崩壊の帝国   作:東海鯰

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復讐の炎

8月9日深夜 東京都 立川市 立川広域防災基地

 

「響君は防衛省で陣頭指揮にあたっている中、官房長官である僕はここでお留守番か。何か頼りにされてない感じがして嫌だな、そう思ってないか松葉?」

「水晶君・・・。」

 

東京都立川市に設けられた官邸の代替施設である立川広域防災基地。ここには若葉内閣の官房長官である松葉鳳氏、そして松葉の秘書であり、先の参院選ではギリギリで落選した比例区出馬の玉蟲水晶(みなき)氏がいた。それ以外の閣僚は各々省庁で待機するか、防衛省に出向いていた。

 

「ここにいることが僕の役目なんだ。不満なんてないよ。」

「なら良いけどな。けど、あの狂ったプーチンチンのことだぜ。この立川だって安全とは言い切れねえ。さっさとどこか地方都市に避難した方が良いんじゃねえのか?」

「水晶君、君は僕に逃げろというのかい?」

「そう怖い顔するなよ松葉。実はな。」

 

水晶はある一通の封筒を手渡した。

 

「これは?」

「昨日防衛省に呼び出されてな、そこで総理から渡されたんだ。」

「はあ?! 何で官房長官である僕は呼び出されないのにこんな落選したどうしようもない一般人は呼ばれるんだ!!」

「まあ、とにかく中に入ってる物を読んでくれよ。」

「ちっ、仕方ない。」

 

少々不機嫌になりながら松葉は封を切る。

 

「・・・・ひ、響君・・・そ、そこまでして君は!!」

 

響からの手紙を床に叩きつける松葉。

 

「ど、どうした松葉!!」

「うるさい!! 僕も防衛省に行く!! そして響君を連れて!!」

「それはならぬぞ!!」

「「!!」」

 

暴れる松葉の元に現れたのは副総理の菅義秀。

 

「これは総理からの命令だ。総理は我が国の未来の為に覚悟を決められている。我々に出来ることはその想いを汲み、その花を咲かせることだ!!」

「し、しかし!!」

「松葉君!! 君の想いはよく分かる!! だが、ここで我々が喧嘩しては総理の、響君の想いを踏みにじることになる!! 何故それが分からぬ!!」

「!!」

「君にとって彼は可愛い後輩であり、目に入れても痛くない存在だったのだろう。初出馬の時には彼の応援に積極的に入り、彼も君によく懐いた。そしてそんな彼に女房役の官房長官に任命され嬉しかったのだろう。故に別れたくないと。だが、その存在の頼みすら君は聞けないというのか!! この愚か者!!」

「・・・・う、うう・・・。」

 

大粒の涙を流す松葉。

 

「それに彼は一人ではない。常磐君は彼と運命を共にすると言っている。だが、松葉君。君にはこれからの日本を託したい。それが総理の願いなんだ。そして。」

 

菅副総理は小さな箱を手渡す。

 

「副総理、これは?」

「私には中身は分からない。伝令の自衛官に手渡されたのだ。」

「一体何が・・・。」

「松葉、中身を開けるのは後にしてくれ。もう間もなく我々は東京を、立川を脱出する。」

「既に我々以外の者は準備出来ている。陛下も軽井沢に脱出され、関係者や皇族関係の文化財も動かせるものは総理と防衛相の指示で搬出されている。後は我々が脱出するだけだ。」

「うう、響君・・・。」

 

泣きじゃくる松葉を引きずるようにして彼らは立川から脱出した。彼らを乗せたヘリが離陸し、護衛の戦闘機が横田や入間から離陸し仙台へ向かった。そして翌日の朝に松島基地に降り立った松葉官房長官は疲れと疲労から基地の仮眠施設で泥のように眠った。悲報が聞かされるその時まで。

 

 

東京都 市ヶ谷 防衛省

 

「それで、松葉さんは仙台に着いたんだね?」

「正確には松島だけどな。」

「まあ、誤差みたいなものだよ。仙台空港だって仙台市内にないじゃないか。それと、陛下は軽井沢に着かれたか?」

「ああ。上皇陛下と上皇后陛下は最後の最後まで離れることに反対されていたが、どうにかして説き伏せて避難して頂いた。」

「うむ。皇族の方々は我が国の柱。我々の代わりなどいくらでもいるが、陛下に代わりなどいない。避難が完了して安心したよ。さてシルバー。」

「・・・・なんだ響。」

 

響は執務室の押し入れから酒を取り出した。

 

「何時の間にいれてやがったんだお前・・・。」

「防衛相時代からかな? まだ大臣じゃなかった時にフランスを訪問しててね、その時買ったボージョレ・ヌーヴォーを寝かせておいたんだ。」

 

響は封を開け、コップに注ぎ始める。

 

「シルバー、僕らは我が国の発展の為の生贄になるだろう。国籍問わず多数の市民の命と共にね。」

「最後の晩餐、ってか?」

「そんなところだね。何か、僕の第六感が告げているんだ。僕らの命日は今日だってね。」

「ははは、お前の勘は外れた試しがねえからな。正確に決まってるな。」

 

彼らはワインを煽り、思い出話に花を咲かせた。そして省内でJアラートが鳴り響いた。

 

「・・・・まだ行けるよね?」

 

まだ残っている瓶を向ける響。

 

「・・・・勿論だ響。ありがたく頂くとするぜ。」

「ありがとうシルバー。僕は君と友になれて幸せだったよ。」

「そう言えば、琴音はどうしたんだ? 避難させたのか? どこにいるんだ?」

「彼女は僕の子を身籠っている。楽器ケースに入れて密かに姉さんと共に英国に行ってもらったよ。」

「ははは、まるでどこかの自動車メーカーのボスみたいだな。」

「それと姉さんには今イスラエルに行ってもらってるよ。」

「イスラエルか。米国に見捨てられた我々を見て一番危機感を持つ国だからな。何か思うことがお前にはあるんだろうな。まあ、答えを知ることは。」

「永遠にないんだけどね。」

 

その後、彼らの視界は真っ白になり、高温の炎に晒され、苦しむことなく一瞬で炭となった。

 

 

8月10日11時45分14秒。ロシアの原子力潜水艦が発射した核弾頭を搭載したミサイルが東京市ヶ谷の防衛省上空で爆発。一発は迎撃したものの、複数の弾頭で発射されたため、イージス艦は全て出払っていたことも重なり殆ど迎撃されることなく炸裂。東京都内は壊滅的被害を受け、神奈川、埼玉、千葉にもその影響は及んだ。結果、多数の市民が犠牲となり、更に各国の駐日大使も犠牲となった。その中にはロシアの大使も含まれており、祖国の核の炎で火葬されることになった。生き残った自衛隊や元在日米軍、そして英国を中心として日本派遣軍の生き残りは司令部を松島へ移動。

 

 

宮城県 東松島市 松島基地

 

「・・・・東京が核攻撃・・・響君が・・・消し炭に・・・。」

「松葉!! しっかりしろ!!」

「総理が亡くなった今、お前が最高司令官だ!! 我々の手には在日米軍が所有する核兵器がある。既に在日米軍からは指示があれば撃つと言っている!!」

「松葉! 決断を!!」

「・・・・決断、だね? 分かったよ。」

 

松葉は目から感情を消し、復讐の指示を出す。

 

「やられたらやり返す。倍返しだ。暗号を送れ。ツクバヤマハレ。繰り返すツクバヤマハレ、だ。」

 

その命令に基づき、沖縄周辺に展開していた元在日米軍の原子力潜水艦が二発の核ミサイルを発射。安定と信頼の米国製のミサイルは一切の狂いも迎撃も受けることなく飛翔。モスクワとサンクトペテルブルクに核が着弾。ロシアの最高指導者、ウラディミール・プーチンチン以下多数のロシア人やモスクワにいた各国の駐ロシア大使が犠牲となった。核による復讐の炎は世界を震撼させ、本格的な核戦争になるのではと危惧した。それと同時にそれを止められなかった米国に対する批判の声が巻き起こり、それに乗じて中国が日露両国に講和を斡旋。それぞれの指導者を失い、多数の国民が犠牲となった両国は戦争を終わらせるために、そしてそんな状況で中国に侵攻されては一たまりもない両国はこれを了承。中国東北部、旧満州で講和会議が開催されることになるのである。

 

(続く)

 


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