競技終了の最後の5秒。この短い時間に、散らばった鉢巻きを掴んだ者が最終種目への進出者となった。
投げられた鉢巻きは、全て点数が見えるように表向きで地面に落ちたわけではない。であれば進出者と敗退者を分けたのは運ということになるだろうか。
否。彼らを分けた勝因、あるいは敗因は三つ。
一つは、観察力に長けていた目敏い者は宙を舞うその瞬間に鉢巻きの点数を確認できたこと。
一つは、移動能力に長けた個性で他チームよりも多くの鉢巻きを拾えたこと。
一つは。
「主人公補正」
1位、轟チーム。2位、安心院チーム。3位、爆豪チーム。4位、緑谷チーム。
「クソがあああああああああああ!!!!!!」
怒りのあまりに爆豪が絶叫する。何もかも、手のひらで踊らされた。
その相手がトップに立っていたなら悔しさで済んだろう。だが奴は、第一種目に続いて二度もトップを放棄した。もはや我慢ならなかった。
「待て待て爆豪、落ち着け!」
「離せ! このクソアマをぶち殺させろ!」
安心院に襲い掛かろうとした所を、切島に羽交い締めにされる爆豪。他騎馬の生徒達にも抑えられ、ひとまず安心院と引き離そうと会場の外へ連れられて行く。
「剣吞剣吞」
それを見届けた安心院は、自らも退場した。多くの恨みの視線を向けられながら。
会場はまたしてもお通夜だったが、幸い昼休憩を挟むということもあって後に響くことはなさそうだ。
「それにしても、安心院さん凄かったねー。『ばびゅん! しゅん! ずばっ!』って感じ」
「最後の決断、私じゃ思いつきもしないよ。1千万も手放したのは惜しい気もするけど……」
「けろ。でもああしないと爆豪君や轟君に狙われていたわ」
1千万の鉢巻きを手放すということは、1位を捨てるということ。安心院にとってはそれ自体が目的なのだ。本人は初めからああするつもりだったとは露ほども知らない騎馬三人娘は、安心院の策謀を素直に褒め称える。
勿論、そういう意図が無かったわけではない。しかし何より、ああいう嗜虐的行動は安心院らしいからこそだ。
「あれ、その安心院さんはどこ行ったの?」
「VIPが居ないよー!」
「それを言うならMVPよ」
少女達が気付いて辺りを見渡しても、安心院の姿は無かった。
彼女は一人、会場の屋根の上に座って街を眺める。
「さて、これで餌は撒いた。次の出方を窺おうじゃないか」
今もこの街のどこかに潜んでいるであろう相手を想像して。
「何やってんだ?」
相澤は自身が担任するクラスの少女達を見て、呆れるしかなかった。
何故かチアガールの恰好をしている1年A組の女子達。上鳴と峰田の暗躍によるものだ。例によって食堂に現れなかった安心院だけが、被害から免れている。
「安心院さんは良いよな……」
それを見た耳郎が恨めしそうに、羨ましそうに言う。
「
最終種目はトーナメント形式での1対1の対決。
多少のトラブルというかToLOVEるはあったものの、最終種目の組み合わせ決めは行われた。
「しょ、初戦でいきなり安心院さん……!」
緑谷は、額から汗が伝うのを感じていた。
最終種目1回戦の第1試合は緑谷対安心院。優勝を目指すならいずれ当たるだろうとは予見していたが、初っ端から当たるとは思ってもみなかった。
瞬間移動というだけでも脅威なのに、それは彼女の片鱗でしかない。個性を作る個性という未知数な力。第1種目で圧倒的な威力を。第2種目でその柔軟性を示した彼女。ハッキリ言って、緑谷には勝てるヴィジョンが浮かばない。
安心院と当たったこと自体が不幸。
下馬評も概ねその通りだった。周囲からはご愁傷様とでも言うような、憐憫の目が向けられていた。
「これは不味い……いや、考えようによってはアリかもしれねーな」
トーナメント表を睨みつける緑谷の横に、安心院が並ぶ。
彼女なら、誰が相手でも苦戦しないだろう。不味いことなど見受けられない。
けれど、嫌味を言っている様ではなかった。
もしや彼女にも相性があるのだろうかと緑谷は考えてみた。
思い返せば、第1種目では相当長い間突っ立っていた。第2種目ではどのような個性を使っていたかは分からなかったが、15分という長い時間に渡って多種多様な動きをしていたように思う。
そこから導き出される推論。安心院は新しい個性を作るのに時間が必要なのではないか。
楽観的ではある。ただ、それしかもう縋るものが無い。
その前提に立つと、試合開始から速攻で決めなければならない。
そう考えると、緑谷は確かに安心院にとって相性が悪いのかもしれない。ワンフォーオールによる身体能力強化は短期決戦に向いている。
緑谷の不安と苦悩などお構いなく、レクリエーションは恙なく行われた。
「ヘイ!」
通路で入場を待っていると、オールマイトが後ろからやってきた。
「どうしたんだ、浮かない顔をして」
「不安なんです。安心院さんは強敵なのに、僕はワンフォーオールを使いこなせもしない」
速攻とは言うものの、ワンフォーオールは制御もままならない。勢い余って安心院を殺してしまっては元も子もない。
「今の君が出せているのは5%くらいだ。確かに、安心院少女相手に気後れするのも無理はない。でもな、少年。怖い時、不安な時こそ笑っちまって臨むんだ」
それは期待であり、信頼であった。励ましほど軽くは無い。良い意味でも、悪い意味でも。
「私が見込んだってこと、忘れるな」
だがオールマイトに
「オーディエンス共!待ちに待った最終種目がついに始まるぜ!」
長方形の戦場の四隅で、炎が燃え上がる。
観客による歓声が、会場を埋め尽くした。
「成績の割には何だその顔、ヒーロー科緑谷出久!」
プレゼントマイクによって、対戦カードが紹介される。実力を称えるものではない前口上が、試合前の緊張を解きほぐしていく。
「舐めプも大概にしろよな、ヒーロー科安心院なじみ!」
舞台に上がってきた少女を前に、緑谷は改めて喉を鳴らした。
「色々考えてみたけど、やっぱりこうなった以上は機会を有効活用するしかないね」
安心院にとって、主人公と直接戦うのは極力避けるべきこと。今はまだ時期ではない。
だが、彼女の言うようにこれはチャンスでもある。
安心院の行動によってズレたプロットを軌道修正する絶好の機会。
つまり、安心院がいなければ緑谷が本来得られるはずだった経験値をこの試合で獲得させられるということ。
「レディー!」
「問題は何の経験値を取り逃したのかってことだけど。僕が直接戦えるんだから何でもいいだろう?」
「スタート!」
「
スキルを模倣するスキル『
拳巨大化のスキル『
肉体鋼鉄化のスキル『
茨のスキル『
キノコのスキル『
三態変化のスキル『
サイズ変更のスキル『
怪獣になるスキル『
角を生やすスキル『
皮膚を鱗化するスキル『
自切のスキル『
念力のスキル『
身体を刀にするスキル『
身体をドリルにするスキル『
追撃のスキル『
接着のスキル『
擬音のスキル『
黒に潜むスキル『
洗脳のスキル『
圧倒的だった。
ワンフォーオールによる速攻は、同じくワンフォーオールによって相殺された。
肥大化した拳に捕らわれ、鋼鉄化された拘束からは抜け出せない。
駄目押しとばかりに茨が四肢を拘束し、キノコの胞子が呼吸を妨げる。
床の固まったセメントが泥のようにとけて緑谷を囲い、再度硬化する。
辛うじてワンフォーオールを発動させ抜け出すも、待っていたのは巨大化した安心院。
そこからはもう、筆舌に尽くしがたい。
緑谷も、観戦していた者達も、途中から気づいた。これは1年B組の個性を再現しているのだと。
「やっぱり、やられ役はこれなのかい?」
洗脳によって、緑谷は体の自由を奪われた。意識に靄がかかり、状況を正しく理解できない。
今なら、如何様にも料理できるだろう。だが今回も、安心院はまともに戦うつもりはないようだった。
「さっさと覚醒しろよ。ほら、この作品の合言葉みたいなのがあっただろう? うーんと……駄目だ、何だったか忘れたぜ。『
態とらしい。嘲るようなトーンではなかったが、どう考えても煽っているとしか思えない。
その声だけは、霧の中で彷徨う意識でも聞こえた。
馬鹿にされているとは思わなかった。ただ、忘れてはいけない精神を思い出した。
気合だけが目を覚まさせ、想いだけが力を呼び起こした。
視界に映る人影達が放つ光が、彼の心と体を貫いた。紡がれてきたモノが、意識を現実へ戻した。
ワンフォーオールの光が彼の全身を覆う。それは見事にダメージを負うことが無いよう威力がセーブされていた。
立ち止まっていた緑谷がいきなり動き出し、安心院へと襲い掛かる。
肉体の制御は取り返せていない。ワンフォーオールで強引に体を動かしているのだ。
「おめでとう! 緑谷くんは レベルが あがった!」
それを見て満足したのか、安心院は笑顔で褒め称える。
彼の拳は、虚しくも宙を切った。
「あれ?」
気がつくと、緑谷の洗脳は解けていた。
眼前に、安心院はいない。
「しょ、勝者、緑谷出久……」
彼女は場外へと瞬間移動していた。
またしても、三度。安心院は勝利を譲った。
都内のどこか。雄英体育祭を中継するテレビの光だけが、仄暗い部屋を照らしていた。
アウトローは日の差し込まない場所を好むが、そういうのを抜きにしても男はこの環境を好んでいるようだった。
「安心院なじみ……こいつ、こんな力を持ってたのか」
彼、死柄木弔は爪を噛む。
道理で余裕綽々なわけだ。以前、USJでの雄英襲撃のことを思い出して得心がいった。
複数個性の使用。それは奇しくも彼が切り札として持ち込んだ脳無と同じだった。
「新しい個性の創造――――これは是非とも欲しい」
「先生?」
テレビのスピーカーから、『先生』の声が聞こえた。何故か、いつもとは少し声音が違っていた。
それは、死柄木に向けて発せられた言葉ではなかった。先生ではなく、一人のヴィランとして出た発言だったのだろう。何となく、死柄木はそう思った。
「君が次にすべきことは、もう分かるだろう」
しかしそんな一面はすぐに隠れた。ともすれば、勘違いだったと思ってしまう程にナチュラルな転換だった。
「あれをこっちに引き込めばいいんだろう、先生?」
雄英体育祭の観察で分かったのは、彼女の脅威性だけではない。
これでハッキリと分かった。
安心院なじみはこちら側の人間だ。