ポケットモンスター 緋めし記憶と花色の夢路 作:kozmo78
朝日が窓から差し込んでほんのりと温かさに満ちていく部屋の中で────気持ちが浮ついて落ち着かない私がいた。
普段よりも早くに目覚めてしまい、時間にはまだ余裕があるのにいつの間にか着慣れてしまった制服に着替えている。傍から見たら幼い子供のようにしか思えないのは自分でも分かるし少し恥ずかしく感じるが、居ても立っても居られないのには変わらない・
部屋の片づけも済ませてあるし持ち物の確認も入念にしているから後は時間を待つだけ………だけど、何か動いていないと高揚で心が持ちそうにない。
「…さっきの電話は何だったんだろう………」
ちょっと前にリビングの方でお母さんの話し声が聞こえていた。引っ越したばかりだしご近所づきあいでとかだったら自分が介入しても意味は無いかもしれないけど、時間をつぶすのには丁度いい。
そんなことを考えながらまだ慣れない階段を降りていく。
「おはよう、メリアナ……あら!もう制服着てるんだ!」
「うん、なんか待てなくて………」
「今日から新しい学校だもんね。お母さんもとっても楽しみ!…でもでも行ってきますにはちょっと気が早いみたい。」
「何かあったの?…もしかしてさっきの電話?」
皿洗いをする手を止めてお母さんが振り向いた……やっぱり予想は当たっているみたいだけど、“気が早い”と言う部分が引っ掛かる。
「学校から連絡があってもう少し家で待ってて下さい……だって!」
「え!?何で?」
「入学に必要な大切なものがまだ届いていなかったらしいの。アカデミーの方から届けに行く、って……『ピンポーン』あら!ちょうど来たんじゃない!メリアナ!出てちょうだい。」
話している内に呼び出し音が鳴った。
本来の予定では、もう少し経ったらヒギリと近くのプラトタウンで待ち合わせをして一緒に向かうことになっていた。日にちとしてはほんの少し前にパルデア地方に引っ越してきたばかりで、渡航した時に訪れたお父さんの故郷であるマリナードタウンではおじいちゃんとしか会えていない。聞くともう学生寮に居るらしく、なかなか忙しくて帰ってくる暇が無かったそうだ。
だから今日初めてなのは登校だけでなくヒギリと会うのもあったが、予定通りにいかなそうだ。
「今開けまーす………あ!…初めまして、校長先生。」
「ごめん下さい…、あなたが……メリアナさんですね。」
玄関を開けたらパンフレットやネット上でよく見かけた顔の人が居た。
名前はクラベル……これから通う“アップルアカデミー”の校長先生で、調べて知っているのはここ最近赴任してきたぐらいだがそれ以外にもヒギリから話を聞いている。
「入学案内が遅れてしまい申し訳ありません……おっと自己紹介がまだでしたね。アップルアカデミー校長、クラベルと申します。」
「校長先生自らいらっしゃったんです!?」
部屋に踏み入れて礼儀正しく自己紹介する校長先生を見て、お母さんが驚きながら私の横に並ぶ。
確かに普通に考えたら新入生のためとはいえ校長先生直々に家を伺うのは、まるで特別扱いしているようなものだろう。
「アカデミーの不手際は全て私の責任ですので……。こちら改めて、入学案内と校内施設の資料です。」
「わざわざすみません。折角なので是非お茶でも飲んで行って下さい。」
「いえいえ、本当にお構いなく……」
「メリアナ!お母さん、校長先生とお話しがあるから自分の部屋に戻って学校の準備してらっしゃい!バッグと帽子は必要よね!……さあさあ、どうぞこちらへ。」
「分かってるよお母さん……ちょっと待っててください。」
「……それではお言葉に甘えて、失礼致します。」
お母さんは紙袋にまとまられた資料を受け取って校長先生を案内した。
もしかしたら予定が思ったより遅くなってしまうかもしれないとも考えていたけど、それほど大きな問題でもなさそうで少し安心した。
ちょっと失いかけてた元気を取り戻しながら階段を昇っていく。
ベッドの柵に掛けられたリュックバッグを背負って、一度部屋を見回す。
引っ越して数日しか経ってないけどこの家と自分の部屋はとても気に入っている。おじいちゃんが住んでいるマリナードタウンに引っ越せたら良かったとも思うが、あの街と同じように海にも近いし何よりも室内の雰囲気や充実したガーデニングなど……文句の付け所が無いぐらいには良いトコロだった。
「────よし、行こっか。」
だけど、また今日から“一旦”お別れとなる。
ヒギリと同様にこれから親元を離れて学生寮で生活することになっている。……とは言っても別に二度と戻らない訳ではないし、授業の無い日や休日になればお母さんたちに会いに来ると決めている。
それでも………なんだか寂しい気持ちになる。
───だから、少しでも目に焼き付けようと階段を降りていく間まで視線が後ろから離れなかった。
「あら!準備バッチリ!キマってるわね!」
「誰が見ても立派なわが校の生徒です。───!……おっと私としたことが一番大切なモノをメリアナさんに渡すのをうっかりしていました。」
「…?」
階段から降りてきた私を見て二人は自信をつけてくれるような言葉をかけてくれるが、校長先生が何か思い出したらしい。
さっき渡された資料が今回の目的だったと思っていたけど、まだ何かあるのだろうか。
「ここではなんですのでお外へ参りましょうか。」
「分かりました……お母さんは知ってるの?大切なモノって」
「ふふっ、何なんだろうね~」
「やっぱ知ってるんだ………もしかして…」
さっき二人で話していたことに含まれていたのだと思うけど、どんなモノが渡されるかなんて見当がついていない訳ではない。
ここで課題とか渡されて「編入試験の代わりです」なんて言われたら悲しくなるけれど、流石にあの感じだったら渡されて嬉しいモノだと思うし、そう思いたい。
そんな絵空事で終わるかもしれないことを思案しながら、開いていく玄関の扉を踏み抜けていく。
玄関の前の少しある階段を降りて、校長先生はこちらを振り向く。
よく見ると手の内にはモンスターボールが何個か握られている。多分だけど服に飾られている6つのプレミアボールから考えると、手持ちのポケモンとは違う何かだろう。
「ポケモンたちよ…出てきて下さい───」
「はにゃあ!」 「ホゲワー!」 「クワプルッ!」
「うわっ………可愛いっ……!」
放り投げられたボールから出てきたのは、この地方の広告や新聞などでもよく見るポケモン3匹だった。当然生で見るのは初めてだ。
どの地方でもポケモントレーナーが最初にもらうポケモンが存在する。実際には例外も存在するが、基本的にはくさ・みず・ほのおで三竦みが組まれるポケモンがよく渡される。経験では私の尊敬するシロナさんがテレビで使っている姿を見たことは無いが、その挑戦相手の手持ちにはよく見られた。
そんな“トレーナーと言えば”の立場になれるなんて嬉しい限りで、いざ自分がそうなって口から出てきた言葉はあまりにもトレーナーらしくない素っ頓狂な一言だった。
「入学する生徒にはポケモンを渡す決まりでして、3匹の中からパートナーとなるポケモンを1匹選んでもらいます。
くさねこポケモンのニャオハさん、ほのおワニポケモンのホゲータさん、こがもポケモンのクワッスさん。 皆さんとても人懐っこくて私のそばを離れないんですよ。」
「へぇー………ん?どうしたのみんな?」
3匹の説明を聞いていたら段々と私の足元の方に近寄ってきた。
ニャオハの方は私の足に頭を擦り寄せてきて、ホゲータの方はまるで何も考えて無さそうな顔でこちらを見上げていて、クワッスの方は見つめた途端に決めポーズを見せるようなしぐさをしている。
口に発したのは理由を聞くような言葉であったが、トレーナー冥利に尽きるような状況に口元が緩んでいるのが私でも分かる。
「おや? ふむ……校長よりもメリアナさんが気になるようですね。…選択を見守りたいですがそろそろ次のお宅に向かわないと……」
「え?じゃあ…どうすればいいですか…?」
「そこまで問題ではありません、今からあちらの家に向かいますのでじっくり考えて、決まったら伝えに来て下さい。 それではまた後程……失礼致しました。」
そう言って校長先生は一度会釈して、指し示した方向に歩き始めた。
その方向にはこの距離からでも分かるぐらいに大きい屋敷がある。お母さんたちの話でも出てきたことがある、確かスマホロトムの会社の凄い人が住んでいるトコロの筈だ。
急な訪問場所にしては勇気のいるトコロだけど、私の訪問からの流れであちらに向かうということは同じアカデミーの生徒がいるとも考えられるから大丈夫───
…ってそんなことよりも………
「とっても礼儀正しい校長先生だったわね。それに…可愛い子たちねみんな!みんな素敵だけど一匹選ばないといけないんだ?」
「そうだね……、あー…どうしよう……決められないかも………」
「まぁそうよね………そうだ!折角だしこの子たちと一緒に歩いて様子を見てみるのはどう?ポケモンのいっぱい分かるかも!それにミニリュウも出して触れ合わせてあげたら?」
「そうだね!────出てきてミニリュウ!」
「リュ―!」
お母さんの提案に乗っかって私の相棒を出してあげた。
ボールから出てきて元気よく降り立った途端、3匹の元へ嬉しそうに向かっていった。ほんの僅か可能性のあった初対面でお互いに出方を窺ったりにらみ合ったりするようなことは、一瞬に消し去ってくれた。
遠慮なんて全く無さそうに仲良く駆け回っている様子を見て、何だかとても安心した。
「ふふっ良かったわね!──それと……お母さんから入学祝い!お出かけするなら持っていきなさい!」
「え!?これって……スマホロトム?」
「お父さんと話し合って決めたのよ!説明書によるとメリアナのスマホの情報を簡単に引き継ぐこともできるし、簡単にマップも見れるみたいだから……大事に使ってね!」
「───…ありがとうっ!!」
感謝と共に手の内にあるスマホロトムを強く握りしめる。
……今日は本当に良い事尽くしだ。
昨日の夜………いや、パルデアに向かう船の上からずっとあった高揚感と不安が入り混じった感情は、この日に近づくにつれて段々と高まっていた。
でも今になってしまえば────そんなことも忘れて、頑張ろうって心の底から思えた。
「じゃあ………行ってくるね!」
「行ってらっしゃい、メリアナ!」
別れの挨拶を送って、これからの旅路へと向き直す。
お母さんと話している間でも一緒に遊んでいた4匹は、さっきの話を汲み取ったのか将又ただモノ新しさで見たかったのか……家の外へと駆けだして各々が行きたいトコロに走っていく。
その後ろを“一人で”追いかけながら潮風を感じていると────少しだけ、大人になれたような気がした。