とある緋弾のソードアート・ライブ ──挟間の帳── 作:常盤 赤色
1,
木原脳幹はゴールデンレトリバーである。
これはまぎれもない事実だが、学園都市の人間でも「ナイスミドルな渋い声で喋って葉巻を愛好し、
ともかく、木原脳幹は法を超えた場所にいる何かであり、異端の科学の象徴である「木原」の中でも更に異端な存在であった。
そんな彼が現在何をしているかというと、特等席から学園都市に迫り来る異常を眺めていた。
「武蔵」。
約10万人を乗せた合計8艦から成る空中都市艦。準バハムートの名を持つこの船は、いてはならないはずの学園都市の空に、徐徐にその姿をさらけ出している。
「凄いですね……あんな大質量の船を長時間航空させる技術は学園都市にもそうそうありませんよ。10万人だなんてそれだけで航空できないには十分すぎる重さだっていうのに」
『更に生活に必要な物品も充実しているというのだから大した物だよ。ただ農業の生産力を始めとして、自給自足の面では少し心許ない部分も多いようだが』
リクルートスーツに白衣の女がゴールデンレトリバーと共に空を見上げる。正確には、そこに現れた船を見る。
2人の「木原」が、それを見据えるということは何を意味するのか。
木原脳幹にはこの街の王から仕った仕事がある。この街にて王の思惑を超え、再合流さえ拒んだ者たちの迎撃という仕事ともう一つ。
「木原」というくくりの中でも、この街の王に対しハッキリと牙を向けようとした者。「木原」というくくりの中でも更に、自分ほどではないものの異質なもの。
木原幻生。かつて過去の時の中で、敗北を喫したはずの脱落者。
「
『脱落者、だからだろう』
やれやれ、とわざとらしく肩をすくめる唯一の横で、大型犬である脳幹は佇む。普通ならペットとペットにリードもつけていない飼い主に見えるが、犬の方は葉巻を加えているし、上下関係は逆である。
『これは幻生の受けおりの言葉だが……復讐のドグマとやらは並々ならぬ熱では溶けないらしい。推敲な理想や志高い野望は本人の器量を超えたストレスを受けると溶けてしまうがな。だから復讐者とは強いものらしい』
わからなくもない。好悪で言えば明らかに悪だ。だが、自分にとってはそれが好ましい。
自分が「魔術」という異能を殲滅せしめるため動いているのも、広義的には同じようなことなのだろう。
『だからこそ彼らは手強い。自らを陥れた者に対する復讐者と成り果てた彼らは、この街の王すら翻弄する』
「どっちにしろ、面倒くさーい奴らには変わりありませんよ。そんなんよりこの前いいペットカフェ見つけたんですけど行きません?美味しそうなわんこおやつ見つけたし!」
『悪いがあんな甘味料の塊は御免だね。それよりも葉巻を頼むよ。キューバ産の一級品以外は認めんが』
「学園都市の住人とは思えない台詞ですよねー。それ」
『第一、この騒ぎでは開いていないだろう。常識的に考えて』
学園都市の危機の前にも、この1匹と1人は変わらない。
⚫︎
大型のヒトデに似たおかしな物体を文字通り弾け飛ばした一方通行は、その場にあった自動販売機で何と無く缶コーヒーを購入し、飲んでいる最中であった。もちろん悠長にコーヒーを一方通行が飲んでいる最中もあたりの化け物の攻撃はまるで止むことがないが、自動設定してある「反射」で、それらは逆に攻撃手の身体を傷つけていた。
コーヒーを飲み終われば面倒くさいが迎撃開始だ。このヒトデ、捻れば弾けることから分かるように耐久は全くないが、何せ数が多いのが面倒だった。
が、この面倒は「全部を倒すのに時間がかかる」という意味での面倒だ。いくら数を増やそうと単調な攻撃しかしない雑魚など、歯牙にも掛けることはない。
……いや。そォいう奢りはやめた方がいいな。
確かに自分の能力は強いかもしれないが、抜け穴だって存在する。それをつき、自分を追い込んだのが駒場や木原、あのヒーローだった。例え力が強くても奢ることなかれ。それが最近の様々な事件の中、一方通行が学んだことだ。払った代償は高かったが。
まぁ例え油断してようと流石にこれに負けるわけはないだろう。と、一方通行は最後のヒトデに手を突っ込むのであった。
⚫︎
辺りに散らばった肉塊と血と思わしき液体を一度見渡し、一方通行はその場から離れていった。
「……実態を持つ敵と持たねェ敵の区分……ねェ」
あのヒトデも先ほどまでの敵と同じように、数分すればバラした肉塊や血が消えるかと思ったのだが、数分してもその気配は見受けられなかった。となると、あのヒトデは今までの醜悪な化け物とは違った系統の敵となる。と言っても、一方通行はあのようなヒトデを巨大化したような生物に心当たりはない。
……学園都市製の新種の生物兵器か?
その可能性は十分にあり得る。そもそも、空に突如出現したあの物体も、学園都市内の技術力ならば何らかの説明がつくかも知れないのだ。
また自分の知らないところで、おかしな陰謀でも湧いてきたのかもしれない。そうなったら、その火の粉があいつらに降りかからないように元を潰せばいいだけだ。
空を飛び、再び騒ぎを鎮静するために飛び立つ一方通行。
よもや自分に化けた偽物が学園都市にいるなど、彼は未だ知らない。
2,
『学園都市に10万人を乗せた全長8キロの巨大空中都市艦が落下するぅ!?』
「コラ!理子もあかりも声がデカイ!」
ホテルの従業員や宿泊客を無事に避難させた理子たちが合流し、アリア達が齎した情報が“これ”だった。
ホテルに存在する従業員専用の会議室。「ホテルを強襲したテロリストの鎮圧」と「従業員並びに宿泊客を安全な場所まで避難させる」という、それぞれの目的を果たした武偵校の面々はここに集まり、ある者たちから齎された真実の情報を共有していた。
不用意に大きな声を出したことを窘めたアリアだったが、自身でも叫んで無理はないと思う。中空知なんて話についていけず、途中でダウンしてしまったほどだ。驚くのが普通であろう。
「……クソッ!騙されてた上に更に騙されていたってことかよ!」
「まんまと敵の策中にハマったというわけだね僕たちは……」
ワトソンが言うように、この情報から導き出される真実。それは「学園都市の子供を救いたい」というヨーロッパ武偵連盟の言葉が、全て嘘だということ。
自分たちは彼らの手の上で踊らされ、ただこの街をさらなる混乱に陥れるために動かされていたこと。
「……どういうことだ?ヨーロッパ武偵連盟自体がこの件の黒幕だということか?」
もちろん納得はいかない。相手はヨーロッパ中の武偵のための国際的組織。EUにも影響を及ぼすような連盟が、そのような個人の思惑で動かされることはない。念のため、ヨーロッパ武偵連盟自体にアリアは確認の連絡を入れているのだ。知り合いのつてを借り調べてみたが、確かにこれはヨーロッパ武偵連盟自体が主要となって行われていた計画だ。
可能性は2つ。1つは、武偵連盟全体が個人により騙されていたというものだ。が、この可能性は低い。武偵連盟は個人がトップに立つような組織ではない。個人が動かすことなどできない組織なのだ。
もう1つはヨーロッパ武偵連盟そのものが、今回の策を仕組んだということだ。確かに自分たちが知らない場所で高度な駆け引きや、何らかの政治的観点から彼らがこのようなことをした、というのもありえなくはないかもしれない。だが
……あんな国際的な組織が、そんな安易な行動を取るとは思えない。
もしそうなれば、自分たちはヨーロッパ武偵連盟という一大組織を敵に回すことになる。
と、ここでアリアに助け舟を出した者がいた。ともに同行してここまで来た3人のうちの1人、海原だ。
「……神崎さん。1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。何よ?」
突然話しかけられたことに動揺するも、海原の質問に応答する姿勢を見せる。海原というこの男は胡散臭いが、信用できそうな人物なのだ。今回の一件について、根幹の部分を知っている素振りすらある。
何故かカナやジーサードと連絡がつかない今の自分たちにとって、唯一の情報源とも言える存在なのである。
そんな男の問いとは
「ヨーロッパ武偵連盟という組織を言ってますが……それはどのような組織なのですか?」
「えっ?」
それは、と言おうとするアリア。ヨーロッパ武偵連盟には何度か訪れたことがある。武藤や不知火のようなほとんど日本から出たことがない武偵よりかは、詳しく説明ができる。
──はずなのに。
……アレ?
それに訪れた記憶もある。それを知った知識もある。それが行う活動への理解も、実際に参加した経験もある。
なのに、
なぜ、
言葉にできない。
「えっ………………えっと…?」
「そういえば…………何をする組織でしたっけ?ヨーロッパ武偵連盟って」
おかしい。が、それは自分だけではないらしい。1年の佐々木や島も、同学年の中空知や平賀も、果てにはヨーロッパにいたことがあるはずのワトソンや理子ですら、怪訝な顔をしている。
何かがおかしい。
当たり前の現実が崩されていくような。これが正解だと信じていた事柄に裏切られるような。そんな違和感。
……何がおかしいのかはわからない。けど、確実に何がおかしい……。
ここまで自分の記憶が不安になるのは、初めてと言ってもいいかもしれない。
だからだろうか。待ち望んでいた電話に反応するのが、少し遅れてしまったのは。
慌てて自身の携帯を取る。通話の相手は思った通り、勝手な独断行動を取っているはずのあいつだ。
『もしもし。アリア、無事か?』
「バカキンジ!あんた白雪と一緒に何勝手な行動取ってんのよ!!」
『ぬあっ!?耳が痛いから怒鳴るな!理由があって今は隣の学区に移動しているところなんだよ』
「はぁ?あんたこの街が今どれだけ危険な状態か分かってんの!?」
この非常事態に仲間から離れ2人だけで行動などと何を考えているのだろうか。電話越しの馬鹿は。
『とにかく今追っている最中なんだ!悪いが切るぞ!』
「ちょっ……待ちなさい!」
通話を強制的に終了させようとするキンジを制止させる。キンジには伝えなくてはならないことがあるのだ。
「いい!よく聞きなさい!今この街で起こっていること」
通話が切れた。
⚫︎
「?何だ?アリアのやつ。何か伝えたかったみたいだが……」
突如終了した通話に訝り、再度アリアに、今度はこちらから電話をしようとするが帰ってきたのは
『……現在この電話は使われていないか、電波が届かない場所に……』
という女性の機械的な声が耳に響くだけだ。ホテルとは1㎞も離れていないというのに、電波の不調は流石におかしい。
……妨害電波でも流れているのか?
安易な考えだが、学区を超えた瞬間に切れた辺り、間違いではないと思う。もしかしたらカナやジーサードとの連絡がつかないのもこれのせいかもしれない。
「キーくん。アリアなんだって?」
「わからん。途中で切れた」
拝借した2人乗り自転車を漕ぎながら、後ろの白雪にそう言う。
そして、目線を上にして、そこに鎮座するある物体を目にした。
「……大方、アレについてだろうけどな」
⚫︎
突如学園都市の上空に“それ”が現れ始めたのは、ちょうどキンジと白雪がホテル一階のロビーラウンジから外に出た時と重なる。
空から徐々に姿を見せ始めた航空艦は、キンジも白雪も度肝を抜かれた。今までに見た巨大質量を持つ車輌や船舶といえば伊・Uが印象に深いが、数万メートル離れていてそれ以上の迫力と威圧感だ。さぞかし馬鹿でかいに違いない。
だが、2人が度肝を抜かれたのは“それ”だけでは無かった。
2人がホテル前に飛び出した理由、それが無くなっていたのだ。
それはすなわち、あの目を背けたくなるような惨状が広がっているはずのホント前に、それとは全く別物の景色が広がっていることとなる。具体的には体のどこかの部分を削がれていたはずの者やあらぬ方向に捻じ曲げられた者は五体満足で気を失っているだけだった。横転し破損しているはずの装甲車も、まるで傷がない状態の有様だ。
……騙された!?
方法はどうしたかは知らない。だが、明らかに何らかの手によってこの状況を騙されて見せられたことは明らかだ。逆にこれも幻、という可能性はあるかもしれないが、流石に視覚や聴覚だけではなく、触覚や嗅覚でも感じ取れるこの景色は、間違いとは思いたくない。
ならば、ここに自分たちは誘い出されたと考えるのが妥当だろう。
恐らく、奴に。
「………………」
その中心。位置的にも動きの中でも中心にいる白髪に赤い目の少年は、砕けた体育座りをしながら下を向いている。
レベル5の第1位。学園都市最強の能力者。そこにいるのは超能力者と言われる、自分らを超えた何かはずだ。
──はずなのに。
……何だ?この違和感は……。
何か、がおかしい。
何がおかしいのかは分からない。が、意識の奥底か体かが、どこか歯車が噛み合わないような感覚を伝える。
目の前の超能力者が恐ろしいから、そういう感覚を間違えて抱いているのか。確かに相手は強大な力を持っているかもしれないが、それに恐怖したり恐れたりはしない。これはそういうところから来ている違和感ではない。
キンジがベレッタを引き抜き構えたのは、一方通行に対し、色金殺女を構え臨戦態勢を取る白雪の様子が音で分かったからだ。2人で一方通行を油断なく見据える。
それに対して一方通行は
「…………遅かったな。ようやく来たか」
と呟き、立ち上がる。
その時だった。キンジの疑惑は核心へと変わったのは。
こいつは違う。何が違うかは分からない。しかし、こいつは違う。
「──お前、一方通行じゃないだろ」
⚫︎
白髪赤目のアルビノの、「一方通行ではない誰か」が驚いた顔をしたのはほんの一瞬で、次の瞬間には口角を吊り上げ、その顔には笑みが作られていた。
まるで獲物を見つけた狩人のような顔つきだな、とキンジは思う。同時にどこか嬉しそうな顔にも見える。
「…………どうやって気づいたのかくらい聞いてもいいか?」
「感と……強いて言うなら目だな」
最早己の正体を全く隠す気のない「一方通行ではない誰か」に対し、こちらも隠すことなく見抜いた理由を告げる。
一つは感。ようは「何となく」だ。この場の違和感や一方通行に存在するように見えた差異のようなものが、それを核心に近づけてくれた。ヒスっているわけでもないのによく頭が働いてくれたものだ。
そしてもう一つは「目」。確かに目の前の一方通行は、写真や動画で見せられたあの目と似たような猛禽類に似た目をしていた。
だが、一方通行の目とは違うのだ。
「あの目はもっと…こう……狂気に満ちているって感じだった。確かにお前らの目は一方通行に似ているが、明らかに違うんだ」
何故そこまで断言できるかは分からない。自分は一方通行のことなどヨーロッパ武偵連盟とDEM社から与えられた情報でしか知らないのだ。しかも、その情報は嘘で塗り固められている可能性すらある始末だ。
それでも分かるのだ。これは一方通行という男の目ではないと。
だから
「正体を表せ、『一方通行でない誰か』。何故お前がこいつらを倒させたような幻影を見せて俺たちをおびき寄せたかは知らんが、どちらにせよ目的は吐かせてもらうぞ」
「……なるほどな。こりゃあ言われた通り、確かに『いい経験値』が貰えそうだわ。人助けの最中で鎌かけてみて良かったよ」
嬉しそうな「一方通行ではない誰か」が、さらに口角を吊り上げた。キンジは何度かこのような顔を見たことがあることを思い出す。
これは圧倒的なまでのバトルジャンキーが、自分と同レベルの強者を目の前にした際に浮かべる笑みだ。この目の前の敵は自分と闘える相手を渇望していた。そういう笑みだった。
そしてキンジはこういう敵は厄介なことも知っている。純粋に「戦闘」を愉しむことができる存在。こいつのような相手にはこちらに悪意を向けてくる敵とは違うやりずらさがあるのだ。
しかし、ヒステリアモードでもない自分で、マトモな戦闘になるのか。キンジにとって、それは致命的な弱点でもある。このまま闘いを挑まれれば相手によるが、負ける気しかしない。
そんなキンジの気がかりを他所に置くかのように、「一方通行ではない誰か」は言い放った。
「まぁまだやり合う場面じゃないな……さすがにこの事態は俺は見過ごせない。俺の目的にはお前もあるが、本来の目的を見失ったら元も子もないからな」
一息。吐くと共に頭上を煽る。
「…………『武蔵』か。10万人を乗せた空中都市艦を落とそうだなんて、どこの誰だか知らんが、ふざけたことをしやがるもんだ」
続く「まぁ、俺らも似たようなことしようとしたけど…」という言葉をキンジは放心状態の中聞いた。
今頭上にその姿を徐々に明確なものとしいる巨大な艦。10万人を乗せたという「それ」が、何者かの手によって落とされるというのか。
「…………何?あなたはこの騒動とは無関係なの?」
白雪の声が震えているのが分かる。彼女も、おそらくこの事態を半信半疑で受け止めきれずにいるのだろう。当たり前だ。あんな戦艦が落ちてくるなんて聞いて、驚かない人間なんているまい。
……チャリ、バス、飛行機、客船、原子力潜水艦と来て今度は空中戦艦かよ……。
何かと乗り物繋がりの騒動に巻き込まれていることを再確認し、キンジは軽いため息をついた。
「信用はできねぇと思うが、これは俺の仕業じゃねぇ。黒幕なんか知らないし、俺がやることは一つだ」
「何をする気だ……?」
「決まってんだろ?人助けさ」
何でもない当たり前の風に質問に答えた「一方通行ではない誰か」は、いつの間にか横に置かれていた2人乗り自転車を押しながら、こちらに近づいてくる。一瞬身構えるキンジと白雪。
「安心しな。今はやる気はねーさ」
「…………「今は」ってことは後からする気かよ」
「時と場合は考える」
「いやすることは否定しないのかよ」と突っ込みかけたキンジの元に自転車を止め、少年はこちらを見据えてきた。
そしていつの間にか少年の体躯が変わっていることに、今更ながらキンジは気づく。色素が欠けた白い髪は長髪の金髪に。色白の肌は、その色を保ちつつも違うものに。服装も背丈も、全てが別のモノへと変わっていく。
そこにいたのは少年。長い金髪と中性的な顔立ちが相まって、どこか少女的な印象を受ける。
その場に姿を現した魔術師、「雷神」を冠するトールは、呆然とする2人に対しても、自分のペースを崩さない。
「ちょいと力を貸してくれないか?なにせこの一件。お前らの因縁も関わっているからな」
3,
〈フラクシナス〉はラタトスク機関が誇る最新鋭の空中艦である。〈世界樹の葉〉を除いた全長は252メートル。全幅120メートル。
空中艦としては弩級と言っても差し支えない質量と巨体を持つことは、他でもない〈フラクシナス〉のクルーたち自身が自覚をしていることだ。当然、その巨体は外部からの視認・観測を防ぐ
だが、頭上に現れた空中都市艦は〈フラクシナス〉を容易に凌駕するものだった。
「…………〈フラクシナス〉が小さいだなんて感じるのは初めてね」
「全くだ」
モニターに表示され空中都市艦「武蔵」。その〈フラクシナス〉の何十倍あるかも分からない巨体に、クルーも「必要悪の教会」のメンバーも絶句するものが後を絶たなかった。
「必要悪の教会」はこれよりも巨大な浮遊物を見たことがないわけではない。あのベツレヘムの星やラジオゾンデ要塞がそのうちには入るだろう。
だがあれらの巨大な質量を有する物体が浮遊しているのは、魔術によるものであった。彼らは魔術師である。科学に疎い彼らは、飛行機のような物はともかく、あのような大質量を科学の力でどうやって浮かせているのかが分からない。その疑問は、あの船がいつ落ちるのかという不安に繋がる。
無知なる恐怖はその恐ろしさを増大させる。空中都市艦というには長時間航空できるように作られていて当たり前だが、原理が分からなければ恐怖を抱く者ももちろんいる。更には、この場にはあれが今すぐ落ちてこないと断言できるような人物はいないのだ。
が、絶句は続く事はなかった。何故ならそんな事に絶句している暇は、今彼らにはないのだから。
⚫︎
「『武蔵』を中心に半径7キロの魔術結界を確認!魔力探知より認識阻害魔術の結界かと思われます!」
「なるほど……。それのせいで『武蔵』上が怖いくらい静かなわけなのよな」
「『武蔵』の人間は異世界に召喚されたとも知らず、普通の日常を送っているというわけかい?パニックにならないのは幸か不幸か……」
「そういうことだにゃーステイル。……すまん電話だ」
「琴里、DEM社の魔術師部隊が、騒ぎの鎮圧のため動き出した。どうやらさすがの彼らも、この事態は予想外のようだな」
「油断はダメよ。この期に乗じて何をしてくるか分からないんだから。『武蔵』を撃墜するような動きを見せたら、いつでも対応できるようにしておいて」
「了承した」
「必要悪の教会」から持ち運ばれた機器による魔術探知や〈フラクシナス〉のクルーによる情報収集、そしてそれらの整理により〈フラクシナス〉の甲板は精霊攻略の作戦時を大きく上回る忙しさに見舞われていた。
『武蔵』や眼下の学園都市についての情報が矢継ぎ早に飛び込んでくる中、それらを総括して真実を導き出すため、琴里や神裂も大忙しだった。
協力を要請してきたキーナの助けもあってか、何とか全体像が見えてきたのは、既に『武蔵』はその3分の2を、学園都市の空に存在を確かにしていた頃だ。
そして、突然の報が飛び込んで来たのも、ほぼ同じタイミングであった。
「…………!女教皇様!」
「……『武蔵』に動きが?」
「はい!『武蔵』右舷一番艦……“品川”と呼ばれる艦にて大規模な爆発が観測されました!戦闘が発生したものかと!」
「……『武蔵』は認識阻害にて外界の様子は伺えていないんじゃないのか?……となると内部間、『武蔵』の住人同士による戦闘か?」
オティヌス「お前の言う通りだろうな、赤髪の神父。ただ違うのは、おそらくは『武蔵』の中に紛れ込んだイレギュラーによる戦闘であろうことだ。同じ艦の住人同士が、早々簡単に戦闘なんてするわけがないだろう」
⚫︎
「オイあの馬鹿どこへ行った!?捕まえてがんじがらめにして見世物にしてやる!」
「……いたぞ!金髪被って女装してやがる!」
「逃がすな!今回こそは奴を許すものか!!この『武蔵』の果てまで追いかけろ!」
「Jud.!」
⚫︎
「まぁそうでしょうね。同じ艦に住んでいる住人同士というわけですし。戦闘なんて日常茶飯事に起こっていては、都市として持ちませんよ。ただでさえ航空都市という、逃げ場のない場所なんですから」
「確かに……神裂の言う通りだな」
納得するかのようにうなづくステイル。ただでさえ『武蔵』は、抜け出すことが困難な都市なのだ。住人同士のトラブルが多すぎるということは、それこそ死活問題だろう。
「とにかくそうそうのんびりしている暇はないぞ。やっこさんがいつ、学園都市に『武蔵』を落としてくるかも分からんからな」
「分かっているわ」
机の上で仁王立ちするオティヌスに応えたのは、司令官服を着た琴里である。
「すでに『武蔵』に乗り込む準備は出来てるわ。後はタイミング次第ってところね」
「上出来だ。作戦内容を聞いたときは度肝を抜かれたが」
さて、とオティヌスは眼下にそびえ立つ、壁に囲まれた科学の街を見下ろした。
「後はあいつら次第……だな。何にせよ、『武蔵』の住人と話が出来なければ何にもならん」
4,
現在、『武蔵』は世界に戦争を売っている最中である。
そんな『武蔵』にとって今日は珍しく、平穏な「日常」とも呼べる日となっていた。
──それは『武蔵』にとっての「日常」であり、それが他の場所でも日常と呼べるものとは限らないが。
ともかくそんな『武蔵』の中央後艦、“奥多摩”区域に存在する教導院、武蔵アリアダスト教導院の3年梅組の教室に、本田正純はいた。
「……で、馬鹿がエロゲをまた密輸して、“品川”で戦闘状態になって、大爆発したと…」
『Jud.。正確には女装らしいですわね』
何やってんだあの女装は、と思わく表示枠(サンインフレーム)越しのネイト・ミトツダイラに漏らす正純。事件の主犯でもないネイトは苦笑するしかなかった。
「まったく……今夜はノヴゴロドの件に関する宴を行うんだろ。発案者が騒ぎを起こしてどうする」
『それは私ではなく総長に言うべきですわね』
「ああ。すまん。つい本音が出た」
ただでさえこちらはこれからの動向を模索している最中なのだ。変な厄介ごとは起こして欲しくないというのは思って当たり前だろう。
と言っても、それをネイトに当たるというのはお門違いというものだ。そこは謝っておかなければなるまい。
謝罪の言葉を発した正純。と、表示枠越しのネイトが、妙にそわそわしていることに気づいた。まるで、何か違和感を感じて、不安になっているように。
「?ネイト、どうした?」
『あ、いえ…………』
ネイトの様子を不審に思い尋ねてみれば、慌てた感じで手を振るネイト。「何でもない」という感じを振り撒いているようだったものの、徐々にその表情を曇らせていた。
『………………実は──』
⚫︎
様々な場所で、様々な者たちが、様々な動きを見せる。〈フラクシナス〉は情報からこの事態を打開するために情報収集に追われ、沈黙を守り続けていたDEM社支社の高い壁からは、次々と魔術師部隊が学園都市の宙へと踊り出していた。『武蔵』上では一部の者がその「日常」の陰に潜んだ違和感を感じ取り、キンジと離れたアリア達は彼らの捜索と学園都市の騒ぎの鎮圧を目指し、それぞれで暴走する「プライベーティア」の拿捕へと乗り出していた。
そして、〈フラクシナス〉にても、新たな動きが生まれていた。
「──では、これよりあの空中都市艦『武蔵』について……そして、彼らが住む世界、『境界線上のホライゾン』の世界についての、解説と行こうか」
第一九話「正体表し雷神」 完
──新キャラクター──
──とある魔術の禁書目録──
トール
北欧神話の雷神の名を取る魔術師。強者との闘いを求め、人を助けることを行動原理とする。
2015年 6月 7日
デュラララとニャル子を劇場で見て財布がすっからかんの常盤赤色