ー麻雀飛翔伝ー 哭きのTS竜   作:Fabulous

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この作品で死ぬのは哭きの竜のキャラのみなのでご安心してください。


大阪の章

 

 その日、高体連本部では竜の賭け麻雀についての会議が行われていた。競技麻雀の専門部中心に集められた役員の他に数名の弁護士と書記が巨大な会議室に置かれた円卓に着席し会議の始まる時刻を待っていた。

 

 

「甲斐学園の方はまだですか?」

 

 中央に座る年配の男性が口を開き、それに隣席の初老の女性が答えた。

 

「もう控室に到着していると思いますが……確認してみます議長」

 

 今回の会議に足りない面子がまだいた。当事者である竜が所属する甲斐学園である。

 

「しかし、まぁ処分は免れんでしょうな」

 

「無期限の公式大会の出場停止が妥当ですかな」

 

「ここは厳しく優勝取り消しも付けるべきでは?」

 

 まだ会議が始まっていないが各委員たちは思い思いに喋り出す。それだけ聞いても竜に温情ある措置を述べる委員は一人もいない。

 

 

 今回の議題、つまりは竜の過去に行っていた賭麻雀についての処分であった。

 

 ことの発端はある週刊誌のスクープ報道であった。

 

あの凶弾に倒れた悲運のヒロイン、哭きの竜は過去に違法賭博麻雀三昧だった⁉

 

 どこから嗅ぎつけられたのか竜の過去についての週刊誌報道により、彼女の選手キャリアが脅かされる事態となっていたのだった。報道を知った甲斐学園側は説明に苦慮した。何せ竜の過去は全くの謎であり石川であってもその殆どを知る由もなかった。更に厄介なのは報道がほぼ事実であることだった。竜が甲斐学園に入学してからは驚くことにきちんと学生をしていたが甲斐正三や石川たちと出会う以前は都内近辺のイリーガルな雀荘やホテル麻雀などでの勝ち分で生活をしていたようであり事実無根と突っぱねることは不可能だった。

 

 肝心の竜が行方不明であるため本人からの釈明もできない状況で事態はどんどん悪化の一途をたどり、遂に高体連の査問会が開かれる運びとなった。

 

 そもそも、麻雀と賭博の親和性は言うまでもないことだが麻雀がプロスポーツとして広く世間に認知され愛されるよう血道を上げてきた彼らに彼女らにとって今回の竜の行動は許しがたい暴挙である。高校在学中の違法行為ではないものの麻雀賭博は現代では御法度。ジュース一本、一円たりと賭けてはいけないのが常識である。

 

 それに彼らは警察ではない。公益財団法人として独自性をもって処分を決める事が出来る。つまり法理論ではなく道徳や倫理でもって処分を下せるのだ。

 

「皆さんその辺で。続きは甲斐学園の代表が来られるまで待ちましょう」

 

 議長の制止で公然とされていた竜の処分話はヒソヒソと鳴りを潜めたが会議の方向性事態に変わりはない。

 

 まさに、竜の選手生命は風前の灯火であった。

 

 

 

 ――高体連本部前――

 

 

「やはりお一人で行かれるので?」

 

「ああ。お前はここで待っとれ」

 

 本部前の公道に止められた黒塗りの外車にから出てきた男、甲斐学園学園長 石川喬(いしかわたかし)である。

 

 石川は今日、ある思惑を持ってこの地へと赴いた。目的は勿論、竜の助命歎願であるがその為には超えるべき問題が立ちふさがっていた。

 

「しかしなんでまた在学前の賭け麻雀が問題に上がったんでっしゃろ? 少し臭います」

 

「言われんでも分かっとる。どこぞの鼠どもがこのことを大事にしようと動いちょる。だが思い通りにはさせん」

 

「ご武運を祈っとります、学長」

 

 

――高体連本部――

 

「甲斐学園の石川喬じゃ」

 

 到着を告げると受付嬢は少し怪訝な表情を浮かべたのが気になった石川だが示された控室の場所へ歩を進めた。その場所に着くと石川は漸く意味が分かり疑問は笑みに変わる。

 

「川地んとこのか……ご苦労だったな。そのドア、開けて貰おうか」

 

「お疲れ様です石川学長。申し訳ありませんがここは川地が仕切っております。お引き取りを」

 

 控室前には自分と同じ桜道会のバッジを胸に付けた若衆が数名門番のように立ち塞がり、石川の歩みを阻んでいた。

 

「竜はわしんとこの生徒じゃ。その竜の事で開かれた会議に出席するのはこのわし以外おらんじゃろうが!」

 

「いえ、しかし、川地や室田が通すなと……」

 

「サンピン‼ 能書きはえぇ……早うここを通せや‼」

 

 猛獣の咆哮もかくやと呼ぶべき怒声が本部内に轟き男達も気圧され体を強張らせた。その隙を突き石川は強引に扉をこじ開け中へと押し入った。

 

 そこには見慣れた小憎らしい顔が二つ、石川を出迎える。

 

 

「これは川地の親分。お久ぶりで……」

 

 川地幸一(かわちこういち)

 

 石川と同じく桜道会に所属し自身も教育機関の長である男がそこにいた。先代甲斐正三の代より何かと張り合ってきた目の上のたん瘤としばしの睨み合いがなされると横に控える側近の室田が石川に突っかかる。

 

「石川よう、おめぇ最近いきがり過ぎじゃねぇか? 今回の代表は川地校長が出席することになっとんのじゃ」

 

「それはそれはご苦労なこって。けど今回スジ違いしとるんはそちらでっせ!」

 

吠える石川に今度は川地が口を開いた。

 

「石川よ。おめぇの気持ちも分かるがことは甲斐学園だけですまん。法人全体の沽券に関わること……これも桜道会の為だ。まぁ、分かってくれや」

 

「ほう……興味本位ですが川地校長は竜をなんとするおつもりで?」

 

「わしは何もせんよ。粛々と処分を受け入れるさ。仕方あるまい、これだけ世間を騒がした生徒が麻雀賭博なんぞ教育者として見過ごすことはできん。お前もそうだろう? のう……石川ァ」

 

 

――どぐされ鼠どもめッ!

 

 ぎり……と、目の前の男達の鼻っ柱を殴り飛ばしてやりたい衝動を奥歯で噛み殺しつつ石川は冷静を装った。そんな姿を嘲るような口調で川地は続ける。

 

「お前は確かに桜道会の理事の一人だがだがまだまだ新米。まぁ先代と理事長が急死しちまったからしょうがねえがこれも社会勉強だ。じっくりじいーっくりと下地を積むんだな」

 

「分かっとりま、よぉく分かっとりま。せやけどそがいな道理よりわしは大事にしたいもんがあるんです」

 

「なに?」

 

「竜は……竜は先代、甲斐正三が惚れ込んだ女、そしてわしらの生徒です。生徒の将来を守る為ならわしは喜んで道理を踏みつけて行きますよって。それに、もし竜を見捨てるようなマネなんぞしたらわしはあの世で先代に申し訳が立たんのです……!」

 

 

 次の瞬間、石川の行動に川地と室田は驚愕する。

 

 

「い……! 石川ぁ~~~~っ!」

 

 石川は懐から取り出した短刀を鞘から抜き放ちその白刃を川地達ではなくなんと己の喉元に突き付けたのだ! 

 

「わしも竜に惚れ込んだ一人……その竜の尻を拭くんはわしの役目や!」

 

 川地達は石川の覚悟を見誤っていた。彼らにとっては単なる主導権争いの為の一手であったが石川喬にとってそれは全く別格の意味を持つ。

 

 

 竜を導く──などと石川は思い上がってはいない。喉元に喰い込む切っ先を感じつつ石川はかつて甲斐正三が語った言葉が頭を過っていた。

 

 

──石川よ、竜を子供だと侮るな。アイツは立派に己の足で立っとる。どんなケチな相手だろうと己の命を懸けて戦っているから眩しいんや! 己で輝いとる存在じゃ。わしらはその光に誘われた虫みたいなもんじゃて。それでも虫は虫なりに楽しくアイツと遊んでやれや。本気の遊びが好きな所だけは、子供らしいやつなんじゃ……! 

 

 

 己が慕う男がある日を境に年端もいかぬ小娘に熱を上げた際には気でもおかしくなったのかと不安を覚えた。

 

 しかし竜に出会い、その麻雀を、その生き様を目の当たりにし、甲斐正三の思いがよくよく分かった。

 

 

 ──竜よ、お前はいったいどこに行く? まさか一生その日暮らしって訳にはいかんやろ。プロか? それとも他にアテがあるんか? 

 

 

 同時に石川は学校にて入学間もない竜に疑問を投げかけた時のことも思い出していた。彼女は冷たくも強い意志の籠った目を向けるとそれだけで石川の心臓は鼓動を増す。

 

「……己の行き先など興味もない。他人に縋るほど哀れでもない」

 

 

 およそ十代の少女が述べる言葉とは思えぬ達観した人生観に石川は沈黙する他なかった。気づけば石川もまた、程なく竜の魔性に魅入られていたのだ。

 

「ク……ッ クックック……! 竜ぅ……!」

 

 

 生きるか死ぬかの状況で石川は何故だか無性に竜が恋しくなりその名が零れた。

 

 そんな自分が滑稽でしょうがなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後、石川喬は甲斐学園代表として会議に出席した。

 

 

 会議は大方の予想を裏切り石川喬は竜を全面擁護し紛糾を極めたという……。後日、会議に参加したあるメンバーはその時の状況をこう述懐する。

 

 

 

石川喬、夜叉の如し。

 

 高体連に憮然と立ちはだかる。

 

 

 一昼夜、会議の場で微動だにせず竜に対する処分撤回を求めたという。

 

 

 石川は分かっていた。

 

 己の喉が枯れ、体を支える足が折れ、精魂が尽き果てたその時、己の命を絶つ……そんな悲壮な決意で形ある処分を求める委員たちの追及を真っ向から受け止めた。

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

「皆さん、そろそろ何らかの結論を出したいと思うのですがよろしいですか」

 

 議長の提案に会議の面々は力なく頷いた。

 

「待ってください議長。わしはまだまだ言いたい事が山ほどありますよって、ご臨席の方々には申し訳ありませんでしょうが」

 

 石川の空元気に議長は呆れる他なかった。予想を遥かに超える長丁場に着席している委員たちは皆げんなりと萎れており議長自身も身体の節々にじんわりとした疼痛を感じていた。

 

 しかしこの場で最も疲労していたのは石川である。大粒の汗を額から垂らしスーツ越しの背中も汗染みでぐっしょりと濡れていたのだ。無理も無い、会議が開始してから一度も休憩せずその体格にあった虎のような大きな声で竜の弁護を続けていたからだ。

 

「貴方の熱意はもう十分に分かりました。ええ十分に」

 

 

「ほう、せやら竜のこと、どう収める所存で……⁉」

 

「こうしましょう。貴高には厳重注意と再発防止の徹底。竜君には今年度中の公式戦出場停止というのは?」

 

 

 この言葉を石川は待っていた。

 

 何よりも石川が避けたかったのは竜が来年度の全国大会に出場できない事である。栄光など竜本人は気にも留めないが甲斐正三との約束、三年間のうちに全国大会三連覇……この盟約が履行できないのはまずかった。

 

 その為ならば自分はどんな泥も被る覚悟だったが遂に石川は賭けに勝ったのだ。

 

 

「分かりました。温情ある措置、感謝します」

 

 

 注意など竜が聞く訳もなく、聞いたところで考えを改める人間性など竜は持ち合わせていない。今年度の公式戦出場停止も他の一般学生にとってはかなりのマイナスだがそもそも竜は全国大会以外出場する気はない。今年度は既に優勝を果たしたこともありこの決定は、処分の体をなしているものの竜にとって実害は皆無であった。

 

 

 ──竜よ、こっちはこっちで勝手にやっとるわ。お前も何処をほっつき歩いているか知らんが早う帰ってこい。わしもお前と久しぶりに麻雀がしたいわ……! 

 

 

 高体連本部より出た石川を迎えた車は首都高速を通っていた。厳しい残暑も次第に鳴りを潜め肌寒い風が吹き始める季節を窓越しから感じながら彼は未だ行方知れずの少女に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――南大阪 某所 とある雀荘――

 

 愛宕洋榎(あたごひろえ)と言う麻雀少女がいた。

 

 インターミドルで結果を出し特待生として鳴り物入りで関西の強豪、姫松高校に入学した実力者。その打牌は基本に忠実なれど時に野生の勘とも言える危機察知能力を備えたオールラウンダー。単純にして隙のない闘牌は一年生にして既に麻雀部のエースを任されているほどの傑物。

 

 

 南大阪に愛宕洋榎あり。

 

 

 

「オッシャ立直や!」

 

 

 バシッと卓上に立直宣言牌を叩きつける少女がいた。五巡目にしてのフライング気味立直に他家は警戒感を顕にして回し打ちに徹するが彼女はいつものペースでまくし立てる。

 

「さぁこいこい! 一発ツモいくでぇ〜〜キタ! ツモや!」

 

 自分でも驚いたのか声が上擦りながらツモ牌と手牌を晒す洋榎。一発ツモに顔を苦くする他家だが晒された手牌に度肝を抜かれた。

 

「立直一発ツモ七対子ドラドラの跳満! これでウチの逆転トップで終了や!」

 

 ツモアガリで逆転するには跳満以上が求められたオーラスで七対子ドラドラでの立直。一発ツモが付かなければ逆転できない状況での賭けに僅か5巡で判断する度胸とセンス。

 

 この時点で並の麻雀高校生には決して到達できない領域に彼女は立っていた。

 

「ふっふぅ〜〜ん♪ これでこの雀荘でも敵無しやな〜。もうこれは南大阪最強はこの愛宕洋榎と言っても過言ではないなぁ〜」

 

 そして調子と言う見えない台にも立っていたのだ。

 

 点棒精算が終わると消沈した面持ちで卓を離れる客たちの中で一人の中年の男が洋榎に話しかけた。

 

「お嬢ちゃん随分強いなぁ。せやけどこの雀荘で最強名乗るんやったらわしら程度を倒したぐらいじゃいかんわな」

 

「なんやおっちゃん、負け惜しみかい」

 

「そないな下らんことするか。いるんや、この雀荘で一番ごっついやつがな」

 

 その一言に彼女のプライドが刺激されたのは言うまでもなかった。 

 

「ほならそいつ連れてこいや! ウチがボッコボコにしてやるさかい!」

 

 男はニヤリと歯のすけた口を歪ませ嗤う。

 

「そりゃ無理や。そいつはたまにしかこんねん。いつも気ぃついたら卓に座ってるか入り口に突っ立って……あっ」

 

 その時、男は話の途中で声を上げ固まった。洋榎は男の視線の先を目で追うと、そこには一人の少女が立っていた。

 

 一瞥、雀荘内の空きを確認するとその少女はゆらりと洋榎の卓へと歩を進めた。

 

「あ、アイツや。アイツがその最強や!」

 

 動揺する男を他所に洋榎の喉はゴクリと大きく鳴った。

 

「な、なんや。哭きの竜やないかいっ」

 

ワインレッドのシャツに無骨なズボンを身に纏わせこちらに近づいてくる女を洋榎はただ直視していた。

 

「嬢ちゃんも知っとんたんか。そや、アイツが哭きの竜や」

 

 既に洋榎から見て上家の卓へと着席していた竜は感情の読み取れぬ表情を張り付かせたまま一切微動だにせず……。

 

「お初に、ウチは愛宕洋榎。アンタの噂は朧気によう聞いとるわ」

 

「……」

 

 洋榎の絡みにも眼球だけを動かし目を向けるが、同年代の女子高生らしい華やかな会話は期待できない。

 

 ただ、だた、痛いだけの沈黙が続く……。

 

「雀聖、人鬼、神域、昔から巷で流れるそないなホラ話は聞き飽きたわ。アンタの無敵神話、今日でウチが引っ剥がしちゃるよって」

 

 愛宕洋榎の宣戦布告、南大阪では敵無しと言われる少女と全国最強の女二人の対決に観衆は固唾を呑んで見守っていた。

 

 その時、初めて竜の口角は僅かに引き上がり乾いた息が漏れ出た。

 

 

「──ふっ」

 

 

 一息、

 

 ほんの一息が零れ出ただけで洋榎の心臓は飛び跳ねた。

 

 

「はん! 噂通り辛気臭いやっちゃな。そんなんじゃツキが逃げてくでっ」

 

 勝負への意気込みか、それとも己の動揺を隠す為か語気が増す。しかし竜は陰鬱な表情から冷たい空気が漏れ出るのみ。

 

「ま、ええわ。ウチはアンタと対局できればそれでえぇんや。ここに来たってことは打つんやろ?」

 

 

「……半荘一回勝負で願いたい」

 

「決まりやな。おいオッチャン、ちゅーわけやから席どいてぇな」

 

 

 東一局  親 下家 ドラ表示牌{⑧}

 

 

 竜と愛宕洋榎の直接対局、雀荘内はこの対決に卓の周りへ我先と集まりだす。ギャラリーを背負いながらも委縮するどころか力増す洋榎は勝負の機先を早速制す。

 

 

「ツモや!」

 

 

 洋榎手牌

{一一一444789⑨北北北} {⑨}

 

 初手からツモ和了りの三暗刻ドラドラの満貫。これで勢いに乗った次局──

 

 

「カンといくでぇ。嶺上は……ツモ! 嶺上開花や!」

 

洋榎手牌

{三四五57⑤⑤⑤西西} {6} 

副露 

{■七七■} 

 

 カンチャン待ちの薄い上がり目を嶺上開花で掴み取る剛腕によって東二局も順当に和了。

 

「どや! 嶺上開花で和了れんのはアンタだけやないでぇ!」

 

 洋榎は点棒を積み上げるも、対する竜はただ黙し伏していた。

 

 そして流れるようなテンポで始まった東三局、親は竜。

 

 

 ここまで二連続和了の彼女を恐れ他家は生牌を絞りに行く消極的打ち回しに徹していた。

 

 徐々に熱を帯びる洋榎だがその思考はクリア、冷静に卓上を俯瞰する。

 

「けっ、しょっぱいなぁ」

 

 更なる勢いを付けたい所だが今局はその流れに陰りが出ていた。十巡目にして誰も上がらず副露も無し。いっそ不気味なまでの静寂が卓を支配していた。その理由は……

 

 

 

竜 捨て牌

{88②③四七}

{五五⑤④}

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 洋榎含め他家の脳裏には一つの役が浮かんでいた。

 

 

 一九字牌全てを使用した役満、国士無双。その気配が漂う。

 

「竜さんよ。国士狙いか? 勘弁してくれや」

 

「せやせや。ワシらあんたが来る前にそこの嬢ちゃんにしこたまシバかれたんやで。少しは点棒恵んでぇな」

 

 そう言いながらも他家二人は早々にベタオリ。だが洋榎は反対に攻めの姿勢を崩さず終盤になっても一九字牌をツモ切る強気を見せ観衆を驚かせた。

 

「あ、あほけぇ! あの竜の捨て牌にそないな牌を切るなんてっ」

 

「洋榎ちゃんそりゃないでぇ。通ったんはマグレや、マグレ!」

 

「うっさいわアホ! 黙って見とれや!」

 

 洋榎の強気は流局まで続き最後の打牌も場に一枚も見えていない超危険牌の{西}。打牌の瞬間に他家やギャラリーからは息を飲む声が聞こえたが竜からのロンの声は上がらなかった。

 

「……聴牌」

 

竜 手牌

{九九19①⑨東南西北白發中} 

 

 大方の予想通り国士聴牌の手牌。それを見てホッと胸をなでおろす他家を尻目に洋榎は嗤う。

 

「ハッ──ウチも聴牌や」

 

洋榎 手牌

{一一一一二三四234②③④}

 

 

「りゅっ 竜の和了り牌を四枚とも……!」

 

「な、なんやこれ? 234のタンピン三色も狙えとったのにこれじゃクソ手、しかも{四}のツモしか上がりが無いやないけぇ!」

 

 洋榎は全て見抜いていた訳ではない。序盤から各色の公九牌以外を満遍なく切っていた竜の手牌がかなり怪しいと感じていたがそこには絶対の余裕があった。序盤に早くも{一}の槓子を手牌に揃えたことで国士の目を100%潰しタンピン三色の誘惑を天性の直観で断ち切り竜の和了を封殺していたのだ。

 

「哭きの竜なんてけったいな異名はコケ脅しやないやろなぁ? はよ哭きぃ……アンタの本領はそないな国士なんかやない。アンタの哭きを直に見とうて体が疼きよるわ」

 

 不聴罰符の点棒を手中に収めながら洋榎は挑発の笑みを浮かべる。

 

 この時点で──

 

 洋榎 37,700点

 

 竜  23,700点

 

 ──洋榎はトップで二位の竜に14,000点のリード。

 

 

「竜、知っての通りこの雀荘はアガリのみ連荘がルールや。親の役満が1,500点になって残念やったな?」

 

 更にアガリ連荘の取り決めで竜は貴重な親番を失う。

 

 

 そして東4局、親は洋榎である。

 

 

「このまま爆速でゴールインや。立直!」

 

 洋榎 打{赤⑤}  

 

 五巡目にして無慈悲な親立直宣言。下家は戦意喪失のベタオリを選択し続く対面もオリのつもりであったがツモ牌を引き入れた瞬間、その決意が吹き飛ぶ。

 

 

 対面 手牌

              {横九}

 {一一一二三四五六七八九九②}

 

 ──き、奇跡や! {②}を切れば九蓮宝燈……しかも純正! こんな役、聴牌したのも初めてや! 

 

 対面は悩む。親立直に振れば20,000点を切っている持ち点では飛んでしまう可能性も無くは無い。しかも洋榎の捨て牌は{赤⑤}以外に筒子は無く{②}がそもそも通るのか怪しい。

 

 ──危ないがここでダブル役満を上がればツモでもロンでもワシの逆転トップで終了や。こないな小娘共に舐められたまま負けてられるかいな。

 

 対面は手牌の{②}に手を掛ける。通る自信があった。 対面の視線はドラ表示牌に向けられていた。

 

 ドラ表示牌 {④}

 

 ──{赤⑤}切り立直か……{②}-{⑤}-{⑧}のスジで考えればイケるか? それにわざわざドラ、しかも赤ドラを切っとるんや。 この{②}……通る! 

 

 

「よぉし、勝負や‼」

 

 対面 打 {②}

 

「おっと、まさかそれに引っかかるとはなぁ?」

 

「な、なに?」

 

 

「おっちゃん、それロンや」

 

洋榎 手牌

{一二三12399①③⑦⑧⑨} 

 

「りっ……立直一発 純全帯幺九 三色同順⁉」

 

 

「ひっかけ立直の洋榎とはウチの事やで!」

 

 18,000点の親ッパネ直撃により対面の点棒は1,900点にまで減少。これによりオーラスを待たずに終了してしまう可能性が迫る。しかもこの収益により洋榎は点棒を更に高く積み上げる。

 

「ふふん。竜、ポンポン哭いて上がるんは邪道や、麻雀は技術の勝負や、センスと集中力がモノを言うんや。訳の分からん哭きで勝てる程、この世界は甘くはないんや!」

 

「ふっ……」

 

「竜! 何が可笑しいんや⁉」

 

「三味線弾きもいいが一本場だ、始めなよ」

 

 

 東4局 一本場 ドラ表示牌{2}

 

 

──雑魚はこれでおとなしゅうなった。けど、あちらさんの余裕綽々顔はムカつくわ。今に見とれや。

 

 ここまでは洋榎の狙い通り。勝負の照準を竜に狙い始めた。

 

 

 対面 打{6}

 

「ポン」

 

竜 手牌

{■■■■■■■■■■}

副露

{66横6}

 

「ようやく哭きかいな。せやけど今のアンタからは輝きを感じひん」

 

 洋榎は言葉通り一切手を緩めず突き進む。今局も手牌には筒子の一気通貫が既に完成しておりその気運は衰え知らず。

 

次順

 

竜 打{西}

 

更に次順

 

竜 打{西}

 

 字牌の雀頭落としにタンヤオや清一色の気配が濃厚の竜。しかし洋榎は果敢に攻める。

 

洋榎 打{5}

 

「ポン」

 

竜 手牌

{■■■■■■■} 

副露 

{5横55}

{66横6}   打{6}

 

 

 ──ん、{6}やて? 

 

「なんや竜さん。カンする暇なしかい」

 

 竜が切った{6} それは{66横6}ポンをした際に彼女の手牌の中に確かに抱えていた牌であった。暗槓や加槓のチャンスがあったにもかかわらずポンを選択した竜に疑念を抱く洋榎。竜の代名詞たる槓をしない選択が何を意味するのか……そんな思考の中でのツモ番。

 

 

洋榎 手牌

            {横7}

{一二三四五六七八九2288}

 

 ──竜のやつ、たぶん張っとるやろな。じゃあ何待ちや? タンヤオか索子の清一色やろが流れのあるココで退くんわむしろ竜を利するだけ……。

 

 洋榎はツモした{7}を手牌に一旦収め竜の副露と捨て牌を観察した。

 

 ──{6}ポンした癖に{6}を持ってたってのはどういうこっちゃねん。単に{556}とあっただけか? そうや……そうに違いない。{5566677}でアガリ目無しの{6}ポンする必要が何処にあんねん。カンせんのは絶好調で親のウチ相手に要らぬドラを増やすことを嫌っとる証拠や。となると{2}-{8}は逆に危険や。

 

 ──勝負するならここは……! 

 

 

 洋榎 打{7}

 

 読み切った……洋榎が確信を抱いて卓へ置いた牌を見て、竜の手牌が倒された。

 

竜 手牌

{3334477} 

副露 

{5横55}

{66横6}

 

 

「うぐぇっ!? 清一色対々和断么九ドラ3ッ……ささっ、三倍満!?」

 

 一本場を加えた三倍満直撃により竜が逆転トップに浮上。そればかりか単なる点棒のやり取り、ゲームの範疇の出来事とは思えない衝撃が洋榎の胸を突き刺していた。

 

「こ、こっからが本番や! 愛宕洋榎の真髄は追い込まれてからなんや!」

 

 背中に走る悪寒を振り払いながら放つ洋榎の意気込みも虚しく、南一局続く南二局も不聴流れとなる。

 

「あ〜もぅ! 不聴やっ!」

 

「……不聴」

 

 他家二人は既に覇気は無い。打牌は弱気一辺倒になり勝負は竜と洋榎の差し勝負の様相を呈していたが、ここに来てのブレーキに洋榎のイライラはピークに達していた。

 

 ──軽い和了なんぞ今はいらんのや! 直撃や! 下手なツモじゃ対面が飛んでもうて勝てん! ここは竜からの直撃を取らなあかんのに……っ! 

 

 唇を噛み締め目に見えてイラつく洋榎。

 

 ふと、窓の外を見れば夕焼けが暗い青に変わっていた……。

 

 

 南3局 親 竜 

 

洋榎 手牌

            {横八}

{六七23467②②②⑥⑦⑧}  

 

──キタキタ! タンピン三色! 捨牌は分かりやすいがチャンスはチャンスや。強気や! 強気で竜を討ち取る! 

 

「立直!」

 

洋榎 打{②}

 

──高め{8}ならツモでも逆転、ロンでも対面以外なら和了れる! 

 

 洋榎の先制リーチを前にして他家含め竜も一先ずは回し打ちに徹したかに見えた。しかし1巡後……

 

 竜 打{5}

 

「ロ、ロンやっ!」

 

 三色や裏ドラは無かったものの立直も含めた和了で南三局の土壇場に点差を縮める快挙を成すも、洋榎は戸惑っていた。

 

「あ、アンタ、聴牌ったんか? にしたってそこ出すかいな。見てるこっちが恥ずいわ」

 

 ある程度に麻雀が習熟したものならば見え見えのタンピン手に生牌の{5}を立直者に放銃するという一見すれば初心者の打ち回し。

 

 この失態、竜は至って平常であったという。

 

──気に入らん、まさか差し込みか? んなアホな、せっかくトップなのをわざわざ振り込むアホがどこにいるねん! 

 

 だがオーラスに向けて各々が自動卓へ牌を流し入れる作業中、洋榎は見た。竜の手牌が崩され何枚かが表になったのだ。そしてその中の一つが目に飛び込むと洋榎に電流走る。

 

 ──ぱ、{8}……! それにあれは{6}! ほな竜は{8}切りの{47}待ちにせんとカン{7}待ちの{5}切りしたってゆうんか? 

 

 疑念、疑惑は猜疑心となり洋榎の心を侵食す。されど無常にもオーラスが始まった。

 

この時の二人の点棒は──

 

 

 竜  44,100点

 

 洋榎 35,300点

 

 ──互いの点差は8,800点……

 

 太陽が沈んだ窓の外は人工的な明るさを放っていた……。

 

 空の闇夜が更に濃く、深く、重く圧し掛かる……。

 

 

 

 

 南四局 オーラス   ドラ表示牌{③}

 

 七巡目──

 

 

洋榎 手牌

            {横7}

{②④⑥⑥⑦⑧三三三四五六6} 

 

 再び三色の目も見える好形の一向聴。セオリーで行くならば{②}切りが無難な選択だが洋榎の意識はまたしても竜に向けられる。

 

竜 手牌

{■■■■■■■}  捨て牌

副露        {⑥六五⑧一三}

{横213}     {⑤}

{白白横白}

 

 ──{②}切り……いや、前局で三色を潰されたのは嫌な予感や。竜の手は捨て牌からしても索子の染め手や。{8}を止めて{5}を振り込んだ女や……ウチの三色の気配を察しとるかもしれん。

 

 よしこれや! 三色は捨てる! 竜が索子を集めとるんなら必然処理される筒子を狙い撃ちで仕留める! 

 

 

 洋榎 打{6}

 

次順

 

洋榎 手牌

            {横七}

{②④⑥⑥⑦⑧三三三四五六7} 打{7}

 

 更に次順

 

洋榎 手牌

            {横八}

{②④⑥⑥⑦⑧三三三四五六七} 

 

──ククッ……ズバリ、ズバリや! 

 

 己の読み通りのツモ運が流れ込み最速での手替わり聴牌に内心ほくそ笑む洋榎は迷いなく立直棒を卓へ投げ込んだ。。

 

「立直‼」

 

打{⑥}

 

洋榎 手牌

{三三三四五六七八②④⑥⑦⑧} 

 

 ──ドラ表示牌やろが今の竜なら打ってくる公算大や。おまけにウチお得意の引っ掛け立直! オーラス直撃で文句なしの大勝利や! 

 

 しかし同順……

 

「カン」

 

竜 手牌

{■■■■■■■} 新ドラ表示牌 {六}

副露

{横213}

{白}{白}{横白}({横白})   打{5}

 

「{白}カンの{5}切りかい竜。加槓なんぞこの局面では悪手中の悪手やで。随分強気な牌やなぁ」

 

 三味線とは裏腹に洋榎は小さく舌を鳴らす。真っすぐに索子を残していればこの{5}でロンだったからだ。

 

「オーラスでバタバタするんわトーシロの麻雀や。哭きもええがもっとどっしりと腰据えて……」

 

「あンた──」

 

 

「ん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──麻雀語るには早すぎる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何やてっ 言うたな〜〜ゲッ⁉」

 

 次順 

 

洋榎 手牌

            {横8}

{②④⑥⑦⑧三三三四五六七八} 

 

 先ほどの竜の打牌が{5}、今掴んだのは{8}。{5}-{8}待ちにしていれば……そんな遅すぎる後悔に苛まれながら洋榎は己に舞い降りていた幸運が逃げ去っていったとはっきりと分かった。しかし、それも最早手遅れ。

 

「~~~~えぇい、ままよ!」

 

 

 打{8}

 

 

 竜の鼻が小さく鳴った

 

 彼女は哭いた副露を右手で中央に手繰り寄せると己の手牌左端の二牌をするりと倒した。

 

{■■■■■79}

{横213} 

{白}{白}{横白}({横白})

 

 

「えっ、え⁉」

 

 

 そして流れるような手つきで残りの手牌も無機質で滑るような手が触れる。

 

 

 「小三元、ホンイツチャンタ……ドラ1

 

 

 

 {発発発中中79}

 {横213} 

 {白}{白}{横白}({横白})

 

 

 

……倍満」

 

 

 

「あっ、あぁ〜〜〜〜っ!!」

 

 

 完全に牌が倒れるや否や、悲鳴のような洋榎の絶叫が雀荘に木霊したという……。

 

 点棒精算も行わず竜はすぐさま雀荘の出口へと行き一度も洋榎を振り返ることなく薄暗い階段へと消えていった。洋榎は決着が着いた卓上を真上から食い入るように見下ろしていた。

 

「な、なんで……なんで……なんでや……竜ぅっ」

 

「嬢ちゃんは惜しかったな。3局目のアガリでイケるかもってわしは思ったんやがなぁ」

 

「確かに、あの竜のミスで流れが変わったと思ったわ」

 

 そんな他家の雑談が耳に入ると洋榎は心に引っかかっていた疑問が確信に変わった。

 

 ──そ……そや、南三局での不自然な索子放銃は三色手を潰すと同時に、オーラスでウチの打ち筋を狂わせるための布石! も、もし無理に竜から直撃を狙わなければ……

 

 {三三三四五六七八678⑥⑦⑧}

 

「あはっ、ハハハ! ウチはオーラス……ただ普通に打っとればよかったんや。ハハッ……素直に打てば、ハ、はは、勝っとったんや……」

 

 この少女も暫くは牌を握ることすらも出来まい、卓に突っ伏すように崩れ落ちうわ言を繰り返す敗者を周囲はただ遠巻きに同情するより他なかった。無理も無い。これまでも竜に挑み廃人となった雀ゴロや裏プロは数知れないのだ。

 

「堪忍してぇなぁ。幽霊退治のつもりやったのに、本物やんけ。マジモンの化け物や」

 

 洋榎はかつて母に告げられた言葉を思い出していた。

 

 ──洋榎……雀荘に行くのは構わないけど注意はしなさい。あそこにはとんでもない連中が幽霊みたいにふらっとやってくる。私みたいなプロがとても敵わない真正の化け物がね。

 

 その時は口うるさい母親の小言程度にしか捉えていなかった。

 

「──くっ」

 

 しかしいた。

 

「くっ……くっ……くっ……」

 

 出会ってしまった。

 

「せ、せやけどウチも大したもんやで。ウチ……」

 

 

 

 

 

 

 

 ──竜、その魔性に……

 

 

 

 

 

 

 

哭きの竜と打ったんやからのぅ! あの哭きの竜と! 

 

 愁色を醸しつつ口角を目一杯に引きつり上げ狂気すら感じさせる笑みで洋榎は竜の後を追い雀荘の外へと出た。そこには竜の影も形も無い。

 

「おーいみんな聞いてくれやぁ!! ウチは今! 哭きの竜と勝負したんやー! 哭きの竜とやぞー!」

 

 ネオンが灯る繁華街のど真ん中で、洋榎は狂ったように笑い、哭き叫んでいた。

 

 

 


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