(仮題)エルダー・テイルのソロプレイヤー   作:御代川辰

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注意書

今回の話は作品自体の趣旨からずれている上、作者の政治思想を満載に盛り込んでいます。
予めご了承ください。



航海
魘夢


01

 翌朝。とは言ってもまだ空が暗い時間帯。《ナゼ》の町にある宿、《木亭宿》に泊まる十八人のプレイヤーたちの一人であるあんまろん……否、広尾(ひろお)千比呂(ちひろ)は、滝のように汗を垂らしながら布団を蹴飛ばすほどに(うな)されていた。

 

((ぉがぁーさぁーん……))

 

 夢に見るのは幼き日、エチオピアでの記憶。()()()()()()()の成れの果てにすがり付き、泣きわめくことしかできない自分の姿。まだ物心が付いたばかりの彼女に()らん限りの罵声を浴びせ、母の亡骸(なきがら)から引き剥がす黒色の肌の男たちの姿。

 そして母の亡骸(なきがら)を踏みつけ、ナイフを突き刺す男たちと同じ肌色を持つ女たちの姿も、ありありと思い出され、そして今、見ている。

 

((《kikomunisti(アカの手先め),kufa(命で償え)!》))

 

 その残虐(ざんぎゃく)(きわ)まる行いは、およそ人ができることとは思えなかった。やめて、お母さんを殺さないで。心に思うことはできても、言葉に出すことはできない。

 踏み潰され、切り刻まれ、やがて肉片へと変貌していく母の姿に、当時少女であった千比呂(ちひろ)は生まれて初めての絶望を知った。

 

((おかあざぁあーん!))

 

 嗚咽交じりの声で母を呼べば、自分を地面に押さえつけている男たちから「うるさい」と頬を()たれた。

 涙ながらに暴力を止めるよう頼めば、「ふざけるな」と(ののし)られた。

 言葉も話も通じない、一方的な虐待が彼女を襲う。何故自分がこれ程までに(ひど)(むご)い目に遭わなければならないのか……そもそも、何故ただの子供である自分が見ず知らずの異国の地に居なければならないのか。

 

 

 

02

 

 悪夢に耐えかねたあんまろんが、荒い息使いとともにベッドから飛び起きる。カーテンで覆われた窓を見れば時間帯はまだ夜が明けた直後であり、ギルドメンバーを含めたプレイヤーたちは昨日の疲れがまだ残っているのか、暢気(のんき)表情(かお)でぐっすりと眠っている。

 彼ら彼女らの寝顔を見て安心しきったあんまろんは、緊張がほどけた(おも)持ちで長く、大きく息を吐いた。

 

「あははっ…………何で今さら、あの時のこと夢に見るんだろう…………」

 

 人伝(ひとづて)の話やこの世界に来る前に調べたネット情報を思い出してみれば、千比呂(ちひろ)の母は(まつりごと)に関わる人間だった。

 一口に政治家と言っても彼女の母は立法を司る国会議員であり、さらにその議員たちの中でも特に嫌われ者として煙たがられていた政党に所属していたのである。

 

「汗べったべた…………お風呂で流さなきゃ」

 

 ベッドを降りて風呂場に向かう間も、思い出すのは夢の内容と幼い日の記憶ばかり。その時は悲惨な経験をしたが、幸運にもその出来事があってから一週間と待たず、母の亡骸ともども助け出されたことも鮮明に覚えている。

 故郷である日本に向かう船に揺られながら母の知人から聞かされた話。そして直近の出来事で幼いながらに思い知った。母の所業、政党の目的、人間の醜悪な本性。

 

(…………中学にあがるまで何もかもが憎かったなぁ……)

 

 母は平和主義に基づいて世界平和を訴える活動家でもあったが、その平和を実現するにあたってまるで現実味(リアリティ)のない、それこそ子供でも「不可能」と理解できるような机上論ばかりを振りかざしていた。

 廊下を歩きながら母から聞かされた言葉の数々を思い出せば、(あき)れよりもまず(あざけ)りの言葉が連想される。「自分が他人に対し一切の干渉をせずとも、自分を攻撃の対象として襲って来る他人などいくらでもいる」の実例を体験した彼女にしてみれば、「例え話が通じない相手と相対(あいたい)しても、絶対に“対話だけ”で解決しよう」と抜かしていた母の思想が馬鹿馬鹿しい。

 

(ゲームなんてなおさら話が成立しないし……何で私こんなに暢気に構えてるんだろう……)

 

 気付けば脱衣場で一糸(まと)わぬ生まれたままの姿になり、風呂場へ繋がる横引きの扉を開けていた。静かな風呂場で(あたた)かい湯気が(ただよ)う中、千比呂(ちひろ)はなおも記憶を辿る。

 自分が帰国してからは大きな事件に巻き込まれることはなかったが、やはり世間からは思想的嫌悪感から冷ややかな目を向けられた。特にその頑固な思想が原因で自滅した母への非難は凄まじかったが、これは気にならなかった。

 だが同年代の子供には敬遠され、その子供の親たちからは事ある毎に愚痴を聞かされることが増え、そんなストレス満載としか言い様のない生活が中学生になるまで続き、限界に近付いた頃。

 

(ま、悩んでる暇なんてないよね)

 

 彼女はエルダー・テイルと出会った。湯桶に(たた)えた湯を浴びながら、初めてエルダー・テイルにログインした日の感動を思い出す。

 母の思想を否定してくれる、愚かな母が遺した呪縛を忘れさせてくれるものを手に入れた。

 

「お母さん、今私は暴力が肯定される世界にいるよ」

 

 ちょうど、太陽が水平線の果てから顔を出す。大災害を迎えて最初の朝が、《セルデシア》に訪れた瞬間だった。

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