ポケットモンスター 緋めし記憶と花色の夢路 作:kozmo78
…途方もない長い夢にいるようだった。
…どうしてこうなったかを思い返そうとしても、自分の頭は頑なに否定し続けた。
…何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。暗闇の中に独り。
…少しずつ意識が冴えていく中でどうしてこうなったかを考えようとしたら、気付いた時には微睡み始めていた。
……このまま死んでいくのだろうか。
………死にたくない、と思いたいはずなのに
…………死んではいけない理由さえも、欠片も思い出せなかった。
~ ~ ~ ~ ~ ~
「ん・・・・。」
目が覚めたら見たこともない天井を見上げていた。
気づいてみると自分は寝台の上に居た。………ここはどこだろう。…いや、そもそも何故ここにいるのだろうか。思考を凝らす程に疑問がとめどなく湧いてきたが、どれもその答えを導き出すことは叶わなかった。
まず状況を整理しよう。今居る部屋はモノこそ少ないが、数着ほどの衣服が掛けられている収納庫や日が昇っているが故に点けられていない灯りのようなモノがあった。ここで寝ていた筈なのに今見える景色に既視感が存在しないということは、意識のない時に誰かにここで寝かせたのか若しくは忘れているだけなのか。そんなことを考えている内に部屋の外から足音が聞こえてきた。
……否が応でも警戒してしまう、もしかしたら自分を助けてくれた恩人かもしれないのに。
扉の前に立ったであろう家主らしき存在は、躊躇なくその取っ手に手をかけた。
「おお!遂に起きたか、海で溺れているのを見つけた時は死んでるのかと思ったぞ!」
「……助けてくださり、ありがとうございます。」
やはりこの人が助けてくれたのか。この快活な命の恩人が言うには自分は海で溺れていたらしい。ここに居る理由がやっと分かったが、だからといって疑問の一つが解消しただけに過ぎない。
…いや、それ以上に先程から頭の中で追憶が起きる度に生まれる違和感が、一向に拭えていないのである。
「この街では見かけたことがなかったが名前は何て言うんだ?…他の奴らに家族とか知っているか聞いたが誰も知らなかったんでな。」
「------すみません、ちょっと待ってください。」
「? どうしたんだ?」
………何も思い出せない。
名前も、家も、家族も、年齢も、思い出も。
内に秘めているはずの記憶の情景に、薄暗い靄がかかっているようだ
…違和感の正体は、あった筈のこれまでの生を否定する“自分自身”であった。
「………もしかして、思い出せないのか?…怪我とかは服乾かすために裸に引ん剝いた時には見つからなかったが………。」
「…名前だけじゃ、ないです。起きる前の記憶が全く………。」
「マジか。」
…本来だったら聞き捨てならないかもしれないことかもしれないがそんなことはどうでも良かった。正直な所、人と話せるだけでも有難いと思えるほど抜け落ちてるものが多い。
「……申し訳ありません、迷惑ばかりおかけして…。」
「いいや気にすんな!見捨てる訳にはいかなかったからな…そうかそうか、記憶がないか………。」
…そう言えば、目の前の恩人の名前を知らない。最早名無しの自分が聞いても失礼かもしれないがテキトーな対応をして気分を害してしまったら、より恩知らずに成り下がってしまうだろう。
それだけは避けたい。
「あの、お名前は………。」
「あ、言ってなかったか!俺はルルサ、この街で漁師をやっているモンだ、よろしくな!」
「よろしく…お願いします。」
そう言ってルルサさんは手を差し出した。流石に記憶が無くとも握手を求めていることは理解できた。握った右手は堅く、見た目同様に力強く感じさせる。
先の会話で出たリョウシとは何だろう。
……あ、猟師か?記憶の靄が晴れた訳ではないが珍しく心当たりのあるモノが内に湧いてきた。
「見た感じだと15歳ぐらいか?……いや話してる感じもうちょい上か?……受け答えができるだけ十分だがもう少し情報が欲しいな………。
そうだ!起きたばっかだし顔でも洗ってくるか?もしかしたら自分の顔見たらなんか思い出すかもしれないしな。」
「………分かりました。」
確かに、まだ目は冴えてない気がする。
それに、自分の顔か。………やはりイメージもできない。少なくとも顔を過去に見てない訳がないのだから、何らかの手掛かりになるかもしれない。
「それじゃあ洗面所行くか。………そうか、何時からかは分かんないが久しぶりに歩くのか。大丈夫か、歩けそうか?」
「…体調はそこまで悪くはないです。少し目覚めきれてないぐらいです。」
体を起こして床に足をつけてみる。立ち上がってみるが体の方には違和感を感じない。気遣ってくれているルルサさんの後を追おうとするが、歩みを進める度にまるで世界で一人だけ“浮いている”ような感覚を踏みしめていく。
「今んところこの家俺一人だけでな…看病つってもずっと寝ているだけだったが、仲間内でどうするかって話になった時に丁度俺の部屋が空いてたんでそこで寝てもらってたんだ。
あ、さっき言ってた君の服はちゃんと洗って乾かしておいたから後で渡すわ…でもあの服結構ボロボロだったんだが何でなんだろうな。溺れてるだけじゃなくポケモンにでも襲われてたんかな?…今んとこ確かめようは無さそうだが。」
「重ね重ねありがとうございます………今の自分には何もないですが優しいお方に助けてもらえるような幸運さがあって良かったです。」
「ハッハッハッ!良いこと言ってくれるじゃねえか!
………ホントに良かったよ目覚めてくれて、中々起きなかったんでな……滅茶苦茶静かに寝てたモンだからこのまま起きねんじゃねえかとも思っちまったよ!」
「……そうですね………あの、“ポケモン”と言うのは、何でしょうか?」
たまに笑わない方が良いような冗談が出てくる……が、またそれ以外に新しい情報も出てきた。
ポケモン………、まただ。自分が無知であることを再認識させられる。
「え!?ポケモンも忘れちまったんか!! ポケモンって言うのはな、………何って言えば良いんだろうなぁ~。…特別な…動物?……って言うか…鳥みたいのもいれば魚みたいのもいる、って言うか………
…説明が難しいな、そうだ!顔洗い終わった後に見せるか、実物見た方が分かりやすいだろ?」
「分かりました。」
「オッケー………よし、着いたぞ!終わったら右曲がってリビングに来てくれ!そこで待ってるからな。」
話してる内に案内先の部屋に着いた。
部屋に入り鏡と洗面台を見つけると“自分の顔”と言う手掛かりに縋るために自ずと足が進む。
鏡の前に立つと当たり前だが自分が映る。ルルサさんに言われた通り15歳ぐらいの傍から見ればとても若いと言われるぐらいの顔立ちと身長で、赤く染まった髪と眼が目立っている。
久し振りに見たような感覚はあるが………何かが思い出せそうで思い出せないような気分だ。
…兎に角一度気持ちを整理させるためにも提案通りに顔を洗おうとする。蛇口から水を流し顔に触れさせると若干だが眼が冴えていくように感じてきた。
……しかし自分の顔だけじゃ答えは得られなかった。顔を洗っている内に心中に期待を裏切られたような悲哀が湧いてきたが、こんなことで後悔してる場合ではない。
さっさと終わらせてルルサさんの元へ向かうために蛇口を閉めて顔を上げようとしたら
『ヒギリー!朝ごはん出来たわよ~!』
「………………え?」
どこからか懐かしい声が聞こえた気がした。
今のところポケモンSV要素がないですがご了承下さい。