忙しすぎる……遅くなりました……。
空飛ぶ島“ソラネル”は今日も晴天だ。雲の上に位置するため、常に晴れているんだとか。その辺、俺にはあまり学がないからよくわからないが、むしろわかるやつの方が少ないんじゃないだろうか。
なんでも、雨ってのは雲から降ってくるものであるから、雲の上にあるソラネルでは悪天候に見舞われることがない。だそうだ。クランがそう教えてくれた。
そんなことを考えながら、焚き火に拾っておいた枝を放り込む。いくつか生木が混じっていたのか、パチパチと子気味よくはぜる音が聞こえた。
「〜〜〜〜♪」
鼻歌交じりに、傍らに置いた金属の箱の上で用意しておいた肉を切り、紐に通していく。
「あれ、ヴォルフ?」
「ん?おぉ、神竜様じゃねぇか」
紐に通した肉を箱の内側に吊るしていると、神竜様が現れた。いつものようにソラネル中を走り回っている途中だったのか、手には魚やら卵やら色々なものを抱えていた。
「……馬糞はなしだぜ、神竜様よぅ」
「きょ、今日は違います!あれはたまたますごく大きくて、びっくりして、それで他の人にも見てもらいたくて……つい……」
「見てもらいたくてつい、で乾燥してるとはいえ、でけぇ馬糞を掴んで駆け寄ってくるのやめようぜ?」
「ごめんなさい……」
神竜様はソラネル、というか行く先々でそこら中を駆け回って散策する性質がある。そして何かとものを拾ってくるのだ。
ある時は助けた村の果樹園から果物をわけてもらい、ある時は武器の強化に使える素材を拾い集め、ある時は片っ端から動物をソラネルに送り、またある時は馬糞を掴み笑顔で駆け寄ってくる。
ついこの間、ソラネルに来て2日目。噴水の縁でクロエと駄弁っていると笑顔の神竜様が駆け寄ってきて。
『ヴォルフ、クロエ、見てくださいよこれ!』
『ん?どうした……って、デケェ!いや、なんてもん拾ってんだ!?』
『あ、あらあら……』
『すぐそこに大きなこれが落ちてたんです!』
『……もしかて、私の天馬が……?』
『おい待てクロエ、まず神竜様がデケェ糞を素手で掴んでるとこにツッコめよ。そもそも拾ってるとこに反応ねぇのかよ!?』
『だって、神竜様ですし……ね?』
『大丈夫です。しっかり乾燥してますし、汚れないように手袋は外してますから!』
『あら、それじゃあお昼の前にしっかり手を洗わないと、ですね』
『……ここでは、これが普通なのか……?』
なんてこともあった。その後、同じように馬糞を突きつけられたユナカもおかしな顔をしてたので、俺の馬糞に対する認識は間違っていないようで安心したのを覚えている。
それはともかく。
「んで、今日も散策か?毎日飽きねぇな」
「いえ、ヴォルフに聞きたいことがあって会いに来ました 」
「聞きたいことだぁ?」
「ヴォルフはロリコン、という話の続きなのですが……」
なんで昨日の話題掘り返してやがんだ神竜様は。あれは俺がフランに蹴りを入れられて気絶した辺りで終わっていていいんじゃねぇのか?てか終わっていてくれ。
「ヴォルフに謝罪がしたかったのです。唐突に変なことを聞いてしまってごめんなさいと。あとフランが理不尽に暴力を奮ってしまったことも」
「あぁー」
なるほど謝罪ってか。そこんとこしっかりしてるのは神竜様らしい。別にそこまで気にしてねぇんだよなぁ。
「そんなもん気にするほどの事じゃねぇよ。あんな程度の理不尽、慣れてっからな」
「ですが……」
「ですがもクソもあるか。本人がいいってんだから、いつまでも神竜様がクヨクヨする必要なねぇっての」
そう言いながら、作業の続きに取り掛かる。中に肉を吊るした金属の箱を焚き火の上に乗せる。
こいつは知り合いの鍛冶屋に頼み込んで作らせた“燻製器”で、見てくれは焚き火の上に金属の箱というシュールな絵面だが、その実長期保存が効く燻製肉が作れたり、簡単に折りたたんで持ち運べるという優れものだ。
「あの、先程から何を?」
「ん、あぁ。これから燻製肉をつくるんだよ」
「燻製?」
神竜様が不思議そうに首を傾げた。
燻製とは塩漬けにした肉やら魚を燻すことで、保存性が高くなるのと同時に特有の風味を得られるようになる調理法だ。
そして今回は熱燻というもので、保存には向かないが非常に酒に合うツマミが比較的短時間で作れる調理法だ。
しかしこの燻製という調理法、そこまで大衆に知れ渡っているわけではなく、長距離を移動する商人や旅人、船乗りが知っている程度である。
おそらく、軍の中でも知っているのはユナカぐらいだろう。
「こいつは燻製器って言ってな。塩漬けした肉を熱い煙で燻すことで水分を飛ばして、保存の効くようにするんだ」
「保存食ですか」
「だな。謝罪する気なら別いい。それとついでだ。ちと酒に付き合えよ」
「お酒ですか……」
愛用のバックパックから取り出すのはソルム王国の秘境“白の砂漠”から取り寄せた酒、“龍ころし”だ。酷く辛口だがワインには無いすっきりとした後味が堪らなく好きなのだ。
同じように取り寄せたグラス(お猪口というらしい)のふたつに酒を注ぎ、神竜様に片方を渡す。それを受け取った神竜様はこてんと俺の横に腰を下ろした。
と、そこでちょうどいい時間になったので燻製肉を取り出す。
「よし、いい出来だな」
「これが燻製肉……」
「おう、燻製は逃げねぇからな。とりあえずヨダレ拭けよ」
「あっはい」
熱々の燻製肉をふたきれずつと、お猪口にはいった希少な酒。あとは夕焼けに差し掛かって赤くなった空。隣には美少女と称しても足りなさそうな美形の神竜様。酒を呑むには最高のシチュエーションじゃねぇのか?
「我らの剣に、次の勝利の祝福を。乾杯!」
「か、乾杯……」
家に古くから続く祝詞をあげて乾杯をする。右手にもったグラスを大きく突き上げるのだ。
「あの、今のは……?」
「〜〜〜くはっ!辛いなぁ、おい!」
「あのー?」
「ん?あぁ」
同じようにグラスを突き上げていた神竜様が不思議そうな顔で聞いてきた。
「『我らの剣に、次の勝利の祝福を』こいつは俺の実家に伝わる……まぁ、伝統みたいなもんだ。1000年前、神竜ルミエル様と共に戦ったって言うご先祖が始めた祝詞だ」
「かあさんと、ヴォルフのご先祖さまが?」
「っと、そういや神竜様のお袋が神竜ルミエル様か……。なら、俺のご先祖さまのお話でも酒の肴にしようかね」
あれは今から1000年ほど前。まだご先祖さまが────────。
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