東京リバースギフテッド   作:とぅりりりり

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影の助けと変化の代償(しったい)

 

 結依と鈴檎が脱出のために何か抜け穴はないかと鉄の部屋を探っていると外から声がして大人しくしていたフリをする。

 そして、誰かが突き飛ばされるように部屋に投げ入れられた。

 チンピラは鈴檎の異能がよほどトラウマになったのか近寄る気もなくそのまま去っていく。

 

「いったぁ……。ひどい仕打ちやわぁ。って、先客がおったんやね」

 

 突き飛ばされて顔は見えないがのんびりした声の男に鈴檎は戸惑いながら声をかけた。

 

「あの、大丈夫ですか……?」

「大丈夫に見えるならおめでたくて羨ましいわぁ」

 

 そう言って空調ファンのついた上着についた汚れを払いながら佇まいを直して二人を見る。緑髪の男は眠たげな目をしており、どこか怪しさがあった。

 鈴檎はともかく、結依は明らかに警戒した様子で鈴檎を庇うように前に出る。が、男はそれを見て眠たげな目を笑みのように緩める。

 

「いややわぁ。そない警戒せんでもええやん?」

 

 両手を頭上にあげて何もしないというアピールとともに、伸びた影が不自然に揺れる。

 

「見ての通り、僕はかわいそうにもチンピラに捕まってしもうただけのお兄さんや」

 

 そう嘯きながら手を伸ばして扉と繋がった影が揺れ動く。

 ガチャッという鍵が開く音がして、ゆっくりと重い扉が外へ繋がる道を示す。

 どうやって、と聞く前に扉の向こうには自立する”影”がいた。

 

「異能封じの拘束具つけられたら終わっとったわぁ。ほな、出よか」

 

 当たり前のようにすたすたと部屋の外へと出る男は蠢く影を自分の影へとしまって手招く。

 結依は戸惑っていた。敵ではないとは思うが、味方だと断言できるほどの要素もない。ここでついていくのは正解なのだろうか。もっと話を聞いた方がいいんじゃないか、と考えているうちに焦れったそうに男は言った。

 

「なんや。王子様に助けてもらうの待っとるだけなん? ええ身分やなぁ」

 

 一瞬、意図がわからず首を傾げそうになって、その意味を理解する。

 ――煽られている。

 

「なっ……いきなり来てなにも説明なしじゃ警戒するに決まってるでしょ! 誰? どこの所属?」

 

「せやねぇ。僕のことはみーくんとでも呼んでもろてくれればええよ」

 

 そうぼやきながら気配を感じ取ったように首を動かして急かしてくる。

 

「で、話は後の方がええんちゃう?」

 

 逃げるチャンスをここで捨てるわけにはいかないと、結依は思い直して鈴檎と手を繋ぐ。

 鈴檎はこの中で一番か弱く、異能も制御があまりできていない。霊術もろくに活用できない。

 自分がしっかりしないと。そう言い聞かせて部屋から出る。

 部屋から出た瞬間、体が軽くなったように感じて異能を使ってみれば使えるようになっていた。

 鈴檎やみーくんと名乗る男と自分の違いはなんだろう? その疑問の答えが出る前に足音が近づいてきて男に腕を掴まれる。

 

「ほいじゃあ、さっさと逃げよか。自分の身くらい自分で守るんやで」

 

 足音とは反対の方。非常口のような場所を飛び出せば錆だらけの鉄でできた階段があり、外に出たかと思えば異様に密集した建物に囲まれていることに気づく。

 

「縄出し」

「えっ」

 

 なぜか結依の異能を把握したように男が言うと、鈴檎を脇に抱えて結依ごと引っ張って飛び降りる。

 

「ちょ、っとおおおおおおおおおお!?」

「きゃああああああああああああ!?」

「はよ出せや」

 

 半分パニックになりながら縄を出すと男がその縄を掴んで向かいの建物の鉄骨へと向け何かで固定したかと思うとそのまま向かいの建物へと飛び移る。

 着地の際に3人分の重みで足場がミシッと嫌な音を立てる。急いで男が向かいの建物の中へと走ると、抱えられた鈴檎が目を回しており、男は困ったようにぼやいた。

 

「なんや気ぃちっさい子やね。置いていったろかな」

「ダメダメダメ! 鈴檎! しっかり!」

 

 もう逃げなくても大丈夫なのではないかと後ろをちらりと見る。

 ガッツリ追いかけてきている。今鈴檎を置いてはいけない。かといって結依が抱えられるかというとそんな余裕もないので男に頼るしかなかった。

 また他の建物に飛び移るために縄を要求される。下を見れば水路のようなものが見えた。本当にここがどうなっているのかまったくわからず、結依は内心国外に連れ去られたのかとさえ思ってしまったほどだ。

 

 が、飛び移ろうとした時に異変を感じた。

 繋げた先が劣化していて3人分の体重に――敗北した。

 手すりが壊れる音とともに浮遊感でヒュッと変な声が出そうになる結依は男を見る。男は悟ったようにへらっと笑って鈴檎を抱え直している。

 

「あ、アカン。落ちるで」

「嘘でしょ──」

 

 水に落ちる音が響いて周囲に飛沫をあげ、3人の姿を見失ったチンピラたちは顔面蒼白となっていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 水路に落ちた後、少し流れ着いた先で陸にあがり、ずぶ濡れの3人は重い足取りで歩いていた。

 

「とりあえずは追手を撒けたことやし堪忍してなぁ」

「怒るに怒れない~……」

 

 まだ水を吸って重い服を絞りながらコンクリートの地下を進む。結依はまだマシだが、問題は鈴檎だった。

 

「へっくち!」

 

 濡れて肌寒いようで、さすがにこのまま歩くと悪目立ちしそうということもあってか、男は人の気配がない一つの場所を見つけて自分の影を動かす。

 

「……異能?」

「せやで。説明必要?」

 

 自在に動く影を見て、察しはつくものの味方かもよくわからない相手の能力を思い込みで決めつけたくないなと結依が考えていると、男は影で解錠した扉を開けながら言った。

 

「『影使い』って言うんやけどなぁ。まあまあ便利やで?」

 

 影を自在に操り、扉の隙間から内鍵を開けたのを示して見せると中へ入るのを示す。

 いくつもの部屋や施設が無理やり寄せ集められたようなこの場所。鍵のかかった部屋はつい最近使っていたような形跡がある。

 

「おお、シャワー生きとるな」

 

 クローゼットや化粧台のようなものが立ち並び、ソファやガラス張りの机は使い込まれている。

 机にの灰皿には煙草の吸殻も山積みになっているようで、何をするところなのか結依も鈴檎もピンとこなかった。

 

「上着乾かしたほうがええよ」

 

 そう言って結依の上着をよこすように催促する男に結依は少しためらうように濡れた上着の裾を掴む。

 

「その上着、大事なん?」

「……お兄ちゃんのお古だから」

 

 それは結依が兄からもらったスタジャン。

 ――これくらいしか、お兄ちゃんのものが残っていないから。

 人に預けるのに躊躇いがあるのか、結依は迷った末にそれを男に渡す。男はスタジャンを丁寧にハンガーにかけながら言った。

 

「ほな、シャワー入った方がええやろ。着替えになりそうなのもあったで」

 

 男にぽいぽい投げつけられたものを受け取って、本当にそんなことしてていいのだろうか、という不安は完全に拭えない中、鈴檎とシャワー室に向かう。

 冷えた体に温かいシャワーが染みる。ゆっくりとする余裕はないが、それでも気分は少しよくなるようだった。

 薄い壁越しにシャワーを浴びながら、鈴檎が呟く。

 

「役立たずでごめんなさい……」

「気にしなくていいよ。私も、たいして役に立ってるってわけでもないし」

 

 結局あの男がいなければ二人揃ってあそこから逃げられていなかったのだからと鈴檎を励ます。鈴檎はやっぱり気にしているようで黙ってしまった。

 

「これからのことを考えよ? 結局、あの人がなんの目的で私達を助けてくれたのかもわからないし」

「親切な方なんじゃ……?」

「そんな都合のいいことあるかな……」

 

 鈴檎はみーくんと名乗ったあの怪しい男をあまり疑ってはいないようだ。

 結依は疑いというより目的がわからず、所属もわからない相手を信用して後で大変なことになったら困ると考えているようで、正直らしくないことを自覚していた。

 

 シャワーを終えて、受け取った着替えを見て、結依はぎょっとする。

 

「ちょ……なにこれ!?」

 

 鈴檎は首を傾げながら自分の着替えを見る。よくわかっていないような様子で着替えている鈴檎を思わず止めようとする結依だったが他に着替えるものもない。

 

 どうしよう……。

 

 1分悩み抜いて、体が冷える前に”それ”を着た。

 

 二人揃って着替えを終えて男ことみーくんと合流すると、みーくんが苦笑しながら二人の姿を見る。

 

 そう、メイド服とチャイナ服。

 

 全体的に生地も安っぽく、チャイナ服のほうはやけにテカテカしてる。メイド服もミニスカートで首周りの露出度が高めだ。

 結依がチャイナ服で、鈴檎がメイド服。何も知らない人が見ればいかがわしい光景だと勘違いするだろう。

 

「堪忍なぁ。着替え、これくらいしかなかったんよ」

「え、えぇ……」

 

 文句を言いたいが正直他の着替え候補を見るともっと薄いものや露出度が大変なものしかなくて押し黙る。

 みーくんの着替えスーツのようなものが一着あったようで、それを結依や鈴檎が着るにはサイズが合わないため仕方ない。みーくんが着れるものが他にないため、足手まといである二人がそれを欲しいと言えるわけもなかった。

 

「ほな、僕もシャワーもらいますわ」

 

 半裸でシャワーへと向かうみーくんの背を見ながら結依はしばらく自分の格好を姿見で確認しながらなんとも言えない気持ちになっていた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 薫さんと椛とともに砦郷町たどり着き、前回とは違う場所から中へと入る。そこはどことなくピンクな雰囲気というか……まあ、要するに風俗店的なものが目立つ。

 普段だったら縁のないものなのだが、この町に倫理観なんてものはないらしく、通りかかるだけであちらこちらから声がかかる。

 

「ボク高校生? 何しに来たの~?」

「やだー、カワイイー。寄ってかない?」

 

 胸元がぱっくり開いたドレスの女性が楽しそうに声をかけてくる。

 それは椛も同様で、向こうは可愛がられているのかもみくちゃにされている犬のような顔をしていた。

 

「あの……俺らちょっと急いでて……」

「なになに、どこ行くの?」

 

 圧に勝てねぇ。グイグイくる。こんな場所で仕事してる人の客引きの手管に勝てるわけがなかった。

 が、それを妨害するように俺の襟首を掴む人がいる。

 

「僕のツレだ。悪いが他を当たれ」

 

 そのまま俺と椛を引き寄せ、冷たく突き放すような声で周囲を威圧する。

 今でこそ女性になって元の本体よりは威圧感がないものの、眼帯に背が高いその姿は低い声を出すだけでなかなか迫力がある。

 助かった……。

 薫さんの冷えた声にはさすがに相手にするのが面倒と思ったのか、嬢たちは笑顔で引いていく。

 

「あんなのまともに相手するな。少しでも隙見せたら引きずり込まれるぞ」

「すいません……ああいうの初めてで……」

 

 ああいった客引きをするような場所には立ち寄ったことがないため、押されるとどうもどうしていいかわからない。

 

「ああ、そういやお前まだガキだったな……」

 

 思い出したように呟いて、椛のフードから手を離す。スマホを触っているが、どうやらあまり電波がよくないのかやけに時間がかかって舌打ちしている。

 

「同じ日本なのにこうも厄介な場所とはな」

「薫さんも初めてですか?」

「当たり前だ。第二ならともかく、こんな場所まで来たことはない」

 

 の割には堂々としている。頼りにはなるからありがたいけど。

 すると椛が俺の袖を引っ張ってくる。

 

「おなかすいた」

「マジで言ってる?」

 

 晴美さんのとこで食べてきた分では足りなかったようで、空腹を主張してくる。まあまあ食ってたはずなんだけど、椛はすぐに腹が減る。

 

「えぇ……何か食べ物あるかな……」

「本来の目的を探しながら見つけたら手に入れるしかないな。しっかし、その様子……」

 

 薫さんは椛を怪訝そうに見る。椛は見られているのに反応するようになんかくれ、と両手を広げてアピールしている。

 

「霊力変換症の一種か? 過食タイプなら割と事例あるし」

『霊力変換症?』

 

 椛と俺が声を揃え、ともに首を傾げると薫さんは「こいつら……」と頭痛に耐えるように眉間を抑える。

 

「霊力変換症は霊力生成器官に異常がある一種の体質、病気認定されていないだけで障碍みたいなものだ」

 

 霊力を生成する器官は異能者の体内存在する。それらは普通の人の臓器と変わらず、霊力の生成もするため、人より内臓が多いとかではないが、時々その機能に異常が出ることがあるらしい。

 椛の場合、やたら空腹になったりするのは食べたそばからエネルギーが霊力に変換されてしまうため、過食気味になるのではないかというのが薫さんの見立てだ。

 メリットとしては食事さえすれば霊力の回復が早いこと。あとは太りづらい、というか太ることはほぼないこと。

 そして、デメリットがまさにすぐ空腹になりやすいこと。食費だけでも他人の数倍はかかる。病気の認定をされていないので治療や体質改善するにも高額な費用がかかるということ。

 

「過食タイプ以外にもそういった症例はあるにはあるが、一番典型的な変換症だよ」

「知らなかった……」

 

 椛も知らなかったようでびっくりして目を丸くしている。ぐぅぅぅ……とお腹が鳴っているのがいつもに増して切なそうだ。

 じゃあ、あの躾のなってない野良犬みたいな飯の要求は体質のせいだったのか……。

 

 ……いや、躾がなってないのは関係ねぇな……。

 

 ともあれ理由はわかったのでなるべく食料を持たせておいたほうがよさそうだ。常に空腹を感じるってのは辛いだろう。

 

「で、お前は結局ここで何をしたい?」

 

 薫さんが話を切り替えて今後の行動について聞いてくる。そういえば説明してないのについてきてくれたんだった。

 

「アジトの仲間……結依たちの居場所を探したいんです。ただ……」

「こんな入り組んだ町じゃ移動して自分のいる場所を把握することすら一苦労だろうな」

 

 俺の考えを読んだように腕を組んで、片方しかない目でじっと俺を見てくる。

 横に広いだけならともかく、なんせ縦にも広い。かなりの建物が積み重ね、並べられているようなものだ。

 風俗街エリアを抜けて商店街のような場所へと出るが、こういった感じの場所が建物内部に見えるところにも広がっていると考えるとキリがない。

 

「とにかく、今は全体図を――」

 

 今後の行動について話し合っていると椛が「むっ」と鼻を鳴らす。

 椛が構えた次の瞬間、チンピラらしき男たちに囲まれる。

 気配を感じ取るのにはまだ慣れていないが……異能者は4人、他6人はただの人間だと思う。

 

「見慣れない顔じゃねぇの。お前らが嗣吉サンの言ってた獲物か?」

 

 異能者らしき男が俺と椛を見る。

 あ、そっか。薫さん、アジトに関係ないからなぜかこのタイミングで現れた謎の存在になってるのか。

 

「あんたの親玉はどこだ?」

「ついてくりゃご対面できるぜ?」

 

 当然ではあるが質問には答えらしい答えは返ってこない。

 ついていってもいいかもしれないが……状況が俺くらいしか自由に動けない可能性がある以上、飛び込むのは危険だろう。

 識文さんがやられたなら、異能を封じる手段を相手が持っている可能性だってある。

 

「案内なんてしなくていいよ。道さえ教えてくれるなら」

「んなことすると思ってんのかぁ?」

 

 臨戦態勢。どうせ戦闘は避けられないと思っていたがこっちには薫さんが――

 

「チンピラの喧嘩に巻き込むな。お前、僕を便利な存在か何かと勘違いしてないか?」

「えっ!?」

 

 ここまでついてきてくれてるのにここで渋るの?

 椛はそもそも薫さんを頭数にカウントしていなかったのか驚く様子もない。

 

「手伝ってやるのは構わないんだが……僕を前提とした喧嘩はみみっちいぞお前――」

 

 薫さんが腕を組みながら俺を呆れた様子で見て、ふとチンピラたちの視線に気づいたのか「ん?」と首を傾げる。

 

 その視線の意図には俺もすぐにわかってしまった。

 まず大前提として薫さんは女になっても背が高い。俺と並ぶかそれ以上かもしれない。

 そして眼帯。手袋をしているからチンピラたちは気づいていないかもしれないが片方は義手。ここまではとっつきづらい要素しかない。

 が、それを無視できるだけの……乳。

 

 デカイ。とにかくデカイ。恐らく元々の癖なんだろうけど腕を組んだせいで余計に強調される乳に……チンピラたちは思わず視線をやっていた。

 

「……………………おい」

 

 その視線の意味を理解して、薫さんは腕を下ろす。元々男だからそういう視線への嫌悪感が凄まじいのかもしれない。

 眼帯はしているが男の時の厳つい見た目と比べて美人な顔になっているからそりゃ、チンピラたちも気になるんだろう。

 

「そこのねーちゃん。大人しくするっていうなら取り計らってやるぜ?」

 

「あ?」

 

 薫さんが地を這うような低い声で男を睨む。が、男はそれに気づいていないのか薫さんに近づいて肩に触れた。

 

 ――やめろ、死ぬぞ。

 

 敵にそう言いかけてしまうくらい薫さんの目が尋常じゃない殺気を放っている。

 

「傷モノ女は店だと売値がつけづらいが個人的に相手するっていうなら――」

 

 薫さんの肩に触れていた手がひねられ、チンピラが「へっ?」と素っ頓狂な声をあげる。そしてそのままチンピラの首根っこが掴まれたかと思うと地面にヒビを入れるほど強く叩きつけられた。

 

「頭蓋骨を割られたいならそう言え。今からでも粉砕してやるが?」

 

 薫さん、粉砕してるのは地面です。

 

「おい時葛。気が変わった。こいつらぶち殺すぞ」

「こ、殺さない方針で……」

 

 聞き出したりとかもしたいし……。

 椛も応戦というか既に普通の人間相手に躊躇なく斧を振るっていた。銃だと乱戦は俺や薫さんも巻き込むため斧だけで相手しているみたいだが打ちどころが悪いと致命傷だろう。

 

「殺すなよ!」

「なんで」

「話聞き出したりしないとだし、そもそも殺す理由もないだろ!」

 

 不満そうな椛に言い聞かせながら俺も借りたナイフで応戦する。乱戦でも俺の場合、時間停止で誤って味方を攻撃することはほぼないのは強みだが、殺さずに無力化するには色々と足りていない。

 薫さんが異能者の一人を地面に叩きつけて再起不能にしたから異能者の戦力でいえばトントンではある。数で負けているが……。

 

 乱戦で薫さんが銃はまずいと判断したのか霊術で収納していたナイフを新しく取り出して異能者に襲いかかろうとして――止められた。

 

「しまっ――」

 

 その原因はリーチ。きっと薫さんが男のときであれば問題なかっただろう。女となったことで腕や脚の長さが縮んだことで本体での戦い方に影響が出ているのだ。

 

 薫さんが力負けしそうになってよろめく。ここで薫さんが崩れたら終わる!

 加速で薫さんの相手より先に動いて身体強化で突き放す。相手はよろけるわけではないが一旦の距離を取って舌打ちする。

 

 押し切れるだろうかと不安になったところで増援の気配がする。異能者らしい気配が更に近づいてくる。

 どうする? 押し切れるか?

 

 そう一瞬考えている間に薫さんに首根っこを掴まれ、椛も薫さんに抱えられた。

 

「退く!」

 

 銃声で大げさに威嚇をしたかと思うと開けた隙間から俺と椛を抱えて薫さんが撤退する。

 そのあまりの判断の速さに敵はおろか俺たちすら思わず呆気にとられてしまう。

 

「ちょ、薫さん!? なんで――」

 

「やかましい! 人数不利、ジリ貧、相手のホームであれ以上の戦力相手にしてられるか!」

 

 そうキレながら俺と椛を放して追いかけてくるチンピラたちを撒くために周囲を見る。

 入り組んであちこちに繋がっていそうな路地裏。どこに逃げるのが正解かなんてわからない状況だ。

 もう直感で選ぶしかない。

 俺が右の方へと行こうとして薫さんが左を指し示しながら俺を止める。椛はたったっと走り出す構えで俺たちの様子を見ていた。

 

こっち()で!」

「いやそっちは水の音がしたからハズレだ! こっち()の方が人の声がする!」

「人の声がするとか敵がいるかもしれない大ハズレじゃないですか!」

 

 言い合っている間にも後ろからは足音が迫ってくる。しびれを切らした椛が俺が示した方向の匂いを嗅いでそのまま駆け出した。

 

「椛!?」

「あっ、おい!」

 

 こんな場所で分断されたらいくら椛の嗅覚があっても困難だろう。見失わないように椛を追い、出た先は貯水槽がいくつも並んでいる場所だった。雨水を溜めるような場所も見られる。

 こんなスラムみたいな場所だから水を貯めて置く場所は必要だというのは察しが付くのだが、建物が積み重なっている以上、雨がここに届くのだろうかという僅かな疑問をよそに後ろからの足音にハッとして慌ててどう逃げるか周囲を見渡した。

 

 ここに繋がるようにできているのか、色んな場所への扉や通路はある。ただやっぱりノーヒント。

 というか椛どこいった?

 

「とにかく距離取るぞ!」

 

 貯水槽の横を突っ切りながら、椛を探すが見当たらない。霊力で探そうにも後ろから銃弾が飛んできてそれどころではなくなった。

 

「ソーマ、おじおばさーん」

 

 え?と顔をあげると椛が高い場所で貯水タンクらしきものを掲げている。

 いやちょっと待て。あれ中身入ってるよな?

 

「えい」

 

 掛け声の軽さとは裏腹に貯水タンクが後ろの追手に投げつけられ、ガンッという音とともに転がる音がする。

 

 全員後退することはさすがになかったが追手の一人が放った銃弾が俺たちの近くのタンクに命中し、勢いよく飛び出した水に横殴りされてしまう。……薫さんが。

 

「だああああああああああからああああああああああああ! お前あいつから目を離すな」

 

「さーせんしたぁ!!」

 

 一旦動きを止めたはいいがこのまま逃げ切れるとは思えない。どうしよう、と考えていると椛が追加で投げた貯水タンクが俺と薫さんの方に転がってくる。

 

「ばっ――」

 

 馬鹿野郎!と叫ぶ前に薫さんに引っ張られて回避するが、勢いよく薫さんが近くの柵にぶつかったことと、貯水タンクが近くにぶつかった衝撃で、脆くなっていた柵が二人分の体重に耐えきれず、薫さんが背中から落下する。とうぜん、掴まれていた俺も引きずられるように落ちてしまう。

 

 

「ちょ、薫さん放して放し――ああああああああああ!?」

 

 

 地面に激突することを覚悟してまたやり直しかと思っていると、水に打ち付けられる音が大きく響いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

「で、追跡中ね」

 

 綜真たちが交戦していた場所にたどり着いたのは御空と嗣吉だった。

 嗣吉が戦闘痕を眺めながら、やられたチンピラに問いかける。

 

「3人いたって?」

「は、はい。学生くらいの歳のガキが男女一人ずつ。そしてもう一人……デカい女が……」

 

 その報告に御空が怪訝そうに大きな手帳を開く。

 そこにはアジトの面々の写真と個人情報が綴られており、栞紐を挟んであったのは綜真のページ。

 

「多分子供のうち一人は彼で間違いないとして。もう一人はこの子かしら」

 

 ページを移動すると鈴檎と椛は別のところに写真が貼られていたが詳細がほとんど書かれていない。写真も隠し撮りでほとんど顔が映っていないが赤いフードが特徴的で顔がわかりづらくとも誰だかはすぐに気付けそうだ。

 

「で、そうだとしてもデカい女? 間違いねぇのか?」

「そうです! 銀髪に眼帯の……紫色の目の!」

「……誰?」

 

 嗣吉が確認を取るとチンピラはこくこく頷く。御空はピンときていないのかチンピラの方を他に情報はないのかと睨む。チンピラは信じてもらえないことに青ざめるが、嗣吉が何かに気づいたようににやりと笑う。

 

「御空ァ。手帳貸せ」

「汚さないでよ」

 

 そう受け取った手帳の後ろの方を見て嗣吉は「ビンゴ」と呟く。

 

「この状況で銀髪に紫の目っつったらよぉ、『薬袋』ってこったろ」

「――ああ、そういうこと?」

 

 なにかに納得したように二人は頷き合い、5秒ほどの沈黙の後、御空が首を傾げる。

 

「薬袋薫は男だけど?」

「知らねェ。大方、異能から察するに別の姿で活動してるってトコじゃね? わざわざ自分の見た目に合わせるのは変だけどよ」

 

 薫の反転の呪いのせいで混乱が発生しつつも、すぐにその正体にたどり着いた嗣吉はチンピラたちに通達する。

 

「ターゲット追加。薬袋薫。こいつは強くはねェが雑魚に任せるには荷が重い。見つけ次第即刻俺らに連絡しろ」

 

 

 

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