東京リバースギフテッド   作:とぅりりりり

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だいたい本編の4年くらい前の識文。
読まなくても多分大丈夫


その表情を、覚えている

 

 全部ぶっ壊しちゃおうかな。

 

 そう思ったときには周囲に立っている人間はいなかった。

 それを全員血溜まりで倒れているのを、一人見下ろしていたのは、自分。

 

 

――――――――――

 

 

 

 防人衆の本庁にある留置場で頭の後ろで手を組みながらぼんやりと考える。

 やっぱり自分は死ぬべきなんじゃないか?

 

 うん、死んだほうがいい。

 

 無表情でそう考えていると、足音とともに聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「識文!」

 

 焦ったように駆け寄ってきたその人を見て、さすがに罪悪感が湧き出てくる。

 

「伯父さん……」

「識文、大丈夫かい?」

「あー……自分は平気、です」

「――何があった?」

 

 自分と、監視担当の防人に問う声は低く、感情を抑えるようなもの。

 自分に怒っているわけではないのはわかった。だけど、監視担当者は伯父の声に怯えたように息を呑む。

 

「あの……彼が他の防人を瀕死の重体に追い込んだとのことで……」

「だから犯罪者扱いだと? この子の能力については本庁も把握しているはずだが」

 

 監視担当者が哀れに思えるほど困っている。そりゃ、事件の担当ではないんだからあんな詰められてもわからないことのほうが多いからどうしようもない。

 

「そちらの息子さんが暴走したことで6人もの防人が重傷に陥ったのですから」

「そもそも、なぜ暴走するようなことになったかは把握しているのか?」

「いえ、被害者の一部は目を覚ましましたが黙秘していまして。まだ意識が戻っていない者もいますし、彼の言い分も聞こうとしていたのですが――」

 

「どうでもいいです」

 

 こんなところで自分が何を言ったところで、この異能は変わらない。

 

「理由がなんであれ、自分が能力のせいで防人を傷つけたのは事実ですから」

 

 伯父さんは悲しそうな顔をして、もう大人だというのに俺の頭を撫でる。

 

 その後、伯父さんの働きかけによってか、解放され、伯父さんの車で家に帰ることになった。

 しばらく謹慎、という形らしい。

 

「……すみません、伯父さん」

「気にしなくていいよ。それに、識文が理由もなくあんなことをしたとは思えないしね」

「……すみません」

 

 伯父はいい人だ。眩しいくらいに善良で、きっとこの人の子になれたことは自分にとって1、2を争うくらい幸運なことだと思う。

 だからこそ、自分という存在が嫌いだ。

 生まれつきの異能(呪い)が、嫌いだ。

 

『こいつ怪我したら能力発動するんすよ』

『へぇ。怪我ってどんなもん?』

『怪我の度合いによって能力の強さも変わるらしいっすよ』

 

『じゃあどんな風になるか試してみようぜ』

 

 

 途中から記憶が曖昧になっているが、最初はこんなきっかけだったと思う。

 自分のことが気に入らない同期と先輩。

 

 最初は多分、腕を切られて、ほとんど気合いで暴走を堪えた。

 霊術で押さえつけられて、抵抗しなくなったのは、なんでだっけかな。

 

 ああ、そうそう。思い出した。

 

 姉さんが有名人だから、姉さんに嫉妬しても本人に何もできないから俺に当たっているだけ。姉さんに矛先が向くくらいなら別にいいやと、さっさと飽きるのを待っていたんだ。

 

『にしても姉とは全然似てないな。つまんね』

『先輩、あんなちんちくりん好みなんすか?』

『バッカ、お前。ちんちくりんだろうとあれと結婚したら勝ち組だぜ?』

『俺は無理っすね。あんな化け物』

 

 自分を傷つけられたことよりも、姉さんの話題で血が沸騰するような怒りに呑まれる。

 

 

『姉さんを……お前らが語るな』

 

 

 そう呟いて、有り余る力で全員半殺しにしたことを思い出して、頭を抱えて俯く。

 

 姉を馬鹿にされてブチギレて我慢してた最後の一線を超えましたなんて。

 

 言えるわけがない。異能のせいで精神的におかしくなっていたとはいえ、あんな発言を姉さんや伯父さん伯母さんに聞かれたら死にたくなる。

 いや、もう既にだいぶ死にたい。

 

 知ったら3人とも優しくしてくれるだろうし、なんだったらあいつらに罰を与えようとするだろう。正義感が強い、高潔な人たちだ。

 

 自分だけ、そうじゃない。

 自分だけが違う。

 

 死にたい。

 死にたい死にたい死にたい。

 自分を苛む”鬼”が嗤う。

 

 この身が傷ついたり、死んだとき、いったい何が起こるかなんてわかっている。

 死ぬことも選べないんじゃ、本当にお荷物でしかない。

 

 だから、家族から離れることを決意した。

 このまま防人衆を続けていても、俺は姉さんや伯父さん伯母さんの迷惑でしかない。

 きっと心配されるんだろうな。

 怒るだろうけどそれ以上に自分を心配して悲しむだろうな。

 

 だから離れたい。一緒にいたらその優しさで死にたくなるから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 家出してすぐにチンピラに絡まれたのは許容範囲でした。もっとひどい場所があるとはいえ、ここもスラムですし。

 

 予想外だったのは和泉と偶然遭遇したこと。そして、この場所で自分よりも幼い少年が一人で魔物狩りをしていたこと。

 少年の怪我を見抜いた和泉に便乗してしばらくの寝泊まり場所を確保したのは運が良かったかもしれない。

 

 まあ、ほとんど面倒は和泉が見ていましたけど。

 

「カップ麺かコンビニ弁当ばっか買ってきてさぁ……」

「仕方ないんですよ。このへん、コンビニくらいしかまだ把握してないので」

 

 土地勘がないから遠くまで行けていない。遠くまで行ってみようと思ったが、とりあえず食べられればいいやと近場で済ませてしまいがちなのだ。

 

 和泉はいつの間にか「僕がちゃんとしないとろくな生活できない……」と言い出してから家庭教師のバイトを始めたようです。

 このスラム街でもそんな仕事、あるんだなぁと少し感心しました。いや、こんな環境だからこそ、勉強や霊術の教師の需要があるのかもしれませんね。この地域だと家庭教師とか来てくれないでしょうし。

 

「別に食えりゃ何でもいいと思うけどな」

 

 コンビニ弁当を無感情で食べながらたっきーはバイトに行く和泉を見送ります。

 

 たっきーは思っていたより普通の子供だった。

 善悪の判断がついていて、物分りも悪くない。むしろ賢いまである。

 だけどこの環境で育ったからなのか、時々当たり前のように普通の生活とかけ離れた非常識を口にする。

 

「今までどうやって生活してたんですか?」

「まあ、面倒見てくれるとこ転々と。最近は相手してくれるねーちゃんもいなくてさ」

「あの~、それって家族とかじゃないよね?」

「うん。風呂屋とかキャバのねーちゃん」

 

 さすが現代のスラム。嬢以外にも余裕がある店主から食べ物をもらったりすることもあるようだが、随分と他人に寄りかかった生活だ。自分も大した料理はできないから人のことを言えたものではないが、若いうちから体によくなさそうだ。

 

「家族は? 親か兄弟とかは?」

「あー、父親みたいなのは殺した。母親は知らない。兄弟、みたいなもんはよそに飛ばした」

「わあ」

 

 なんか当たり前のように殺したとか言われてびっくりしてしまう。

 そのときの様子が無感情だったから、どういう理由や流れがあってそうなったのかはわからないが……。

 あと兄弟を飛ばしたってどういうことだろう。

 

「たっきーは兄弟が嫌いですか?」

「んー……」

 

 弁当の揚げ物の下に敷いてあるパスタを食べずに残して、たっきーは少し考えるような態度を取ったかと思うと弁当のパッケージをゴミに捨てた。

 

「どうでもいい」

 

 吐き捨てるように言うその横顔はただただ無感情で、自分のように恵まれた家族関係ではなかったのだろうと察する。

 

「大事なもん以外、どうだっていい。血が繋がってるわけでもねーし。まあ、血が繋がってるやつとか知らないからそれもどーでもいいか」

 

「大事なもの、ですか」

 

 いったいなんだろうか。たった一人で生きている彼の大事だと思うもの。

 

「それも俺が自分で壊して捨てたけどな」

 

 自嘲するたっきーを観察して思う。

 

 自分とは違う。

 俺は家族のことは好きだし、大事だから元気でいてほしいと思う。

 それと同時に、立派な義父母の子供にならなければよかったとも思ってしまう。

 

 自分という存在が足枷で、不純物で、いつか厄災となる。

 

 いい人たちだから、自分のことを見捨てなかったことも、理解している。だからこそ、俺はこんな醜い怪物としてここにいる。

 愛があるから、俺は人間と怪物、どちらにもなれない。

 

「識文の家族は?」

「自分ですか? 自分は実の両親はもういなくてですね」

 

 侵蝕災害をきっかけに、両親は死んだ。まあそこまで実の両親に思い入れとかないのでそこはどうでもいい(・・・・・・)のですが。

 

「伯父さんちに引き取られたんですけど、姉さん……従姉(いとこ)がいて、一応四人家族ですね」

「ふーん」

 

 伯父さんも伯母さんも、自分に優しくて実の息子のように大事にしてくれました。

 姉さんも本当の弟のように接してくれて。

 

「恵まれているなぁとは思うんですけど、生きづらくてここまで逃げてきたんです」

 

 誰にも話せなかったことを、なぜか口にしてしまって思わず口を覆う。

 しかし、彼は穏やかな表情を浮かべていた。

 

「別にいいんじゃね? 逃げたいことなんていくらでもあるだろ」

 

 初めて、逃げることを肯定してくれた。

 向き合えと、諦めるなと、逃げるなと無責任に言う人たちはきっと『正しい』人だと思う。

 でも、誰もがヒーローではいられない。

 辛くて苦しくて、逃げたくても押し付けられる正しさと善性で息が詰まる。

 だから、そういうこともある、と言われて救われたような気持ちになった。

 

『異能のせいにするな。軟弱だから呑まれるお前が悪い』

『もう少し、自分の異能と向き合うべきなんじゃない?』

『逃げても何も変わらないよ?』

 

 正論のつもりのナイフを振りかざす人たちも。

 

『識文は優しい子だから、きっと大丈夫だ。私達もついている』

『今は辛いかもしれないけど、きっとよくなるわ』

 

 優しいからこそ、醜い俺が自分を嫌いになる伯父さんと伯母さんも。

 

『識文』

 

 眩しくて、手を伸ばさずにはいられない姉さんも。

 

『俺がなんとかしてやる。だからお前も諦めるな(・・・・・・・)

 

 みんなみんな、一度だって逃げることを肯定してはくれなかった。

 自分たちは立ち向かえるだけの心の強さがあるから。

 みんな、俺のように呪われた異能ではないから。

 

 

 だからだろうか。

 たっきーに逃げること、肯定されただけなのに、年甲斐もなく涙が出た。

 そのせいかたっきーも驚いたように目を丸くして慌てだす。

 

「えっ!? 今俺変なこと言った?」

 

「いえ……」

 

 泣き出した自分を見て、戸惑うたっきーの姿がなんだか随分と幼く見えて思わず笑ってしまう。

 

 ああ、殺されるなら彼でもいいな(・・・・・・・・・・・・)

 

「ありがとうございます。俺、たっきーのこと好きかもしれません」

 

「え、なに、急に……キモ……」

 

 ドン引きしているたっきーですが、それでも俺から目を離さずにちゃんと向き合ってくれている。

 

「一つ、お願いがあるんです」

 

 あの魔物との戦いを見てから思っていたことがある。

 今でも十分、たっきーは強い。でも、自分や和泉が霊術や技術を教えたら、上位防人に並ぶ強さを得るだろう。

 それだけの才が、このゴミ山の少年にはある。

 

「いつか俺が怪物になったとき、殺してください。俺が俺でいるうちに」

 

 姉さんや伯父さんにはこんなこと頼めない。頼んでも「そんなことにさせない」と耳障りのいいことしか言ってくれないだろうから。

 

 俺の首は嫌いなやつなんかに渡したくない。

 できるなら、俺が好きな人の糧や功績となってほしい。嫌いなやつが俺の首で評価を得てほしくない。

 だから、殺されるなら好きな人がいい。

 

 たっきーは俺の願いを聞いて、数秒考えた後に口を開く。

 

 

「――いいよ。その代わり、俺も一つ頼みがあるんだよね」

 

 

 ”頼み”を口にしたたっきーの表情をよく覚えている。きっとこんな顔(・・・・)、本人も無自覚なんだろう。

 

 

「どう?」

「……うん、わかった。約束ですよ」

 

 交わされた約束は利害というより、相手に全てを押し付けるようなものだとわかっている。

 それでも、俺たちはそんな相手を探していたんだと、この灰色の世界で確信を得た。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「なんかさ~」

 

 共同生活を始めて数カ月経った頃、たっきーはすっかり警戒心の解けた家猫みたいにゴロゴロしている。

 そして、和泉が洗濯物を干しているところに急に大きな声をあげた。

 

「最近ここいらで魔物出ないけど、その分ossの数も増えて揉め事増えたっぽいんだよね」

 

 自分も作業の手を止めてたっきーの話を聞くことにした。

 

「別に、カスどもはどうでもいいけどさ」

 

 カスども、とは第二江東市を縄張りとする異能者や反社会的勢力。だいたいがそれぞれ縄張りを持っていて、それを侵すと一触即発となる。

 

「一応、そうじゃないやつらもいるじゃん?」

「ああ、そうですね」

 

 元々は江東区の一部だったこともあって、災害前から住んでいたり、孤児や行き場がない貧困層も一定数存在する。隠れ異能者が多いから目立たないが、和泉の家庭教師の相手もそういった教育をまともに受けていないような子供がそこそこいるらしい。

 

「しょうがねぇからさぁ、俺がバランサーやるしかねぇなって」

 

 元々たっきーは養父が第二江東市でかなり重要な立場にいたらしく、その養父がいなくなってからossたちの統率が乱れて、更に混沌としたようです。

 だから、その代わりを務めようということなんでしょう。

 

「できるの?」

 

 和泉が洗濯カゴを持ちながらたっきーに問う。できるのか、というのは「君にできるのか」という意味ではなく「バランサーなんて役割がこの場所に意味があるのか」というものだろう。

 確かに、実質一人、しかもまだ子供がそんなこと可能だろうか。

 

「やるんだよ。なぁ、二人とも」

 

 ――確かに、一人でないなら可能かもしれない。

 

 和泉は少し考えているが、俺の答えは決まっていた。

 

「自分ができるのは主に暴力ですけど、それでいいなら構わないよ」

 

「はぁ……放っておく方が面倒そうだし仕方ないな……」

 

 和泉も渋々ですが受け入れたようです。

 この先もここでやっていくならいい環境にしたいでしょうしね。

 

「んじゃ、そうだな……。クソ親父のときの名前そのまま使って吉田組……だっせぇな……」

「というかそれ完全にヤ……」

「まあまあ、わかりやすさ重視ってことで」

 

 

 その後、少数精鋭の若者の集まりとして吉田組は第二江東市では有名になりました。

 このスラムの中立として。

 

 




そろそろ本編に戻るのだ
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