頭のおかしい女に乗り移ったわたしはこの世界を終わらせたい 作:himechan(30)
「……ゲルトルード、今、何と言った」
ゆっくりと玉座から立ち上がった父王オスロエスは底冷えするような声音でそう言った。
全ての作法を無視して父王の前に立ったわたしにあらゆる視線が注がれる。その殆どが戸惑いでほんの僅かな賞賛、愉悦、そして敵意。
わたしの隣では、暗い粗布を纏った弟が父王に平伏したまま目線だけをこちらに向けて驚きの表情を浮かべている。血の気のない青白い顔に感情が宿る所を久しぶりに見た気がする。
その外見はみずほらしい祈祷師にしか見えないが、この弟こそがロスリックにおいて最も尊いとされる国父の名を冠した“薪の王”だ。
でもそんなのはわたしにとってどうでもいいことだった。
わたしはできるだけ鬱陶しそうに前髪をかき上げて声を張った。王家の証である銀髪がふわりと舞う。
「こんな世界ぶっ壊れればいい、と申し上げました」
わたしはどうせ帰れない。
青い空と太陽は二度と見られない。思い出はこの頭の中にしかない。家族や友達の顔や声はいつの間にかおぼろげになって、分かち合える人は誰もいない。城の中から辛気くさい雲に覆われた白い空を見るたびにうんざりする。これはゲームだ。帰る方法がないなんてわかってる。神なんてただのデカい人間であいつらにそんな力なんてない。だからわたしはこんな世界なんていらない。他人なんか知ったことか。誰もわたしの気持ちなんてわからない。
終わっちまえ、クソ世界。
「火継ぎなんてするな。人柱がいなきゃ成り立たない世界なんておかしいだろ。これから何度同じ事を繰り返すつもり。わかってるでしょ詰んでるんだよこの世界は。どうにもならない状態を無理矢理延命してるだけだっ。そんなもののために生贄を差し出してどうする。あなたたちの息子が、王子が、家族が焼かれ続けて永遠に苦しむことになるんだぞっ。世界が救われるなんて嘘だよ、ロスリック。ほんの少し寿命を延ばすためだけにあなたが苦しむ必要なんてない。どうせ世界は終わるんだから好きに生きればいいっ。世界ごと終われば誰も亡者にもならずに済むだろうが。そんなに神とかいうやつらが大事か。あいつらはただデカくて力が強いだけの人間だぞっ」
ロスリックの城、火を継ぐためだけに生まれた弟が十歳を迎え、謁見の間にて《祝福されし白銀の剣》を下賜された時、王と后はじめ、兄や側近達が一同に会する中、大声でわたしはそう言い放った。
そしてわたしは幽閉された。
※
この世界に《天使》は存在しない。
これがわたしの結論だった。
原作において光と声を失い頭のおかしくなったゲルトルードは絶望と狂乱の中で天使と交信し、膨大な奇跡の物語を得た。
そして何らかの方法でロスリック城下に天使の物語をばらまき終末思想に侵された天使兵を創り出した。
天使というのはゲルトルード本人が思いついただけの粗製濫造された人造神話で、交信したというのもただの錯覚だ。そもそも常人では知覚できない上位存在が預言者として目も見えず声も出せない、おまけに幽閉されて動けないゲルトルードをわざわざ選ぶかと言われれば疑問だ。
実際にゲルトルードが描いたのは「常人には理解できない破綻した書付」だったらしいし。
ただ、たとえ破綻した物語であろうと、信じる者さえいればそれは真実になる。
世界が終わりに近づいている時だからこそ、ゲルトルードの考えた天使たちは不安を抱えた人の心の隙間に入り込むことができたんだろう。
そもそも本当に《天使》なんていたらダークソウル(無印)で出てきているはずだ。天使は神の先兵なんだから、ひとりやふたりアノール・ロンドに存在していなければおかしい。
『はて、私めは魔術の徒でございますれば……ただ《天使》なるものの物語は聞き覚えがありませぬ。お力になれぬことお詫び申し上げます。ゲルトルード様』
前に古老と呼ばれていた大書庫の賢者にそれとなく聞いても、そんな答えが返ってきたので推測に確証は持てない。
ロスリック大書庫が建てられた直後に居たかもしれないアン・ディールに接触できれば確信できたかもしれないけれど、わたしが産まれたときにはもういなかった。そう都合良くは行かない。お母様に聞いても《天使》は知らないそうだ。
ちなみにわたしは幽閉されるまではお母様率いる聖女隊にいたので奇跡に関してはそこそこ詳しい。原作通り『光の恵み』とか使えるし。
あと王家らしく豪華な意匠の聖鈴も持ってるよ。
なんか原作だとこの聖鈴そのうち奪われて結晶まみれにされるらしいけど……。
ちなみに今幽閉されている場所も原作みたいな飢え死にしかねない天井牢じゃなくて、大書庫の中にある普通の居室だ。
頼めば短時間だけなら見張り付きの条件で大書庫の中を歩き回れるので、実のところ全然不自由していない。
隣で一緒に歩いている、漆黒のつるりとしたローブを纏う魔術師然とした女性に声をかけた。
「いつも我儘言ってごめんなさい。クリエムヒルトさん」
「いえいえ、仕事でございますから。それに私としてもゲルトルード様から奇跡のお話を伺えること、いつも楽しみにしているのですよ?」
クリエムヒルトさんは柔らかな笑みを浮かべた。彼女はわたし付きの見張り兼侍女のような事をやってもらっている、大書庫所属の魔術師のひとりだ。自分の仕事もあるだろうにわたしの世話なんて嫌だろうけど、それでも嫌みのひとつも言わないので申し訳ない。それどころかわたしの世間話を楽しそうに聞いてくれる始末だ。
「うーん。魔術と奇跡って基本的に正反対の概念だろうし、ためになるのかしら。ただ、触媒をもって詠唱して結果を喚び出すって意味じゃ同じかも知れないけど……」
奇跡だって回復するばかりじゃなくて《雷の槍》を代表するように攻撃に転じることもできる。そういう意味では《ソウルの矢》と何ら変わらない。何より魔術を撃ち出せる聖鈴やタリスマンだってあるし。実のところ魔術と奇跡はとても近いものなのかもしれない。
「……ゲルトルード様は物語を紡ぐことをまるでただの機能の様に仰せられる。ロスリックの聖女というお立場からすればありえぬことです。その有り様はむしろ魔術に近しい……」
クリエムヒルトさんはわりとぶっちゃけてくる。わたしが幽閉されたからそこまで敬わなくても良いや感あるのかな……まあこのくらい近しい方がわたしも接しやすいけれど。
で、なんでわたしがわざわざこんな幽閉されるようなことをしたかという話になる。この世界をぶっ壊したいのにまるで逆の行動をしているといえばそう。ただこれは必要なことだったと思っている。
勘でしかないけど、今の王城はなんだか嫌な感じがするのだ。
そして今クリエムヒルトさんと普通に目を合わせて話しているように、わたしは原作ゲルトルードとは違い、幽閉された今も目は見えてるし声も出せる。
わたしはゲルトルードとして産まれてからというもの、ただ疑っていた。彼女の目と声を潰したのはロスリックの呪いではないかと。
兄の声と両足を奪ったように、ゲルトルードに対してもそうしたのではないかと思ったのだ。
健康体で生まれた兄や姉への恨み、そして薪の王として消費される自分自身への絶望から最も近いきょうだいに呪いを放った。といえばかなりすんなり通じる考察ではある気がする。
だから今まであの手この手でどうにか弟の好感度を上げてきて、実際に幽閉されてもわたしが五体満足ということはその作戦は成功だったと言っていい……のか……?
そもそも弟が犯人だという根拠が薄すぎるので、これに関しては警戒を続けたほうが良い。
何にしろ原作通り目と声を潰されたら、この世界をぶち壊す計画も何もなくなってしまう。ただいずれ現れる、主人公たる《火のない灰》に対して願望の成就を祈ることしかできなくなる。それはだめだ。
世界への復讐はわたしの手によって行わなければならない。