東京リバースギフテッド   作:とぅりりりり

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時葛綜真(わたしのうんめい)

 

 あの頃が一番幸せだったかもしれない。

 

 小学生の頃、自分が異能者であることがバレてはいけないと、強く言い聞かせられていたの。が、昔はそう重く考えておらず、能力的にも暴発することがあまりないものだったため、どこか気楽な隠し事だった。

 中学生のお兄ちゃんと、あまり帰ってこないママの三人暮らし。

 

「結依、これやるよ」

 

 学校に行く前にリボンのついたヘアゴムを渡された。手作り感のあるそれは青いリボンと小さめのビーズが飾りとしてくっついている。

 貧乏なのもあってこういうのは贅沢だと思っていたのもあり、突然のプレゼントに幼い私は顔を輝かせる。

 

「おにいちゃんありがとう! 急にどうしたの?」

「ああこれな、クラスのやつがこういうの作るの得意でさ。頼んで作ってもらったんだよ」

 

 おかげで今週はずっと当番代わりにやらないとだけど、とぼやいたお兄ちゃんはどこか嬉しそうだった。

 

「ごめんなー……兄ちゃん、バイトとかできるようになったら服とか買ってやるからさ」

「気にしないでよー。それよりこれ、作ってくれたお友達にありがとうって言っておいて!」

 

 ママはあんまり帰ってこないけどなにやらお仕事が忙しくて家に戻れないらしい。お兄ちゃんはママの代わりに私の面倒を見てくれている。ママが戻らないのもあって家事やお金の管理もお兄ちゃんがほとんどやっていた。

 私も家事は徐々にできることを手伝っているがまだお兄ちゃんの負担を減らせないでいる。いつも私のことを考えてくれるお兄ちゃんのことが大好きだった。

 

 さっそくもらったヘアゴムをつけて、鏡とにらめっこする。ちゃんとリボンがいい感じになってるか見ようとして角度を変えて忙しなく動く。

 満足行く形になってそのままランドセルを背負って登校した。

 

 いつもよりもウキウキだったからか、教室についたらクラスの子が不思議そうな顔をする。

 

「結依ちゃんなんだかうれしそうだねぇ」

「うん! お兄ちゃんからプレゼントにこれもらったの」

 

 リボンのところを指で示すとクラスの子たちは「かわいい~」と言ってくれる。

 実はアクセサリーとか文房具の話があまりできなくて居心地が悪く感じていたから、いつもと少し違ってソワソワしていた。

 

「おはよー」

 

「あ、そーまくん!」

「とっきーおはよー!」

 

 うわ出た! 時葛綜真!

 

 クラスの女子からやたら好かれている男子だ。その上、男子とも仲がよくてぶっちゃけ苦手なやつだった。イマイチ何を考えているのかわからないところも苦手だ。

 それに、時葛に悪気はないんだろうけど、話しかけられると女子からの視線が怖い。言葉にはしないけどピリピリする何かを感じるから。

 とりあえず自分の席に座って先生を待つ数十秒の間、時葛が横を通り過ぎようとして一瞬止まる。

 

「いばらぎ、それいいじゃん。似合ってる」

 

 朝の会が始まる直前、いつもと同じ調子で言われてしまい、頭が真っ白になってしまった。

 本当にさりげなく言われたのもあり、他の誰かが聞いていたかもわからない。

 面と向かって褒められたのが予想外で、1時間目は全然集中できなかった。

 

 ようやく落ち着いてきた頃にも時葛が視界に映ってざわざわとした落ち着かない気分になってしまい、結局一日中集中できなかった。

 帰り道、一緒に帰っていた子にふと指摘される。

 

「ゆいちゃん、今日ずっと具合悪そう」

 

「そ、そうかな?」

 

 誤魔化すつもりはないがなぜか本当のことを言うのは気恥ずかしくて。特に疑問を抱かなかったのか「おやすみしたらプリント持ってくね」と返される。

 

 そのまま分かれ道でバイバイをしてそのまま帰ろうとすると、通りかかった公園でクラスの男子が遊んでいた。

 

「あ、いばらぎ」

 

 そこに時葛もいて思わずげっ、と顔に出てしまう。

 今会いたくなかった相手だ。

 

「いばらぎも混ざるか? 隠れ鬼」

「しないよ!」

 

 男子たちはなんだかノリノリで待機している。結構な人数で隠れ鬼しようとしてる……。

「なんだ。じゃあ俺が全員捕まえるとこ見学する?」

 

「しないって!」

 

「えー」

 

 不服そうにカウントを始めた時葛と、結構広い公園のあちこちに散っていく他の男子たち。

 カウントを指で数えながら時葛は私見る。

 

「おれ、いばらぎになんかした?」

 

「べつに……そういうわけじゃなくて……」

 

「もしかして俺のこと好き?」

 

「キモい!」

 

「ひっでぇ」

 

 数え終わったからかもういいかーいと声を張るがまだーという返事がしてまた追加で数えだす。

 

「ときかつって何考えてるかわかんない」

 

 言うつもりはなかったのになぜか思わず声に出してしまう。ハッとして口を塞ぐが遅い。

 

「ん~?」

 

 もういいかーと声を張るともういいよーの声がして時葛はよーしと気合を入れる。

 

「まあ、いばらぎかわいいなーとかは考えてるけど」

 

 それだけ言って隠れている男子たちを捕獲しに行く時葛に置いてけぼりにされ、しばらく一人でそのまま呆然としていた。

 本当に何考えてるのかわかんない!

 

 

 もやもやする気持ちを抱えながら、たまに話す時葛のことをどう思っていたのかは、いまだに整理できていない。

 ただ、お兄ちゃんがある日から思いつめたように余裕がなくなったあたりから、嫌な予感がした。

 

 お兄ちゃんが中学を卒業すると同時に、私たちは引っ越した。まるで逃げるように痕跡を消して、友達や時葛にお別れも言えないまま。

 

 お兄ちゃんはいつも何か焦っているようだった。

 私には優しいし、大切にされていることもわかってはいる。

 でも、お兄ちゃんは私に何も教えてくれなかった。

 

 お兄ちゃんはその後、何か目的があってよく家を空けていた。

 いつの間にかママは帰ってこなくなった。

 いつしか友達を作るのをやめた。どうせすぐお別れするかもしれないし、と思ってしまうから。

 

 2年前くらいだっただろうか。

 元々家を空けることが多かったお兄ちゃんがさらに帰ってくることが減った。

 

『なにか困ったらタキに連絡してくれ。忙しくてごめんな』

 

 それでも連絡そのものは取れていたし、いざというときに頼れる人もいた。

 だから、今だけ、今だけなんだと我慢していた。

 

『もうすぐ一段落するから。必ず帰るから心配するな』

 

 半年前経って、そろそろ終わるなんてやり取りしたのが最後。

 お兄ちゃんはそのまま連絡も取れなくなった。帰ってくることもなかった。

 

「結依ちゃん。ルフから話は聞いてると思うけど、しばらくお兄さんたちのとこに住もうな」

 

 みんな優しかった。漠然とあまりよくない集まりなのもうっすら理解していた。

 けれどお兄ちゃんが信じた人たちだし、それすら手放したら自分は生きていけるのかがわからず、ただそのまま流されるように保護された。

 お兄ちゃんの安否もわからないまま、高校についての話になる。

 

「高校……高校ねぇ……ルフは確かに結依ちゃんを進学させたがってたけど俺反対なんだよね……」

 

「駄目……?」

 

 高校に行かない場合、バイトができるわけでもなく、ただ隠れ住むしかできないのは嫌だった。なにより、お兄ちゃんのことを探すことも許されなさそうだから。

 保護者代わりの彼を困らせるのは本意ではないが、それでも今より活動範囲が狭まるのは嫌だった。

 半分泣きそうな顔でお願いすると、彼はすごくすごくすごーく困った顔をしてため息をつく。

 

「はぁ~~~~……しゃーねぇな……わかった。ちゃんと合格できたら行かせてあげる。でもあんまり不真面目だったりしたら考え変えるからね。行くならちゃんとすること」

 

 異能者たちの通う高校は行ってはいけないとお兄ちゃんから言い聞かされていた。

 だから自分の学力でも通える高校になんとか合格し、舞い上がっていた。

 友達を作るつもりはなかったが、クラスメイトはどんな人だろうと教室を見渡す。

 

 教室に入ってきた一人を見て思わず目を奪われる。

 

 時葛綜真。思い出の中に今も居残る変なヤツ。

 私のことを覚えているんだろうか?

 声をかけたらどんな反応をするだろう。

 

 人に話しかけるという簡単にできていたことがなぜか踏み出せず、こちらの視線に気づいた時葛と目があった。

 その瞬間に思わず顔をそむけてしまい、結局時葛が私を覚えているのかもわからないまま、話しかけることもなく時間が過ぎていく。

 

 私の心に居座る男。

 

 だから、まるで当たり前のように声をかけてきたときはびっくりしたと同時に、なぜか安心した。

 薄々気づいていたのかもしれない。あれが私の初恋だったのだと。

 でも認めるのが怖くて、もしかしたら時葛はお兄ちゃんが言う私の敵かもしれなくて、裏切られたら耐えられないから予防線を引いてしまった。

 

 

 

 眠る時葛の顔を見る。

 怪我はほとんど治してもらった。あとは体力やら血が戻るまで安静にするようにと。

 本当に、本当になんであんたは、私のこと助けてくれるんだろう。

 

「……早く起きてよ」

 

 どうして、あんなに必死だったんだろう。

 私の中の記憶の中よりもずっと頼りになる姿が焼きついて離れない。

 

「起きたら言いたいことたくさんあるんだから。早く起きてよ」

 

 

――――――――――

 

 

 ふと、目を開くと見覚えのある空間にいた。

 

「残念だわ、残念だわ」

 

 彼女の声が聞こえ、恨みがましい目を後ろに向ける。

 

「茨女を始末できなかったわ。カオルがかわいそうじゃない」

 

「俺と荊儀がかわいそうとは思ってくれないのかね」

 

「綜真くん……慰めてほしいの? いいよ、こっちにおいで」

 

 やっぱ話通じねぇな。

 近づくことはせず、美沙杜を睨んだまま言った。

 

「お前が何したいのかは知らないけど、俺は荊儀を守りたいし、俺だって死なないで解決するなら死なないようにしたいよ」

 

()()()()()()

 

 威圧感にびくりと固まる。時々底知れないなにかを見せる美沙杜は本当に謎の存在だ。

 もしかしたら俺をループせずに殺すことだって可能かもしれない。

 

「ねぇ、綜真くん。わたしは誰よりも綜真くんのためを思ってるの」

 

 一歩近づいてくるたびに一歩下がる。

 やがて美沙杜は瞬間移動でもしたかのように俺の目の前に現れ、濁った目を俺に向ける。

 

「だから……」

 

 その声はまるで子供をあやすような優しさ。だというのに美沙杜の手は俺の首を触る。

 

「他の女に心を奪われたらそいつだけ殺すからね」

 

「なん、なんだよお前は……!」

 

 夢に出てきて俺を束縛するような言動。そして異能に干渉しているのか、俺の異能を俺より把握して悪用しているのかは定かではないが、俺を追い詰めるようなことをする謎の存在。

 不気味な存在の美沙杜はあら、とまるで普通の少女のように笑って、当たり前のことを話すように言う。

 

「なにって、あなたの未来のお嫁さんよ。あなたがわたしを救うの。わたしの王子様。わたしの……運命の人!」

 

 そのまま手を引かれ、夢の世界で踊るようにくるくると美沙杜に振り回され、その姿だけならば可愛らしいのに、すべての挙動が狂気じみていて彼女から恐れが消えない。

 会ったこともない相手にこんなことを言われるのもそうだが、美沙杜は何者なんだ? 正体がわからないのも一層恐怖を駆り立てた。 

 

「いずれあなたもすべてわかるときがくる」

 

 舞うようにしていた足を止め、俺を掴んでいた手が焼けるように熱くなる。

 

「この世界の理不尽さを、反転した祝福(リバースギフテッド)の絶望を!」

 

 まるで世界を呪うかのような慟哭。その瞬間だけ、美沙杜が小さな子供のように見えた。

 

 それと同時に、夢の世界が崩れていく。

 なんとなく、目が覚めることを予感したが結局美沙杜についてはなにもわからないままだ。

 

 離れた手と美沙杜を交互に見る。

 

 薄く微笑んで、すべてを見通しているかのように、美沙杜は呟いた。

 

「私の助けが必要ならいつでも呼んでね、綜真くん」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 夢から醒めると知らない部屋の天井があった。

 軽く頭を動かしてみればあまり物がない部屋。

 ぼんやりとした頭を動かすと倉庫でのことを思い出し、ハッと体を起こす。

 

「荊儀――!」

 

 起き上がってから、ベッドによりかかる金髪に気づいて、ほっと胸をなでおろす。

 助けられた、生きて抜け出せたんだと実感してなんだか気が抜けてしまう。

 小さな寝息を立てる荊儀の様子に、ずっとそばで見守ってくれたんだろうかと、都合のいい想像をしながら荊儀の頭を見ていると「う~ん……」という寝言とともに頭を動かして顔が見られるようになる。

 緊張感のないアホヅラだった。よだれのあとが見えて申し訳ないが笑ってしまい、その拍子に咳き込んでしまう。

 

「……ん?」

 

「あ……」

 

 声を出したせいか荊儀が起きてしまい、目が合う。

 状況に気づいたのか、自分の顔に触れて顔を真っ赤にし、ドタバタと音を立てて離れた。

 

「ちが、ちょっ、顔見た!?」

 

「見た。よく寝れた?」

 

「バカバカバカ! そこは見てないって言ってよ!」

 

「だって嘘つくなって言われてるし」

 

 言ってから、そういえばこれ今の荊儀に言われてないことに気づいてサッと血の気が引く。

 が、荊儀は気にしていないというか、それよりも顔を隠すように腕でガードするのに必死だった。

 

「信じられない……乙女の寝顔を見てなんなのよ……ほんっとキモい……!」

 

「悪かったよ。荊儀がそこまで怒ると思わなかったんだって」

 

 

 ふと、美沙杜のことが脳裏をかすめた。

 目の前で顔を真っ赤にしながら慌てふためく荊儀を、また何かに巻き込んでしまうかもしれないし、荊儀が中心となって俺がそれに巻き込まれるかもしれない。

 なにもかもわからないことだらけで、俺の安易な選択が何かを壊してしまうかもしれない。

 それでも、荊儀のこんなふうにコロコロ変わる表情に笑顔が混じるようにしてやりたい。

 

「……結依」

 

「え?」

 

「結依って呼んで。荊儀だとお兄ちゃんと被るからだから。ややこしいからであって意味はないから」

 

 名前で呼ぶように言われたが、別にわざわざ言い訳をつけるあたりがめんどくさいというか素直じゃないというか。

 別に名前で呼ぶことは全然問題ないが、そうなったら俺だって注文をつけてもいいだろう。

 

「じゃあ俺のことも名前で呼んでくれよ。不公平じゃん」

 

「……気が向いたらね」

 

 自分だけ呼ばせておいてそっぽを向いたかと思うと、何か言いたげにしているので黙って荊儀……結依を見ている。

 

「綜真」

 

 意を決して絞り出された声はわずかに緊張しているのがわかる。

 

「その、多分だけど守ってくれたんでしょ? ……あ、ありがと」

 

 顔はさっきよりも赤くはないが、薄紅色に染まった頬は色白の結依を彩ってしまう。

 かわいいなぁ。

 

「もっかい言ってくれたら元気になれそう」

「ほんとにバカじゃないの!?」

 

 ちょっと冗談交じりでリトライを要求したがさすがに駄目だった。

 そんな、殺伐とした倉庫を乗り越えたからか気が抜けていたんだろうか。

 

 

「元気そうじゃんね」

 

 男の声にびくりとして声のしたほうを見る。結依もほとんど同じタイミングでそちらを見た。

 

 そこにいたのは亜麻色の髪をした男だった。眼鏡越しに赤い目が俺たちをまっすぐ見ており、笑顔こそ浮かべているがどこかヒリヒリした空気をまとっている。

 独特な上着を肩にかけ、扉に寄り掛かるように部屋の外からこっちを見ていたが、何かを手に部屋へと入ってきた。

 

「楽しそうなトコちょっと悪いけどコレとかさすがに説明とかしてもらわないと困るんだよね」

 

 手にしたハッピータリスマンの入ったケースをチラつかせて亜麻色の髪をした男は笑顔のまま俺に近づく。

 

「どーも。ま、そんな警戒すんなって」

 

「俺は吉田田吉(よしだたきち)。上から読んでも下から読んでも吉田田吉でございますよっと。結依ちゃんの兄貴から結依ちゃんを任されてるおにーさんだぜ」

 

 とりあえず、なんかちょっと圧を感じはするが結依の保護者代わりというなら敵ではないはずなのだ。……敵じゃないはず。

 

「じゃ、とりあえず学校サボったところから倉庫の件まで全部ゲロってもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 




一区切り(1章)したので少し更新休みます。
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