僕の悪平等アカデミア   作:エゴイヒト

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人間観察のスキル『人を見るのには目がない(ノールッキングオブザベーション)

 

「ああ、コンティニューだ……!」

 

 オールマイトの姿を認めて、死柄木は歓喜した。

 階段上から飛び降りたオールマイトは、瞬く間に雑魚ヴィランを制圧。そのまま相澤を救い、隠れていた緑谷ら3名と安心院を回収して距離を取る。

 

 上から見れば丸見えなので当たり前といえば当たり前なのだが、隠れていた生徒達はオールマイトにはお見通しだった。一瞬の内に移動させられたことで何が起こったか分からず狼狽える3人だったが、事態を把握すると今度は後ろめたそうに縮こまった。見るだけと言い訳をしていたとはいえ、危険なことをしているという自覚はあったらしい。

 

「彼らは僕に任せておくといい」

 

 安心院は相澤と生徒らを指して言う。オールマイトが彼女の個性について知っていることは少ない。だが頻繁に用いる――というかクラスメイト達にはそれ1つであるかのように通している――瞬間移動の個性は、他人のテレポートもできることを対人戦闘訓練で確認済みだ。

 

「ありがたい」

 

 多くを語る必要はない。一言だけ返して、2人はそれぞれの行動を開始する。安心院は4人を連れてゲート前までテレポート、オールマイトはヴィランへ向けて突撃した。

 

 転移先は階上のゲート前。安心院らは13号の介抱をしている1年A組の生徒達と合流する。互いの無事を確認し一旦は安堵する一同であったが、負傷した相澤を見ると慌ただしくなった。

 負傷者の救護方法など、これから学ぼうという生徒達である。保険の授業やテレビで見た知識を頼りに、記憶を手繰り寄せてなんとかそれっぽい応急処置を施そうとする。とはいえ、本当に気持ち程度。下手に患部に触ったり動かすよりは安静にさせておくのが一番である。

 

 負傷者の手当て、クラスメイトの安否確認や情報交換をしている者もいれば、オールマイトの戦闘に注意が向いている者もいる。

 その中で、安心院なじみと緑谷出久の様子は対照的だった。緑谷はオールマイトの身を案じて見守っているのに対し、安心院は興味深そうに、まるでフットボールや野球の試合かのように観戦している。しかし勿論楽しんでいるという風ではない。より的確に言うなら、観察している。フラスコの中で起きる化学反応の結果を見届けるように。

 

 そして彼女が観察しているのは、オールマイトだけではなかった。安心院の視線が、横にいる緑谷へ向く。緑谷の顔に浮かぶ不安と焦りを見て、何を悟ったのか切り出した。

 

「何となく、君とオールマイトの関係性が分かった気がするよ」

「っ!?」

 

 不意に掛けられた言葉が緑谷の秘密を暴いたかのような言い草だったので、彼は跳ねるように驚いた。これでは如何にも図星ですと言っているようなもの。余りにもあからさまなリアクションをしたことに気付き、汗もだらだらに訊ねる。

 

「ど、どういう意味から」

 

 白を切って誤魔化そうとしたつもりが、噛んでしまったことで余計に焦りを露呈してしまう。

 

「雄英入学までは個性を持っていなかった。オールマイトと同じパワー系の個性。オールマイトの教師赴任と君の入学・覚醒……色々タイミングが重なる。師匠と弟子、先代と今代の主人公とは、皆ベタなのが好きだねぇ」

 

 彼女の発言は殆ど核心を突いていた。確信してもいるようだった。

 

「安心院さんは、どこまで知ってるの……?」

「『何でもは知らない。知ってることだけ』」

 

 それ以後、人の秘密を暴いたにしては安心院が何か探りを入れることもなく。かといって緑谷から安心院にかける言葉もないので、2人そろって沈黙した。

 しばしそうしていると、戦況に変化が訪れる。脳無にジャーマン・スープレックスを決め優勢と思われたオールマイト。しかし黒霧のワープゲートの力を借りた脳無に腹部の急所を掴まれてしまう。攻守は逆転し、窮地に立たされる。否、引きずり込まれる。

 

「前時代の英雄なんてまさに()ピッタリだけど、あの程度に苦戦するようではね。思った通り期待外れだ」

 

 目の前で人の命が危険に晒されているというのに、彼女は冷徹に評価を下した。同時に、緑谷出久の評価を上げる。

 オールマイトが劣勢に置かれているのを見て、緑谷は今にも飛び出しそうだ。それを見た、見かねた彼女が背を押す。次の瞬間には二人は戦場へと転移していた。

 何が起こったのか一々考えることもせず、緑谷の足は飛び出していた。乱入者の出現に全員の視線が2人へ向く。

 

「早く殺せ!」

 

 油断していた。死柄木達の頭の中からは、安心院の存在がすっかり飛んでいた。

 なにぶん至近距離に突然現れたので、緑谷に対処するために黒霧のワープゲートで遮ろうとすると安心院からの攻撃を遮る暇が無い。逆も然り。安心院が攻撃するつもりがあるのか、そもそも攻撃手段があるのか。緑谷の攻撃が脳無に通じるのか。冷静に考えればそう焦ることも無かったはずだが、唐突ゆえに考えが及ばず、死柄木は危機感を覚えた。

 

「どけ、デク!」

 

 意識が完全に2人に向いている隙をついて、死角からヴィラン達を襲う者が現れる。爆豪が黒霧を、轟が脳無を拘束する。

 緑谷はA組生徒の参戦にようやく足を止めたが、安心院はそのまま脳無へと直進。そしてオールマイトを掴む腕を氷越しに手で触れた。

 

 ――粉々に崩壊させるスキル『塵は散り散りに(ダストトゥダスト)

 

 氷と脳無の腕が罅割れたかと思うと、砂のように脆く崩れ去った。脳無は悲鳴も上げず、ただそれを眺めていた。

 

「ふーむ。相澤の怪我を見る限りだいたいこんな感じかな」

 

 ここは未だ戦場にも拘わらず、安心院は呑気に脳無の崩壊した腕の断面を観察して、スキルによる影響を推し量る。

 

「……助かったよ、安心院少女」

「いやー僕も肝を冷やしたぜ。有象無象ならともかく、主人公(メインキャラ)の命は取り返しがつかない」

 

 拘束が解けて立ち直ったオールマイトが声を掛ける。するとそれまで彼のことなど気にも留めていなかった様子の安心院が、手のひらを返すように「君の命が一番心配だった」という態度に変わった。尤も、発言には心配りが欠けていたが。取り返しのつく彼女だからこそ、何でもかんでも悪平等に軽んじてしまうのは悪い癖だ。

 

 背を向けていた爆豪、死柄木に跳びかかろうとした切島、組み伏せられていた黒霧、安心院の体でちょうど遮られ見えなかった死柄木、遠くにいた面々。彼らは安心院がスキルを使う瞬間を目撃しなかった。それはつまり、彼ら以外は目撃したということでもある。

 

「(何だ、今のは?)」

 

 轟と緑谷とオールマイトは、安心院が腕と氷を粉々にするところを見ていた。瞬間移動の個性では説明がつかない現象だ。オールマイトは彼女が『個性を作る個性』によってそういう個性を作ったのだとすぐに分かったが、残る生徒2名はそうはいかない。轟も緑谷も気になるところではあったが、今は状況が状況だ。思考の隅に追いやり、ヴィランへの警戒を強めた。

 

「脳無」

 

 追い詰められた死柄木が名を呼ぶと脳無はワープゲートから身を出して、脚が千切れるのも厭わずに氷の拘束を解いた。まさか名前を呼んだだけで命令を理解したわけでもなかろうが、ある程度の知性は有しているのか、あるいは単に攻撃命令に対して障害となる事象を排除しただけなのか。

 ともかくそうして晴れて自由の身となった脳無は、切断された片腕と片脚を断面から再生した。筋繊維が束になり肉体を形成していく過程は、まるでミンサーで肉を挽く動画を逆再生している様だった。

 

「まずは出入口の奪還だな」

 

 脳無が黒霧の元へ突進する。黒霧を捕らえている爆豪は、それに反応することもできない。全ては一瞬の出来事だった。破壊されたコンクリートの粉塵が宙を舞い、視界を塞ぐ。

 

「加減を知らんのか」

 

 オールマイトが爆豪を庇い、間一髪のところで彼の命は守られた。

 

「3対6だ」

 

 轟が脅すように言う。倍の差を付けられたこの状況は、いくらその殆どが未熟な生徒達で構成されるといっても死柄木達がそう簡単に覆せる数的不利ではない。

 

「駄目だ。逃げなさい」

 

 しかしそれは、総力戦になったらの場合。死傷者が出るまで、どちらかが完全に倒れるまで戦った場合の話。結果がどう転ぶにせよ、犠牲無しにはいかないだろう。当然、そのような展開をオールマイトとしては看過できない。教師としても、プロヒーローとしても。

 オールマイトの言う通り、生徒達は大人しく逃げるべきなのだろう。一方で、オールマイトが先程窮地に立たされていたのも事実。彼らはどこかオールマイトの勝利に疑いを抱いていた。

 悩みに悩んで棒立ちの生徒達を見て、死柄木は今が好機と見た。脳無と黒霧にオールマイトを任せて、自分は生徒達を相手取る。

 

「見てるだけのつもりだったけど、今ここで君を試してみるのも悪くないか」

 

 走り出して向かってくる死柄木を見て、生徒達は狼狽える。そんな彼らの中から、安心院が一歩踏み出す。

 無防備無警戒で向かってくる彼女に、死柄木は眉を顰めた。瞬間移動の個性もそうだが、彼女は性格が読めない。行動が分かりやすく心も軟弱なそこらのヒーローの卵共よりも、一番厄介なのは彼女だろうと死柄木も考えていた。

 このままいけば、2人は激突するであろうと思われた矢先。オールマイトから殺気とでも呼ぶべき気迫が放たれる。生物的な生存本能だろうか、死柄木は足を止めてそちらを向かざるを得なかった。安心院の中でも、今ここで観察すべき対象が変わったらしい。ゆっくりと減速して歩みを止めた彼女は、車窓から長閑な田舎の風景を眺めでもするように、そちらへ目を向けた。

 

 オールマイトと脳無が激突する。

 直後、突風が吹き荒れた。人を軽々吹き飛ばすほどのそれはもう、台風でも襲来したのかと疑うほど。比較的近くに居た死柄木は宙に舞って彼方へ押しやられ、生徒達は膝を突いて飛ばされないよう踏ん張るので精一杯だった。安心院は、そこだけ風などないかのように直立不動だった。風に靡き暴れる袴と袖を鬱陶しそうに目を細めると、それさえ止まった。

 

 息つく暇もない打擲の応酬に、風が止むことはない。先程まではショック吸収というオールマイト対策に有効打も無さそうな彼だったが、それを意地と意志で乗り越える。次第に、吸収許容量を超えた脳無が仰け反る。

 突き飛ばし、掴み、投げ、叩きつける。

 

「ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか」

 

 地で弾んで無防備に宙に浮いた脳無を前に、オールマイトは強く拳を握る。

 

「更に向こうへ――――――Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)!!」

 

 雄叫びと共に、渾身の力を振り絞って打ちつけられた一撃。人どころか物にさえ向けるべきではない力積でもって殴打された脳無は、筋肉達磨の質量がまるでビー玉程度であるかのように天高く打ち上げられる。それは天井を突き破り、照明を破壊し、施設全体を揺らし、雲を散らした果てに大空へと消えた。

 

「なるほど、意志の力か。それは考慮に入れていなかったぜ」

 

 オールマイトの雄姿を見届けた安心院は、彼の評価を改めた。主人公には、物語のキャラクターには付き物なそれ(・・)が齎す可能性を知れただけでも、彼女にとっては収穫であった。

 

「チートが……!!」

 

 切り札の脳無がやられたことで、苛立ちを隠せない死柄木。黒霧が冷静にオールマイトの負傷度合を分析しなければ、このまま戦意を失っていたことだろう。

 

「主犯格はオールマイトが何とかしてくれる」

 

 こんなものを見せつけられては、オールマイトの勝利を疑うなどできない。生徒達はこの場を離れ、起き上がる木端ヴィラン共の制圧に向かおうとする。

 しかし実際の所、オールマイトはここが限界。このまま死柄木達と戦えば、オールマイトは間違いなく死ぬ。それを知っているのは緑谷だけだった。オールマイトを助けるため、緑谷は個性で両脚を強化し飛び出す。それを見逃す死柄木達ではなかった。迎え撃つように、ワープゲートを通して現れた死柄木の手が緑谷の顔面に迫る。

 

 緑谷の行動は悪手ではあったが、稼いだ時間は決して無駄ではなかった。

 銃声。死柄木の手に穴が開き、血が噴き出す。遠くどこかから狙撃されたことにより、魔の手が緑谷を襲うことはなかった。

 

 教師達の到着が間に合ったのだ。それを予見していたから、安心院は動かなかった。いや、予見というのは違う。単に信じていた。何をと言えば、主人公を。

 

 安心院というイレギュラーが多少混じったところで、主人公は決して滅びない。

 その程度で揺らぐようなら、彼女の期待する主人公ではない。

 主人公ならば、この窮地を必ず凌ぐ運命にある。

 

「遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めてきた」

 

 校長のその言葉は、実質的に終戦の合図でもあった。プロヒーローの教師陣に制圧されるヴィラン達。旗色が悪いと判断した死柄木達は、潔く退却する。

 

「今度は殺すぞ……平和の象徴、オールマイト!」

 

 ヴィランによる雄英襲撃事件は、こうして幕を閉じる。

 

 

 

 数十分後、警察も到着して生徒達の安否確認やヴィランの確保が滞りなく行われた。

 ただ、奇妙なことが一つ。

 事件後、USJ内で捕縛されたヴィラン達への取り調べが行われた。その中で、廃墟で捕まったヴィラン達の前後の記憶が不確かであり、彼らは誰に伸されたのかすら憶えていなかった。

 ただ、口を揃えて。雁首揃えてこう言う。

 首が飛んだ、と。

 幻覚でも見たのか、それとも精神疾患のフリをして減刑や無罪でも狙っているのか。真相は定かではない。

 

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