東京リバースギフテッド   作:とぅりりりり

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【1章】赤い(ハナ)と銃声と始まりの朝
朝を告げる(ベル)が鳴る


 

 

 

 

 午前7時。毎朝必ず鳴る甲高い音は俺を眠りから引き上げてくれる。

 

「っせー……」

 

 眠気を振り払いながら祖父からもらった目覚まし時計をがちゃがちゃがちゃと無造作に触れて止めにかかる。

 

 7時1分。

 

 ぼんやりとしたまま顔を洗いに行き、鏡の前にいる見慣れた自分がひどく眠そうに映る。

 

 なんてことない、高校生の朝の一幕。

 

 1つだけ普通の高校生らしくないと言えば、少しでかい家と、物置という名の離れがあること。

 カチコチと時計の音がやけに響く家。祖父の作品だとかなんかでやたらと古いものが家のあちこちに置かれており、どこか古臭い景色も見慣れたもの。

 

 その時計にふと目をやると違和感に気づき、時計と、自分のスマホを確認した。

 

 6時10分。

 

「あの目覚ましとうとうイカレたのかぁ……」

 

 目覚めがいいので愛用していた少し古い目覚まし時計。最近乱暴に叩いたからかガタがきていたようだ。

 家にいないときに意図せず目覚ましが鳴るとうるさいので時計そのものを止めておく。帰ったらまた使えるか試してみよう。

 

 一人しかいない広い家。時間に余裕があるからゆっくりと支度をしてから昨日炊いた白米の残りとおかずを温めてテレビをつける。

 

『ここ2週間で関東は魔物の出現が増加しており……』

 

 グラフとともに説明された内容が全然頭に入ってこないので別のチャンネルのニュースを見る。

 

『産まれてきた子が異能者だった。そんなとき、どう向き合うべきか。専門家に――』

 

 最近異能者関連のニュースが多いな、と思いながらそのままにして朝食を食べる。

 

 異能者。十数年前にその存在が公表され、今ではこの国の重要な存在としていい意味でも悪い意味でも目立つ存在。

 

 当然、自分には関係ないことだが。

 

 異能者に会ったこともなく、どこか遠い存在、芸能人くらいの遠い人のように思う。

 昔はああいう存在に憧れたものだが、異能者の立場を考えると普通に産まれてよかったと思う。

 

 テレビでは一般人の両親から異能者の子供が生まれた話について取り上げている。

 大変そうだな、と考えながら食べ終えた朝食に手を合わせて食器を片付けていると時刻は6時40分。

 さすがに今から学校に向かうのもなぁ、としばらくはスマホをいじったり、テレビを見て、いつもより気持ち早めに家を出た。

 

 時刻は7時30分。いってきます、と誰もいない家に言い残して、俺の特別ではない1日が始まろうとしていた。

 

 学校まで自転車で20分。普通にしていれば遅れることもないのだが、いつも通る道が封鎖されており、ちょっとした事件現場となっている。警察とは別にスーツやラフな格好の人も数人いるようだ。

 

「すいません、ここ通れないんですか?」

 

 現場でなにか指示していたスーツの人物に聞いてみると困ったような様子でこちらを向いた。

 

「ああ、ついさっきまで魔物が暴れていたらしいんだ」

 

 よく見ると奥の方に魔物と思われる死体が見える。ブルーシートで覆われてどこかに運ばれるようだが、破壊跡やらが残っていてこれは片付けの処理でしばらく封鎖されるようだ。

 

「遅延証明かい?」

「いえ、まだ余裕あるので大丈夫です」

「そうか。気をつけるんだよ。ところで君、魔物を倒した人物が不明なんだけど、怪しい人とか、怪我してる人は見なかったかい?」

「えっと、見てないです。今来たばかりなので……」

 スーツの人は俺の返答を聞いて困ったような様子で現場に戻っていく。

 こういう魔物とか異能者関連の仕事をしてる人、なんて言ったっけな。微妙に関心がないことを実感してしまう。

 時間に余裕はあるので遠回りして、普段は通らない道を行く。

 

 あまり見ない場所だ。わずかばかり新鮮な気持ちで見ていると路地裏の近く、ふと見てみればこんな時間だというのに大人数の影。

 

 

「だから……そういうんじゃないって」

「んなツレねぇこと言うなって。お小遣い欲しいんだろ?」

「しっつこいなぁ……」

 

 見知った人物がガラの悪そうな男たちに囲まれていた。

 

 荊儀(いばらぎ)結依(ゆい)。クラスが同じとはいえ、現在は深い関わりがあるわけではない。

 目を引く金髪と、つんけんした態度から不良疑惑がある彼女だが、周りは不良どころか完全にチンピラとかそういう類のものだ。

 このあたりは比較的マシだと記憶していたがチンピラとか半グレに近い存在はここ十数年で激増したと聞いたことがある。

 さすがに聞こえてくる感じからして困ってるようだし、見なかったことにはできない。

 

 ちらりと周囲を見渡す。人はそこまでいない。だからこそ、路地裏とはいえこんな時間に彼女を囲っているんだろう。

 

 息を吸い込み、自転車をベルを鳴らして近づいた。

 

「おーい、お待たせ!」

 

 俺が声をかけると男たちがいっせいにこちらを見てくる。威圧感にうっかり後ずさりそうになるが、声に気づいた荊儀と目が合う。

 

「……時葛(ときかつ)?」

 

 名前を覚えていてくれたのかと内心嬉しい気持ちはあるが今はそんな場合ではない。

「悪い悪い。待たせちゃって。さっき向こうで魔物が出たとかで警察とかが道封鎖しててさ。しかもなんか探してるみたいであちこちで話聞いてたからそれに付き合ってて」

 

 警察、と聞いて男たちは露骨に面倒そうな顔を見せる。

 その隙に荊儀の腕を掴んでその場から抜け出した。

 

 さすがに表の道に出れば追っては来ない。

 少しほっとして荊儀の方を見ると疑わしいものを見る目をしていた。

 

「……別に助けなくても大丈夫だったのに、何?」

「いや、大丈夫に見えなかったから。というか荊儀、俺の名前覚えてたんだね」

 

 正直、覚えていないと思っていたので驚いた。なにせ同じクラスにいてもお互い声をかけずにいたからきっと俺のことを忘れていると思っていたのだ。

 小学校の頃、一緒のクラスだったことがある。けど途中で彼女は転校してしまったのでそれきりで、小学校時代も特別親しかったわけでもないため声をかける機会を見失っていた。

 

「覚えてるに決まってるじゃん。時葛(ときかつ)綜真(そうま)。あってるでしょ?」

「同じクラスになったとき、なんにも反応なかったから覚えてないかって思ってたからびっくりしたよ」

「私はあんたが知り合いを助けにチンピラの群れに入ってくるヤツだったことにびっくりしたけど」

 

 荊儀だから助けに入る決断ができたのだが、まあそこは触れないでおこう。

 そのまま学校に行こうとして動きが止まる。というのも荊儀の腕を掴んだままで、荊儀がその場で止まったからだ。

 

「うん?」

 

「いや、なんで手ぇ放さないの」

 

「あ、ごめん」

 

 つい勢いで掴んだままだった。

 荊儀はスンッと無表情になったかと思うと学校とは反対方向に向かう。

 

「どこ行くんだよ。こっちだろ?」

「別にいいでしょ、私がどうしようと」

 

 いやサボりじゃん、とか。

 またチンピラみたいなのに目をつけられたらどうするんだよ、とか。

 

 色々思うことはあったのだが荊儀を引き止める言葉がとっさに出てこなかった。

 足早に学校とは反対の方へと去っていく荊儀の背中をしばらく見ながら、諦めて自分一人で学校へと向かった。

 

 

――――――――――

 

 

「なー、綜真。今日の放課後ちょっと遊びに行こうぜ」

「うん? いいけど」

 

 クラスメイトであり、そこそこ親しい友人の一人が昼休みに遊びに誘ってきた。

 

「時葛くんも誘うのー?」

「おう。こいつ放っておくとすぐ家帰っちまうし」

「あんまり小遣いがないからだよ」

 バイトをする気は今の所ない。そのため金のかかる遊びは控えていたのだがたまにはいいだろう。

 

 ふと、荊儀の席を見た。当然欠席で姿はない。普段の彼女を思い出して、朝のできごとが夢だったような気がしてきた。

 

 荊儀はこのクラスどころか他のクラスでも誰かと仲良くしているのを見たことがない。成績は詳しくは知らないが赤点を取っている様子はなかった。良くも悪くも浮いてはいるが害もない存在。

 が、彼女の一番の特徴はその容姿。

 整っているのは別として、顔立ちからして外国の血が入っていることが察せられる。

 そんな彼女だがその一見華やかな見た目に反して暗い、無口といったマイナスイメージがついており、次第に話しかけるクラスメイトも減りつつある。

 

 ――かわいいんだけどなぁ。

 

 面食いである自覚はある。小学校時代も、一際目立つ容姿の荊儀のことが気になって声をかけたのを覚えている。その頃は今みたいではなく、明るく社交的だった。

 数年の間に彼女の印象は大きく変わってしまったのに、それでも彼女のことが気になってしまう。

 

 荊儀は学校をサボってなにをしているんだろう。

 無理にでも引き止めるべきだったのでは、なんて思いつつそんな親しくもない俺が引き止めたところでどうにもならないか。

 

 そんな物思いに耽りながらもあっという間に放課後となり、とりあえず友人たちとゲーセンにでも行こうという話になる。

 

「そういや最近異能者になれる方法があるって噂聞いたか?」

「最近オンスタで見かけたけどヤバい薬とかでしょ、あれ」

「何の話?」

 異能者になりたいというわけではないが知らない話なので興味はある。どうやらあまりいい話ではないようだが。

「時葛くん知らないんだ。ほら、最近東京でちょっと流行ってる異能に覚醒できるってやつ」

「……それ完全に麻薬とかそういうのじゃ?」

「そそ。あーあ、急に異能に目覚めないかなー」

 ミーハーな女子は危機感が薄いのか呑気にそんなことを言う。

 麻薬で覚醒できるんだとすればその薬はとてつもない発明な気がするが……。

 

 そんな雑談をしていると路地裏から飛び出してきた人影に友人の一人がぶつかり、皆足を止めた。

 

「だいじょ――」

 

「クソッ! なんなんだあいつは!!」

 

 それは朝に荊儀に絡んでいたチンピラの一人だった。

 俺たちを気にも留めていないようにわめいたかと思えば俺たちの方を見て喜悦の色を浮かべる。

 

「はあ、はあ……あいつさえ足止めできりゃ……!」

 

 そう吐き捨てると同時にガスマスクのようなものをつけたかと思えば何か叩きつけてくる。

 危機感を抱く前にそれは一瞬で広がる。白い煙がぶわりと俺たちの方に向かって広がり、むせているとあっという間にかき消えた。

 

「なんだ……?」

 

 煙たいとは思ったが異臭、というより少し甘い匂いがしただけで異変はない。

 が、俺が男が投げつけたものを見ようとすると友人の一人が聞いたこともないような絶叫を響かせる。

 驚いてそちらを振り向けばよだれを垂らしながら顔を抑え、その場に膝をついたかと思うと皮膚が裂けておぞましい『なにか』に変質していく。

 

 それは一人ではなかった。

 

 

 俺以外の全員、煙に巻き込まれた皆が、人のものとは思えない声をあげて異形の姿に変貌した。

 

「な、なんで……」

 

 魔物と呼ばれるそれはテレビなどの写真や映像記録でしか目にしたことがない。しかしそれらが本能的に魔物という分類の存在であることを理解してしまう。

 どうしたらいい? そう思う前に本能は逃げろと叫ぶが体は言う事を聞かなかった。

 さっきまで普通に話をしていたはずの友人たちだった。

 何も悪いことをしていない。ただ偶然何かに巻き込まれただけで――

 

「時葛!」

 

 俺を呼ぶ声にハッとしてすぐ近くに迫る魔物の大爪に反応が遅れた。

 だがそれが俺を引き裂く前に止まる。

 

「ぼーっとしないで! さっさと逃げなさいよ!」

 

「荊儀……?」

 

 荊儀の近くにはロープのようなものがあり、それで魔物の動きを止めているようだ。

 そして、そのロープはなにもないところから現れる。

 

「何ちんたらしてるの! 死ぬわよ!」

 

「で、でも! あいつらクラスの……!」

 

 それで理解したのか荊儀は顔色を悪くし、苦々しい顔で言う。

 

「ああなっちゃったら無理よ。私はどうしようもできない」

 

 荊儀が駆け寄ってきて腕をつかむ。場違いにも朝とは逆だと考えながら、この場所から離れようとすると、魔物の”一人”に何か強い衝撃がぶつかった。

 

「あらら~? ハピタリ産がいち、にー、さんしー……ちょっときっついかな~?」

 

 知らない第三者の登場に気を取られるが荊儀が気にせず逃げようと手を引く。

 ちらりと見えた人物は俺らと変わらないくらいの歳頃の少女に見えた。

 

「今のは!?」

 

「気にしちゃ駄目! あんた普通の人なんだから知らない方がいい!」

 

「普通のって――」

 

 その瞬間に気づいた。さっきのロープといい、魔物に驚いた様子がなかったり……それはまるで、というよりまさに。

 

「異能者……なのか?」

 

 その問いに返って来る言葉はなかった。だが、そんな話もしていられないようで、先程の魔物が一人追いかけてきている。

 

「ついてきてる!」

「わかってる! さすがに異能者一人じゃ複数体抑えられないと思ってたし!」

 

 荊儀はまたロープを出現させて魔物の動きを封じようとする。

 しかし、魔物は縫うように拘束を避けてこちらに迫ってくる。

 

「はやっ――」

 

 その時、世界がゆっくり動いているように感じた。

 ほんの一瞬、荊儀の悲痛な顔と、変わり果てた友人が理性を失った怪物として襲い来る様子と、傾いた夕日。荊儀の放ったロープがすべて、ゆっくりと落下していく。

 

 轟音とともにひび割れたアスファルトに背中がぶつかる。

 煙い視界が晴れる前に、ぬるりと生暖かいものを感じた。

 

「荊儀……?」

 

 荊儀は俺に覆いかぶさるようにしていた。荊儀の悲しそうな顔が、俺を見下ろしている。

 

「やっぱり……私ってやくびょーがみなの、かな……」

 

 懺悔するように、掠れた声は荊儀は呟いて、血の混じった呼吸とともに自嘲するように笑った。

 

「い、荊儀! しっかりしろ!」

 

「ごめん……巻き込んで……」

 

 血とともに絞り出された声を最期に、荊儀は力が抜けたように、俺の上で崩れ落ちる。

 体温、いや、それが自分の腹に染み込んできたことで否が応でも『手遅れ』を理解させられる。

 確かめるように触れた手には赤黒いそれが、べったりと付着しており、現実離れした状況と、荊儀が息をしていない直視し難い事実が首を締め上げるように訴えてくる。

 

 俺のせいだ。

 俺のせいだ俺のせいだ俺が――

 

 俺が何もできなかったから。

 

 迫る魔物の凶刃を待つかのように呆然としていると、あっさりとえぐられた俺の胴は真っ赤な花を咲かせ――終わりを告げる鐘が鳴る。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 午前7時。毎朝必ず鳴る"それ"は、俺を覚醒させる。

 

 

「あれ?」

 

 

 イカれたはずの時計を押しのけ、スマホの時間を確認する。

 

 6時1分。

 

 時間のズレた目覚ましで起きたあの時と同じ。

 

 俺の長い長い1日が、再び始まっていた。

 

 

 

 

 

 

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