僕の悪平等アカデミア   作:エゴイヒト

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地の文に干渉するスキル『神の視点(ゴッドアイ)

 

 放課後。緑谷は保健室での治療を受けたものの、負傷した指には包帯が巻かれている。

 

「しかし相澤先生にはやられたよ。俺は『これが最高峰!』とか思ってしまった。教師が嘘で鼓舞するとは……」

 

 緑谷と飯田は並んで下校しようとしていた。隣を歩く飯田は個性把握テストを振り返り、入学初日から雄英高校の洗礼を受けた心情を吐露する。

 昇降口を出て校門へ向かって敷地内を歩いていると、二人を呼びとめる声が聞こえてくる。

 

「おーい!」

 

 それは少女の声だった。明るく天真爛漫なその声は、二人にとっても聞き覚えがあった。

 

「お二人さーん、駅までー? 待ってー!」

 

 走ってきたのは緑谷にとっては入試から何かと縁のある人物。

 

「君は無限女子」

 

 そして飯田にとっては、先程の個性把握テストでの印象が強かった。ボール投げで叩き出した∞という記録は、彼女の個性『無重力』の特性が顕著に発揮された結果だったと言える。

 

「麗日お茶子です。えっと、飯田天哉君に緑谷……デク君! だよね?」

「デク!?」

「え? だって体力テストの時爆豪って人が」

 

 蔑称であるはずのそれを呼んだのは、決して悪意があってのことではなかった。

 緑谷にとって初めて仲良くなった女子が『頑張れって感じで何か好き』という訳の分からない感想を述べたものだから、彼はデクというあだ名を受け入れた。元々、そこまで抵抗を感じていなかったというのもあるのだろうが。

 

 三人は、一緒に帰路についた。緑谷には、両脇に人がいるこの状況が新鮮だった。そういえば誰かと並んで帰ったことはあっただろうか、と考える。幼い頃の彼はいつも、爆豪の後ろを追いかけていた。中学に入ってからも、無個性で内向的な彼が他人と目立った交流を持てることは少なかった。オールマイトから受け継いだ個性を未だ満足に扱いきれていないことに焦りを感じる緑谷だったが、こんな状況でも友達ができたことくらいは喜ぶべきかもしれない。

 

 

 閑話休題。

 

 

「あれ? そういえば、一緒にいた彼女さんは?」

 

 麗日が、飯田の方を見て言う。

 

「かの……!? いや、俺と安心院さんはそういう関係じゃないぞ!」

「あ、そうなんだ。初日から男女で仲よさそうだから勘ぐっちゃった、ごめんね」

「ちなみに幼馴染というわけでもないし、中学からの知り合いというわけでもないぜ」

 

 それであの馴れ馴れしさは一体なんなんだろう、と緑谷と麗日の中でますます疑問が深まる。

 

「……ん?」

 

 飯田は、ここで違和感に気付く。

 おかしい。女子の声が二人分聞こえる。彼は緑谷と麗日を跨いだその向こうを見た。

 

「あ、安心院さん!?」

 

 いた。当たりまえのように、麗日の隣を歩いていた。

 

「どこから湧いてきたんだ!? というかいつから居た!?」

どこからでも(・・・・・・)だしいつからでも(・・・・・・)

 

 意味のないことを訊くなよ、という顔で彼女は答えた。そういえば彼女の個性は瞬間移動だった、と飯田は個性把握テストでの彼女の活躍を思い出す。

 まさか言葉通りとは思うまい。

 

「僕は安心院なじみ。親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」

 

 不思議と、誰もその命令口調に抵抗を感じなかった。むしろその方が自然に感じられるくらいである。

 

「あ、僕は緑谷出久です」

「聞いてたから自己紹介は必要ないぜ。緑谷くん、麗日ちゃん」

 

 これが、緑谷出久と安心院なじみの最初の会話である。

 緑谷は、彼女のキャラを掴みかねていた。たしか個性把握テストでの成績3位の上位勢だったとは記憶している。活躍を残しつつも、他者を差し置いて印象に残るにはあと一歩足りない――まるで調整されているような存在感。言動そのものは理解できても、言動の意図が読めない底知れなさ。緑谷は今後長きにわたって、青山優雅とは別の意味で彼女を測りかねることになる。

 

 

 


 

 

 

 被服控除。雄英高校入学前に個性届・身体情報・デザイン等の要望を提出することで、学校専属のサポート会社が最新鋭のコスチュームを用意してくれる制度。

 

 安心院もまた、雄英高校ヒーロー科に入学した以上は自分のコスチュームを着ることになる。だがそれが被服控除によって発注されたものなのか、自ら用意したものなのかは……どちらであってもあまり重要ではないので想像に任せよう。

 

 彼女のコスチュームを端的に言い表すなら、それは巫女服だった。白い小袖に緋袴を着て、赤い帯を額に巻き襟首の少し上あたりで結んでいる。艶のある黒髪は何時の間に染めたのか白髪になっていた。

 

「巫女装束か」

 

 安心院の衣装を一目見た飯田が感想を溢す。似合っているかと言えば、この上なく。というか彼女のミステリアスさに合うコスチュームなんて、彼には他に思い浮かばなかった。

 

「ところで、髪を染めているのは……」

「校則じゃ禁止とでも言いたいのかい?」

「いや、そういうわけではないが」

 

 ここは雄英ヒーロー科。普通の高校の常識など通用しない。髪を染めたくらいでとやかく言う者はいないだろう。そもそもコスチュームの時点で何でもありである。

 

「なるほど。飯田くんは黒髪の方が好き、と」

「だからそういうわけでもない!」

 

 全力の否定。彼女の髪の色が何であろうと気になるはずがない、と飯田は過度にリアクションしている。だが彼が何と言おうと、髪を染めた理由を尋ねた事は事実である。自覚のない誤魔化しであり、それは気になってはいけないという強迫観念によるものだ。何故気になってはいけないのか、そこが彼の心の中で言語化されていない事に彼自身気が付いていない。

 

「巫女服サイコー! ヒーロー科サイコー!」

 

 何時の間にか飯田と安心院の傍にいた低身長の少年。葡萄頭の峰田が、鼻の下を伸ばしながらサムズアップする。コミケのコスプレイヤーでも見ている気分なのか、先ほどから女子のコスチュームを観察して回っている。身長も相まって普段からローアングラーなのかもしれない。

 

「やっべえ…モノホンの変態だ……」

 

 峰田の言動一つで大体の性格を察したのか、珍しく引き気味の顔を浮かべる安心院。こういう顔もするのか、と飯田は少し驚いた。

 

「でも唾ついてんだよな、ちくしょう」

 

 峰田が恨めしそうに飯田の方を見る。

 

「……何故こちらを見るんだ?」

「けっ、鈍感系かよ」

 

 不機嫌を隠しもせず、悪態を吐いてどこかへ消えた。次の女子を狙いに行ったのだろう。

 

 

 屋内での対人戦闘訓練。オールマイトが担当する授業『ヒーロー基礎学』は、如何にもヒーローといった感じで分かりやすい。緑谷&麗日VS爆豪&飯田の第一戦が終わって、見ていた者は全員がこの授業の流れを理解した。ビルに穴を開けるような派手な決着はそうそう無いだろうが。

 

 第2戦はヒーローチームB対ヴィランチームI。安心院は3人で組むチームIに振り分けられた。

 

「3人チームって、どう動けばいいんだろう」

 

 宙に浮いた手袋から声がする。正確には、手袋が浮いている辺りから。

 知らぬ者には不気味に映る光景は何を隠そう、いや何もかもを隠した少女、葉隠透によるものである。

 彼女の正体は平たく言えば透明人間。透明化の個性によって自身の体を透過させている。

 

「数的有利を得られる代わりに、1人でも捕まった時点で負けのルールだからな。バラバラに動くのは危険だろう」

 

 尻尾を生やした少年、尾白猿夫は分析する。第一戦を見る限り、核兵器を守る役と遊撃で分かれるのが基本戦術のようだが、3人だと配分を考える必要がある。彼の発言通り3人チームには特別ルールが設けられており、核兵器に触れられずとも誰か1人でも捕まった時点で負けとなる。遊撃2人がバラバラに行動したり1人だけというのはリスクが大きい上に数のアドバンテージを捨てる愚行だ。逆に防衛役が1人であっても、捕まった時点でどの道ほぼ負け確なのでリスクは無視できる。

 

「防衛1人遊撃2人で行動するか、防衛3人で待ち構えるかの2択だな。安心院さん、どっちがいいと思う?」

 

 そう言って、尾白は巫女服の少女に語り掛けようとする。

 

「あれ、安心院さんは?」

 

 が、肝心の彼女の姿が見えない。

 

「どっか行ったよ」

「言ってる傍から単独行動かよぉ!?」

 

 

 ヴィランチームが安心院の連携の無さに絶望している一方で、ヒーローチームは役割分担など取り決めずとも自然とできていた。障子目蔵が個性の複製腕によって、触手から耳を生やす。研ぎ澄まされた聴覚によって、足音・布擦れ・呼吸などの音の反響からビル内部の動く物を検知する。

 

「四階北側の広間に一人。もう一人は同階のどこか、素足だな。透明の奴が伏兵として捕らえる係か」

 

 索敵役としてこれ以上ない仕事振りだ。同クラスに音を専門とする少女、耳郎響香もいるのだが……彼女の領分を侵してはいないだろうか。これで握力数百キロの筋力も備えているというのだから尚更である。

 

「……おいまて、ワープする奴はどこにいった?」

 

 障子が報告したのは2人。数が合わないことに気付いたヒーローチームのもう一人、轟焦凍が所在を訊ねた。話題に上がっているのは個性把握テストでの活躍から記憶に新しい、瞬間移動の個性によって上位に食い込んだ少女。名前は憶えていないが、個性と容姿は忘れていなかった。

 

「どこにも反応がない」

 

 指摘されるまで、相手が3人チームだったことさえ忘れていた。

 

「気を付けろよ、奴はどこからでも現れる()

「ああ」

「分かってる」

「……」

「……」

 

 刹那、轟の右手から氷が突き出して通路一面を塞ぎ、床・壁・天井を凍らせた。入口から入ったばかりではあったが、二人は咄嗟にビルから出る。

 

「今、声が3人したぞ!」

「ワープする女だ」

「ふざけやがって、()らを舐めてるんだ」

 

 全くその通りだ。轟達が同意しようとして――聞こえてきたのが、またしても女の声であることに気付く。

 

「ッ!!」

 

 言葉を交わさずとも、2人は背中を突き合わせた。

 相手はワープしてくる。死角から攻撃されたら終わりだということを彼らは十分理解していた。捕縛用テープを巻き付けさえすればいいのだから、足元や頭上にも注意を払わねばならない。瞬間移動という能力のこのルールにおける凶悪さを、ここにきて気づかされる。

 

「音で位置は分からないのか!?」

 

 こうなればもう、ビルの壁どころか全部の通路と部屋を氷で埋め尽くしてしまうか。だがこの手を使えば空気の通りも死ぬため、残るヴィランチーム2人の身が危険に晒される。これはあくまでも訓練だ、と轟は浮かんだアイデアを却下した。

 

「……おい?」

 

 先程の質問に対する障子からの返答が無い。再三の呼びかけをしようとして、今まさに耳を澄ましているのだろうかと思い至る。邪魔をしてはいけないな、と周囲の警戒に専念してしばらく待つことに決める。

 背中と首筋に当たる髪の毛の感触に、確かにそこにいることを確認して――まて、身長差的に障子の髪の毛が首筋に届くはずがない。まして、背中になど。気づいてみれば、やけに背中に感じる相手が小さい。轟は、背後にいる人物が誰であるかを察した。

 前へ突き出していた右手を、ゆっくりと下げる。勝負は一瞬。ガンマンの早撃ち対決のソレと同じだ。振り向くよりも早く、背後の相手をその手で掴む。何かを掴んだ感触がするよりも早く、その手で凍らせる。

 

「随分と情熱的なアプローチだけど、それなら左手の方が相応しいんじゃないかい?」

「黙れ」

 

 予想通り、背後にいたのは相棒の障子ではなかった。轟の右手は巫女服の少女、安心院の左手をしっかりと掴んで半身を凍らせていた。そんな状態でも安心院は動じず、冗談を言う余裕があるようだ。左の事に言及した彼女に、轟は一層警戒を強めた。

 この状態からでもワープを使えるかもしれない。そうなれば、もう非殺傷で彼女を止める手段は無くなる。捕縛テープで捕まえる隙も与えてはくれないだろう。

 

「アイツをどこへやった?」

「ビルの中」

 

 もしかしてと危惧はしていたが、他人をテレポートさせることもできるらしい。しかし彼女なら、捕縛テープを巻いて失格にさせることもできた筈だ。それどころかこの訓練が始まった瞬間からいつだって、テレポートを使って接近し捕縛することができた。手を抜いているのは、誰の目にも明らかだ。

 

「お前、真面目にやる気ないだろ」

「それはそうさ。こんな下らない遊戯に付き合ってやる必要、僕にはない」

 

 声音がガラリと変わる。次の瞬間、彼女は左足を軸に回転する。ふわりと舞う袖と広がる袴。

 

 ――氷を踏み割るスキル『踏結砕き(アイスクライシス)

 

 勢いのまま、右足による回し蹴りで氷を砕いた。彼はそれを見ているだけだった。反応できないほど速かったわけではない。彼女が醸し出す雰囲気に呑まれて束の間行動を忘れてしまったのだ。というか、まさか蹴り割るとは想定していなかった。厚さ数十センチの氷を砕くなど、およそ女の脚力ではない。ワープが個性だと思いこんでいるものだから、それがスキル(個性)によるものだとは考えもしない。

 振り返った彼女は暗い瞳をしていた。轟焦凍ともあろう者が背筋を凍らせる程に。先程まで、いや入学から今までの彼女とはまるで別人のようだった。

 

「それがお前の本性か」

「はて、本性なんてとうの昔に忘れちまったな」

 

 ニヒルな笑みを浮かべた彼女は彼を――否、世界の全てを嘲るようだった。

 

「なら一つ教えてやる。猫を被ってようがいまいが、気味が悪いのは変わらないことだけは確かだ」

「これは辛辣。妄りに左に触ると気に障るらしい」

「揶揄ってんのか」

 

 いよいよ眉間に皺が寄る轟。

 

「ところで、僕と呑気に話していていいのかい。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていってるぜ」

「……」

「ああ! 僕を捕らえる手段が無くて困ってるのかな。なら遠慮することはない、殺す気で来るといい」

「正気かお前」

 

 殺されるかもしれない攻撃を躊躇なく許容する彼女の精神性を疑ってではなく、ヒーローを目指す彼がここでそのような凶行に走ると本気で考えているのか、という意味で。

 

「さて、案外皆そんなものだと思うけど。爆豪くんはよく殺す殺すと言ってるし」

 

 短い付き合いだが、彼のソレが口先だけなのはクラス全員にとって周知の事実だ。轟は、安心院がつくづく冗談しか言わないのだと思い知った。だが彼は、しばらく彼女の会話に付き合うことにした。捕縛できない安心院を足止めできるなら、それはそれで悪い手ではない。彼女の舐めプで障子が捕まっていないのであれば、勝機はまだある。障子1人でも尾白と葉隠を相手取ることは可能に思えた。

 実の所、轟は珍しく降参してもよいと考え始めていた。このルールにおいて安心院に勝てる者は誰もいない。前述の通り、いつでも好きな時にテープを巻き付ければいい。適材適所、人には向き不向きがあると考えれば不思議と悔しさも湧いてこない。それに、実戦であれば後遺症が残る攻撃や最悪殺してしまうことも視野に入るので、自分が負けるつもりもない。今ここで負けを認めても、彼が抱えるNo.1ヒーロー云々の諸問題に翳りは見えない。

 

「しかし、作為めいたものを感じないかい?」

 

 彼の戦意喪失を察したのか、安心院は話を振り続ける。

 

「何がだ?」

 

 轟も、暇つぶしがてら会話に付き合うことにした。無視してもよかったが、この場に留めておくという最低限の仕事はこなすべきだと思い、気は惹いておく。

 

「僕の瞬間移動も、葉隠ちゃんの透明化も。ヒーロー役だったら間違いなく一方的な展開で決着がつく個性だ。そんな二人が、どちらもヴィラン役になっている」

 

 少なくとも安心院に関してはヴィラン役でも十分一方的な展開になっている気はするが、確かにヒーロー役なら更に凶悪だ。超反応や防御の類の個性で何らかの反撃にあう可能性が僅かながらある捕縛による勝利より、ワープして核に触れるだけで勝ちの方が遥かに簡単で早い。

 

「まさか、オールマイトがくじで不正したって言いたいのか?」

「いやいや、そもそも僕はこの程度の工作は不正のうちには入らないと思っている。初めからくじじゃなく指名にすることだってできた訳だし、教師のオールマイトに全面的な決定権があるのは道理だしね」

「言いたいことがよく分からない」

「オールマイトに作為が無いとしたら、誰に作為があるんだろうねってことさ」

「?」

 

 これはお前に言ってるんだぜ、おい。

 

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