(仮題)エルダー・テイルのソロプレイヤー   作:御代川辰

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嵐の中の電撃戦

 《フィジャイグ本島・ヘドの港》を出港してからおよそ二時間が過ぎた頃、もともと強風で波も荒かった天候は更に悪化した。青空には暗雲が立ち込めて雷雨に、波もより大きく高いものへと変化しており、船の甲板は水浸しになっている。

 

「進路を直進に(たも)て!第三マストの帆を全て閉じろ!」

「船首を西に修正!面舵真方位15度!」

「乗客の安全を最優先!絶対に甲板に出すな!」

 

 乗組員たちは一人として規律を乱すことなく操船作業を続けているが、船が荒波に揉まれる中【か・み】は船首に立ち、(けわ)しい表情で海を見つめていた。

 無数の波と波の間に何かがいる。それも一匹や二匹ではなく大小数十にも及んでいる。

 

「結構多いな……」

 

 姿は人に似ているがヒトの形ではない。手には武器を持っているが統一性はない。海棲型のモンスターである。

 か・みは海賊たちではとても太刀打ちできない相手と判断し、迷いも惑いもなく装備メニューを開く。

 

「お客様っ!?何をなさるおつもりですか!?」

 

 乗組員の一人が(おどろ)くのを尻目に、か・みが手に取ったのは一振りの偃月刀。その銘を“白驥(びゃっき)偃月刀(えんげつとう)”〘匈族之猟戈(きょうぞくのりょうか)〙。

 

「ようやくこの子の出番だね」

 

 か・みの身長を大きく上回る長大で真っ白な柄の先には、三日月にも半月にも似た形状の刃が鎮座している。そしてその刃の峰に施されているのは、モンゴル各地に点在する遊牧民族たちの間で語り継がれる美しい白馬の彫刻だ。

 その巨大な偃月刀の彫刻部分を緩やかに撫で(さす)りながら、か・みは(つや)を含んだ声で(ささや)く。

 

「ごめんね、一年も待たせちゃって」

 

 どしゃ降りの大雨に打たれる中、偃月刀の彫刻を柔らかい手のひらで(いつく)しむように撫でるか・みの様子を見ていた海賊が、改めて大声を張り上げる。

 

「甲板は危険です!今すぐに客室に戻って下さい!」

 

 もちろんその言葉に従うことはしない。か・みは偃月刀を後ろ手に構え、左足を後ろに下げ、その上で頭を低くする姿勢を取り、(きた)るべきモンスターの襲撃に備える。

 雨水に濡れた偃月刀の刃は、より一層輝きを増しているかのようにも見えた。

 

「来る」

 

 呟いた瞬間、船首の正面から何十匹もの【サファギン】が甲板目掛けて飛び込んで来た。各々が槍、双剣、野太刀などを手に持ち、ぎょろりとした虚ろな丸目は獲物を見定めるように開かれている。

 

「サファギンだ!サファギンが乗り込んで来たぞ!」

 

 か・みを船内に避難させようとしていた海賊は甲板に突然現れたモンスターに驚き、帆の調整をしようと綱を引っ張っていたもう一人の海賊の元へと走り寄って行く。

 他の船員たちもパニックにも近い状態で、統制を取るのは困難な状況に変貌している。

 

「作業を中止しろ!戦闘準備!」

「復唱!操船作業を一時中断!乗客を保護せよ!」

 

 嵐の混乱の最中(さなか)にモンスターの襲撃が重なり、甲板長が下した命令への対応にさえ遅れが生じる始末。士気も低く、武器も手元にない。このままでは船が沈められるのも時間の問題だ。

 しかしサファギンたちが今視線を注いでいるのは、ほぼ丸腰の海賊たちではない。他でもない、武器を構えて迎撃体勢をとっているか・みただ一人である。

 船員たちはモンスターの群れの中から脱出しようとしないか・みに向けて必死に呼び掛けた。

 

「お客様!おやめください!無謀です!」

「本船での戦闘行為は禁止しております!どうかこちらへ戻ってください!」

「早く船内へ!危険です!」

 

 か・みの耳には叫び声など聞こえない。不都合な雑音など届きもしない。折角生身で戦えるというのに邪魔をしてくれるな、モンスター駆除の専門家たる冒険者を見くびるな、と言いたそうに歯ぎしりをしながらサファギンたちの攻撃に備えている。

 そして、〘匈族之猟戈〙の相対効果によってか・みのHPは既に八割を切っている。急いでモンスターたちを倒さなければ、この船のみならず自分自身の命も危ない。

 ならば先手を打つのみ。限られた時間とMP、そして使える手数(わざ)の数を十全に考慮しながらの単独大規模戦闘(ソロレイドバトル)を。画面越しではない、生身で実行するだけ。

 

「〔クロス・ヘリックス〕」

 

 舞うような軽やかな体さばきで甲板を蹴る。飛び上がりざまに逆袈裟を描くように切り上げられた偃月刀の切っ先が、まず左正面のサファギン一匹の脇腹から胸元にかけて切り裂く。

 自身のHP量を大きく上回るダメージを受けたサファギンは、あっさりとポリゴンとなって四散した。

 

(なんだ、コマンドなんて使う必要ないじゃん)

 

 偃月刀の穂先が真上へと持ち上げられ、空中に浮遊する感覚がか・みの全身を支配する。だが臆することなくその感覚に従い、そのまま後ろへ振り向いて今度は左袈裟懸けに得物を振るう。

 

「ていっ!」

 

 一撃を食らった別のサファギンも、そのままポリゴンとなった。

 しかし倒したのはまだ二体、敵は百近く残っている。

 HPも七割を下回っており、いかにレベルとステータスに大差があると言っても絶体絶命の状況であることに変わりはない。だがか・みは、か・みのその顔には。

 

「後120秒で終わらせるから、安全運航よろしく!」

 

 童顔に良く似合う無邪気な笑みが浮かんでいた。




“白驥偃月刀”匈族之猟戈(びゃっきえんげつとう・きょうぞくのりょうか)
中国サーバー北部を占める《ゾリグトゥイ地方》(現実のモンゴル国)の大部分を構成する《モリ・オルドン草原》(現実のメネン大平原)でごく稀に発生するレアイベント〈匈奴族の酒宴〉を攻略することで選択できる報酬の一つ。
装備の効果
・攻撃力20%増
・バッドステータスの効果半減
・専用特技三つを職業を無視して使用可能
・HPが毎秒50減
・素早さ100固定
・回復特技無効

ゾリグトゥイ:зоригтой
モンゴル語で勇者の意。モンゴルの首都ウランバートル(Улаанбаатар=赤い英雄)に由来。

モリ・オルドン:мори ордон
モンゴル語、モリは馬、オルドンはテント、転じて宮殿の意。モンゴルの騎馬民族のイメージと、遊牧民の伝統的な住宅であるオルドンに由来。
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