突然だが、俺は人生の勝ち組だと思う。
役者志望で日々レッスンを重ねながら、時折映画やドラマなどに出てはいるものの出演料500円のエキストラばかりで、目立つ役で出たことなど一度もない上に、交通費が出演料を上回って赤字なんてこともよくある。常に金欠で節約の毎日だ。学校の演劇部の方ではいい役を貰ったりすることもあるが、部費もばかにならない。保護者である爺さんは「因縁に片をつけてくる」と家を飛び出したっきり返ってこず、毎月振り込まれる生活費で生存こそ確認出来ているものの、何処で何をしているのかは全く分からない。それでも、俺の心は常に幸福の絶頂を味わっていた。
絶頂であり続ける為に麻薬で荒稼ぎする必要もなければ、怪しげなオカルトアイテムで異能力者の部下を作る必要もない。勿論、自分の正体を隠し続けることも必要ない。どんな形であったとしても、愛する人が側に居れば良い。
出会った切欠は何処の小学校にもあるくだらないイジワルから彼女を庇ったことだったが、家が近かったことと、俺の保護者がずっと家を留守にしていたことから、今では家族ぐるみ(といっても、俺の方の家族は家に居ないので電話越しの近況報告でしか知らない)の付き合いしている子。
卑屈で引っ込み思案、持ち前のネガティブさが故に挙動不審で、自己主張が少ない。自己評価の低さもあってか、こちらに合わせて遊んでくれた。そんな心優しい、愛すべき幼馴染の少女が俺の心を照らす女神に他ならない。彼女が俺の近くに居てくれる限り、如何なる地獄も俺を絶望させることはないだろう。演じる必要もなく、魂の底から言える。俺は幼馴染の少女「後藤ひとり」を愛している。
小学生の頃には既に名前通りの独りぼっちで、何時も部屋の片隅で静かに気配を隠しているような子どもだったけど、小学校一年生の時、初めて会ったあの日から、ひとりとの時間は本当に心地がいい。ひとりが笑えばその愛らしさに俺の心も踊るし、ひとりが悲しめばその痛ましさに俺の心は刃物を突き立てられたように苦しくなる。とある恋愛映画の撮影(俺の役は通行人A)での撮影で、恋をしていることを知った日から、ひとりは俺にとって憧れの女性だ。
幼い頃から芝居が大好きで、物語に身を捧げるかのように役者を志して稽古に励んできた。その生き方に後悔は無いが、やはり他の子どもたちとは気が合わず、寂しい思いを抱いていたこともあった。そんな時、不器用で恐る恐るながらも、俺に合わせて一緒に遊んでくれるひとりの存在に心底救われた。
きっと、本人に言っても恐縮して認めはしないだろうが、後藤ひとりは間違いなく俺の「ヒーロー」だ。そんなヒーローが胸を張って自慢できるような男になって、いつか胸に秘めた愛を伝える日を夢に見ているのは俺だけの秘密だ。
お互い中学校に入って、妙なカースト制度が人間関係に追加されてからも俺の恋心が陰ることはなく、ひとりの卑屈さと自己評価の低さも変わらず、部屋の隅で時折クラスメイト達に羨望の眼差しを向けるひとりの隣を密かに確保し、ほくそ笑む毎日が続いていた。
とはいえ、俺もひとりが孤独な青春を送ることを良しとしている訳では無い。ひとりが他のヤツに取られることを想像すると、苦痛と恐怖で身体がゲームーバーになったロックマンの如く弾け飛ぶ。だが、真に優先されるべきはひとり幸せであり、そこに俺以外の他者が必要だというのなら非常に業腹ではあるが、ひとりの側に居ることを認めてやっても良い。だが、他のクラスメイトたちに引き合わせようにも本人に「む、むむむ無理、無理無理!」と必死に抵抗されてしまっては、ひとりを引きずってでも他者と引き合わせる強引さは俺には発揮できない。万が一、ひとりに嫌われたらと思うと魂が砕け散りそうになる。
それに毎回エキストラとはいえ贔屓にしてくれる監督さん曰く、友人とは数では無く質が大切らしいので、そこらの有象無象と引き合わせても仕方が無いだろう。
そんな良く考えてみればダメな方向に吹っ切れてしまったような気がしなくもない中学校時代、俺とひとりにとって忘れることが出来ない転機の年となるのだが、それはまだ“これから”の話だ。
―――中学1年生、入学してから暫くの時が経った、ある日のことだった。
「あ、あの、キョーくん?私、ギターの練習始めようと思うんだ。」
元来控えめで、自己主張が極端なまでに弱かったひとりの言葉に俺は硬直した。愛するひとりの幸せの為であれば、どんな地獄であろうと覚悟の上だった俺の心が凍りついたのは、ひとりが他に友だちを作って外の世界に羽ばたいていこうとしていることを何となく予感していたからだ。
「へ、へぇ~?ど、どうしてギター始めようと思ったの?」
「バ、バンドって陰キャで暗いひとっでえも輝けるんだって、それで凄いギタリストになって武道館でみんなにチヤホヤしてもら―――世界平和を歌おうと思うんだ。」
「そ、そうか」
音楽のことは良く分からないが、何やら高そうな弦楽器(多分、ギター)を手に持ち、本音を盛大にぶちまけてから慌てて高尚なことを言って誤魔化そうとしているひとりも最高に可愛い………じゃなくて、俺の予想通り広い世界へ羽ばたいていこうとしているひとりを俺は必死に祝福しようとしたのだが、その意思に反して身体は間の抜けた返事をすることしか出来ない。くっ、ひとりの目に映る俺は最高にカッコイイ男でなきゃいけないのに………っ!!
そんな俺の視線を見て何を勘違いしたのか、ひとりは現実から逃れようとソッポを向いて。そそくさと俺の隣に腰を下ろす。そう、俺のスグ隣にひとりがぁ・・・っ!!不味い!鼻から啓知の赤がぁ・・・っ!!ああ、クソ!耐えろ俺!耐えるんだ!たとえ、ひとりがどんなに良い匂いでもっ!!ひとりの肌がどんなにスベスベしていてもっ!!役者の俺なら平静を演じられる筈だっ!!
「そ、それでね、で、出来たら、キョーくんにも、そ、その、いいいいいい一緒に、バ、バ、ババババンドをやって、もらいたいんだけど………」
「勿論、ひとりの為なら全宇宙を音楽で跪かせてみせようっ!!」
昔から極稀に俺に何かお願いをしてくれる時にするのと同じように、服の裾を掴んで長い前髪の奥からこの次元で尤も美しい宝石であるその瞳で上目遣いをして見上げ、消え入りそうな微かな声で必死にお願いしてくれる。ああ、ひとりは何時も美しくて愛らしいけれど、この時のひとりのか弱い姿といったら、それはもうミロのヴィーナスが土下座するほどに愛らしい。好き。
これが計算ならそれはそれで可愛いが、ひとりは狙ってこういうことが出来るほど器用な女の子では無い。普段、物静かで自己主張を余りしてくれないひとりのお願いは、何時だって俺に効果抜群すぎるのだ。そうでなくても、好きな人の願いを無下には出来ない。
しかし、根性のコの字も知ることのないような生き方をしてきたか弱いひとりが、本当にギターなんて陽キャの友のような楽器を演奏できるのだろうか?途中で嫌になって新しいトラウマを作ってしまわなければいいのだが・・・・・・…と、この頃の俺はとても心配していた。
「それで、俺はバンドの中でどんなことをすればいい?詳しい相場は分からないが、押し入れにあるものを片っ端から売れば安い楽器の1つぐらい買えると思うから遠慮無く言ってくれ。」
「うん、そ、その、キョーくんにはボーカルをやって欲しいなって・・・・・・」
「歌は嫌いじゃ無いし、歌劇の方にも興味があるから俺は問題ない。でも、ひとりは俺がボーカルで良いのか?ひとりは声も綺麗だしボーカル出来ると思うが?」
「え、えへへへへへへへへ、そ、そんな風に言われるほどの声じゃないよぉー。でも、私がボーカル・・・・・・・・・・む、むむむむむむ無理、無理無理無理、無理無理りりりりりりりりりっり」
俺の褒め言葉に照れながらも、一度ボーカルをする自分を想像するとキツかったらしく、首をブンブンと激しく左右に振って、全身で拒絶するひとり。基準はよくわからないが、ギターは良くてもボーカルはダメなようだ。ひとりの中では大きな違いがあるのだろう。
「・・・・・・・うん、ボーカルがキョーくんで・・・・・・ギターが、私なの」
「それは光栄だ。ひとりのバンドのボーカル役、謹んで拝命させて貰おう。」
「い、一番目立つところだよ?」
「ああ、そして、ひとりの一番近くで戦えるところだ。」
「そ、そう!それで文化祭でライブして、みんなにチヤホヤ・・・・・・じゃなくて、武道館で「ラブ&ピィィィィィイース」を歌うんだよ」
ひとりの願いなら、俺は全力で叶えてやるだけだ。文化祭でチヤホヤも武道館でラブ&ピィィィィィイースも両方叶えてやる。その誓いが全ての始まりだった。
・・・・・・・俺の心配を他所に、ひとりは指を怪我するハプニングに見舞われながらも毎日6時間以上必死に練習を重ねてメキメキと演奏技術を高めていき、二ヶ月もするころには少々拙いながらも人気ロックバンドの曲を一曲弾いて聞かせてくれた。そんな姿を見て、ひとりが本当に本気で変わろうとしていることを一番近くで見て一抹の寂しさを感じたが、それ以上に惚れ直したし、俺も本気の本気でひとりに応えてあげたいと思った。
毎回エキストラながらも何かと贔屓してくれている監督さんに連絡を取り、事情を1から10まで説明して「音楽関係に強い人を紹介して欲しい」とお願いすると、流石にエキストラばかりの下積み中学生相手にそこまでは出来ないと断られたが、代わりに昔使っていたらしいベースという楽器とその教本を送ってくれた。あの監督さんには本当に頭が上がらない。
役者修業も疎かには出来ないが、バンドの方も本気のひとりに応えるために必死に毎日練習に励んだ。どうせ中学はエスカレーターで進級できるのだからと、授業中は授業を聞くフリをしながらコードレスイヤホンでロックを聴きながら教本に目を通す。ご飯は最短でかき込み、片目睡眠を活用して睡眠時間すら削り、起きている時間は全て芝居とロックにつぎ込んだ。全ては俺とひとり、2人分の夢のためだ。
そして、俺は初恋の女性のギターへの情熱とチヤホヤされたいという熟成され続けた執念とも呼べる願いに相応しい相棒となるべく、自らも恋慕という名の凶器を持って、「後藤ひとり」こと「ギターヒーロー」の物語へと飛び込んでゆくのだった。
キョーくんの行動原理は役者業5割ぼっちちゃん5割です。
推しの子要素どの位欲しい?
-
仄めかす程度
-
偶にゲストとしてキャラが出るくらい
-
1人くらいはレギュラーに欲しい
-
1回共演させるぐらいはしろ
-
ガッツリ作品に組み込め