「……い、1位は緑谷出久~!」
プレゼント・マイクにより勝者宣言がなされる。流石はラジオのメインパーソナリティーも務めている司会者、何とか取り繕って言葉を発せただけでも評価すべきだろう。
それもこれも、2位の安心院のせいだった。スタート地点でずっと動かないと思えば先頭がゴール間近というところで動き出し、ギミックも何も全て無視してトップ争いの3人を追い抜き1位。にも拘わらずゴール寸前で止まり、わざと1位を譲るという舐め腐った行為。
誰が予想したであろうか。オリンピックに代わる祭典と呼ばれる天下の雄英体育祭、会場は完全にお通夜である。観衆は歓声も上げずにただ唖然。冷えっ冷えの空気で風邪を引きそうだ。爆豪や轟から安心院へと注がれる怒りの視線さえ暖かく感じる程。
解説席の相澤は顔を覆った。包帯ぐるぐる巻きミイラ状態の彼に覆う部分が残されていたか、というのはこの際どうでもいい。戯言だ。
相澤も、プレゼント・マイクも、ミッドナイトも、オールマイトも。観客全員が。
心の声だけは一致していた。
――どうしてくれるんだこの空気。
「お、オオオー」
観客の一人が歓声を上げた。
静まり返った会場に響く虚しい声。やはりというか、滑稽なくらいぎこちなかった。
周囲の観客が白い目を向ける。刺さる視線が痛い。
それでもこの死んだ空気のままよりはマシだと思ったのか、縋るように同調して、ポツポツと歓声が上がった。それは次第に大きくなり、ぎこちなさも取れ、やがて大きな歓声のうねりとなる。
あれは何かの見間違いだったのかもしれない。
そうだ、アンシンインは最初から先頭集団と競り合いをしていたじゃないか。
そうあるべきだ。そのはずだ。そうしよう。そうに違いない。よし。
観客の頭からは安心院の狂行はもう飛んでいた。見上げた現実逃避である。
安心院がまき散らした被害、ひとまず観衆のそれは収束した。だが当然、突っかからずにはいられない者がいる。
「テメェこのクソ女、どういうつもりだぁ!?」
ようやく切らした息を整えた爆豪が、安心院に詰め寄った。
「君は『敗者に文句を言う権利はない』て感じの性格だと思っていたけど、そこまで高尚じゃなかったか」
「アアァ!?」
「それと僕のことは親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」
「うっせ、死ねボケカス!」
中指まで立ててご立腹である。当の本人は涼しい顔をしている。
「何だいこの指は――――――折られてェのか短小」
訂正、結構苛烈なタイプだった。目が笑っていない。
もっとも、それもまたポーズなのかもしれない。怒りなど心にもなくとも、侮辱には侮辱で返す
「第一テメェ、瞬間移動が個性じゃねぇのかよ!!」
観衆は努めて見ないようにしているが、モニターのリプレイには猛スピードでコースを走行する安心院が映っている。いや、猛スピードという表現はおかしい。各関門に設置された定点カメラはサブリミナル効果並みの刹那に何かが映った気がする程度にしか捉えられていない。姿さえ視認できないのに、猛スピードなんて感想が出てくるはずがない。
用意周到というか何故そんなものが用意されているんだというレベルだが、ハイスピードカメラの映像で漸く姿が確認できた。
「あれが、個性を作る個性……」
二人を見つめていた緑谷が呟く。
オールマイトから話は聞いていた。USJでの一件で瞬間移動では不可能な芸当を見せた安心院のことがどうしても気になり、オールマイトにそのことを話したら意外にも教えてくれたのだ。
前口上に「君も無関係ではないかもしれない」などと言っていたが、緑谷には何の事か分からず流した。
「クソデク、テメェ知ってやがったのか!?」
「かっちゃん落ち着いて。いやその、オールマイトが――」
「アア!? オールマイトがオマエに教えるわけねえだろうが!」
教師のオールマイトが生徒本人が秘密にしていることを明かす訳が無いという意味と、仮に言ったとして緑谷だけに言うはずがないという二重の意味で。
しまった、と緑谷は失言を悔いた。オールマイトとの接点を明かすわけにはいかない。
「ひ、独り言をたまたま聞いちゃって」
「……ちっ」
どうにか誤魔化せたようだ。緑谷はほっと息を吐いた。
溜飲を下げるとはいかないだろうが、これ以上言いたいこともないらしい。爆豪は離れて行ってしまった。
「安心院さん」
そうこうしているうちに、続々とゴール者が出ていたようだ。飯田から声がかかった。
「驚いたぞ、あんな高速移動ができるなんて」
「嫉妬したかい?」
スピードは彼の十八番だ。プライドが傷ついてもおかしくない。
「何、自分がまだまだだと痛感しただけだ。それより、君の個性の方が気になる。あれは一体何なんだ?」
「個性を作る個性。瞬間移動は僕の持つ個性の一つに過ぎないってことさ。これ、一々説明するのも面倒だからクラスメイトには君から言っておいてくれよ」
肩に手を置いて「クラス委員長だろう?」と耳元で囁いた。
妙に距離感が近い彼女に、飯田は固まる。だが、今度という今度は顔に出さなかった。流石に学習する。「任された」と飯田。頼られるのは満更でもなかった。
「一年ステージ、第一種目もようやく終わりね。それじゃあ結果を御覧なさい」
予選の結果がモニターに表示される。1位は当然、緑谷。2位安心院、3位轟、4位爆豪。上位42名までが予選通過となり、そのほとんどがA組とB組で占められているようだ。
それを見て、安心院が気付く。
「しまった、僕が予選通過したことでA組から脱落者が出てしまったぜ」
たしか、42位の人物――ゴーグルをつけた奇妙な格好の少女の次にゴールしたのが、我らがA組の青山なんとかではなかったか。A組全員が予選通過という筋書きであったなら、どこかで狂いかねない。
しかしそれすらも、心底どうでもいいという顔だった。
多少の狂いは彼女の手で直せる。何よりこの程度で行く末が左右される主人公なら要らない。青山何某が脱落しても問題は無かろう。主人公以外はどうでもいい。彼女が干渉できる立場に居続ける方が重要だ。
切り替えて、第二種目は我々のよく知るあの騎馬戦である。
2~4人のグループを作って行うとのことだが、特別の事情がある者でない限りは4人で構成するだろう。人数が増えればそれだけ使える個性が増えるのだから。だが42人では4人ずつでチームを組むと2人余る。チーム決めが各自に任されている以上、その辺の交渉も競技のうちなのだろうが。
早速、チーム決めに奔走する生徒達。
すると2位ということもあってか、A組の面々がチームを組もうと安心院の元へやってくる。
「ねぇ安心院さん、私と組もう?」
「けろ。私と組まないかしら」
「私も~!」
声を掛けたのは芦戸と蛙吹、そして葉隠。
A組の面々は安心院の個性を作る個性という真相を周知することとなったが、それを抜きにしても彼女のこの競技における価値は高い。何せ瞬間移動だ。移動が全てと言っていい騎馬戦において、味方ごと移動できるとくれば攻守において無敵だろう。
それを鑑みれば、希望者が女子三名だけというのは余りに少ない。もっと人が来てもいいくらいだ。
その原因は、安心院が女子ということにある。こうやって早々に女子に囲まれると、男子が輪に入っていくのは少し気が引けるようで、組みたそうにはしているが遠巻きに様子を窺っているのだ。
何よりそんな有望株、そうやって4人で固まっていればもう決まってしまったのだろう、と。
「あの、安心院さん」
意外にも、男子初のお声がけは緑谷だった。
「僕、1位だから逃げ切らなくちゃいけなくって。でもほら、安心院さんの瞬間移動なら、さ……。それにさっきの超スピードも……。いや、その。1位を譲ってもらっておいてこの上頼るなんて情けない話だとは思うんだけど」
安心院を勧誘する理由を訥々と語る。誰にも相手にされず、このままではやばいと相当勇気を振り絞ったのだろう。
「成程、確かに僕は適任というわけだ」
「うん」
逃げも奇襲も自由自在。だったらいっそ最初から逃げに徹すれば良いのだから、1位と組むのは必然の選択。
「折角の申し出だが、断らせてもらうぜ」
大前提として、主人公と組むなど有り得ない。何も自分から主人公が得る経験値を減らしに行くことはないだろう。
次点、安心院にとって重要なのは、どの順位を目指すか。例年トーナメントになる第三種目を前に、順位はそこまで関係ない。というか、安心院が入る時点でマッチアップはどうしても狂ってしまう可能性が高い。であれば結局、第2種目突破ラインである4位以内に入るべきかという話になる。
つまりこれは、自分が第三種目に出場することで『今後のストーリーに関与できるか否かを左右するかもしれない』という可能性を買うか、『体育祭のプロット』を優先するかという問題である。
一秒ほど、考えに考えた結果。
この程度の変化で揺らぐようなら価値は無い。といういつもの文句で、安心院は自分を納得させる。
結局、最初の女子3人と組むことにした。
騎手は当然ながら安心院。先頭に葉隠を置くと味方同士で足が縺れる可能性があるため、左翼に葉隠。右翼に芦戸、先頭が蛙吹である。合計ポイントは485点。
その後は作戦会議、といっても安心院の言う通りに動けば良いとだけ指示して、15分のチーム決め時間が終わった。
「さあ行くぜ、残虐バトルロイヤルカウントダウン。3、2、1!」
「スタート!」
地の利を得るスキル『
すれ違い様のスキル『
初心者狩りのスキル『
籠城のスキル『
後の先のスキル『
後戻り不可のスキル『
犠牲強要のスキル『
動きを封じるスキル『
両取りのスキル『
戦略的犠牲のスキル『
奇襲戦法のスキル『
親玉狙いのスキル『
悪手しか打てなくするスキル『
成り上がりのスキル『
詰みのスキル『
「15個か。今一つ足りないぜ」
何が起こったのか、騎馬の3人にも分からなかった。指示されるままに動いていたら怖いほど上手くいった、としか言えない。15分足らずの攻防がまるで一瞬のように感じられた。
「おおっと、これは獲りすぎた」
安心院は、首と額に巻かれた鉢巻きを指して言う。
鉢巻きの本数は12本。つまり全部だった。
「何てこった、安心院チームが全部取りやがった!」
全てが計算されていたような動き。ヘイト管理から位置取り、攻撃のタイミングまで完璧だった。もはや芸術と言っていい。これで瞬間移動の個性を使っていないというのが信じられないくらいである。
なんだ、アンシンイン良い奴じゃないか。やっぱり予選のは何かの見間違いだな。予選って何かあったっけ。などなど、余りに鮮やかな手際に実況も観衆も大興奮である。
「そしてこれも狙ってやがったのか!? そろそろ時間だぜ、カウントダウンスタート!」
無情にも、他のチームにとっては最悪の宣言がなされる。
残り10秒。
「くそっ、おいお前。そいつをこっちによこせ!」
少年から声がかかる。
彼の声・雰囲気・風貌は如何にもやさぐれ系主人公。「戯言だ」とか「友達を作ると人間強度が下がる」とか言いそうだった。
「お前じゃなくて安心院さんと呼びなさい」
――掛かった。
声の主、心操はほくそ笑んだ。
残り10秒では逃げや防御に入られて取り返すのは困難。しかも自分達以外の10チームも殺到するのだから、蹴落とし合いも考えるとほぼ不可能。だったら、向こうから渡させれば良い。彼の個性、『洗脳』は問いかけに答えた者を傀儡とする。
「そんなに欲しければ自分で取るといい」
精神干渉無効のスキル『
「な、に……!?」
洗脳が効いていない。彼の記憶が正しければ、予選で見せた彼女の個性は高速移動だったはずだ。
「ど、どうするの安心院さん!?」
向かってくる総勢11のチーム達。距離はそう遠くない。
焦った芦戸が指示を仰ぐ。
残り時間5秒。
1位の1千万点を除けば、点数の合計は4305点。これを3分割すると1435点。
鉢巻きはチームで合計されて一つになるため組み合わせによってもっと低くなるが、簡単のためにポイント換算で考えるとそれが第二種目突破確定ラインとなる。
つまり、残りは要らない。
「ほら、好きに拾え乞食共」
安心院は、残りの鉢巻きを向かってくる彼らへ放り投げた。
「「な、何やってるの安心院さんーっ!?」」
折角手に入れた鉢巻きを捨てる暴挙に、芦戸と葉隠が絶叫する。
「いえ、これが最善よ」
蛙吹は意図を察する。
今から安心院の方へ向かっても、十中八九どうにもならない。
そんな中で、鉢巻きのほとんどを捨てればどうなるか。安心院から奪うより投げられた鉢巻きの方が距離的に近いし、取るのが楽だし、点数合計的に多い。
「「「「うおおおおぉぉ!!!!」」」」
安心院チームに突撃していた皆が、目の色を変えてあちこちに散らばる鉢巻きに一斉に群がった。1千万の鉢巻きも投げたことで、1位狙いの者も狙ってくることはない。
それを見て、安心院は薄ら笑いを浮かべる。
「今回の件からお前達が得るべき教訓は、求めよ、さらば与えられん。ただし相手をよく選べということだ」
天恵のように齎された救い――――神は邪だった。