とある緋弾のソードアート・ライブ ──挟間の帳──   作:常盤 赤色

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第二三話「完全無能力」

 

1,

 

 

 

 

 

 

 

 例えば、の話をしよう。

 

 魔術が発展し、または科学が発展し、何らかの異能が存在する世界に無能と呼ばれる人間がいたとしよう。

 

 何の能力も持てず、何の力も無く、何の素質も無く、何の目立った特技も無く、誰かに認めてもらえるような力を持たない人間。フィクションの主人公にはよく見られる設定だろう。

 

 そして異能を持つ者たちに馬鹿にされ、屈辱を受け、それをバネにそれ以外の部分──それは体力だったり知力だったり技術だったりするだろう──を高める……。これもマンガやアニメを見てればよく見かける展開だ。

 

 だが、よく考えてほしい。

 

 本当にその人物は完全な無能力なのだろうか。

 

 魔術や魔法が発達した世界の無能力は、本当に無能力たり得るのだろうか。その世界の異能には彼が扱える物が無いだけであり、もしかしたら別の世界の法則・異能ならば強大な資質を開花できるかもしれないとしたら?

 

 仮に魔術や異能が発達し、それが重要視された世界があったとしよう。物理法則に縛られず、制約を無視した不思議な現象を引き起こせる世界があったとしよう。不可視の呪い。凄まじい生命力。攻撃無効のバリア。都市を焦土へと変える大規模な魔法。人知を超えた化け物を生み出す。あらゆる願いを叶える器。神を遥かに凌駕する力を持つ不条理な存在。なんでもいい。

 

 これらの世界の多くでは、大抵資質の有無によって身分が決まり、その後の人生すら左右されてしまう深刻な格差社会が形成されている。巨大な異能を持つ物はもてぬ物を人間を虐げ、無能とされる人間はとてつもない苦労の中を生きることとなる。

 

 が、ここに別の異能が紛れ込めばどうなるか。

 

 もし、生まれつきの素質を必要としない、努力さえ積めば高みへ辿り着ける別の魔術の法が混ざれば、どうなるだろうか。

 

 もし、適合さえできれば魔法以上の奇跡を起こすことを可能とする異端の技術が混ざれば、どうなるだろうか。

 

 もし、誰もが適当な学習を詰めば、目覚めることができる超能力があれば、どうなるだろうか。

 

 あらゆる世界、ありとあらゆる異能超常が混ざった場合、果たして「無能力者」などと呼べる人間は果たしているのだろうか。

 

 無能と呼ばれ蔑まれた少年はもしかしたら、人知を超えた化け物を簡単に倒すことができる戦闘兵器を乗りこなすパイロットの素質を持つのかもしれない。

 

 なんの超常もない日常を生きていた人物はもしかしたら、不可視の呪いすら受け付け無い最強の真祖として覚醒できるかもしれない。

 

 なんの夢も希望もなかった男は、凄まじい生命力を持った生物を一瞬で消し去ることができる最強の力を内に秘めているのかもしれない。

 

 どこにでもいそうな地味な少女は、都市を焦土に変えるどころか世界そのものを思いのままに変える力を持つ者に選ばれるかもしれない。

 

 人間として最底辺の場所で生活していた老人は、攻撃無効のバリアを張る前に相手を沈めることができる特別な力を地球を授かっていたかもしれない。

 

 神を遥かに凌駕する存在を、いとも簡単に「壊す」ことができる目を手に入れるかもしれない。

 

 あらゆる願いを叶える器すらも超えた、何かを手に入れることができるかもしれない。

 

 魔術、魔法、ファンタジー、錬金術、科学、超技術、異端技術、超能力、原石、スキル、スタイル、降霊術、術式、スペル、生命力、気、魔力、巫力、霊力、波導、言霊、抑止力、夢、星の力、霊、精霊、妖精、英霊、神霊、天使、神、悪魔、妖怪、化物、怪物、モンスター、吸血鬼、死徒、真祖、ゾンビ、ゴーレム、ホムンクルス、ウイルス、寄生種、アンヒューマン、異族、魔神、魔王、アンデッド、幻獣、怪獣、聖剣、魔剣、神器、宝具、大罪武装、神格武装、霊媒、霊装、遺産、ロボット、アーマー、スーツ、カード、サイボーグ、性転換、変身、進化、変態、超戦士、ミュータント、その他色々。

 

 それら全てに目覚めぬ、完全な無能力者。

 

 あらゆる異能に「目覚めず」、「使えず」、「身につけられず」。幻想殺しや学園都市の無能力者のような仮初めの、言葉だけではない無能力者。

 

 ある学者は言った。それは澄んだ純水。永遠の処女であると。

 

 あらゆる異能に「目覚めない」、あらゆる異能を「使わない」、あらゆる異能を「身につけない」。

 

 そんな超常的な存在にならない、唯一無比の存在。

 

 もしそれが悠久に広がる世界に一人しかいないなら──

 

 

 それこそ、真の「異能」ではないだろうか。

 

 

 

 ⚫︎

 

 

 ソラリスがやろうとしていることは全ての人々をそうすることだ。

 

 その世界の異能だけではない。あらゆる世界の異能超常に目覚める可能性を0とする。それも全ての世界の、全ての存在を。

 

 異能という存在から起こる火種も、現実という存在から起こる火種も、どちらも火を起こす前に握りつぶす。存在することすらを許さない。

 

「それを全ての世界で起こそうとしてるとは……アレイスター並みに狂っているな、こいつは」

 

 だが、それを実行できる力を握っている。

 

 更には理想送りもこいつには通じないかもしれない。こいつは、これから作る理想に準じている。その点では悠久の時に退屈している魔神連中よりも厄介すぎる点だ。

 

 奴はおそらく、理想の為ならばあらゆる犠牲を厭わない。

 

 例え、自身が理想を抱いたまま、その重さに身動きができなくなり、溺死しようととも。

 

 聖ジョージ大聖堂では、最大主教(アークビショップ)ローラ=スチュアートが一人、手元の資料を弄びながら「独り言」を呟いていた。

 

「──しかし『完全無能力者』に『超常殺し』。そのような存在がいるとはな」

 

 

 

 上条当麻は上辺だけなら無能力者のレッテルが貼られてるが、彼には「幻想殺し」という唯一無比の能力が備わっている。

 

 学園都市の無能力者だって、落ちこぼれ扱いはされているものの程度の低い能力を持つ者がいる。

 

 無能力者と呼ばれながら完全に無能の人間なんて、一人もいないのだ。

 

 その証拠が

 

ローラ「吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になる。ゾンビに噛まれた、もしくは殺された者はゾンビになる。死徒によって殺された者は死徒になる。ガストレアウイルスに感染すればガストレアになる──それが全ての人々が少なからず何らかの『異能』を持つという証拠たり得る……」

 

 ならば、「完全無能力者(アベレージゼロ)」とは──

 

ローラ「吸血鬼に噛まれても吸血鬼にならず、ソンビに噛まれてもゾンビにならず、死徒になることもなく、ガストレアも、寄生種も、何があろうとも人を超えた超常の存在にならない──か。

 人間の原点とはよく言ったものだ。」

 

 

 

 

 

 

 

2,

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば、私たちってどこ向かってるんですか?」

 

 訳のわからない説明を聞いて、──唯一、学園都市で何か幻想御手(レベルアッパー)事件を超えるとんでもないことが起こってることは分かった──頭が混乱してる佐天だったが、なぜかそれだけは気になってしまって、おずおずと口に出した。

 

「そうね……。とりあえず、貴女たちを安全な“フラクシナス”に連れて行くわ。あそこなら敵に襲われる心配もないし、バックアップを頼むことだってできる」

 

 一応、奥深くまで自分たちが関わらないようにしてくれているのだろう。手助けは欲しいらしく、頼られているらしいが。

 

「──私ができることなんてあるんですかね。ほら、私やっぱ無能力者ですし」

「ええ。貴女だからこそできることがあるわ」

「……わたしだからこそできること……?」

 

 カナの言葉に首を捻る佐天。無能力者で初春のように誰かを後ろから支えることができない自分にできること──。

 

 ……あっ。そっか。何でもいいから率先して役立つことすればいいや。

 

 御坂や白井に比べれば自分ができることなど、微々たる物だ。が、それが彼らの助けに、もしかしたら逆転の糸口になることだってあるかもしれない。

 

 ……そうだよ。無能力者を逃口にしてる場合じゃないことくらい、分かってるじゃん。

 

 何かもできなくても、何かやってみる。それが佐天が御坂達と出会って今までの短い間で知ることができた、大事なコト。

 

 ただ助けられるだけではダメだ。助けられる方も一生懸命にならなくては。

 

「──私じゃできることなんて少なすぎるかもしれないですけど……とりあえず、できることからやってみようかと思います」

「……ええ。その意気よ」

 

 それは、かつて異能に憧れた少女が学んだ、小さな大切なコト。少女がほんの少し、成長できた部分。

 

 彼女も、伊達に「登場人物」ではない。

 

 

 ⚫︎

 

 

「マーク。〈フラクシナス〉の回収ポイントまであとどれだけだ」

「はい。もう付きます。あと2分かかりません」

「そうか。それじゃ、これからの私たちの動きを大まかに説明するぞ」

 

 リムジンの座席と運転席での受け答えを聞いた御坂は、向かっていた目的地が近いことを悟った。

 

「御坂、カナ、パトラ、レッサーにはフラクシナスについたらすぐさま武蔵行きの特別便に乗ってもらう。他の面子はフラクシナスと艦内に『必要悪の教会』が持ち込んだ機材でバックアップだ」

「わたくしはとりあえず第一七七支部に向かいますわ。初春にそのフラなんとかやらでバックアップをしてもらうとしても、一度状況の確認に向かった方がいいと思いますの。あそこじゃないと分からないこともありますし」

「本当に大丈夫なのでしょうか。とミサ……──謎の私は貴女の身の心配をしてみます」

「心配してくださって感謝します。けどここまで来れば『空間移動』ですぐに移動できますわ。道中でトラブルになることも、多分ないかと」

「それでも気をつけてくださいね」

「わかってますわ」

 

 心配そうにする初春に大丈夫という体を見せる黒子。普段は奇行が目立つが彼女のことだ。信頼できてるからこそ、御坂は彼女のことについてはさほど心配はしていなかった。

 

 問題は自分の方なのだ。

 

 空に鎮座する船で何が起きるかは全く予想がつかない。もちろん、自分が真っ向勝負で遅れを取るとは思ってはいないが、何せ未知の土地だ。何も知らない、ということは時には恐怖や畏怖へと変わってしまう。力をやたらと過信せずに、気合を入れていかなければ。

 

 と、マークが

 

「もう見えてきました。あそこが──」

 

 と車を右折させ別の通りへと入ったのと、

 

「「「──!?」」」

 

 異変にいち早く気づいたパトラ、カナ、バードウェイの3人が立ち上がり、

 

「──黒子!」

「!ハイ、お姉様!」

 

 その次に異変に気づいた御坂と黒子が対抗策をとったのは、リムジン車の車体になんらかの鈍器が叩きつけられ、宙を舞うことになる、ほんの一瞬前だった。

 

 

 

 

 

 

 

3,

 

 

 

 

 

 

 

 すぐさま、隣の初春と目の前に座っている佐天に手を伸ばす黒子。そのまま瞬時に自身の能力『空間移動』を発動する。

 

「……!初春、佐天さん。無事ですの?」

「な、なんとか……」

「ななななんですか!?あれ!」

 

 間一髪での『空間移動』で2人を車の中から脱出させた黒子。他の面々もどうやったかはわからないが、それぞれなりにリムジン車の中から脱出しているようだ。

 

 咄嗟にリムジン車を目で探す。そして、それは案外簡単に見つかった。

 

「おお……初春の胸にようにぺっしゃんこ」

「いまそんなこと言ってる場合じゃないですよ分かってるんですか!?」

 

 車体の側面に何か巨大な物をを打ち付けられ、横方向の長さが縮んだ代わりに、少しばかり縦方向に細長くなったリムジン車だった。スクラップ、という言葉がとてもお似合いという状態だ。

 

 そして

 

「……ったく、いつから学園都市は怪獣映画の撮影場所になったんだっちゅーの!」

 

 いきなり現れた巨大イグアナに、これまたいきなり容赦のない超電磁砲を放つ御坂の姿だった。

 

 

 ⚫︎

 

 

 佐天は幼い頃に父親と見た怪獣映画を思い出していた。たまたま見たかった映画と当時上映しており(今思えば父はそれを知って子供向けのアニメ映画を見に来た自分について来たのだろう)、当時は可愛らしいアニメ映画の後にいきなり怪獣に襲われるパニック状態の場面が飛び込んで来て、あやうく泣きそうになったところだった。否。多分あれは覚えていないけど泣いていた。

 

 その時出ていた、最終的に人類側の兵器でやられた怪獣というのが

 

「こいつそっくりなんだよね……。映画の奴よりはだいぶ小ぶりだし、なんかものすごくトカゲっぽくなってるけど」

 

 獣脚類に近い体型、イグアナや人間のような長い腕を持った巨大なイグアナのような生物は、御坂の超電磁砲が直撃したことで完全に沈黙したようだ。

 

 大きさは30メートルあるかないかといったところだろうか。高層ビルよりも遥かに大きく、障害物を何であろうと蹴散らしていたあの怪獣よりかは、大分スケールが小さい。それでも、人間と比べれば比較にならないほどの巨体で、見上げれば首が痛くなっただろうが。

 

 何より御坂の超電磁砲で瞬殺されたからか、まるで威圧感が感じられなかった。

 

「すごいですね、学園都市は。こんなパニック映画に出てくるような生物兵器まで作っちゃうんですか」

「…………否定したいけど、それ以外にこいつの出どころに検討がつかないわね」

 

 学園都市の科学者あたりならこのような生物兵器を作れてもおかしくないし、作っていてもおかしくない。騒ぎに乗じた部外者の仕業という可能性も捨てきれないが、やっぱりこのようなモノが絡んでくるとなると大体が学園都市製のモノとなるのだ。

 

 妙に生々しい巨大イグアナもどきを警戒しつつ、周りに似たようなものがいないかも確認する。こういうのはできた一体を投入されるよりも、量産できた個体を大量投入するという感じの方がありえるのである。一体倒して喜んでいるところに隠れていた二体目が……なんてのはかなりベタだがありえない話ではない。

 

 ここには御坂と黒子以外にもカナやバードウェイと呼ばれる明らかに一般人と見て取れない(その外見や口調も含めて)人物もいる。真に頼れるのは御坂や黒子だが、特にカナや謎のお面の人なんかは自分のことを守ってくれるという安心感を抱かせてくれていた。

 

「──完全に気絶しているみたいね。その超電磁砲という名前、決して建前だけじゃないみたいね」

 

 これはイグアナもどきにまるで動じずにそれに近づいたカナの一言だ。それに御坂はため息をつきながらに応えた。

 

「学園都市の第三位は伊達じゃないわよ。というか、あんた医者の端くれか何か?よくそんなわけわかんない生物の状態なんて見ただけで分かるわね」

「医者の端くれね……。ま、間違いではないわね」

 

 黒子とスーツ姿の男(リムジンの運転手で確か名前はマークだったか)に守られながら佐天も初春と共に、横渡るイグアナもどきに更に近づいていた。

 

 御坂の超電磁砲はイグアナもどきの顎にダイレクトアタックしたはずだ。図体はデカイは割に、耐久度はそこまで高くないどころか低いのだろう。

 

「…体表がトカゲトカゲしくて、ちょっと気持ち悪いですね」

「あれ?初春、こういうのダメだっけ?」

 

 ってかトカゲトカゲしいとはどういう単語だ。いや、意味は分かるが。

 

「いやー。怖いってわけじゃないですけど、そこまで得意では……」

「どうでもいいけどこいつ、あきらかに私を食べようとしていたわよね?超電磁砲ぶっ放す前にこっちに口開いて襲いかかってきたし」

 

 まるでジュラシックパークね、とカナが呟く。確かに先ほどのイグアナもどきが迫ってくるのは、ジュラシックパークで見たような光景に類似していた。

 

「──それで、こいつはどうするのぢゃ?起き上がってきたら面倒ぢゃし、片付けるかの」

「それもそうね。しかし、移動手段が木っ端微塵に潰されたわね……。もう近いから徒歩でも大丈夫だけど」

「それもそうですわね。いっそ対処法に困るならわたくしの空間移動でどこかこいつを隔離できる場所に飛ばすなどするかしなくては」

 

 主要メンバーの話の話題は、このイグアナもどきの生物の処理方法にシフトしたようだった。こんなのがまた暴れる可能性がある限り、見過ごすわけにもいかないのだろう。

 

 それしても、だ。

 

「ホント……どうやってこんなの作ったんだろ」

「よくあるのだったら遺伝子組換えとかなんでしょうね……うわぁ。自分で言っておいてなんですけど作られた人工生命が暴走して人間を襲うなんて、あきらかになんかのパニック物のストーリーですよ……」

 

 確かにレベル5の美琴があっさり倒してしまったとはいえ、もし自分一人でこれと対峙すればなす術は無かっただろう。初春の言ってることにうなづく。

 

「そうだねー。で、大抵こういうのって実は大量にいる個体の中の1個体で、これより巨大なやつがいたりするんだよね」

「もう佐天さんったら。確かに怪獣としては小型ですけど、恐竜としては十分なサイズじゃないですかー。それにそれ──」

 

 その瞬間、右側のビルの閉まったシャッターを弾き飛ばしながら、何かが飛び出てきた。

 

 複数の影は、その全てが今まで話題に上がっていたイグアナもどきと同じものだ。大きさもほとんど等しい。が、1個体だけあきらかに大きさが違うものがいた。

 

 およそ2倍といったところか。全長60メートルの巨体はすでに博物館に飾られている並ある化石を超えている。

 

 偶然にもそれが飛び出てきたのは──

 

 ──なんかフラグっぽいじゃないですかー。と、初春が言おうとした、正にその時だった。

 

「──フラグ回収乙です。と、御坂は御坂は呆れながら呟いてみせます」

 

 

 

 

 

 

 

4,

 

 

 

 

 

 

 

 美琴達の目の前に姿を現した巨大イグアナもどき。それに執拗に追跡さら、力の暴力に晒されているのは、彼らも同じであった。

 

「──ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

 奇声を発しながらも、ハンドルを間一髪のところで右に切る。数十メートル離れていることを忘れさせるような大跳躍で装甲車に飛び乗ろうとした巨大イグアナもどきが目標を見失い、派手に路面道路に着地するのが“音”で聞こえた。

 

 文字通りの冷や汗を滲ませながら、武藤はこの場の皆の言葉を代弁してみせた。

 

「なんじゃありゃ……」

 

 現在150キロまで出しているこの車に接近しているその速力。恐竜かイグアナを思わせる前傾姿勢の細身で身体と比例してかなり大きめの頭部というデザイン。そんな怪物が口を開けその鋭い牙を見せながら迫ってくるの様はまさしく

 

「学園都市ってのはジュラシックパークかゴジラの舞台になるような場所なのかよ……」

「どっちかっていうとあれはGODZILLAというよりZILLA(イグアナもどき)って感じだねー」

 

 同じくこの場にいるほぼ全員が思っているであろうことを代弁したライカに、よくわからないツッコミを入れたのは理子だ。確かにあれはゴジラのような「尻尾を地面に付け、直立姿勢」とはかなり違い、まるでトカゲかイグアナという感じのシルエットだが──いや、それは今はいいだろう。

 

「あれもあんたらがいう“黒幕”の仕業なの──!?」

「おそらく──ですが。なにぶんあんなのは、私も学園都市に来て初めて見ますから」

 

 武藤のハンドルさばきで右に左に揺れる装甲車の内部で必死に何かに掴まりながら会話をしているのが運転席にも聞こえてきた。あいにく、運転してるこちら側も運転に集中している自分に変わってナビゲーションをし、尚且つ追ってきている怪獣の動きで武藤が把握しきれないのをこちらに教えている不知火も、その会話に参加できるないほど切羽詰まっているが。

 

「次の角を右に──飛びかかってきます!」

「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 十字路に入る前にハンドルを切り、車体を横にスライドする。十字路に入ることには、すでに車体は次に直進すべき道を向いていた。

 

「武藤くーん、運転荒すぎるのだー!?」

「ンなことわーってる!」

 

 後部から悲鳴やら何かが激突する音やらが響くが、こちらは御構い無しだ。この装甲車の装甲はかなり厚くなっているが、あんな化け物の攻撃に晒されて無事でいられるかどうかははっきり言って全然自信がなかった。ならば、今は逃げるしかないだろう。

 

「後はここを直進すれば目的地まで3kmです──」

「いよっしゃ!スピード上げるぞ!」

「ま、まだ上げるんですかー!?」

「目的地はもう目と鼻の先だから!頼むから耐えてくれ間宮の嬢ちゃん!」

「そういう服部半蔵さんも、かなり気持ち悪そうだね……。しかしこの乗り物は一体なんなのだろうか?鉄製の馬車ではないし……僕もかなり気持ち悪いんだけど……」

 

 更に加速し、装甲車は目的地に近づいていく。

 

 目指すは第七学区東南、第一八学区に近い位置にある大病院。

 

 上条が毎度のごとく入院し、お世話になっているカエル顔の医者──冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)がいる病院へと。

 

 

 ⚫︎

 

 

「……では、貴方もあの恐竜のような生物には見覚えがないのですね?」

「あァ。学園都市ならあァいう生物兵器、平気で量産してそうだが少なくともあンなヤツは俺の記憶にはない。このタイミングで誰が解き放ったかなンて、以ての外だなァ」

 

 学園都市の第一位、暗部の事情や科学者達によって行われてきた様々な実験にも詳しい一方通行ならばあの獰猛な怪物について何かしらの情報を持っているのではないかと思いきたが、どうやら空振りだったらしい。

 

 明らかにあれは現存する自然に進化を遂げた動物の姿ではない。何か外的な刺激によって生まれた、もしくは進化した生物だ。イグアナが放射線によって巨大怪獣に……というのは空想だが、学園都市ならばそれが現実になるのだ。

 

「そうですか」

 

 まぁそこまで厄介な能力を持っているわけではないし、大挙されれば面倒くさい程度だ。こちらを襲ってくるからには撃退しなければならないが、それで自分やこの第一位がピンチに陥るという事はないだろう。これはおごりや慢心ではなく、客観的に分析した結果の答えだ。

 

 それよりも、もっと別の疑問もある。

 

 それは、

 

「……貴方、なんでこの状況でカレー食べているんですか」

 

 つまりそういうことだ。

 

 一方通行を見つけた時、彼がなんかインド人的な人からカレーを受け取って食べてる姿には驚いた。いや彼も人間だからカレーくらいは食べるだろうが、なんか見たことないし想像もしない光景だっただろうか。

 

「……なンだ?俺がカレー食ってちゃ悪ィのか?」

「いや……そうじゃないんですけど。だいたい誰ですか?このインド人」

 

 さっきからしきりにこちらにカレーを進めてくるインド人的な人をチラ見し、目線を再び一方通行に向ける。一方通行から帰ってきた答えといえば

 

「知るか」

 

 という素っ気ないものだった。

 

「町で絡まれたンだが、その後いつまでもカレーカレー言ってついてくるンだよ。飯時逃して腹も減ってたし、こんなヤツにイライラするのもアレだから根気負けってヤツだな」

「大丈夫なんですか?」

「毒物がねェかくらいは調べた。特に変なものも入ってなさそうだし、いい加減ウザかったからな」

 

 御愁傷様です、と心の中でだけ言っておく。しかしそれなら自分もあのカレーを強制的に食べなければならないことになるのだが。

 

「……貴方、名前は?」

「ハッサン・フルビシ、デスネー。カレー食べるネー」

 

 そう言いながら皿に盛りつけられたカレーを差し出してくるハッサン。基本的に自分は食事は必要ない体だ。それに見ず知らずの人から貰った食べ物を食べれる程大物でもない。一方通行がどうしたかは分からないが、ここは丁重に断っておくことにしよう。

 

「……すいません。私、カレーは食べれないものでして」

「カレーは神の食べ物デスネー。断るとバチ、当たりますヨー」

「そう言いましても……食事もしたので、お腹もいっぱいなんですよ」

「ダメデスネー。カレーは美味しいデスネー。神の食べ物だからパワーも貰るデスネー。食べといて損はないデスネー」

「だいたい貴方、学園都市への留学生か何かですか?今学園都市の広域に避難命令が出てるはずですよ?近くの地下シェルターまで送りますから、早く避難を」

「カレーの魔力には何者も勝てないデスネー。分かったらカレーを崇拝して、崇め奉って食えばいいデスネー」

「……」

 

 ……会話をずらそうとしてもダメか……。

 

「諦めとけ第二位。そいつ、何言っても折れねェぞ」

 

 どうやらカレーを食べ終えたらしい一方通行が立ち上がり、そう言ってきた。確かにハッサンは真面目な顔をしているような気もしなくもない──いや、彼がどんな人物なんてしらないが。とにかく彼がカレーにただならぬ情熱を持っていることは分かった。

 

「どーもな。ファミレスのカレーよりかは美味しかった。腹もいい感じに膨れたしあンがとなァ」

 

 垣根が渋々カレーの皿を受け取るよりも前に、食べ終えた食器をハッサンに手渡す一方通行。行儀がいいように見えるが、さっさと皿を渡して彼から離れたいのが本音だろう。

 

 と、ここで垣根が一言。

 

「──貴方、カレー食べるの下手ですね」

「…………ハァ?」

 

 いきなりの一言に思わず素っ頓狂な顔になる第一位。そんならしくもない彼にらしくもないことを言った第二位は、ハッサンが持つ一方通行がカレーを食べていた皿を指差す。

 

「ほら、このカレー。ルーがかなり残っているじゃないですか」

「あ、本当デスネー。コレは勿体無い食べ方。バチ、当たりますネー」

「そ、そうなのかァ?」

 

 そうですよ、と垣根は言う。

 

 確かに皿にはライスは無いものの、かなりのカレーのルーが残っている状態だった。明らかにライスとルーの食べる比率を考えずに食べたようなルーの残り方だ。そうでなければ、ルーが異様に多いカレーでも渡されたのか。

 

「ちきんとルーとライス、どちらも残さないように食べなければ。どう見ても白い状態のライスを食べ過ぎた食べ方ですよ、このルーの残りようは」

「……わざわざカレー食う時に、そンなこと考えるものか?」

「そんなもんですよ。ねぇ?」

「そう。カレーに失礼があったらイケマセン。だから、こんな食べ方はダメデスネー」

 

 そういうものなのだろうか。確かに自分は食事のマナーがなっていないと黄泉川や芳川にも度々言われてはいるが、カレーの食べ方についてなんてそんな指導をされたことはない。ってか何かこいつらお互いに慣れるのが早くないだろうか。いや自分にも言えたことだが。

 

 ……さて、どうするかねェ。

 

 なんか今起こっている事変以上に面倒くさいことに巻き込まれることになった一方通行は、冷静にこの状況から脱却する方法を考えるのであった。

 

 

 ⚫︎

 

『……と、そろそろ向かうとしようか。アデーレ君、ついでになるが武蔵まで送り届けてあげよう』

 

 アデーレと唯一からの猛烈な犬扱いのかわいがりを受け最早反論する気も失せうんざりとしていた木原脳幹だったが、自分にしか聞こえないように調整された「声」でもたらされた言葉を聞き、先ほどまでの疲れ切った姿は何処かへと消え去った。そこにいるのは高級葉巻を愛用する、ダンディなゴールデンレトリバーの姿だった。

 

「うわー。自画自賛すぎて何も言えませんわー」

『なんで君はナチュラルに私の心を読んでいるのだ?』

 

 おかけで台無しもいいところだ。

 

「へ?武蔵まで?ありがとうございます……ってかなんでこのわんこ、私の名前知ってるんですか?会ったことありましたっけ?」

『そしてアデーレ君はあくまでなでなでをやめないのか……』

 

 ちなみに唯一は必要に犬用おもちゃを押し付けてきたので、肉球パンチで強制的に黙らせておいた。

 

「……ま、なんでもいいです。それより武蔵まで送り届けるとか言ってましたけど、わんこがどうやって私を連れて行くつもりですか?」

 

 今まで公道を歩いていた二人と一匹だったが無人のスクランブル交差点式の十字路に差し掛かり、脳幹の一言が響いた時、それは来た。

 

『ああ、それか。それならこれで連れて行くつもりさ』

 

 現れたのは、一台の特殊車両だった。

 

 明らかにただの車両ではないことは一目瞭然だ。戦車並みの巨大な車体は、時速150kmを超えるスピードを上げながらこちらに近づいてくる。

 

 真っ黒に塗られたそのボディは黒光りし、まるで漆黒の夜に現れる闇の騎士であるかのよう。

 

 そのままこちらまで爆走しているかに見えた特殊車両だったが、その直前で思いがけない動作を行った。

 

 跳ねたのだ。

 

 比喩でも擬人法でも遠回しな言い方でもない。事実、車体は段差も出っ張りも何もない平坦な道で、突然上空へと身を躍らせた。

 

 と、その車両の形が変化を起こす。

 

 それは明確な変化であった。ある箇所には翼が生え、その先端はシャープな形へと変わり、タイヤは何処かへと首脳され、車両の運転席はコクピットへと様変わりする。

 

 次の瞬間、車両は空を飛んでいた。

 

 否、人口の羽と洗礼された機体を持つその姿は既に、ビークルとは別のモノへと変質した。

 

「…………なんですか。これ」

『女性である君たちには分からないかもしれないがね』

 

 上空にて待機する戦闘機型変形特殊車両──通称はまだつけてない──を見据えながら、ぽかんと口を開けているアデーレ、何故かうんざりした顔をしている唯一を尻目に、威風堂々と言い放った。

 

『合体、ドリル、パイルバンカー……そして変形は、永遠の男のロマンなのだよ』

 

 

 

 

 

 

 

第二三話「完全無能力」 終

 

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