのこと好きすぎでしょ」

「もちろんです、アスタ様はわたしの全てですから! ……ごめんなさいアスタ様、お顔を見たら我慢できなくなって思わず抱きついちゃいました。てへっ」

「あ、うん……うん?」

 

 謝られて咄嗟に返事したものの……いや、マジでどうなってんの、この状況。女……ルルリルの態度が以前とあまりにも違いすぎる。そもそもさぁ、キミってそんな喋り方じゃなかったよね!?

 

 そんなオレの困惑を他所に、緩んだ空気が屋敷を包む。その輪の中心にいるのは、オレとルルリル。

 

「おねえ好きに、悪い人はいない! むふー!」

「分かります! さすが妹様!」

「妹様……いい響きなの」

 

 サラも。

 

「くっそ〜、なんで女のアスタの方が男の俺よりもモテているんだよぉ。やっぱり納得いかねぇ」

「あっ、いたんですね、ジョーさん」

「待て、俺の名前はダンだからな? いい加減そのくらい覚えろよ、コンチクショウ!」

 

 ダンも。

 

 誰ひとりとしてルルリルの態度に疑問を抱いている様子はない。それどころか、寧ろ皆と馴染んでいるようにさえ見える。というか、実際かなり馴染んでいる。ダンにはなんか壁があるけど……。

 

「えへへ。アスタ様ぁ、頭撫でてくださいっ」

 

 うん、オレには逆に甘々すぎる。以前の彼女や夢で見た彼女とのギャップがあまりにも大きすぎて、どうにも違和感が拭えない。誰だよ、こいつ。

 

「あふぅ〜、気持ちいいです」

 

 っと、差し出された頭を無意識のうちに撫でてしまっていたらしい。ルルリルはだらしない顔でオレに身を委ねている。その姿は、さながら飼い慣らされたペットのようだ。それにしても、本当に無防備極まりないな。彼女のそんな隙だらけな態度に釣られて、思わずオレまで気を許しそうになる。

 

「アスタ様の手作りお菓子をいただけるって聞いて、わたし急いで駆けつけたんです! ふふっ」

「そ、そう……えっ、ちょっと待って。あたしたち、昨晩ベッドの中でお菓子作りの約束をした気がするんだけど!? どうやって仕入れたのよ、その情報」

「ふっふ〜ん、それは内緒ですっ」

「いや、内緒って貴女ね……」

 

 前言撤回。絶対に気を許しちゃ駄目だ、この女。オレはアネットと一緒になってドン引きする。

 

 それはそうと、なかなかに興味深い状況である。オレが元から女だったことになるだけで、ここまで周囲が変わるものなのか。

 

「何か考え事ですか? アスタ様」

「あぁ、うん。べつに大したことじゃないけど」

「……解っちゃいました! もしかしなくても、わたしのことを考えてくださっていたのですね? えへへ、とっても嬉しいです」

「…………」

 

 あんたさ、オレひとりの存在に影響されすぎじゃない? 女のオレ、過去に一体何をやらかしたんだ!? 逆に怖くなってきたぜ……。

 

 

 

 

「アスタ様の太腿、ぷにぷにで柔らかい……。こんな特等席でアスタ様の手作りお菓子を食べさせていただけるなんて、今日は最高に幸せな日です!」

「オ、オレの太腿がぷにぷに……!? ぐぬぅ、鍛え上げたはずの筋肉はどこへ消えちまったんだよぉ」

 

 料理全般が得意なアネットと、故郷にいた頃から家事を手伝っていたサラ。そんな二人と一緒に作ったおかげもあり、無事にマフィンが焼き上がった。

 で、せっかくだから休憩がてら皆で食べようという話の流れになったわけなのだが、ルルリルの何気ないぷにぷに発言で勝手に傷つくオレであった。

 

 だってさぁ、生まれつき筋肉が付きにくい体質だったのに、ジールに引けを取りたくない一心で頑張って鍛えてきたんだぜ? それが一晩で消えちまうとか、悲劇以外の何ものでもないだろう。

 

「なぁ、なんで落ち込んでいるのか知らねぇが、アスタはまずそいつが当然のような面で膝に座っている状況を疑問視するべきなんじゃねぇのか?」

「ダイさん、煩いです。余計なこと言わないで黙って静かにしていてください。ペッペッ」

「やっぱり俺にだけ態度悪すぎじゃねぇか!? あと、俺の名前はダンだっつってんだろうが」

「うわぁ、自意識過剰な男って嫌ですね〜」

「て、てめぇ……!」

 

 きゃー、とわざとらしい悲鳴を上げてオレにますます密着するルルリル。以前の彼女を知っているから、なんとか無反応を貫けているが……こんな身体になってもオレはまだ男のままなつもりなので、異性との接触に少しだけドキドキしてしまう。

 

「ジンさん、あんまり近づくと痛い目を見ますよ?」

「なんだよ、その脅し……目が怖ぇな!?」

「うふふふふ」

 

 あっ、うん。全然違ったわ。

 

 接近したダンに対するルルリルの脅しを耳にして、オレはドキドキの正体に気づく。これ、異性に対する思春期的なドキドキじゃない。夢の中で植え付けられたトラウマによるドキドキ(ガクブル)だ。

 

「そ、そろそろオレから離れてくれないか?」

「えっ? う〜ん……嫌です!」

「いや、そんな元気よく拒否されても困るんだけど」

 

 自身のトラウマを自覚したオレはルルリルに膝から降りるよう促すが、満面の笑みであっさり拒まれてしまった。くぅう、この我儘娘めっ!

 

「ふぅ〜ん。アスタ様ったら、まさか恥ずかしがっていらっしゃいます? あはっ、かぁわいいです!」

 

 まったく、見当違いにもほどがある。オレはべつに恥ずかしいから降りろと言っているわけじゃないっての。ここはびしっと言い返してやらねば。よし……!

 

「はぁああ!? オレはべつに可愛くなんてないんだが? 寧ろダンディな男を目指しているんだが?」

 

 って、違う違う、そうじゃない。つい勢いで別の部分に噛み付いてしまった。落ち着け、オレ。

 そんなオレに、全員の冷たい視線が突き刺さる。冷たいというか、可哀想なものを見る目、か?

 

「……その目標は達成不可能じゃないかしら?」

「それは、おねえでも、無理があるの」

「そんなの目指しちゃ駄目ですよ、アスタ様。貴女はもう少し自身の可愛さを自覚するべきです!」

「そもそもアスタは女だろうが。さすがに性別は変えられねぇぜ?」

 

 不可能でも無理でも駄目でもねぇし! そもそもオレの本来の性別は男だし!

 

「あぁああああ! もういいっ、早く離れろ!」

「うふふふ、や〜ですぅ!」

 

 すっかりやけになったオレは、強引にでもルルリルの身体を引き剥がしてやろうと暴れ始める。それに全力で抗うハーフエルフ。

 オレたち二人の体勢は、次第に取っ組み合いのような形へと崩れていく。そんでもって、どうやら今のオレは生粋の女であるルルリルよりも力が弱いらしい。がっちりと押さえつけられ、自身が劣勢であると()()()()られたオレの目元に悔し涙が浮かぶ。

 

 屋敷にあいつが帰ってきたのは、ちょうどそんなタイミングだった。





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