椛と刹那の攻防は一見すると拮抗しているかのように見える。が、二人は一切そうは思っていない。
(弱くはないけど身体能力にあぐらかいてるタイプか)
(数が多いだけでも厄介なのに全然勝てる気がしない――!)
椛が分身を潰したかと思うと、それを吸収した別の分身が再度分裂したり、唐揚げをつまみながら気怠そうに分身そのものを増やしたりして椛は追い詰められていた。
新しく作った分身は本体とそう変わらない強さ。分裂を繰り返した分身は本体より弱い。
強さが一律じゃないことに違和感を抱きながらも、椛は空腹で思考能力が低下しつつあった。
刹那が目の前で自分だけ食べ物を貪っているのもあって、椛の苛立ちは増していく。
イライラしすぎて、椛は簡単なことにすら気づけない。
「終わりだ」
刹那本体の言葉とともに、分身4体による蹴りと拳で椛は一度に大きなダメージを負う。
水を操ったり、攻撃的な異能でもなく。
相手の情報を読むわけでもなく、制限を与えるでもなく。
ただ、本体の身体能力と体術を磨いて、分身の基本能力を上げた潔いまでに殺意の高い異能者。
それが刹那であり、デメリットも多く存在するにも関わらず、椛を叩きのめした刹那は最後の唐揚げを咀嚼して指についた油を舐める。
「お前、
言われて、椛はようやく気づく。
ずっと何かを食べている刹那の様子。
生成系と仮定しても、分身を次々作り出せる霊力。
いくら霊力が多いとしても、明らかに消耗も桁違いのはず。
もし、霊力を消費しながら常に食事で回復させているのだとしたら。
「穀潰し。いるだけで迷惑。お前なんか1人で死んでればいい」
侮蔑するように、押さえつけた椛を見下ろした刹那は冷たく言い放つ。
椛に言うというよりも、誰かに言い聞かせるように放った言葉のように聞こえるにも関わらず、椛に突き刺さる。
「眠り香持ってないや。じゃあ、気絶させて――」
分身の一体が椛を気絶させようと手刀を振り下ろそうとして、空を切った。
「は?」
分身が押さえていたはずの椛が突如消え、本体が一瞬、困惑する。
しかし、すぐさま振り返ってみれば、そこに乱入者がいた。
「椛! 大丈夫か!?」
綜真が息を切らせながら、椛を抱えていた。
――――――――――
――刹那と椛の交戦が始まる少し前。
「分身を増やす能力かぁ……」
鹿子さんの話を聞いてどう対処すべきか考えていると薫さんが作業に一段落ついたのか、霊具を動かして起動させる。
遠目からでもさっきの霊具より見やすくなっていて、もしかして薫さんはすごいのでは?とちょっと感心してしまう。
「さっきより見やすいし、情報も増えた。同じ霊具の基盤もあったし2つもあれば別行動もできるだろ」
そう言いながら画面で異能者の現在地を示したかと思うと、切り替えで色が広範囲に広がっている様子が映る。
「これは?」
「霊力の探知。異能者の霊力じゃなくて、術や異能で使用された霊力を察知してる。戦闘の形跡とかをこれで探れば危険な場所も避けられるだろ、う……し……」
薫さんの歯切れが悪くなって不思議に思って画面をよく見て見ると、とある場所に霊力反応が多い。そして、その場所にいる異能者の人数は2人。戦闘中も考えたが、霊力の反応からしてこれは例の分身能力者ではないか?と思い至る。
そして、それはここからそこまで離れていない。ということは……!
「これ椛じゃ……」
食料を探しに行った椛だとしたら複数で相手しても危険な相手なのに、1人でなんて無謀だ。識文さんだって倒した相手だ。
「薫さん! 椛を探しに……」
「お前は僕におんぶに抱っこで恥ずかしくはないのか? 恥を知らないのか? 少しは自分でなんとかしてみたらどうだ?」
薫さんは呆れたように腕を組みながら、鹿子さんを見る。
「僕はこいつを一旦安全地帯まで移動させる。そのためにここにきたんだ。お前とはあくまで一時的な協力であって、
言われてぐっと押し黙る。実際、鹿子さん探しが目的の薫さんにこれ以上付き合う義理はない。途中まで付き合ってもらったのだって、薫さんの厚意に甘えただけだ。
「先輩、別にアタシ1人でもいいよ?」
「お前がまた捕まったりしたら二度手間だろ。さすがに外に連れ出すまでしてからじゃないと」
「うーん……」
鹿子さんもそこは反論できないのか、申し訳無さそうに頭を掻く。
だけど、和泉さんか結依たちと合流するまで、椛との二人、あるいは椛がどこか行ってしまったら一人はこの場所でかなり厳しいだろう。
ループするにしたって、情報を得るのも一苦労する。
「お願いします! 鹿子さんを逃した後でいいので! 和泉さんか結依と合流するまでどうか……!」
この際、もう頭を下げるしかない。俺が薫さんに出せるメリットを考えたけど、マジで何もないし。
すると、薫さんが急に黙り、鹿子さんも「先輩?」と声をかけるが反応がない。
頭を下げていたので薫さんの黙っているときの表情を見損ねた。恐る恐る顔をあげると感情の読めない目をしている。
「お前、その二人と合流できたらいいんだな?」
なぜか確認するように強く問われる。
なんだろう、さっきまでとは違う圧のようなものを感じる。
「は、はい……」
「なら出世払いで引き受けてやる。合流したらお前の協力は終わりだ。その前に、僕は鹿子を外に連れて行く。合流は霊具でお前の反応をマーキングしておいたからあまりうろちょろしなければ追いつく」
いったい何が薫さんの意見を変えたのか、よくわからないがとりあえずは協力を続けてもらえるようだ。
和泉さんなら戦力として安定するし、結依は結依で異能を考えると探索に役立つだろう。正直、薫さんの便利さはどちらにもないと思うくらい、甘えている部分はあるがこれ以上何もなしに頼ることもできないのは俺もよくわかる。
「出世払い。僕からの頼み、命令、要求に1度だけ必ず応えろ。その時お前に拒否権は与えない。それなら手伝ってやる」
「わ、わかりました」
こういうとき、悪い人ではないと思うんだけど、悪い大人ではあると思う。
しかし俺も背に腹は代えられない。ここで死んだらこの約束もなかったことになってしまうし。
「ならさっさと行け。僕も行く。使い方はわかりやすくしておいたから説明がなくてもわかるだろ」
そう言って霊具を渡してくれた薫さんは鹿子さんとこの場から離れようとする。
すると、去り際に鹿子さんが「あ、そーだ」と一瞬立ち止まる。
「そういえばなんだけど、吉田嗣吉は先代の遺産を探してるらしーよ」
「遺産?」
「そ。先代は貴重な霊具や
急いで椛と刹那という分裂異能者と思わしき場所へと加速を使いながら向かう。
加速しているとはいえ、走るのは自分の身体能力依存だ。もっと体力をつけないと、と思っていると、視線の先に床に押さえつけられている椛が見えた。
考えるより先に時間を止めて、椛を奪取する。この間に刹那にも攻撃をするべきか、と一瞬の悩みが過ぎった。
椛の安全を優先し、一度離れることにすると時間停止が解除される。
「は?」
恐らく本体なのだろう。複数いるうちの一人が怪訝そうに声を上げた。
「椛! 大丈夫か!?」
しかしそれよりも、椛がボロボロになっているのを見て、椛の安否を確認する。
一応、致命傷はないが、かなり消耗している。
「ソーマ……」
「どうし――」
「うしろに……」
連続での使用はかなりきついが、急いで時を止めて椛ごと移動する。椛を持っていても時間停止の影響を受けて動く様子はない。
振り返ったところに分身がいて、今にも襲われるところだった。
そうだ、分身は人間じゃないから気配がなかなか感じ取れないんだ。
時間停止を解いて、刹那を警戒しながらどうやって逃げるか考えていると、刹那がため息をつく。
「はぁ……なんだろ。そんな強そうじゃないのに……何の術……異能かな?」
底知れない威圧感。小柄だが立ち姿からして隙が感じられない。俺と比べてかなり場数をくぐっていることを肌で感じる。
「まあいいや。探してるやつがもう一匹出てきたし」
分身の数が多すぎる。10体は超えているだろう。本体より性能が劣るにしたってこの数相手に逃げ切るのはかなり厳しい。
分身は無表情で、本体は無表情寄りだが少し機嫌が悪そうなのでよく見れば見分けはつく。
だからこそ、本体の殺気がヤバイ。恐らく捕まえようとしているので、本当に殺しはしないのだろうけど、それくらいしてもいい、という気迫が伝わってくる。
いちかばちか、あの交渉をするしかない。
刹那の本体の手刀が振り下ろされようとしたその瞬間、俺ははっきりと叫んだ。
「腹減ってないか!?」
ぴたりと、刹那の動きが止まる。
こいつが椛と同じ霊力変換障症なら、分身を作るという消耗が激しそうな異能を馬鹿みたいに連続で使えるのも、常に補給をしていると考えれば納得がいく。
だとしたら、椛の相手で多少は空腹になっているはず。
逃げられるならそれが一番だが、明らかに格上。加速や時間停止があっても椛を抱えて逃げ切るのはかなり厳しい。そもそも相手の能力は分身を複数作ることだ。囲まれたら終わりだろう。
捕まるのが一番厄介だ。自決もできない可能性があるし。それならもう一つ、時間を稼ぐこと。
薫さんが合流するまで、時間を稼ぐことができれば手数の多さでなんとかできるかもしれない。
「…………………………」
なに言ってんだこいつ、みたいな目で見下されている気がしてならない。
だが、攻撃の手は止まった。分身も、本体が攻撃指示をしていないからか様子を見ているように停止している。
抱えている椛も「なんで?」みたいな顔をしているが、俺は真剣なんだぞ。
「減っては……いる、けど」
ものすごく長い時間の沈黙の後、絞り出すように吐き出された刹那の反応は思ったより悪くない。
文字通り食いついたのなら飯を作っている間は時間が稼げる。
「俺、それなりに料理得意だからさ、俺らに用事があるのは知ってんだけど、別に抵抗とかしないから先に飯食わせてほしいなー、って。よかったらあんたの分も作るよ。な?」
刹那はなんとも言えない虚無の顔で俺を見てくる。ちょっと無理があったかもしれない。もっと下手に出るべきだったか?
が、不安に思う俺をよそに、刹那は分身を1体だけ残して消した。いや、残りの一体に吸収したというのが正しいかも知れない。
「妙なことしたらわかってんだろうな」
黙って頷くと刹那は気怠そうに椅子に座った。分身の方はその後ろでぼーっと立って何もしてこない。
「まずかったら腕へし折ってからその首、僕がもらうからな」
物騒な脅迫ではあるが、交渉に乗った! 別に自分がプロみたいに料理が得意だとか、そんなことは思ったことはない。だが、同年代と比較すれば料理を作る早さと品数には自信がある。
ついでに味見と称して椛も回復させられれば一番なのだが――
腕をまくりながら厨房の冷蔵庫や収納の食材と調味料を確認する。
一通りのものは揃っている。量だけはやたら多いし、何か作っていた気配はあるのだが、唐揚げだろうか?
米も5合は炊いてある。必要なのはおかずだ。
とりあえず鶏もも肉があったので一口大に切ってから塩コショウと片栗粉をまぶして下味をつける。本当は手羽先とかがよかったが、これでも問題はない。
油を引いて肉を焼いている間に砂糖、醤油、みりんを混ぜ、更に生姜とニンニクを追加……ここはチューブのがあったからそれでいいや。
更に少しだけコチュジャンを入れてよく混ぜてから、焼いていた肉をひっくり返し、それができたら余分な油を吸い取ってから混ぜておいたタレをフライパンに投入する。
その瞬間、火にかけられたタレの香りが広がり、食欲を刺激してくる。その匂いには椛だけでなく、刹那も反応して期待するような視線が突き刺さる。
しっかりタレを肉に絡ませて少し煮詰めてから、味を整えるために胡椒を振り、更にゴマをかけて皿に盛る。
鶏もも肉の甘辛焼きだ。
これの強みはシンプルに匂いが食欲にダイレクトに訴えてくるところ。空腹状態でこれと白米を出されたら嫌とは言わないはず!
食欲をそそるコチュジャンとゴマの風味、辛すぎないほどよい甘辛いタレ。できたてなのでつやつやとタレが輝いていて、俺も腹減った。
白米と一緒に刹那にまず一品差し出すと、刹那はごくりとつばを飲み込みながら、ぎこちない箸の持ち方でタレの絡んだ肉を一口。
しばらくもぐもぐと黙って食べている時間が数秒経過する。
「お……」
そのまま米もかっこんで今までの無表情はどこにいったのかと思うほど目をキラキラさせて言った。
「おいしい!」
そのまま白米と交互に甘辛焼きをパクパクと食べ進め、あっという間に食べ尽くしてしまう。
先にこっそり椛分を裏で渡しておいてよかった。見えない所で少しだけとはいえ食わせているのでそのうち回復するだろう。
「おかわり!」
語彙力が椛並に落ちている……。
もちろん、雑に作るなら同じものでもいいのだが、どうせならもっと時間を稼ぎたい。
「他の料理でもいいんだぜ? 材料があれば作るよ」
「他のも……!?」
口の端についたタレを舌で舐め取りながら思考が食べ物に支配されているかのように下手くそな箸を握りながら言う。
「ど、どんな……?」
「えーっと……」
冷蔵庫や冷凍庫を確認してみれば色々ある。よく見れば乾麺もあるのでパスタも作れなくはない。
さすがに凝った菓子は難しそうだけど、家庭料理は一通り問題なさそうだ。
「よほど変わった希望がない限りはだいたいできると思うけど……生姜焼き、照り焼き、ハンバーグ、あと何か魚もあったな。ムニエルとか、普通に煮魚でもいけるか。野菜はちょっと少ないか。でも玉ねぎとか人参はあるし、あとキャベツもあるな。なんとかなると思――」
俺が指折り数えてパッとできそうなメニューを挙げ連ねていると、足元で椛がお腹をすかせた顔で見上げてくる。お前のもちゃんとやるって!
とはいえ、機嫌を損ねないように刹那の方を優先しないといけない。
どうする?という視線を刹那に向けると、子供みたいに無垢な目で俺を箸で指す。
「お前、名前は!」
「と、時葛綜真……」
「綜真! 綜真な!」
何か確認するかのように名前を連呼され、完全に椛のことを忘れたかのように調理台を挟んで刹那は言う。
「もっと作って!」
こちらが釣り上げるまでもなく、食いつきがいい刹那にやや気圧されつつも、今の様子ならいけそうだとあることを口にする。
「でも、色々と作るなら時間かかるぜ? それでもいい?」
「いいよ! その代わり、まずいの出したら殺す!」
やっぱ物騒だよこいつ!
とはいえ、時間をかけてもいい確認はとれた。椛と同じタイプで、飯を与えておけば素直だと思っていたら想像以上だった。
とにかく、料理を作って与えている間は時間を稼げる。
その分、相手に霊力を補充されるというデメリットはあるが、霊力だって容量というものが決まっているはず。なら、過剰に与えても超過することはない。
今食わせて食材を減らしておけば戦闘中に回復される可能性を減らせる。
薫さんが合流するまで、小出しにしながら刹那の機嫌をよくして時間を稼いでみせる。
足元で椛が「ソーマ……あたしのご飯は……?」という顔をしていたが完全にその表情は犬のようだった。
ここからは平行作業だ。
一つメインを作りながらその裏で別の料理も作る。椛にも手伝わせてひたすら作ることに集中した。
「椛、めんつゆ取って」
「はい」
「椛、冷蔵庫上から二段目の大葉取って」
「えっと、はい」
「椛、冷凍庫に冷凍のシーフードがあるからそれをこの塩水に漬けといて」
「えっと、えっと、やったよ」
ひたすら雑用を任せつつ、調理の方はコンロが複数あることを活用して同時に作っていくと、一品、二品と少しずつ出来上がっていく。
オクラの塩昆布和え。シンプルな副菜なので言うことなし。野菜を嫌っている様子もなかったし、大丈夫だろう。
鶏ひき肉と梅しその皮焼き。鶏ひき肉と梅肉、刻んだ大葉をまぜたタネを餃子の皮で包んで焼いたもの。ポン酢を添えてさっぱりと食べられる味だ。
ついでに裏で作っておいた味噌汁。豆腐とワカメだけのシンプルなものだがここで具材を凝っても仕方ない。その分出汁はしっかりしている。
出された刹那は警戒する猫のように一瞬箸先でつつきながら、一口、皮焼きをまず何もつけずに食べてみる。
「すごい、すごい! これもちゃんと味がする!」
ん? ちゃんと?
一瞬疑問に思うも、刹那がそのまま他の料理にも手を付け、ぱくぱく食べ進めているので俺も止まっていた調理を再開させて次の料理を仕上げにかかる。
刹那は一切気づいていないが椛が裏で味見と余りを食べているのを確認し、椛もだいぶ回復したことを察して次の料理を出す。
圧力鍋と俺の加速で時短した肉じゃが。しらたきとかはなかったが、おおよその肉じゃがに必須な具材は揃っているし肉じゃがと言って問題ないだろう。
刹那の食べるスピードは早かった。ほとんど食べきり、味噌汁も最後まで飲み干したのを確認して……肉じゃがを置いた。
すると、刹那の様子がおかしくなる。
「……これ」
「え? 肉じゃがだけど……嫌いだった?」
「……………………」
なぜか取り憑かれたかのようにぼーっとしたかと思うと、元々少し歪んでいると思っていた箸の持ち方が更にひどくなり、具材を箸で突き刺すようにして口に運ぶ。
子供でもここまでひどい持ち方あんまりしないのでは、と奇妙に思っていると、咀嚼しながら大粒の涙を流し始め、ぎょっとする。
「え!? まずかったか!?」
慌てて再度味見をしてみるが味におかしいところはない。
どうしよう。シーフードと野菜の炒めものも作ろうとしていたのだが、明らかに様子がおかしい。
「うっ、ぁ……うわあああああああああああああああああああ!!」
さっきから子供っぽいとは思っていたが本当に子供のように泣き出した。
わぁわぁと泣きだしたので椛もびっくりしてさっきまでのことを忘れたかのようにぎょっとしてこれあげると自分の小鉢を差し出す始末。
しかし、刹那は泣きじゃくるだけで、半纏の袖もぐっしょりだ。
精神の乱れからか、控えていた分身も崩れてその場から溶けるように消えてしまう。
肉じゃがを一口食っただけでどうしてここまで?
一応暴れだすとかの害はない。だけどどうしてこうなったのかがわからないので、この後逆上したりしないか、逆恨みしてこないかがわからず不安だ。
「ど、どうしたんだって――」
ふと、よく見ると刹那を覆っている赤黒いもやのような何かが見え、思わず目をこする。
明らかに異常だというのに、椛には見えていないのか?
「椛、こいつについてるもやみたいなの、見えるか?」
「え?」
反応からして見えていない。ってことは俺が見えているだけか、それか――。
美沙杜!
『そんなに怒らなくてもいいじゃない。私がいるから見えるようになっているようなものなのに』
くすくす笑っている美沙杜の様子からして、美沙杜がなにかしたわけではないが、わざわざ助けるほどでもないということなんだろう。
美沙杜のおかげで見えるようになっているというのは気になるが、まずどうしたらいいのかが先だ。
これがどういったものかはわからない。しかし、色や気配からして明らかに良い影響なんてないことがわかる。というか瘴気に近いだろこれ。
てことは霊力でどうにかするしかない。
難しいことは考えすぎても俺はどうせうまくいかない。霊力は反発の性質がある。ならあのもやに俺の霊力をぶつけて引き剥がす。
ぶつけた霊力によってもやが少し刹那から離れそうになるがしがみつくように完全には離れない。
ならもっとしっかり、強く、刹那の本体に攻撃しないように。
霊力をしっかり操作することを意識して、強めに刹那に取り憑いたもやを引き剥がす。
すると、ずっと泣いていた刹那がぴたりと泣き止み、頭が座ってない赤ん坊並に不安になる動きをしながら気絶した。
ほ、本当にいったいなんなんだ……。
ひとまずは解決したが、気絶させてしまった。時間稼ぎにはなるが……目が覚めたときが怖い。薫さんまだ来ないのだろうか。
ふと、足音が聞こえてくる。
薫さんだと思って食堂の入り口を見ると、すらっとした人影が見え、俺たちがここにいることを示すために手をあげようとして、違うと気づいて硬直する。
「いったい、どういうことかと思えば――」
夕日を彷彿させるようなオレンジ色の髪。眼鏡をかけた細身の女性。
仕事のできる大人っぽい女性のような服装はこの町ではある意味貴重かもしれない。女になった薫さんは色々と大きかったが、こちらは全体的にすらっとしていて、無駄がないという印象を強く与えてくる。
何より、神経質そうなその赤い目が、こちらを見透かしているようで心臓が嫌な跳ね方をした。
忌々しげに眼鏡を押さえた彼女は刹那が気絶しているのを確認して、舌打ちする。
「やってくれたようね」
"夕刻の魔女"
綜真が作ったメニューは作者が実際に美味しくいただきました。