死に戻りTS転生者は未来を掴めるか? 作:アーセラ
「救急車はまだか!」
それは実にありふれた光景だった、軽自動車が視認性の低い交差点で人を跳ねてしまったというありふれた光景。
たまたま居合わせたサラリーマンが呼んだ救命の車はまだ来ない。
中年の作業着の男が車から降り、顔から汗をダラダラと流しながらただ呆然と立っていた。
周囲には人、見られているため逃げることもできない。
きっと、彼の脳内にはこれからの自分の転落人生が映し出されているのだろう。
「違う、違うんだ。飛び出てきたのは」
「おいあんた何ボーっとしてるんだ!この子の血を止めるのを手伝ってくれ!そこの学生は包帯か何か持ってないか⁉︎」
轢かれたのは十歳くらいの女の子、息はあるが血が止まらないようだ。
迅速な処置を行おうとしているサラリーマンは、どうも傍観している俺に声をかけたようだ。
混乱しているのだろうか、こんなJKが包帯なんて持ってるわけがない。
地雷系女子ならぬ医療系女子なら話は違っていただろうが、あいにく俺は転生系女子だ。
事故現場でこんなつまらないジョークはご法度だろうが、どうせ全部無かったことになるのだから許して欲しい。
「あぁ、俺ですか?包帯は持ってないけど、もっと良いのは持ってますよ」
「本当か⁉︎」
希望を宿した目で俺を見るサラリーマン、その視線を浴びながらカバンの中からあるものを取り出した。
自動車事故というのは怖いものだ、轢いた人も轢かれた人も損しかしない。
そして眼前でその事象が起こり、それを無かったことにする手段を俺は持ち合わせている。
ただ、それだけ。
これから行う行動にそんな重大な意味も意義もない。
かつての後悔達を二度と味合わないように、エゴと自己満足の救済を。
「……ナイフ?なんでそんなものを───」
「俺は別に善人ってわけじゃないんですよ。でも今、目のまで一人が死にかけ一人の人生が狂いかけてる。だから」
取り出したナイフで首を切る、もう何度も何度も繰り返した作業だ。
頸動脈をスパリと切り裂くことくらい容易い。
あぁ、幾度となく味わった痛みが襲い掛かる。
慣れた、もう慣れた、そんな痛みが終わるまで後数秒と言ったところだろうか。
「何をっ!君は何をしているんだ!」
声が遠のく、視界がボヤける、駆け寄ってくる人を認識できなくなっていく。
そして俺は死んでいく、時間を遡り世界は巻き戻り事故は消え去る。
あとは事故を未然に防ぐだけ。
それで二人の人間が
ただの自己満足、しかし救われる人がいるならそれも立派な行動原理だと俺は思っている。
そして今、死に戻りが発動する。
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「そりゃまあ、俺にも色々考えてた時期はありましたよ」
「死に戻った後の世界は本当に同じ世界なのか、死に戻ったことによる世界への悪影響はとか色々」
「でも、そんなところまで俺は背負いきれないんですよ。だからまあ、結局のところこれは自己満足なんです」
「かつて多くの無辜の人間を見殺しにして、親友を裏切ってしまったことへの後悔。」
「そう言い換えてもいいかもしれませんね」
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カレーパンを食べるたびに『もっと中身がぎっしり詰まってた方がいいのに』なんて思うけども、もしそうだったら噛んだ瞬間カレーが飛び散りそうだ。
などとくだらないことを考えながら俺は幼馴染の家へと向かっていった。
朝に事故を防いでそのまま学校へ、そしてちょうど今授業後の教師のお説教が終わったところなのだ。
「……しかしもう朽木さんが来てるのか、もうちょっと後のことかと思ってたよ」
朽木ルキア、尸魂界から派遣されし死神。
彼女が転校生として一護のクラスに来ていたのだ、となればそれは即ち始動の合図。
定められたストーリーが胎動を始め産まれ落ち、これより英雄譚が幕を開ける。
しかし細かな時系列などはさっぱり覚えていないのだ、大体の展開なら頭に入っているにだが。
「死神、朽木ルキア。死神代行黒崎一護。雨竜にチャドに織姫ちゃん。見たかったなぁみんなの戦いっぷり」
黒き装束を見に纏い、虚に立ち向かう者たち。
ただ唯一の生き残りだと自称する対魔の弓使い。
そして完現術者たち、彼らの戦いを目にすることができたのならどんなに良かったか。
「霊感ないからなぁ、俺」
産まれてから今まで霊も虚も見たことがない。
健全な一般人ライフを送ってきた俺としては、一護たちがいなければこの世界が辿るストーリーの存在を信じきれなかったかもしれない。
そんな俺が彼らを見ることは叶わないのだ。
完現術者や滅却師自体は見えるが、相手の虚が見えないことにはどうしようもない。
「ま、俺は俺のできることをやりますか」
物語が始まれど俺がやることは変わらない、目の届く範囲で人を助けることだ。
人助けは承認欲求英雄願望etcが満たされる素晴らしい行い、余程の事情がない限り俺は積極的に人を助けることにしている。
もう、見殺しにしていたあの頃には戻りたくない。
友達の誰かが死ねば死に戻り、そうすればこの世界が詰むことは決してなくなる。
俺という存在によるバタフライエフェクトによって何かが変わってしまう恐れも、主人公が敵をしっかり倒すまで死に戻り続ければ問題はない。
言ってしまえば無限の残機が俺たちにはあるのだから、きっと全部上手くいく。
多分。
「でも、見殺しにしたくないなんて言ったって、
ブツブツ独り言を言っている間に、俺は幼馴染である一護の家に辿り着いていた。
独り言はもう癖のようなものだ、無意識にやってしまう悪癖。
「あれ?いないのかな?」
暇つぶしに一護の家で駄弁ろうとでも思っていたのだが、インターホンを鳴らせど鳴らせど返答は返ってこない。
きっといないのだろう、ならば仕方がない。
別に携帯で連絡するほどの用事でもないし、会おうと思えば明日も会えるのだから。
『明日会おうなんて言って今日相手が死んでしまったらどうする!』なんて某有名格闘漫画のセリフがよぎったものの、死に戻りを持つものからしたら相手が死んだら後を追って死んで戻ればいい、なんて考えてしまった。
死生観が狂っているのを自分でもひしひしと感じる、特に危機感は感じないけど。
「あれ?君もこの家に用事があるの?」
少し高めの男の声がした、振り向くとポケットに手を入れた少年がこちらを見ていた。
こんな人一護の友達にいただろうかと思いつつ、一護の父さん関係の人かもしれないとも思った。
「いや、単に遊ぼうと思って。でもどうにも留守みたいだよ?君はなんの用事で?」
「さぁね、ただきっと僕は見ておきたかったんだ。
「何その少年漫画の敵幹部キャラみたいなこと言って……」
そこでようやく俺はある事に気づく。
待て、待てよ。
今こいつはなんて言った。
特記戦力、特記戦力と言ったじゃないか。
朽木ルキアが現世にきたこのタイミングで、見えざる帝国の『見』の文字もないこの時系列で、こいつは特記戦力黒崎一護と。
そう言ったじゃないか。
「どうかした?急に黙ったりして」
「……君の……名前は?」
相変わらずの微笑を浮かべながら、少年はこちらに一歩踏み出した。
そして俺は名を問う、真実を確かめるために。
「グレミィ、元星十字騎士団のグレミィ・トゥミュー。ここでそれを聞くってことは、君が例の少女かな?」
不安は的中して謎は深まった。
そして俺は今日初めて気づくのだ。
始まったのは黒崎一護の英雄譚ではなく、俺という少女が堕ちる為の没落劇であるということを。
それでもきっといつの日か、再起の時が来ることを。