異世界でTS転生で美少女怪盗。   作:パリの都

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美少女怪盗の対決はエレガントこそ優先。

 アルベール商店は、母の頃から、怪盗の拠点だった。

 ミス・ファンタジア……つまり私の代になって、この拠点は依頼を受けるための施設となった。

 依頼とはすなわち、悪徳商人や貴族の横暴を止めてほしいという、市民の依頼だ。

 この世界の悪徳貴族は私利私欲のために町娘をさらって手籠にしたり、詐欺や半ば強盗まがいの方法で市民から金をふんだくったりする。

 

 それに対し、復讐や奪われたものを取り戻してほしいという依頼。

 そういうのを私は請け負っているわけだ。

 いわゆる仕事人的なアレ。

 

 もしも私に依頼を頼みたいなら、

 「ヤポネの茶葉」を頼み、

 「業火の魔術で三十分」のオーダーをし、それを

 「()()()」よう伝える。

 すると、私――アン・アルベールはその依頼を受けるわけだ。

 

 ん? と思うかもしれないが、この符牒はニ種類が流布されている。

 業火の魔術で三十分、まではどちらも変わらないけど、

 一つは正規の依頼用の符牒。

 「冷ます」よう頼むと、それは正解の符牒なので依頼を受ける。

 「温める」よう頼むと、それは不正解の符牒なのでそいつは依頼を頼むふりをして、私を襲撃しにきた不届き者。

 

 ニ種類の符牒を巷に流布しているわけだ。

 依頼を受けるべき弱者には前者が、私を害そうとする悪党には後者が。

 堂々と商店の裏稼業としてやって見せているわけだから、そうしないと正規の依頼人と悪党を見抜けないからね。

 え? そんな綺麗に噂を流布するのは不可能じゃないかって?

 もちろんそんなの、()()()()()()()()()

 後者の合言葉で依頼を受けに来ようとする市民も当然いるし、符牒が二つあることに気付く悪党もいる。

 それでも私が敢えてこの方法で客を選別するのは、とても単純な理由で――

 

 ん、ああもう一つあった。

 アンの裏の顔があるなんてことにしたら、アスナさんにバレないかって?

 それに関しては、まぁわざとバレてもいいように振る舞っているから、問題はない。

 何故なら商店で依頼を受ける私は“ミス・ファンタジア”ではなく。

 “ミス・ドール”なのだから。

 どういうことか? まぁ、見ていれば解る。

 

 露骨に話題をそらすなと言いたげだね。

 でも、しょうがないじゃないか。

 もったいぶっているんだから。

 何故って、そりゃあ決まってる。

 

 

 勿体ぶったほうが、怪盗っぽいからさ。

 

 

 ◎

 

 

 ミス・ドール。

 アルベール商店の店主。

 アン・アルベールはミス・ファンタジアに繋がるドールと呼ばれる手下の一人だ。

 

 ミス・ファンタジアには末端がいる。

 それらはミス・ドールと呼ばれる孤児の子供たちで、ミス・ファンタジアの裏工作を担当する。

 例えば、一人のドールはスラム孤児のコミュニティに紛れ込み、裏社会で起きている事件をミス・ファンタジアに伝える。

 例えば、一人のドールは商店を切り盛りする傍らで、悪党に虐げられる弱者から依頼を受けてそれをミス・ファンタジアに届けている。

 

 ――それは、もはや裏社会の常識となっていた。

 そして、そんなミス・ファンタジアとの連絡役。

 ミス・ファンタジアの隠れ蓑の一つである“アルベール商店”を切り盛りするアン・アルベールこそが、最もミス・ファンタジアに近い存在である……と一部では囁かれていた。

 

 男は、そんなミス・ファンタジアへの人質としてミス・ドールの誘拐を命じられた組織の構成員だ。

 長年裏社会で生きてきた男にとって、一人の少女を拐うことなど造作もない。

 たとえ相手が、怪盗としての技術をミス・ファンタジアから直接手ほどきされた少女であったとしても、だ。

 

(……隙が多いな)

 

 商店に入ってすぐ、ミス・ドールであるアンを見た男が感じたのはそんな印象だった。

 ミス・ドール。

 人形を意味するその言葉の通り、どうやらアンの本性は機械じみた冷徹さのようだ。

 しかし、所詮は子供。

 この程度の年の子供が、本気で大人顔負けの冷徹さを身につけることなど不可能なのである。

 ――まぁ、これは男の傲慢さがそう思わせているだけなのだが。

 

 ともかく、どれだけミス・ファンタジアが有能だろうと、その末端まではそうも行くまい。

 “()れる”。

 男はそう確信し、地下へ降りていくミス・ドールの後を追った。

 

「しかし、驚いたな。まさかあのミス・ファンタジアの側近、ミス・ドールが麗しい少女だったとは」

「……そうでしょうか」

 

 地下へ降りる最中、男はミス・ドールの油断を誘うために声をかける。

 今、自分は彼女へ依頼を頼む弱者ということになっている。

 だから、こういう雑談は至極当然のことだ。

 そして男はある意味で賭けに勝った。

 雑談にミス・ドールが乗った時点で、男の口八丁は止まらない。

 

「ああ。……ミス・ファンタジアが少女趣味というのは本当だったんだな」

「何を言っているのです?」

 

 挑発。

 男は、不用意な発言でミス・ドールを怒らせその仮面を剥ごうと考えた。

 相手は子供、どれだけ冷静に振る舞おうとしても尊敬するミス・ファンタジアを愚弄されれば冷静ではいられまい。

 

「いや、何、ミス・ファンタジアは幼い少女を囲うのが趣味だなどというふざけた噂があったのだが……君のような少女を側近にしているというのは、やはりそういうことかと思っただけだ」

「……私はともかく」

 

 カツン、とミス・ドールの足音が変化する。

 若干の怒気を孕んだ、侮蔑の視線を少女は向けてきた。

 同時、地下へ下る階段は終わりを告げて、男とミス・ドールは並び立つ。

 

「ミス・ファンタジアをそのような物言いは、許容できかねます」

「ははは、申し訳ない。つい口が滑ってしまった。いやね、こうして――」

 

 男は、ミス・ドールが男を嫌悪して視線を反らした瞬間を見逃さなかった。

 感情が隙を生んだ。

 致命的な隙だ。

 

「――お前のような、面のいいガキを好きにできると思うとな」

 

 直後、懐から“杖”を取り出した男が、ミス・ドールの胸元にそれを突きつけていた。

 

「……っ!」

 

 慌てて距離を取ろうとするミス・ドール。

 だが、

 

「おっと動くなよ、お前が動くより、こいつの射出(シュート)の方が早い」

「……魔術杖」

 

 苦々しげにこちらへ視線を向けるミス・ドールを見下ろして男は愉悦に笑みを浮かべる。

 魔術杖。

 その名の通り、魔術を使うための杖。

 男には魔術の才があり、この杖はその商売道具。

 射出(シュート)というのは、魔術の最も基礎とも言える魔術。

 魔力をエネルギー弾にして飛ばす、それだけの魔術だ。

 しかし、それだけで人は容易に殺害が可能。

 この状況で、男が魔術を使えば一瞬でミス・ドールの命は奪われる。

 男が最も得意とする、必殺の状況が既に完成していた。

 

「ミス・ドール。お前をミス・ファンタジアを誘き出す餌として遣わせてもらう」

「卑怯者……」

「ああ、安心しろ。使い道はそれだけじゃない。その面と体は、それだけで金になる」

「……」

 

 男の下卑た視線に、侮蔑で返しながら一瞬、ミス・ドールは動きを見せようとする。

 

「動くなといったはずだ!」

 

 言葉と共に、男は魔術をミス・ドールの足をかすめるように発射した。

 

「ぐっ……」

「はっ、わかっただろう。お前がなにかするよりも、俺のほうが早い。裏社会で人を殺し続けてきた手腕を舐めるなよ? お前のようなガキに、どうこうする術はない」

 

 痛みに顔を歪めたミス・ドールへ、男はそう告げる。

 勝利宣言、もはや自分がミス・ドールを好きにすることができるという思考しか、今の彼には存在しない。

 

「手を上げろ、これ以上妙な真似をされるのも面倒だ」

「…………」

 

 観念したのか、ゆっくりとミス・ドールの手が上向いた。

 無防備な姿勢。

 それでいて、胸元を隠す障害物がない分、ミス・ドールの肢体を男は存分に堪能できる。

 

 ミス・ファンタジアとその末端のドールたちは、総じて銀髪だ。

 おそらく、魔術か何かで符号を合わせるためにそうしているのだろうが、その美しい銀髪は裏の人間には有名で。

 中でもアン・アルベール――通称ミス・ドール“1号”はそのプロポーションもよく知られている。

 あのミス・ファンタジアほどではないが、女として実に魅力的なバストとヒップ。

 組み敷けば、さぞ絶品だろうと、男は1号と出会ってから常に考えていた。

 

「……下郎が、どこの所属ですか。お前のような輩がいるような組織など」

「まさか、答えると思っているのか? おっと、そのまま何もせずこちらに来てもらおうか。身体検査をしなくてはならないからな」

 

 杖を持ち、油断なく男は告げる。

 

「――解せません」

「あん?」

 

 ――油断なく、あくまで男の自認においては、油断なく。

 男はそういった。

 

「随分と余裕のある口ぶりだが、それでは解せません。射出の魔術に自信があるわりに、魔術に対する理解が浅すぎます」

「おいおい、今更何をいっているんだ? 頭でもおかしくなったのか?」

 

 実際には、男は勝利を確信してしまったがために、そのミス・ドールの言葉へ律儀に答えてしまうくらい。

 ――油断しきっていた。

 

「……理解しました。お前は」

「うん?」

「――魔術の発動方法が、言葉だけでなく身振りも含まれていることすら理解していないのですね」

 

 結果は、一瞬だった。

 起きた出来事は二つ。

 

 上向いたミス・ドールの服の裾から“糸”が射出され、天井のフックに巻き付いた。

 直後、ミス・ドールは糸によって巻き上げられ宙に飛び上がる。

 これが、一つ。

 

 男がそのことを認識し、想定外の事に思考が停止している間。

 ミス・ドールの足が地面を離れると同時に、地面に仕掛けられた魔法陣が光――

 地面に、電撃を走らせた。

 これが、一つ。

 

「がぁ!?」

 

 痺れによって、男はうめきながら崩れ落ちる。

 手から、勢いよく魔術杖が吹き飛んだ。

 

「何より、射出の魔術に無駄が多すぎる。なんですか、先程のただ魔力を垂れ流すような射出は」

「ぐ、お、ご、があ!!」

 

 崩れ落ちた男は、しかしなおも地面を奔る電撃によって傷つく。

 痛みに身を震わせる男に、ミス・ドールの言葉はかけらも耳に入らないのだが。

 

「牽制に、人を殺害するほどの魔力を込める必要などありません。第一、人間を無力化するなら――」

 

 男の手から飛び出た魔術杖は、くるくるとまるで最初からそうなるのが正しいかのように、ミス・ドールの手に収まった。

 明らかに、魔術だ。

 男にそれを判断することは愚か、ミス・ドールの手に杖が収まったことすら認識することは叶わないが。

 

「――威力など、意識を飛ばす程度でいいのです」

 

 ミス・ドールは杖を男へ向けると。

 

 

射出(シュート)

 

 

 端的な一言でもって、エネルギーの塊を放ち、

 男の意識を刈り取った。

 

 

 ◎

 

 

 手品のタネは単純で。

 私は男の口車にのったフリをして、最適なタイミングで隙を晒した。

 案の定、油断した男は私の隙をつくべく動きを見せる。

 私は男に命じられるまま、手を上げて抵抗しないことを相手に示す。

 この手を挙げる行為が、魔術の起動コードである。

 同時、服の裾に仕込んだ糸を射出して、蜘蛛男よろしく天井に逃げると魔術を起動。

 電撃で男を無力化――最後の男の杖によるシュートはおまけだ。

 

 回りくどくないかって?

 まぁその通り。

 ぶっちゃけ地下へ男を誘導した時点で、いつ無力化しても結果は同じだ。

 ただ考えて見てほしいのだけど、男の視点で一連の行動を見た時。

 何もできずにただ意識を刈り取られるのと、一杯食わされて無力化されるのでは。

 どっちが印象に残るか。

 まぁ、後者だよね。

 

 私はこの男を殺さず解放するので、私の倒し方が男を通じて組織に――場合によっては裏社会に広がる可能性がある。

 そうなった時、より私が――ミス・ファンタジアとその末端であるミス・ドールがクールに見えるように行動する。

 

 それが怪盗の流儀ってもんだ。

 

 わざわざバレバレの裏の顔を、アン・アルベールに用意するのも同じこと。

 その方が“らしい”からそうしているのだ。

 カッコつけて死ぬのと、カッコつけられずに生き残るなら、全力で前者を選ぶ。

 ――その上で生還する。

 私の知ってる怪盗って連中は、そういう奴らだ。

 

 もちろん、死なないように最大限の努力はする。

 最後まで生きるための道を探す。

 アン・アルベールがミス・ドールだと思われているのもその一つ。

 実際にはアン・アルベールこそがミス・ファンタジアだというのに。

 

 アン・アルベールとミス・ドール“1号”の繋がりは、露骨に匂わせつつ。

 本命のアン・アルベール=ミス・ファンタジアという痕跡を消すことで。

 ミス・ドールとミス・ファンタジアが同一人物であるというトリックを隠蔽する。

 そういうことだ。

 

 ……さて、無事に侵入者を撃退できたわけだけど。

 こいつは多分、こいつの組織が送ってきた生贄だ。

 私達ミス・ファンタジアに宣戦布告するための。

 だから、ろくな情報を男は握っていないだろう。

 

 それでも、調べればこいつが今所属している組織くらいは解るはずだ。

 とすれば――やるべきことは一つ。

 

 それを吐かせて、

 

 

「――その組織に、忍び込む」

 

 

 倒れ伏す男を見下ろしながら、私はそうぽつりと零すのだった。




怪盗には多少ガバくてもつけなきゃいけない格好があるのです。
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