結依たちはコスプレ衣装のまま砦郷町を走っていた。
乾く前に人が近づいてくる気配をみーくんが察知し、その場を一度離れたためである。
まだ乾いていない上着だけを手に結依は薄地の格好に恥ずかしさを覚えながら人混みに紛れ込む。
このエリアは店などよりも居住区のようなアパートが並んでいる印象で、道行く人々には女性が多い。半分以上は露出度が高い格好やらコスプレやらをして、一部は男性を伴っていたりもした。
「うーん……妙やなー」
「なにが?」
「お相手、やけに追跡早いんよな。居場所が気づかれとるんやろか」
みーくんが不思議そうに考える素振りをしていると取り囲まれているのか、四方からチンピラたちが現れる。
「見つけたぞ!」
「男の方は能力がわからねぇ! 慎重にやれ!」
チンピラたちの掛け声に結依は疑問を抱く。
みーくんを知らないのはまだわかる。
いつ、チンピラたちは結依や鈴檎の能力を知ったのか。
「ふーん、ほなら上も僕のことをよう知らんのは確定みたいやね」
みーくんはゴソゴソとポケットを漁る。着替えたときに元々持っていたらものを雑に突っ込んだのか、どこにしまったのか探しているようだった。
その呑気な様子を見てチンピラが二人ほど接近してくるが、突然ピタリと動かなくなる。
「知っとったら僕の近くにノコノコ出てこれへんもんなぁ」
みーくんがチンピラ二人の重なり合う影を
動けなくなった二人はびくともせず、みーくんはほかをどうしようか考えているようだ。
「二人とも、少しは自分でも戦う気は見せてくれはる?」
「……当り前!」
「は、はいっ」
三人が複数のチンピラを相手に取るのは本来であればかなり厳しいだろう。
そもそも鈴檎は戦うことが得意なわけではない。
それでも、三人は覚悟を決めた。
「ほな、一人で二人はノルマなぁ!」
踏んでいた影から足を放したかと思うと影に合わせてチンピラが味方に襲いかかる。
相手の影を操ることで相手を動かしたようで、同士討ちのようにしばらく操られたチンピラが味方を攻撃する。しかしその動きは大ぶりであり、妨害程度の役割しかない。
だが影を操るという能力、というのは結依の想像以上に凄まじい応用力があった。
"みーくん?"――
自分の影だけでなく、他人の影にすら干渉している。
かなり練度の高い異能者であることは結依にもはっきりとわかっていた。
結依も縄を出して拘束することで動きを封じる。
が、縄であることの大きな欠点は刃物で切られたら意味がないということ。
対異能者相手なのだから大半は武器を持っているようなのばかりだ。一度に拘束しなければ切られて終わりだ。
そこに鈴檎が炯眼を発動させる。衝撃の炯眼は本来鈴檎の持つ異能ではなかったが、肉体に定着したことで衝撃を発生させる戦闘向けの能力だ。
しかし、わざわざ必中の魔眼を併用させていた理由から察せることではあったが、命中精度が悪い。
視ただけで衝撃を発生させることはできるのだが、鈴檎の能力の理解度と練度が低すぎて、動いている相手になかなか攻撃が通らないのだ。
そこを結依の拘束でカバーする。
連携と言えるほどでもない連携だが、うまく噛み合っていた。
が、チンピラの数が多すぎて、結依に襲いかかるチンピラが凶器を振りかぶった。
「結依さん! 危ないですっ!」
結依に近寄ってきたチンピラを視たつもりなのだろう。しかし、至近距離にいた結依も視界に入ってしまう。当然鈴檎に悪気はなく、むしろ心配してのことだった。
だがそれによって鈴檎の炯眼が発動し、結依とチンピラは衝撃で大きく吹っ飛んだ。ダメージこそ抑えてはいるが衝撃でバランスを崩してしまう。
焦ったことで暴発したのだろう。幸い、痛みはないが吹き飛ばされたことでかなり距離が離れてしまう。チンピラは結依とは反対に吹っ飛んだようで結依一人だ。
しかも吹っ飛んだ先が悪かった。下の階に落ちてしまい、ガラガラと音を立ててしまう。
すると、落下した先のすぐそばにはタバコを吸う人がいた。
色っぽく着崩した和服の女性。落ちてきた結依を見ても「おや」と少し驚いただけで動じない。
足音が近づいてくるのを察知して慌てて離れようとする結依をすぐ近くの扉の奥に押し込め「じっとしてな」と小さな声で呟く。
「今こっちにガキが――」
「なんだい、騒々しい」
結依は扉越しで状況は見れないものの、声だけは聞こえてくるのでじっと息を殺す。
「おい姐さん。ここらに嗣吉さんの獲物のガキが……」
「知りやしないよ。派手なコならそっちに走って行ったけど、いつになったらこの騒ぎが解決するんだい?」
嫌味っぽく言う女性に追手のチンピラたちはたじろいでいる様子で「行くぞ!」という掛け声とともに離れていく。
そしてしばらく静寂の後、女性が扉を開けて中に入ってくる。
「行ったよ」
そう言うと女性は奥に進んで行く。
「あ、あの! ありがとうございます」
「ふふ、気にするこたぁないよ。ここは長いモノには巻かれろってトコだけどさ、この私が長い物だかんね」
そうケラケラ笑う女性は「ついてきなよ」と中に促してくる。
結依は一瞬悩んで、さっき助けてくれたのが罠だとは思えず、ついていく。
「今からちょうど勉強会の時間でねぇ。男子禁制。入ってくる阿呆は叩き出すからしばらくここにいればいいさ」
「あ、でも……」
はぐれて鈴檎とみーくんを思い出し、結依は悩む。鈴檎はともかくみーくんが入ってこれないのは困る。
「なに、どうせ追いかけっこでツレはしばらく戻ってこれないさ。うろちょろしたら、迷うだろうし、暇つぶしに寄っていきな」
そう言って一番奥の部屋、広めで他にも若い女性たちがそれぞれ座っており、結依たちが現れたのに気づいて皆顔を上げた。
「椿姐さん!」
椿姐さんと呼ばれた助けてくれた女性はにっこり笑って「好きなとこ座ってな」とだけ言って皆の前に行く。
結依は大人しく後ろの方にちょこんと座る。ほかの女性たちは「姐さんが連れてきた子?」という様子を一瞬見せたが、いつものことなのか、あっさり流された。
結依の格好はチャイナ服だが、女性たちの格好もかなり様々で、露出度の高いドレスもいればシャツとパンツというラフな格好、キャミソールにジーンズ、果ては結依のような安っぽいコスプレ衣装もいる。
そのおかげもあって結依の格好は特別浮いたものでもなかった。
「そんじゃ、勉強会を始めるよ。しっかり覚えて帰りな」
(勉強会って……そういえばなんのだろう)
「じゃ、今日のテーマはズバリ『異能者』の相手の仕方だよ」
異能者の
結依はその意図がわからず、眉を寄せる。
「異能者相手は霊力のせいで痛い思いをすることが多いからねぇ。今日は主にそれの話さ」
「あーわかる。ほんっと下手くそかと思っちゃったもん」
「異能者の相手嫌がる子が多いのも仕方ないよね」
(なんだろう……? みんな戦ってる人っぽくはないけど)
ほとんど納得している様子で話が進んで行く。
霊力のせい、ということは霊力の反発性質のことだとは思っているが、戦闘の話ではなさそうだし、と結依は首を傾げるしかない。
「今日は異能者相手にしたときの対処法とかコツを教えるからしっかり把握しておきなさい。この町じゃ異能者が圧倒的に多いからね。霊力が扱えるコは今日何人いる?」
異能者はそう多くないのか、結依が控えめに手を挙げただけでほかは手を挙げない。
挙手したことで再び注目が集まり、女性たちはヒソヒソと思い思いのことを口にする。
「あれ? 珍しー。霊力持ちってことは異能者?」
「えー、まだ未成年じゃない? アレ」
「苦労してんのね……」
よくわからないが若干の同情寄りの感想。結依は困惑していると椿手を叩いて静かにさせた。
「じゃあまず共通の対策方法やって、金髪の子だけ追加で授業にしようかねぇ」
「あのー……何を?」
「ん? ああ、説明してなかったかい?」
椿は忘れていたといたずらっぽく笑って、ホワイトボードにこう書き出した。
『異能者とのセックスの仕方』
言葉一つ一つの意味は理解できるが、結依はその文章を理解するのに時間を要した。
「うぇっ、ほぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
意味を理解して思わず奇声をあげた結依に椿と周りの女性たちは
異能者、すなわち霊力を持つ人間は興奮や感情の動きによって霊力が暴発したり、勝手に漏れ出たりする。その結果、反発の性質を持つ霊力が相手にそう強くはないものの、痛みや違和感を与えてしまうことは珍しいことではないという。
「アハハハ! なーに、そんな難しく考えんじゃないよ。相手の霊力を安定させる方法と、霊力操作のコツの一環さね。ま、知りたくないってんなら別に構わないけど、自分の霊力操作は色んなことに応用できるからね。知っておいて損はしないと思うよ?」
そう言われると結依は悩んでしまう。足を引っ張る自分に辟易していたからこそ、少しでも役に立てることか、強くなる方法が知りたい。付け焼き刃かもしれないが、安全地帯でそれを教われるなら、恥ずかしいという理由で捨てていいチャンスとも思えなかった。
「お、教えてください! お願いしますっ!」
「いいヤル気だねぇ! そんじゃまずは――」
2時間ほど経過した頃、結依は真っ赤な顔でその建物を出る。
するとみーくんが鈴檎を連れて現れた。
「無事やっ……顔真っ赤やけどどないしたん?」
「結依さん……大丈夫ですか?」
「お、おとっ……
「どないしたん」
「具合でも悪いんですか?」
「なんでもない! なんでもない!」
不本意ではあるが、少し霊力の扱いが上手くなった結依は、その理由を口にすることはなかった。
去り際に『今度来たときはもっと上のテクを教えてあげるからねぇ』と言われたのを思い出し、結依は僅かな好奇心と、果たしてこの場所を覚えていられるのかという当り前の疑問を抱きながらその場をあとにした。
――――――――――
薫さんが斜め後ろにいるため、表情は見えない。なのでまず声をかけてみることにする。
「薫さん」
「なんだ」
薫さんの声は落ち着いている。が、何かを察しているかのようで少し怖い。振り返りたくない。
「怒らずに聞いてほしいんですけど」
「うるせェな、さっさと言え。怒るから」
「……迷いました」
やっべ、どこでミスった?
入り組んだ通路に階段やらエレベーターが無数にありすぎてどこからミスったのかがわからない。
予想はしていたのだが薫さんの素手の方で顔を掴まれた。
「馬鹿野郎! もういいその霊具寄越せ! 僕が先導したほうが早い!」
「しゅびばせんんんんん!」
頬を掴まれていて情けない声が出てしまう。椛はその様子を薫さんと俺、交互に見ているだけだ。
本当に迷う。なんだここ。
薫さんに先導してもらう途中でふと薫さんが歩みを止めるので釣られて立ち止まる。
「どうかしました?」
「目的地の近くに近づいてくる異能者がいる」
地図を確認しながら俺たちとの距離を確かめる薫さんは地図の情報に舌打ちした。
「クソ……UIが最悪だ。しかも動作が重い。誰が作ったかは知らないがイライラさせやがって」
霊具の操作性に不満を持っている……。薫さん、そういうものの開発者だから気になるんだろうか。
「時葛。お前が相手してみろ」
「俺がですか?」
チンピラを相手にするのはそこまで抵抗はもうない。だが、正直まだお世辞にも素早くうまくやれる自信はない。
「実戦積まないと意味ねェだろ。いざとなったら僕が後ろで補佐してやるから」
椛もいるし、万が一は流石に起こらないだろう。こんなことで死んだらやり直しが面倒だし。
チンピラに正面から向かったりはせず、タイミングを見て時間を止め、チンピラの背後を取る。
こういうとき時間停止は便利だと感じるが、戦闘能力はそのままなのでその先は俺自身の身体強化や体捌きでどうにかするしかない。
つまりなにが言いたいかというと、殺さず相手を無力化するという手段の知識がない。
とにかくチンピラをボコボコにしてみた。が、痛がりながらも抵抗はしており、全然気絶しそうにない。
「ちょ、せめてやるならひと思いに――」
「薫さん! 薫さん! 全然気絶しない! 薫さん!!」
「素人が!!」
閑話休題。
薫さんの助けによって気絶させることに成功したチンピラを縛って物陰に隠して、薫さんの先導で今度こそ目的地へ向かおう……としてたら椛がなんかチンピラを引きずって持っていこうとしていた。
「椛? それは食い物じゃないからな?」
「違うもん」
何が違うんだよ。せめてちゃんと理由とか説明をしてくれ。
「多分、三人だとバレる」
ひょこっと椛の狼耳が動いてなにかを伝えようとしている。
その意図をいまいち理解できない俺は助けを求めるように薫さんを見た。といっても薫さんだってわからないか――
「あ? もしかして僕ら三人だと向こうも気づくからってことか?」
「うん」
薫さんは納得したのか「そりゃそうか……なんで気づかなかったんだ……」と自分の不甲斐なさを責めるようにぼやく。
えっ、わかってないのもしかして俺だけ?
「さっき派手に立ち回ったとき、僕らが三人だってバレてるだろ?」
「そうですね」
「んで、この霊具は異能者のサーチが可能で、個人の判別はできない。なら何を参考にする?」
「…………あー!」
つまり、俺たちが三人で移動なりしていると、霊具でサーチしたときに三人揃っている場所を怪しいと追手を差し向けてくる可能性が高いってことか。
チンピラ共は三人異能者で行動しないようにさせれば判別しやすくなるだろうし。
で、チンピラを引っ張ってきたのはこいつは異能者ってことなんだろう。これを連れていたら四人いることになってごまかせる。
「椛……もしかしてお前……頭がいいのか……?」
「んぁ?」
すごい知性のなさそうな声を出すじゃん。
流石に椛に引っ張らせるのもなんか気が引けたというか、敵の下っ端といえども人なので俺が運ぶことにした。
しばらく移動し、もう目的地は目と鼻の先というところで違和感に気づく。
随分と他と作りが違うような気がする。壁も他より厚いのか全く音が聞こえない。
扉のところまでやってくると、やはり扉も鉄扉で随分と厳重に感じる。
試しにガチャガチャと扉を開けようとするが当然開かない。
「うーん、声掛けたら反応あ――」
言いかけて薫さんが先に霊術で扉、の蝶番のあたりを破壊した。
「薫さん、面倒になったでしょ」
「なってない」
嘘だ、絶対めんどくさいから壊したよこの人。
「あれ、もしかしてその霊力、薬袋センパイ?」
壊したことで室内から声が聞こえるようになり、聞いたことがない声に一瞬警戒するが、薫さんが「ん?」と眉根を寄せて中を見る。
室内は工具やらパソコンやらが設置されており、作業場のように見えるが、急ごしらえなのか元々は別の部屋だったのに作業場に仕立てたように見える。
その部屋の中心に、座り込んでいる女性がいる。
黒髪のロングをハーフアップにした女性だ。メガネをかけており、服装はツナギの上を腰で巻いている。
「お、お前ここにいたのか!」
「えっ? 知り合い?」
薫さんが驚いた様子で部屋の中に入るので俺たちもそれに続く。
ツナギの女性は俺を見てにへっと笑う。
「あ、薬袋先輩の部下のコ? どーも、薬袋先輩のカワイイ後輩の
そう言いながら首元を示すと、そこには明らかに異質な首輪がついていた。
リアル都合により、もしかしたら年内の更新頻度が3章より前と比べて遅くなるかもしれません。できるだけ更新するので許せ読者