「おはようございます、ヴォルフ。少しいいですか」
「おはようございます……んで、なんの用ですかね神竜様」
「ヴォルフは“ロリコン”ってやつなのですか?」
「……はぁ?」
よく晴れた日の朝、ここに来てからの日課になりつつある素振り中の俺に、赤と蒼の混ざった髪の少女、神竜リュール様が声をかけてくる。
何かと思えば俺がロリコンだと仰られるではないか。しばらく沈黙が続き、神竜様がこてんと首を傾げた。
「ちなみに、誰から聞いたんです?そんなけったいな話をよ」
「ユナカからですが」
「ユナカァ……。あの野郎、あん時のことまだ根に持ってやがるのか……?」
「あの時?」
「ん?いやなんでもねぇよ」
とりあえず後でユナカはシバキまわすとして、今はクエッションマークが見えそうなほど悩む神竜様の相手が先だ。
「少なくとも俺はロリコンじゃねぇよ。そもそもロリコンって何か知ってんのかよ」
「えっと、小さい女の子が好きな変態さんだって、フランが」
「フラン……。いやまぁ、そうなんだが……。なんで俺だと?」
「ユナカが『アンナ氏といつも一緒にいるから怪しいですな』って……」
「ユナカァ!」
あいつのにやけづらが脳裏に浮かんだ。なんと忌々しいやつであろうか。これはシバキまわすだけじゃ足りやしねぇ、昔みたいに両足持って大剣みたいに振り回してやろうか。
「でも、よく考えればヴォルフがロリコンなわけがありませんよね」
「お、おぉ!そうだぜ神竜様!」
「ヴォルフはクロエみたいに大きいのが好きなんですものね」
「ちょ、神竜様ぁ!?」
何言い出すんだよ神竜様はぁ!?誰だ、今度は誰がこんなふざけた話を吹き込みやがった!?
いやまぁ確かに?でかい胸はいいぜ?なんたって、胸とケツとタッパがでかい女は最高だからなぁ!
それにしても、だ。確かに軍の中でクロエは飛び抜けてデカい。だがあいつは仲間で、戦友だ。たとえ性癖ど真ん中のイイ女だろうと、そういった対象には入れねぇ。
とにかくだ、この話は早いとこ切り上げねぇと不味いことになる。主に俺の尊厳とかが。
「し、神竜様よぉ。もうこの話はやめにしねぇか?」
「なぜです?」
「男には決して答えられねぇ話があるんだよ。特にそう言った下の話はよ」
「しも……?まぁ、そういうなら今日は引き下がりましょう」
よ、よかったぁ……。神竜様、変なとこで頑固だから引かねぇかと思ったが、諦めてくれて何よりだ。
にしてもこれも吹き込んだのはユナカのやつか?あいつマジで許さねぇ……っ!言うなら俺だけじゃなくてジャンとクランも巻き込みやがれってんだ。
そんなことを考えながら手ぬぐいで汗を拭いながら横目で神竜様を見る。顎に手を当てて悩んでいるように見えるが、俯いているせいで顔がよく見えない。
「ち、ちなみになんですが!」
「おっおう」
神竜様は勢いよく顔を上げ、続けてこう叫んだ。
「ヴォルフにとって、私は、私はぁ……」
「おう、何言いてぇのかわからねぇがゆっくり話せ」
「はい……。ヴォルフにとって、私とはどういう存在なのですか?」
なんだそりゃ、神竜様がどういう存在かだァ?そんなもん聞くまでもねぇだろうに。
「そんなもの、神竜様は神竜様だろうよ。熱心な教徒からしたら脳に焼き付けときたくなる信仰対象そのものだろ」
「い、いえそうではなく。リュールという個人についてです」
「神竜様としてじゃなく、リュール個人として?」
「は、はい」
再び俯く神竜様。長い髪が邪魔をして顔は見えないが、なんだか耳が赤くなっているような気がした。
ふと、遠くの草むらががさりと揺れた。否、既に草陰から飛び出した赤い影がこちらへと迫っているのだ。
「成敗ィー!」
「ぐふぉっ!?」
「ヴ、ヴォルフっ!?」
赤い影───フランの飛び膝蹴りが強かに俺の顎をカチ上げた。
「ふ、フラン、何故ここに……」
「なぜも何も、この不埒者を成敗するためですよ神竜様!」
「ぐ、ふぉぉぉ……」
「あっほら、大丈夫ですかヴォルフ!」
「神竜様、泳いでる私たちの体をじっくり観察してくる変態のことなんて放置でいいんですよ!むしろ関わっちゃダメです!」
「だ、誰がぁ……へんたぐふぇっ」
「あぁ、ヴォルフー!?」
フランに勢いよく顔面を踏み抜かれたあたりで、俺の意識はがくりと落ちた。
△
『グルェァァァ!』
『きゃっ!』
『神竜様!』
今でも時折思い出す。彼との出会い。
あれはフィレネ城を救い、ブロディア王国の国境への行軍中、“暁の巫女の指輪”の紋章士ミカヤとユナカを仲間に加えた私たちは道中で賊や異形兵を討伐していた時のことだ。
ちょうど道を塞ぐように立ち塞がる異形兵を討伐していたのだが、私はふとした拍子に仲間と引き離されて戦場に孤立してしまった。
茂みを利用しながら異形兵の槍をいなしていたものの、巻き取るようにして振るわれた槍に手元を狂わされ、リベラシオンを取り落としてしまう。
リベラシオンが甲高い音を立てて転がった。武器を失い、尻もちをつき後ずさる私に槍を構えた異形兵がジリジリと接近する。遠くからヴァンドレの絶叫は今でも覚えていた。
そして、顔を狙って正確に突き出された槍の穂先が、やけにゆっくりと迫るその瞬間。
『くらいな!』
『グギィィィャ!?』
『……ぇ?』
髪を揺らす凄まじい風圧と同時に異形の体が大きく後ろへと弾き飛ばされたのだ。
慌てて風圧の主の方を見ると、そこには大きな鉄板のような剣を両手で振り抜き残心の姿勢をとる男の姿があった。長めのダークグレイの髪をオールバックにまとめ、下半身は重装鎧、上半身は黒のインナーという奇抜な格好をした男だ。
『大丈夫かい?』
『は、はい』
『なら結構。それで、あんたらもあのバケモノを倒してるんだよな』
『はい、私たちの目的のひとつは、奴らを倒すためでもありますので。見かければ討伐するようにしています』
2度うなづいた私を横目に、男はニヤリと口で弧をつくった。
『ちょうどいい、俺も奴らにお気に入りの村を焼かれてムカッ腹がたって仕方なかったんだ。是非とも協力させてくれよ』
『本当ですか!』
『おう、これでも2つ名持ちの傭兵だぜ?それなりの戦力になることを約束しようじゃねぇか────よっと!』
『グギィィゥゥァア!?』
『おぉっ』
そう言って再び大剣を振り回し、背後から忍び寄っていた異形兵を弾き飛ばす。
さらに迫り来る異形兵を、私の身の丈程もある大剣を片手で軽々と振り回して打ち倒していた。仲間の中で特に力の強いヴァンドレやアルフレッドよりも膂力に秀でていたのかもしれない。
『いっちょあがり!ってな』
『す、すごい……』
『神竜様ー!』
『ご無事ですか神竜様!』
あっという間に群がる異形兵を討伐しきってしまった。リベラシオンを拾って彼と協力していたとはいえ、彼がいなければどうなっていたことか。
そして向こうでも異形兵を倒しきったのだろうか、遠くからアルフレッドとヴァンドレが馬を走らせていた。
『お、お前さんの仲間か?』
『はい、ヴァンドレとアルフレッドと言います』
『そか。……ん、アルフレッド?』
『神竜様!……っと、貴方は……っ!?』
『んげっ』
彼はアルフレッドの顔を見るやいなや、酷く引き攣った笑みを浮かべていた。あとから聞いた話だと、まさか王子様が仲間にいるとは思ってもみなかったのだとか。ましてや。
『テメェ、アルフレッドで金髪翠眼ときたら、フィレネの第1王子じゃねぇか!』
『いかにも。そういうお前は“壊し屋”のヴォルフか』
『神竜様、お下がりください。やつは警戒すべきです』
『おいおい、そんなに警戒しなくたって殺しやしねぇよ……って、神竜様?』
『あっはい。遅くなりましたが、私は神竜リュールです』
『おう、俺はヴォルフってんだ。……?神竜リュール……いや、えぇ……。それじゃぁ、お前さん、イリスの信仰対象じゃねぇかっ!?』
まさかのまさか、助けた私が信仰対象の神竜様だってのは、思いもしなかったようだ。
それが彼、“壊し屋”のヴォルフと呼ばれたとの出会い。助けられて、驚かれて。さらにアルフレッドから世界最強だなんて呼ばれている傭兵と教えられて驚いて。
いつもはぶっきらぼうでぶきっちょだが、強くて優しい彼との出会い。
『神竜殿ー!ってお前は“壊し屋”!』
『ユナカ!?あっちょテメ』
『成敗ー!』
『ぐっふぉ』
『……ってあぁ!?2人ともー!?』
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