ポケットモンスター 緋めし記憶と花色の夢路 作:kozmo78
マリナードタウンで過ごすようになってから毎日が目まぐるしく過ぎていった。
メルサさん達には申し訳ないが目覚めてから結構な月日が経ったのに記憶は戻りそうにない………けれどただ時間が過ぎていったわけでもない。
「おいヒギリっ!この魚、ケンゴの店のトコに持って行ってくれ!」
「分かりました!」
「ヒギリく~ん!終わったらこっち手伝って~!」
「はい!少々お待ちください………」
「おっ、魚ありがとな!今日の仕事終わったら店寄ってくれ、夜飯分の魚用意しとくから!」
「あ、ありがとうございます!」
「ちょっ、抜け駆けずるいわよ!私達も用意しとくからメルサによろしくね!」
「いつもすみません……助かります。」
:
:
:
:
知識も経験もないに等しい自分が出来ることと言えば、まず仕事の手伝いだった。
この街は忙しなく物流が廻るマリナード市場が存在するため、手助けを求める機会には事欠かなかった。………実際のところはメルサさんが「まだ起きたばっかだしそんなに気張らんくていい」と言ってくれたが、それで納得していたら罰が当たる気がした。
観光客も多く来るこの市場は毎日と言っていいほど賑わっているから一度始まってみると昼休憩以外は休む暇がほとんど無かったが、その前に十分な睡眠は取っていた訳であり元気だけは有り余っていた。
しかし…街の人たちに認知された当初は身の周りの機械やポケモンに関することで戸惑ってばかりであったが、家族同然のように関わってくれたおかげで段々と慣れることが出来た。メルサさん自身の人望が大きく影響していると思うが、今でもこうやって多くの方々が食事や知識を恵んでくれる。
朝4時半に起きて二人分の食事を作る、メルサさんが起きたら一緒に食事を取って終わったらすぐに準備して海へ、猟師の方々が出航するのを見送った後は市場で開店準備を手伝い帰ってきたら漁獲物の仕分けと競りの手伝いを行い、市場が開いたら昼休憩を挟みながら夕方まで出店や競り市を手伝い、仕事が終わったら店回りに挨拶し帰宅して夜ご飯の支度、食事が終わったら社会勉強と次の日の準備をして比較的早めな時間に就寝……
………といったルーティーンがほとんどであったが、少しでも手助けができている気がして満足する日々を過ごせていた。
「いや~今日も疲れたな~、ヒギリもいつもありがとな!あんなに仕事手伝ってもらってなー………もうちょっとゆっくり過ごしてもいいんだぞ?」
「こちらが言いたいくらいですよ、居候させてもらってるんですから漁の仕事を教えてもらえれば代わりにしたいぐらいです。」
「そりゃーまだ早い相談だなー………とは言ってもなんか欲しいモノとか無いか?ここ最近働いてばっかりだろ?息抜きでもなんでも良いぞ!」
「特には……仕事が無いとなると逆に不安になるので…」
「もうそんなトコまで……なんかすまんな………」
「いや謝らないでください、毎日楽しく過ごさせてもらってるんですから…むしろ感謝させてください。」
「だったら良かった「プルルルルル」ちょいすまん電話だ………」
着信音を聞いたメルサさんは廊下の方へと駆けていった。
自分は携帯電話を持っていないし使い勝手もよく分からないが誰かが連絡を取ろうとしていることぐらいは理解できる。
彼の交友関係を熟知しているわけではないのでその“誰か”を判断することは難しいが………この街の人以外では一人だけ予測できるかもしれない。
目覚めたあの日からメルサさん自身から聞いていたが、ルビナさんと言う息子がいる。
現在はカロス地方と言うこの地方じゃない所でポケモンリーグの職員と言う聞いた感じ凄そうな仕事をしているらしい。
結婚もされていて自分と年齢が近い……と思われる(自分の年齢が正確には分かっていないから)娘がいると言っていた。………正直メルサさん自身が孫がいるような年齢にも見えなかったので、最初聞いた時は少し驚いた。
「え、本当か!?」
そんな事を考えていると廊下から驚いたような声が聞こえた。
何を話しているかが気になったけれどメルサさんが席を立ったのは食事の音が入らないようにと考えたからだと何となく感じ、進みの遅かった箸のスピードを元に戻した。
少し経つと話が終わったのか、携帯を片手に廊下から戻ってきた。様子を見ると心なしか嬉しそうに見えた。
「はーっ…驚いたなぁ……………って言うかすっかり忘れてたな…」
「何かあったんですか?」
「ルビナがパルデアのポケモンリーグに転勤するから来月こっちの地方に引っ越してくるって言われてな………まぁ驚いたよ。」
電話相手の方は当たっていたが要件の方は予想外だった。
故郷を離れた息子が家族と共に帰ってくる、なんて驚か……いや喜ばない親はいないだろう。
「良かったじゃないですか!それで…忘れてた、というのは?」
「ヒギリのことさ………まだ顔合わせてねぇもんなって言ったらキョトンとされてよ、ヒギリについて言った途端滅茶苦茶驚かれてな………そん時に伝え忘れてたことを思い出したんだ。」
「………自分から確認した方が良かったですかね。」
「まぁまぁまぁそこは良いじゃあないか!そうか~あいつらこっちに来るのかー………ってこたぁメリアナにも会いやすくなるってことかっ!?そりゃ嬉しいなぁ~………」
声色や雰囲気だけで会えるのが嬉しいのが伝わってくる………孫に当たるメリアナさんのことも溺愛していることも。
「こっちが食事中なんでさっき切り上げたが諸々終わったらこっちから掛けることになったんだ………ってことでまずメシだな!」
「分かりました、食べ終わったら早めに片づけますね。」
~ ~ ~ ~ ~
皿洗いを終えて居間の方へ出てみると、メルサさんはテレビの前のソファに座っていた。
水音の外側から話しかけるような声が聞こえていたからてっきりもう既に電話しているのかと思っていたが、彼の耳元に携帯は無かった。
「終わったか、いつもありがとな!こっちも準備も出来たぞ。」
「電話を掛けるのではないのですか?」
「いや、テレビ電話を使うことになった……んだがこういうのに疎くてよ、先に掛けてアイツに教えてもらってたんだ。もー大丈夫の筈さ!………多分な。」
テレビ電話………初めて聞く単語であったが、聞いてる感じと使うモノから何となく予想はついた。
画面を繋いで通話をするのだと思うが……正直記憶のほぼ無い自分からしたら顔には出ていないが驚いていた。そもそもテレビやキッチン機器などで面食らう部分もあるので、携帯も持たない人間には当たり前のことである。
玄関横の写真立てなどでこちらは顔を見たことがあるが、画面越しとはいえルビナさん達との顔合わせは初めてである。この街自体が家族愛に近い関係性を育んでいるように感じているが、メルサさんとここまで間柄が近い存在と話すとなると少し緊張するモノがある。
「別にそんなに緊張しなくていいからな!事情はあっちに伝えてあるし、別にそこまで格式ばったような事は離さないと思うぞ?」
「あ、はい………」
「普段通りで大丈夫さ……………お!繋がった!」
『顔見んのは久しぶりだな~!電気系統のモンは出来るか不安だったが良かったわ!』
『夜分遅くにすみません、お義父さん………そしてあなたがヒギリ君ね?』
暗くなった画面が切り替わり、覚えのある顔が映った。
ソファの左から、ルビナさんとその奥さんであるカニュラさん、そして彼らの娘であり当然メルサさんの孫でもあるメリアナさんが座っている。
実際のトコロ、夕食時に仲良く電話している声が廊下から聞こえたのもあってから、どうやって話に入れてもらおうかと考えていたがカニュラさん側から話しかけてくれた。
「……申し遅れました、メルサさんに助けてもらい現在此方の家に居候させてもらっています、ヒギリです。よろしくお願いいたします。」
「やっぱ真面目だなヒギリは!…オレからもコイツをよろしくな!」
『ああ!俺はルビナだ、これからよろしくな!』
『私はカニュラって言うわ。………ほらメリアナも!』
『メリアナ、です………」
名前は知っていたが、改めて挨拶をしてもらった。
メリアナさんの方はこちらを警戒しているような雰囲気であるが、急に自分の同世代である人間を紹介されたらそうなるのも頷けるだろう。
挨拶の対応として会釈しようとするも、そんな経験なんて無いのだからぎこちなくなってしまう。
『事情は聴いてるよ、1ヶ月と少しが経ったらそっちの地方に行く訳だしこれからは新しい家族になったと思ってくれ!』
「…え、良いんですか?自分なんて得体のしれないような存在ですよ?………」
初めて話すにはあまりにもフレンドリー……いやそれ以上に優しすぎる提案だった。
『そんなに自分を卑下しなくて良いのよ?あなたは何も悪くないじゃない。……それにその若さでお義父さんの家事や仕事を手伝っているのでしょ?すごいじゃない!』
『あとこっからは予測でしかないが、聞いてる話じゃ結構経っているのに親御さんやらが誰も出てこないってのは………何か特殊な事情があるかもしれない。』
「まあアカデミーとかに連絡したが何も情報はなかったしな………どうしてなんだろうな。」
自分の状況を話していたら段々と空気が重くなっていくように感じた。
あの後にアカデミーに連絡し数日経ったら、そこの校長であるクラベル先生が訪れたことがある。白い髪と眼鏡が特徴的なその人は親身に事情を聴いてくれたが、結局アカデミーには「ヒギリ」といった生徒が在籍していたことは無いという事実だけが判明した………のを思い出す。
……“家族”扱いしてくれることや自分が原因で本来の家族の空気を悪くしてしまったかもしれないことを考えると申し訳なくなってくる。
『でも!それは時間が解決してくれることを願って、“これから”を楽しく過ごそうじゃないか!』
『そうよ、メリアナも新しい学期が始まったらアカデミーに通うことになったんだから!』
「おおっ!?そうなのかメリアナ?!いやー楽しみだなー!!」
『うん、私も楽しみ。………だったらさ、ヒギリ…さん?も……通わないの?』
「……え?」
会話が盛り上がっていく中で、正直距離感を測りかねていた相手から予想外の提案が出てきた。
マリナードタウンでも通っている生徒を見かけることはあったが、自分が通う事なんて考えたことが無かった。
嫌、なんてことは全くないが………費用などを考えるとすぐにでも自分から控えるべき内容である。
しかし、
「いいなそれ!さすがオレの孫だ、メチャクチャ良いアイディアじゃないか!」
『転入する訳だから少しでも馴染みやすい方が良いし……名案ね!』
『確かに………先の見えない解決を待つならヒギリにも楽しい想いをしてほしいしな!』
「でも………入学費とかは………」
『いや気にすんな!そこまで金には困ってないしアカデミー自体も単位数次第で安く済む場合もあるしな!』
「それにあの校長ならそーいうとこも考慮するつってたぞ!大丈夫さ!」
メルサさん達はあっさりと了承してしまった。
…確かにあの時先生が「困った時はこのアップルアカデミーがいつでも援助しますよ。」と言っていた。もしかしたらこんな状況になるのを予想していたのかもしれない。
それに………今日初めて顔を見たような人たちがこんなにも優しく手を差し伸べてくれる。
「…俺のことは気にすんなよ、20歳にも満たない子供の手伝いが必要な程まだ老いてないさ。
もう十分助かったよ、だから………人生楽しんでくれよ。」
だったら、“家族”と呼んでくれる人たちの想いに応えたい。
「分かりました、こちらこそよろしくお願いします!」
『…色々と決まったことだしお開きにしましょ、他の話はまた後日と言うことで………お義父さん、ヒギリくん、おやすみなさい。』
「おやすみ、またな!」「おやすみなさい………メリアナさん、さっきはありがとうございました。」
『…さん、はいらない、“メリアナ”でいいよ。……あと敬語もなんか変。』
「………分かり……分かった、おやすみメリアナさ………メリアナ。」
『ふふっ、おやすみ。』
初めての家族会議は、夜遅くまで続いた。