東京リバースギフテッド   作:とぅりりりり

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薫の1章から3章くらいの視点の話


錫の兵隊の過酷なお仕事日記

 

 

 薬袋薫は異能者の家系に生まれた長男である。

 それなりに裕福な生まれ。薬品や……毒を扱う一族。父は療術の達人で、異能も3つ持つ突出した才能の持ち主だった。

 母も別の異能家系の出身で、政略結婚と思われていたが……とても仲がよかった。

 

『薫』

 

 優しい母の声。白檀の香りがかすかにするのをよく覚えている。

 

『あなたは私とお父さんの宝物よ』

 

 そんな母は二番目の弟を産んですぐに亡くなってしまった。

 そして15年前、第二次侵蝕災害で父を失った。

 

 ずっとずっと、魔物とあの災害が嫌いだった。

 僕から全てを奪っていく異界の存在が、反吐が出るほど嫌いだった。

 そして、自分も大嫌いだった。

 

 優秀な父の後継者として期待された僕の異能は、お世辞にも優れているとは言えず、霊術の適正もイマイチ。父のように療術に長けているわけでもなく、母のように結界術が得意でもない。霊術だって両親の要素を一つも継いでいない。

 本当に二人の子供かと疑われるほどに、落ちこぼれ。

 

 それでも両親は愛してくれた。大切にしてくれた。だから僕も二人のことが大好きだったし、母が死んでしまった後、母の代わりに弟をに愛情を向けてやるべきだと思った。

 

 

 が、何事もうまくいくばかりではないということなんだろう。

 

 父さんが侵蝕災害の行方不明となってから、祖父による厳しい訓練と躾。僕は後継者から外された。

 

 実家に居づらくて、学園にいたときが一番楽しかったかもしれない。あの頃は、純粋に青春を謳歌していたと言える。

 

 そんな学園生活の終わり間際、また大切な人を失った。

 

 何もできず、ただ目と腕も食われた僕は、死んだように現実と向き合うことから逃げた。

 ただでさえ落ちこぼれだというのに、と祖父が吐き捨て心配すらされなかったとき、ここに自分の居場所はないのだと就職と同時に実家を離れた。

 

 それが今の職場、サウザンドカンパニーこと千夜機関。

 義手と義眼もここの技術で賄えたのは幸運だったし、防人衆に務める以外選択肢がない実家にいた頃よりずっと有意義な生活を送れていた。

 

 忽滑谷響介が裏切ったあの時までは、そう思っていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「はぁ?」

 

 自分のデスクにて通話相手の発言が理解できず半ば聞き返すようにイヤホンを押さえる。

 

『なに、薬袋室長の手を煩わせるのはあまりに気が引けるけども、相手が相手だ』

 

「ああ……ossの一派が囲っているんでしたっけ。吉田とかいう……」

 

 帳簿を確認しながら離れた場所で作業をしているアバターも動かし、どこかぼんやり話をする。自分のでかい図体が邪魔くさくてちょうどいい姿勢を取ろうと何度か体勢を変えた。

 

 ――荊儀結依の抹殺。

 

 現状、保護している相手が厄介だとかで一時は諦める方針になったのを覚えている。

 正直、そこのメンバーに覚えのある名前があるので触りたくないな……と思っているのだが、それはどこも同じようだ。

 

『そうだ。完全に保護されている状況では困難を極めるだろうが、調査の結果、対象は第二江東市から離れた場所にある高校に通っているようだ』

 

「へぇ~」

 

 正直自分もこれ以上関わりたくないし、余計な感情を持ち込みそうでやる気が出ない。相手の幹部はそんな僕の考えを見通してか、強引に話を進めてくる。

 

『以前よりチャンスが増えている。できるだけ急ぎで仕留めてくれないか?』

「他の室長に頼んだらいかがです? というか僕は戦闘するようなタイプではないことはご存知では?」

『もちろん。だが君以外も似たようなものだろう。武闘派はそもそもこういう仕事を引き受けてくれないからな』

「ハア……」

 

 めんどくせェな、とは口にしないが早く切り上げたい気持ちが高まる。

 

『報酬はこれでどうかな?』

 

 提示された報酬はなかなかのもの。最近は新商品の売上も奮わないし、少し悩む。

 殺しをすることへの抵抗はとっくにないが、それでも引き金を引くのは自分だ。安易に決めることではない。

 

『長期的に見れば、始末しておくのが世のためだと、君も理解しているだろう?』

 

「……はあ……わかりました。受けましょう。ただし、暗殺となると完全に裏の仕事だ。報酬は上乗せしてもらう」

 

『そういうちゃっかりしたところは職員時代と変わらないね、君……』

 

 かったるい案件の話をまとめて、薫は通話を終えるといつ動くかと思案する。

 明日にでも下見するか……と考えていると再び通話がかかってくる。なぜか(・・・)相手は不明。こんなことをする相手はアレくらいだろうと思いながら薫は通話に応じる。

 

『もっし~? 薫、今空いているカナ?』

「空いてない。じゃあなクソジジイ」

 

 切った。

 

 3秒もしないうちに再びかかってきた。

 無視してもいいが重要な案件だとさすがにまずいと思い、渋々通話に応じた。

 

「なんだよ」

『君、最近前にも増してワタシの扱いが悪くなってはいないかな……?』

「元々こんなもんだろ。それで、なんだ?」

 

 真面目に相手するつもりがないのか、砕けた口調で返すと、老いた声の主は通話越しに笑う。

 

『いやぁ、なに、ちょっと明日急ぎで対応して欲しい案件があってネ』

「明日? ついに耄碌したか? 予定は早めに入れろとあれほど言っただろうが」

『厳しすぎィ! まったく、誰のおかげでそのポジションにつけたと思っているんだい?』

「僕の頑張り」

『……ま、それでもいいけどネ』

 

 数秒の間を置いてから、真面目な声で話し始める。

 

『ハッピータリスマン。聞き覚え、あるよネ?』

 

 相手の出した単語にピタリと動きを止める。無意識に分身も動きが止まっていたかもしれないがすぐに持ち直す。

 

「……響介のやつが水琴(みこと)のデータごと持ち逃げしたアレだろ。ossあたりで麻薬と同じように出回っているって」

『そそ。それの取り引きが明日、とある湾岸倉庫にて行われるようでねぇ……』

 

 ハッピータリスマンを用いたテロ。渋谷のスクランブル交差点にてばらまいたそれで異能者覚醒と魔物化を促す最悪の腐った行い。

 聞きながら気分が悪くなってきて薫は電話口だというのに舌打ちが出てしまう。防人衆に通報しようにもハッピータリスマンの最初の出処について追求されたら終わりだ。

 

「薫。取り引き阻止とその場にいる全員の抹殺。別に生かして連れてくる自信があればそれでもいいヨ? ただ、どうせたいした情報は得られないだろうネ。それどころか下っ端に仕込まれたもので本部への妨害でもされちゃたまらないモン」

 

「どいつもこいつも僕に黒い仕事を押し付けすぎじゃないか? 以前ならともかく、僕は今じゃ管理職同然だろ?」

 

『だがねぇ、君ほど便利な駒もなかなかいないのだよ。それに、そういう仕事を引き受けてきたからそれだけの金銭的余裕と、その地位を得たようなものだろう?』

 

「まったく……それで、明日? 僕の貴重な時間まで使ってクソどもの掃除とはね……。響介は?」

 

 さすがにアレを相手にするのはきつい。対策を固めておけばできなくもないが、雑魚とはいえ他に仲間でもいたら一人じゃ勝ち目は薄いだろう。

 お互い能力も手札も把握している以上、相手の知らない手札を使おうにも、向こうは魔眼で見抜かれる。

 

『アレは恐らく出張ってこないと思うヨ。だいたい、それなら君に任せないし』

「そんなに断られたいのか?」

『ああメンゴメンゴ! ともかく、よほどのトラブルがなければ君が適任だろう。ハピタリの扱いもわかるだろうし、何より、君の分身でも相手できる程度だ』

 

 なら僕以外でもいけるだろ、とは思いつつ、稼ぐチャンスだと前向きに考えて……結局引き受けることにした。

 

「はぁ……前金と成功報酬別な。前金は明日の朝までに入れとけ。そしたらやってやる」

『かわいげがないねェ~。いいだろう。ただし、しっかりやるように』

 

 ようやく通話を切って息を吐く。一時期より仕事は落ち着いたと思ったらこれだ。

 

「さて……」

 

 知り合いの妹を殺す。

 そこの迷いはないし、憎しみもない。

 ただ、ぶち殺したいほど憎んでいる響介ではなく、何も知らない流譜の妹を殺すというのは、どうも理不尽であると感じてしまった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

【1周目】

 

 

「あーあ……本当に流譜にそっくりなことで」

 

 学校にも行かず、フラフラと何かを探している結依を見つけ、その様子を観察する。

 兄とそっくりな顔なので一発でわかった。何かを調べているのかコソコソと侵入しているようだ。

 

 どうしようか。まだ取り引きまで時間はあるし、さっさと今殺しておくか。

 

 そう思ったものの、結依がなにやらちょうど自分がこの後向かう予定の取り引き現場の存在を知ったようで、頬杖をつく。

 

「こうなってくると……まとめて相手したほうがいいか」

 

 見たところ、流譜の半分も異能を使いこなせていない。ド素人もいいところだ。

 策を弄するほどの脅威ではない。

 

 その時まで待つか。今殺したら回収やら後始末でどうしてもバタバタするし。

 

 

 

 そう、思ったのが間違いだったのか。

 

 

 取り引き現場を潰したのはいいが、結依に逃げられた挙げ句、リーダーまで逃げられた。

 

「あ~っ……鈍りすぎた……って、やば、ハピタリ持っていったなあいつ」

 

 後始末は今じゃない。先にリーダーを片付けなければと追いかけたらハピタリの煙が見える。

 

「あらら~? ハピタリ産がいち、にー、さんしー……ちょっときっついかな~?」

 

 ハピタリの効果で魔物化した存在は通常の魔物と比べて弱い。正確には魔物化したばかりは力の振るい方がわかっていないのか、かなり雑だ。

 面倒ではあるが普通の魔物よりはマシ。倒せない相手ではない。

 

 致命的なテロには至らなかったがこの数は犠牲になったということ。この魔物を放置すれば更に犠牲者が増える。

 

「やっぱ横着はよくないってところか」

 

 自分の失策を自嘲し――

 

 

 

 

 ――世界は巻き戻る――。

 

 

――――――――――

 

 

【11回目】

 

 

 

「バッカ野郎……」

 

 遅延に次ぐ遅延行動。このままダラダラやっていたら防人衆かossにバレたら厄介だ。

 なぜか結依だけ一人逃げたので知らないガキを相手にしているがこいつ殺しちゃダメか? 面倒になってきた。いやでも……目標じゃないしな……。

 仕方ないから本体を移動させ、アバターと本体の同時操作。負担は大きいがこんなチンタラやってられない。さっさと片付けて息を吐く。

 なんでこんな遅延行動されたのかわからないが、妹のほうを殺すことができたし、仕事は完了。

 さすがに、死体をそのままにするわけにもいかない。

 恐らく、持ち帰って解剖するのがベスト。

 

 嫌な気配がする。自分より強い異能者の気配。

 さっさと逃げてしまおう。

 

 

 

 

 ――世界は巻き戻る――。

 

 

――――――――――

 

 

 

【12回目(夢子遭遇回)】

 

 

 知らねぇガキがいる上に状況を引っ掻き回されている!!

 

 そんなデカい霊力の使い方して防人衆あたりにバレたらどうしてくれるんだ。

 そう、思いながら相手にしていると――

 

 

「まあまあまあ、随分と楽しそうなことをしているではありませんか」

 

 

 どこか楽しげに、歌うような声で現れたそれは姿を確認した瞬間、サッと血の気が引いた。

 

「私も混ぜてくださる?」

 

 知っている。いや、知らないわけがない。

 

「制服に……赤い……傘!?」

 

 その特徴は東京の異能者の間ではよく知られている。ふらっと現れては魔物やossなどをぶちのめしていつの間にか去っていく、防人衆には近いがほとんど天災のような女。妖怪なんて呼ばれているがそんなかわいいものではない。

 

 京都の狂犬、鈴木一族の秘蔵っ子。

 

 やばい。

 嘘だろおい。

 あの鈴木夢子だとしたらヤバすぎる。

 

 どうする? ハピタリ持って逃げるか? でもあの2人、僕がチンピラたちを殺したところ見てたよな。

 まずいまずいまずい。なんで今こいつが出てくるんだよふざけんな。

 

 自分が優位を取れるのは学生レベルの異能者や、異能者ではないものか、戦闘に特化していない異能者。

 

 この女はそのどれでもない、学生のくせに一線級の戦闘特化。勝ち目が見えない。

 

「あなた、千夜機関の方ですね?」

 

 一発で正体を見抜かれ、本体が冷や汗をかく。なんでヤンキーよりも喧嘩っ早いのにそういうところは敏いんだこいつ!

 

「……だったらわかるじゃん。僕とお前は今争う必要もないでしょ。ここは穏便に――」

 

「いえ、確かに私は千夜機関に恨みとか因縁とかは特にありませんし、戦う理由もないですが……別に戦わない理由もないので」

 

 そんな理不尽なことある?

 

「というか、私、戦いたいだけなので運が悪かったと思って諦めてください」

「理性ある現代人の発言とは思えねェんだよ……!」

 

 完全に不運、というよりも事故がやってきたレベルの暴威に晒され、アバターが完膚なきまでに叩き潰された。

 

 

――――――――――

 

 

 

「だあああああっ!」

 

 幻痛ともいうべきか、アバターが盛大に破壊されたせいで本体にまでありもしない痛みに襲われる。

 しばらくのたうち回っているとなんとか痛みはなくなったので、恐らく一時的なものだ。アバター、というより憑依対象が大きなダメージを負うと本体にも影響が出る。大したことない損傷であればほとんど問題はないのだが、今回は盛大に壊されたせいでかなり大きな痛みに苦しんだ。

 

「は、ハピタリ回収できて、ない……」

 

「おししょー? 何かありました?」

 

 のたうち回っていたせいで大きな音を立てたことを不審に思ったのか、部下、というよりは預かっているまだ幼い内弟子がノックもなしに部屋に首を突っ込んでくる。

 

「なーんかすごい音しましたけど?」

 

「あ、ああ……そ、そうだ! 星河(せいが)!」

 

 ハピタリが回収できないとなると流石にまずい。

 取り逃がしがあったら大失態というレベルではない。

 

「しばらく出かけるから僕宛てになにか連絡きたら変わりに受けておいてくれ!」

 

「あり? アバターじゃなくてご本人がですかー? まあいいですけどお気をつけてー」

 

 呑気に手を振った内弟子を置いて全速力で先程までアバターがいた場所へ向かう。

 

 何も、なくなっていた。

 

 

 ――終わった。

 

 

 

 ハピタリ回収失敗!

 荊儀結依の始末失敗!

 目の前にあるのは盛大に壊れた自分のアバターの残骸。

 

「あぁ~……修理どころかイチから作り直し……出費……ぐぇ……」

 

 吐きそうになってきた。

 このあとの報告で失敗したことを告げないといけないことも含めて、久しぶりに大きなストレスを感じつつ泣く泣くアバターを回収したのであった。

 

 

――――――――――

 

 次の日――。

 

「はい……あの……申し訳ありません……」

 

 荊儀結依の抹殺を依頼してきた上層部に平謝りしながら通話の前で項垂れていると、予想に反して相手は呑気な声を出す。

 

『いやぁ、いいよいいよ。実はちょうど荊儀結依の抹殺についてストップがかかってね』

 

「……は?」

 

『殺したならそのときはそのときだが、一部研究室から研究サンプルにしたいという要望があってだな』

 

 もっと! 意思疎通してから! 発注しろ!

 理由や間の悪さはともかく、幸いにも責められることはなかった。 

 いや……釈然としねェ……。

 

 とは言ってもやたら責め立てられるよりはマシか……と思い、もう一件の仕事について馴染みのジジイに連絡する。

 

『ハイハ~イ。報告かネ?』

 

「失敗したが何か?」

 

『失敗した人間の態度じゃないよネ』

 

 こいつにへりくだりたくない。

 昨日の状況を説明し、頭の痛いハピタリの行方やらについてを話すと、ジジイはおちょくるような声で言った。

 

『まあ取り引き妨害はしてたみたいだしぃ、3分の1は払ってあげようかネェ……アバターの方も大変そうだし』

 

 立場としては感謝の言葉を向けるべきなのだが、このジジイに礼を言うのが癪に障るせいで五秒ほどの間ができる。

 

「はぁ……」

 

『態度が悪いヨ~』

 

 だってお前カスなんだもん。

 

「というわけだからしばらく修理に時間がかかるから、新しい仕事持ってくるなよジジイ」

 

『仕事なんて無限に湧いてくるものさ。君が望もうとも望まぬとも。つまり――さっそくで悪いのだが別け』

 

 切った。

 かけ直してきたが着拒した。

 一応メールで『仕事の持ち込み禁止』とだけ送っておいた。

 

 

――――――――――

 

 

 完全に破壊されたときはどうなることかと思ったが、なんとか今まで通り動かせるだけの修復が完了し、せっかくなので追加装備も仕込んでおいた。満足。

 

「なんとか直ってよかったよかった。これで前みたいに仕事も回せるし」

 

「アバターなくても修理と仕事の両立やってましたけどね、おししょー」

 

「仕事中は室長って呼べ。……ん?」

 

 久しぶりに見知った人物から連絡がきて何かと思いながら確認すると、食料品と資料をもってこいとのことだった。

 いつかやるとは思っていた。体が弱い癖にすぐに飯を抜いたり徹夜したりするから……。

 

 仕方ないなと思いながら、要求された資料をまとめつつ、食料品は明日道すがら買っていってやるかと予定を立てる。念の為領収書も切っておかないとな。

 ……ん?

 なんかよく見たらお使いは一日だけで済まないらしい。なんだこいつ。部下呼べばいいのになんで、わざわざ僕に……。

 気になることは多々あったが、あいつが本社から離れてあの研究施設に籠もっていることに思うことがあり、面倒とは思いながらも要求を聞き入れた。

 

 

 久しぶりに来た研究所に少し眉をしかめる。よくも悪くも、ここで集まった人間の思い出が浮かんできてしまうせいだ。

 が、そんな感傷に浸ってもしょうがないのでさっさと無茶振りしてきた人物の元へと真っ直ぐ向かう。

 伊藤晴美。女を捨ててるような覇気のない目と合う。

 

「急に連絡してきたかと思えば……」

 

「んー、ご苦労さん」

 

 何の作業をしていたのかは画面を見てもピンとこない。

 最近本社に顔を出していないからなにか隠れてやっているんだろうか。

 

「ったく、人使い荒すぎる。僕だってこれでも忙しい方なんだが」

「いいじゃん。そっちはアバター派遣できるんだからさ」

 

 便利そうに見えても制約が多くて結構大変なんだよ……。しかもついさっきまで修理してたし。

 

「やっと修理が終わったばかりだってので見計らったかのようなタイミングで雑用押し付けやがって……」

 

「明日もよろしく」

 

「はぁ~!? だいたい、資料とか備品はともかく、なんで食品の買い足しまで僕にやらせてるんだよ。そろそろ金取るぞ」

 

 というかなぜいきなりこんなことを?と疑問を口にする前に、晴美が後ろに視線を向ける。

 

「あ? なんだ時葛。どうした」

 

 他に誰かいたと思わず、咄嗟にカオちゃんモードに切り替える。あくまで可愛い美少女で通っているのに、このアバター姿で素を晒すのは本意じゃない。

 

「やだー! 他に人いたなら言ってよ~! こんにちは~、かわいいかわいいカオちゃんですっ。気軽にカオちゃんって――」

 

 猫被った縁起をしようとして、向き合った相手を見て気づく。

 

「あぁ゛!?」

「うっっっっわ」

 

 あのときのガキじゃねェか!!

 

 

 

 

 予想外の再会に内心怒りを抱えたものの、今は敵対する理由がない。

 結局、晴美から謎の頼みでガキ……時葛の稽古をすることになったがなぜかこいつムカつくんだよな。

 なんでこんなにムカつくのだろうか。

 ぼんやりと考えて、自己解決する。

 

 ああ、そうか。こいつが恵まれているからか。

 

 汎用性が高い異能。学園にも通っていないようだがそれでも晴美とかいう師がいる環境。それなのにぐだぐだ甘えた弱さでも許されている。

 

 ムカつくなぁ……。

 

 ムカつくと同時に、昔の自分を思い出して、複雑になってしまう。

 強くなりたいのは伝わってくる。だからこそ、なかなか前に進めない自分にイライラする。

 過去の自分を見ているようで、複雑だった。

 

 だからだろうか。

 子供から頼られる大人が一人でも多くあるべきだと、過去の自分の代わりにこの生意気な時葛(ガキ)の負担を減らしてやろうと、柄にもなく思ってしまった。

 

 

――――――――――

 

 

「あー……?」

 

 体が重い。あの時どうなったのかあまり覚えていないが、生きているようだし、作戦はうまくいったんだろう。

 

 

「……ん?」

 

 左腕だけやけに重い。義手の接続が切れているわけではなさそうだが……。

 上体を起こして、ようやく違和感に気づく。

 

「………………………………?」

 

 胸がある。いつの間にアバターに憑依した?

 いや、そもそもアバターはここまで胸を大きく設計していない。大きすぎると服の幅が狭いし。

 ありえないとは思うが、今の状況がわけが分からないせいで生身の右腕で確認のために胸に触れてみる。

 

 ……自分が触っている感覚がしっかりある。幻覚でもないなら自分にくっついている脂肪ということだ。

 

 飛び起きて鏡を探すと洗面所があった。

 

「あああああああああああああああああああああ!?」

 

 自分の顔じゃない。いや、面影はある。見覚えのある眼帯がそのままだ。念のため眼帯を外して見るが瞼の上の傷も義眼もそのまま。

 タンクトップ姿だったため義手の接続部分もはっきりわかる。これは、自分だ。

 

 自分が女になっている。

 

 アバターじゃなくてなぜか本体が女になっている。

 

「なんでだよおおおおおおおおおお!!」

 

 ずり落ちそうになる下着を掴む。間違いなく自分のものだ。じゃあやっぱり、あのあと何かが起こって女になってしまった?

 

 とすれば誰が原因だ。

 時葛はありえるかもしれないがあんな無知なガキがこんなことできるとは考えにくい。

 敵という線も考えたがそれなら晴美がなにかしているはず。

 というか怪我が完全に治って放置されている時点で晴美しかありえない!

 

「晴美!!」

 

 気配がする部屋に飛び込む。ビクッとした時葛と目が合うが今はそっちはどうでもいい。

 晴美はとても無感情な目で僕……の胸を見ていた。

 

「なんだこれ! なんだよこれ! 晴美! 説明を! しろ! 今、すぐ!」

 

「っせーな……あたしへの当てつけか? バカみてぇな乳しやがって」

 

「好きでそうなったわけじゃない! ていうか重い!」

 

 晴美の眉がぴくっと動く。そんなナリで気にしてるのかよ!

 何も言わない晴美の横で、困惑したような時葛が僕を指さして呟く。

 

「……え? 誰……いや……うん……?」

「見てわかるだろうが!」

 

 性別は反転(リバース)したが特徴的な部分が残りすぎていて見知った人間なら察しがついてしまいそうなレベルだ。いや本当にそれが一番不満だよ! なんでせめて原型がわからないほどの美少女にしてくれなかった!

 

「薫さん……ですか?」

「そうだよ!」

 

 時葛からの視線が若干引き気味なのが気に食わねェ。僕のせいじゃねェ!!

 

「リバースギフテッドはそれまでの傷や状態を治す副作用がある。んで、石化した魔物の欠片を取っておいただろ? あれを薫の治療に使った」

 

 ……あ、流譜のアレと同じ……ってことはこれ重呪詛(じゅうじゅそ)……?

 戻る方法不明なやつじゃねェか!! バカ!!

 

「まあ本来はいちかばちかだけど、時葛からの情報があったしな。あれがなきゃさすがに魔物の肉片で任意の呪いを狙うなんてしねぇよ」

 

 ははーん、よくわからんが時葛のせいってことか? いやまあもう時葛はどうでもいい! どうせ治すなら腕と目も治してくれ! リバースギフテッドなら治るんじゃないのか。

 

「ならなんで腕や目は再生してないんだよ!?」

 

「そりゃお前の腕と目はアレ関係の呪いもあるから重複するんだろ。そもそもお前、義手義眼が長いこと当たり前だからそれが正常として再生されたんじゃね。数年分状態が戻るわけでもないしな」

 

「うがぁぁぁああああっ」

 

 何もかもが不満しかない。腕と目は据え置きで美少女じゃなくてただ自分の性別が女になっただけ。

 せめて見た目がふわふわの美少女になっていれば……!

 

「ま、まあ……なんかこう……女になりたがってたし……いいんじゃ……ない……すか?」

 

 なんか中途半端に慰めるような時葛に我慢の限界が訪れる。ぶち殺してやろうか。

 

「女になりたいわけじゃない! 美少女になりたいんだよ!」

 

「なんの違いがあるの、そこに」

 

 わかんねぇかなぁ! 女の不便さとか微妙さはいらねぇの! とにかく見た目が可愛くてチヤホヤされる美少女になりたいだけで女になりたいわけでもない。今の体はアラサーの胸だけデカい眼帯義手女だぞ。何がいいんだよこれ!

 

「これは! 美少女じゃなくて! 女! あと僕は自分の体が女になりたいわけじゃない!」

 

「めんどくせぇなぁ!」

 

 時葛と僕の間には埋められない溝があるなと確信した瞬間だった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 アバターがまた壊れていた……。

 もう勘弁してくれ。まだ金はあるけどこうも連続して壊れ続けて利益が出ないと減る一方なんだって。

 特許がなかったらどうなっていたか。前回よりぐちゃぐちゃになっていないだけマシかもしれない。前回も今回も服は完全にダメにされたが……。

 

 それなのに、第二江東市で取り引き先の一つが事件に巻き込まれている気配がして、もういっぱいいっぱいってどころではない。

 不本意ではあるが、晴美からの命令でまた時葛と少し行動をともにする必要がある。

 

 

 成り行きとはいえ、こうも関わりが続くと……嫌な予感がする。

 毎回毎回そうだ。自分を理解しろ僕。

 そうやって何度内側に入れた相手に絆されて、傷ついたか。

 

 一番大切な人はもういない。

 尊敬する父も、優しい母も失って、あの子だって――。

 

 ずっと遺され続けた人生だ。

 頼むから、これ以上僕が、奇妙な縁で関わることとなったこいつに情を抱くことなどないように嘆息した。

 

 

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