ボられるかボられないか。それが問題だ   作:あずき@

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【外伝No.3】恋の旋律とタンバリン

「はぁ……」

 

「…ニコルちゃん? 先ほどからお料理が手についてないようだけど……」

 

「ん〜…? まぁ…はぁぁ……」

 

「どどどうしましょうアナタ! ニコルちゃんの様子がおかしいわ!」

 

「う〜む…ハンター試験から帰ってきて以来この調子だな」

 

「マァ! それならば訴えて然るべきですわ!」

 

「それに私、初めから思っていましたのよ⁉︎

 

デリケートな ニコルちゃんにハンターなんて野蛮な仕事は合わないって!」

 

「ぐっ…今更そんなことを言ったってお前……」

 

「だいたいアナタがハッキリしないからこんなことにーーー」

 

「それを言ったらお前だってーーー」

 

ガミガミガミガミ…

 

「ごちそうさまでした…」

 

「「あ…」」

 

 

 

 

 

 

食事を終えたニコルは自室に戻り、机の引き出しからハンター試験のプレートを取り出した。

 

「ふぅ……もう懐かしいや…あれからまだ一週間しか経ってないのに」

 

しみじみとプレートの淵を指でなぞり、再び引き出しにしまうと、今度は更に奥へとしまっていた『あの時の』タンバリンを取り出した。

 

ニコルは悲哀に満ちた表情でタンバリンの表面を見つめ小さくつぶやいた。

 

「イブさん……今頃どうしてるのかな?」

 

あの時のイブの笑顔が純白の白い生地に映える。

 

大事が無ければいいが、と多少不安に感じるが、同時にイブなら問題ないだろうと感じられる。

 

(イブさん…ボクを唯一気遣ってくれたイブさん。

 

フリークスという伝説的な超エリート戦闘民族にも関わらず、ボクなんかの背中を必死に押してくれたイブさん。

 

…優しくて愛らしい、そんな笑顔が素敵なイブさん……ボクは貴女のことを……

 

 

 

 

「はぁ……イブさん…」

 

ニコルにとって今やこのタンバリンだけが、唯一彼女を感じることが出来る手段なのであった。

 

そんな悶々とした日々を送っていたある日、ニコルがいつものように当て所もなく電脳ページをめくっていると、ふと一枚の記事に目が止まった。

 

「こ、これは!」

 

そう叫ぶやいなや、ニコルは取るものも手に取らず、慌てた様子で部屋を飛び出した。

 

「ニコルちゃん⁈ そんなに慌てていったいどこにーーー」

 

「あ、母さん。ちょっと用が出来て…今は時間ないからまた後でね!」

 

「あっ! ちょっと! ……って行っちゃったわ。でも…ふふ……あんなに楽しそうな表情(かお)のニコルちゃん、久しぶりに見たわね」

 

少し安心したわ、と呟いて冷めた紅茶を満足気に啜るニコル母だった。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ……確かここら辺だったと思ったけど……」

 

そこはザバン市にある住宅街に隣する街角の片隅で、周囲には様々な店が建ち並んでいた。

 

しばらく歩いていると、とある一軒の古ぼけたアパートメントがニコルの目に飛び込んできた。

 

「アレだ!」

 

よく見ると古ぼけた看板が掲げてあるその店は、中へ入るとかなり奥行きがあり、煤けた灰色のレンガ造りの内装をしていた。

 

壁のいたるところからレンガの棚が突き出しており、その一つ一つには様々な模様がフレーム部分に彫り込まれたタンバリンが乗っけられていた。

 

「凄い……これがすべてタンバリンとは……」

 

「お気に召したかしら?」

 

「あっ」

 

「ふふ。タンバリン専門店『センリツ』へようこそ。ゆっくり見ていってね?」

 

「は、はい! あ〜…でもボク楽器って一切詳しくなくて……」

 

「あら? それで最初にタンバリン? 今時、珍しいわね。いいわ。出来るだけ詳しく説明してあげる。わからないことがあれば何でも聞いて?」

 

「は、はい! ありがとうございます‼︎ あのそれで早速なんですが……ボク今、これと同じものを探しているんです…」

 

「ん? ちょっと見してくれる?」

 

ニコルはセンリツに自室から持ち出した例のあのタンバリンを手渡した。

 

しばらくするとセンリツは感嘆した様子で声を漏らした。

 

「素晴らしいわ……フレームの具合から布の張りまでよく手入れされてる。この子、相当な演者に見込まれたのね。これをいったいどこで?」

 

「貰いました。ボクの憧れの人から」

 

「そう。…申し訳ないけどこれと同じものはウチにはないわね。ごめんなさい……」

 

「そう…ですか……」

 

なんとなく覚悟していたもののやはりショックを隠しきれないニコル。

 

「……でもそうね…アナタ、確かこのタンバリンの元オーナーに憧れているんだったわよね?」

 

「え…はい。そうですが…」

 

「これはアナタ次第なのだけど、もしもアナタがこのタンバリンを所有するに足る使い手になれたら、私が無料でこれとそっくりの物をオーダーメイドしてあげるわ」

 

「えっ⁉︎ ほ、本当ですか⁉︎」

 

「ただし。もしもそれが叶わなかったとしたらこのタンバリンは私が引き取る。どう? それでもやる?」

 

「………はい! ボク…いや! オレやります! 誰から見ても見劣りしない、立派なタンバリン使いになってみせます!」

 

「そう。なら今日はもうお終い。明日に備えて今日は帰りなさい」

 

「は、はい! ありがとうございました! では失礼します先生‼︎」

 

ニコルが出ていくとセンリツは小さく笑って一言。

 

「ふふ。あんなに熱に浮かされた心音を聞かされちゃったら流石に黙ってはいられないわよね〜。

 

さて、と…明日から忙しくなるわよ〜!」

 

そう言うと早速オーダーメイドのタンバリン作りに取り掛かるセンリツだった。

 

 

 

 

 

センリツによる特訓は熾烈を極めた。

 

早朝の走り込みから始まり、腕立て腹筋背筋を100回5セット。

 

それがようやく終わったかと思えば、1000回にも及ぶエアータンバリン…もとい素振りが始まる。

 

息吐く暇など全くない。

 

「いい? 努力した者が全て報われるとは限らない。でも成功した者は皆すべからく努力しているのよ!」

 

「はぁ…! はぁ…!お、押忍!」

 

「よし! じゃあ素振りもう300回追加!」

 

「ひぃ〜〜ッ!」

 

ニコルの悲痛な叫びは誰にも一切届くことなく夕闇の中に溶けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

三ヶ月後……

 

「9998…9999…10000! 」

 

「よし! 素振り一万回終わりね。じゃあもう背中の下ろしていいわよ?」

 

「押忍!」

 

そう言ってニコルは背負っていたグランドピアノをそっと床に置いた。

 

「ふむ……やはりだいぶ軽くなるな」

 

肩をぐるぐると回しながら呟くニコル。

 

今の彼にもはや嘗ての面影はなく、筋骨粒々を絵に描いたような肉体に、室内トレーニングを基調にしていたにも関わらず、なぜか黒く陽に焼けており、ダイヤモンドもかくやと言わんばかりに照り輝いていた。

 

「ふふふ。素晴らしいわニコル。今までよく頑張ったわね」

 

「押忍! それもこれも全て師匠のおかげです」

 

「いいえ。これはアナタ自身が起こした奇跡よ。自信を持ちなさい?」

 

「師匠……」

 

「そう! 以前までのアナタは死んだわ! 最早、アナタはニコルではない‼︎」

 

「は?」

 

「アナタは『ゲバル』よ!」

 

「え……いやニコルですけど「『ゲバル』よ!」…いや、だから「『ゲバル』‼︎」…………押忍……」

 

「と、そこで新しく生まれ変わったゲバルには、私の方から誕生日プレゼントがありま〜す‼︎

 

ジャジャーン‼︎!」

 

そう言ってセンリツが取り出したのは、一個のタンバリンだった。

 

「こ、これは…ッ! ……手に取ってみてもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

「それでは失礼して……」

 

ニコルーーーじゃなくてゲバルはタンバリンをそっと受け取ると右に左にと満遍なく見ては、「ほ〜」「は〜」と感嘆の声を漏らした。

 

「どう? 気に入ってくれたかしら?」

 

「ハイ‼︎ それにしてもこんな素晴らしい業物をいったいどこから……」

 

「あら? 今のアナタならわかってくれると思ってたのだけれど?」

 

「え…… ッ‼︎ まさかこれは……!」

 

「ふふ。そう! これは私が丹精込めて作り上げたオリジナル作品……その名もスバリ! 『恋の旋律タンバリン』よ‼︎」

 

「恋の旋律…タンバリン……あ、ありがとうございます‼︎ このご恩は一生忘れません!」

 

「あら? 感謝するにはまだ早いわよ?」

 

「…と、言いますと?」

 

「一曲…是非とも聞かせてくれない?」

 

「! は、はいッ‼︎」

 

ゲバルは喜び勇んでタンバリンを手に取ると肩幅にまで足を広げる大きなスタンスを取った。

 

それからゆっくりと呼吸を整えるとカッと瞳を大きく開き、そして一言「参ります」と呟いた。

 

それはまさに情熱を思わせる律動そのものだった。

 

真っ赤にそびえる太陽を感じさせる灼熱のパトス。それが我々の立つ大地を大きく揺り動かすことで、大小関わることのない地球上全ての生きとし生けるものが、歓喜の雄叫びを上げている。

 

噴き出すマグマは、感謝の想いを父なる太陽へと届けようとする強い意思を‼︎

 

ざわめく木々は、大地から伝わる生命の脈動を‼︎

 

踊り狂う民は、種を蒔き、茎を伸ばし、花を咲かす希望を根ざして‼︎

 

全てのありとあらゆる生命に感謝を…! 感動を…‼︎ 律動を…‼︎!

 

恋の賛歌よ‼︎ 今こそ大いなる華となりて華麗に咲き誇れッ‼︎‼︎‼︎

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

ゲバルは静かに息を吐くと、そっとタンバリンを下ろした。

 

と、その時だった。不意にパチパチと拍手をする音が店内に鳴り響く。

 

発生原に目を向けると、そこには満面の笑みを浮かべて涙を零すセンリツの姿があった。

 

「どう…でしたか?」

 

「一言、言わしてもらうよ……完璧だ。

 

アナタはこれをもって私を卒業したのよ」

 

「そ、それってつまり……」

 

「文句無しに合格ってこと! 今日からひとり立ち(ソロ活動)することを許可するわ‼︎」

 

「や…やったーーーーッ‼︎!」

 

かくして長いようで短かったセンリツのタンバリン教室は終わりを告げた。

 

「さて…そうなると後は、旅をする際の注意事項を説明するだけね」

 

「注意事項…ですか?」

 

「えぇ、そうよ。とはいえ何もおやつはいくらまでとか、団体行動を心掛けろ、とか言う類ではないわ。

 

ここで言うそれは、いわば注意喚起、命の危険に関わることよ」

 

「ゴクリッ 命の…危険……」

 

「いい? 今から私が話す事柄は、決して他の者の耳に入れてはならないわ。わかった?」

 

「押忍!」

 

「よし……では話すわよ。

 

私は、ね。今でこそこんな見た目だけれど嘗ては、そこそこの美丈夫だったことは知ってるわよね?」

 

「えぇ。しつこいほど聞かされましたから」

 

「そんなパーペキ美少女だった私がどうしてこのような有様になってしまったか…

 

それはある一つの曲を耳にしてしまったからなのよ!」

 

「ナ、ナンダッテーー⁉︎」

 

なんたることだ…たった一曲聞いただけで人間の容姿がこんなことになってしまうなんて……

 

「それは魔王が作曲したと称された楽曲でこれを聞いた者には大いなる災いが降りかかるとされているの。

 

そしてこの曲を実際に聞いたのは、私の他にも幾人かいて、一人は私と同じ視聴者。そしてもう一人は、演奏者だったわ。

 

そんな中、私だけが運良く生き残ることが出来た。

 

…忌わしい刻印をこの身に刻まれることでね。

 

……見て?」

 

そう言うなりセンリツは腕を捲った。

 

「ッ‼︎ これは……」

 

「ふふ…酷いものでしょ? これ全部ーーー」

 

 

 

 

 

毛よ

 

 

 

 

 

それは13kmにも及ぶ途轍もなく長い腕毛だった。

 

それがトグロ状になって腕に巻きついている。

 

しかもよく見るとそれは、まるで宿主を糧にして共生しているかのように毛全体を上下に揺り動かしていた。

 

その様子はさながら黒い龍のようだった。

 

「私はこの刻印を『蛇王炎殺黒龍毛』と名付けたわ」

 

「名付けたんですか…」

 

双方に奇妙な沈黙が流れた。

 

それからしばらくしてゲバルが口を開く。

 

「その曲が師匠の追い求めているものなんですか…?」

 

「えぇ。私は嘗ての自分が犯した誤ちをもう誰にも犯して欲しくないのよ!

 

そのためにもこの楽曲ーーー『髪のソナタ』をどうしても見つけなけくてはならない」

 

「なら是非オレにもそのお手伝いを「ダメよ!」なっ…なぜですか⁉︎」

 

「だから言ったでしょ? これは命に関わるのよ。アナタにはアナタの成すべきことが他にある。違う?」

 

「ッ………はい…」

 

「気持ちだけは受け取っておくわ。アナタはただ、もうこれで終わってもいいと言うありったけを込めたタンバリン演奏を世界中の人々に届けなさい!」

 

「お……押忍‼︎ 今まで本当にありがとうございましたァァァァァ‼︎‼︎‼︎」

 

かくして無事、タンバリン演奏のノウハウをマスターしたゲバルは、自らの演奏をより多くの人々に広めるため旅に出る決意を固めるのだった。

 

 

 

 

「にしてもいつになったらオレは、まともに名前を呼ばれるようになるのか………」

 

それは彼にとってある意味、最も逃れようのない忌まわしき呪いなのであった…




『ニコル』は、ニコル ギコル ゲバルの三段活用の一つで未然形を表しています。

『ギコル』は過去、完了形。

『ゲバル』は終止形です。

テストには出ますがハンター試験には一切出ません。
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