青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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たとえその笑みが、他の誰かに向けられることがあるのだとしても
きっとそれを、尊いものだと思うのだ


十一話 苦くて、憂鬱で、ほんのり甘い

 

 一色からの連絡の後、俺は特に何もすることなく予定通り珈琲を淹れていた。今日は普通のドリッパーを使ったものではなく水出しコーヒーでコーヒーを抽出しようと思う。

 水出しコーヒーは熱を加えない分、苦味や雑味が抑えられ、一滴一滴時間をかけて抽出するので味わい深く濃いコーヒーが出来上がる。

 フィルターにコーヒー粉を入れ、少量の水で湿らせた後、サーバーにセット。その後水を適量入れて、タンクの中の水が落ち切るのを待つ。

 ポタ、ポタ、と上から抽出されたコーヒーが落ちてくるのをゆっくりと待つ時間は焦れったさを感じるが、俺はこの時間が嫌いじゃない。ゆったりとそして静かにクラッシックでも流しながら優雅な時を過ごす。実に有意義な時間だろう。

 さすがにレコードなんぞは持っていないので、スマートフォンを使ってのものになるが。

 ストリーミングサイトを使って、往年の名曲クラシックでも流そうと思っていると、スマホが着信音を響かせながら震え始めた。

 どうやらまた電話が来たらしい。一色かと思って、画面を見ずに通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「もしもし」

『もしもし、雪ノ下です』

 

 聞こえてきた声はここ最近でよく聞くようになった声だった。透明感のある涼やかな声の主は、雪ノ下雪乃その人だった。

 以前、部活の際に比企谷が遅れてきた時があったのだが、その時にわざわざ由比ヶ浜が探しに行ったことがあった。その際に比企谷の名前を出して、返ってきた反応は「比企谷?誰それ?」というものばかりで探すのに苦労したとか。

 なので由比ヶ浜の提案でそれぞれのメアドを交換することになったのだが、俺がメアドを持ってないもんだから電話番号を教える事になった。その流れで雪ノ下にも教えたのだが、その時に教えたっきりでこちらからも向こうからもかける事はなかった。仮にかけるとしても、俺が必要に駆られてというシチュエーションでしか有り得ないだろうと考えていた

 なので、こうして雪ノ下の方から着信が来るというのは些か、いや、かなり驚きだ。正直言って二度と使うことの無い番号だと思っていたからだ。

 

『田島くん?』

 

 そんなふうに少し面食らっていたせいで、雪ノ下から疑問の声が飛んできた。

 

「悪い。少し、意外だったものだからな」

『私からの電話が?』

「ああ。正直、かけることも、お前からかかってくる事も考えてなかった」

『言葉を失うほど?もしかして女の子と通話をするのは初めてなのかしら。なら喜びなさい。これであなたも一つ上の階段を上ることが出来たわ。勿論、ホモ・サピエンスには程遠いけれど』

 

 俺は類人猿以下だと?相変わらず罵倒となると口の回る女だ。俺の驚きと感慨深さを返して欲しい。

 

「なんだ?俺を罵倒するためにわざわざ電話をかけてきたのか?お前も暇だな」

『違うわ。あなたと一緒にしないでもらえる?』

「だったら要件を言え」

 

 雪ノ下からこれ以上罵倒される事を避ける為に、彼女の要件を聞く。すると雪ノ下一瞬悩むように息を吸ったような、そんな音が聞こえた。

 

『……その、明日のことなのだけれど。暇かしら?』

「明日?用事があるんだが……どうした、何かあるのか?」

 

 雪ノ下がわざわざ俺に電話を直接かけてくるくらいだ、余程の事と見た。まず奉仕部関連であることは間違いない。その中で考えられることは、外部でなにか活動があるのか、あるいは、由比ヶ浜の件か。後者であるならば、確かに彼女が俺に連絡してくるより強い動機になるだろう。

 

『この前、由比ヶ浜さんがどうすれば戻ってくるか考えてみるということは言ったわよね』

「そうだな。それで進捗はどうだ?俺の方は何も思いついていないが」

『一つだけ分かったことがあるわ。由比ヶ浜さんのアドレスに0618って入っていたの。多分、彼女の誕生日よ』

「なるほどな、つまり明日誕生日パーティーでもやるのか?」

 

 雪ノ下が開く誕生日パーティー。どんなものになるのか想像がつかないな。料理だけはクオリティが高そうだが。

 

『それは月曜日。明日は彼女の誕生日プレゼントを選ぶわ』

「ふむ……」

 

 プレゼントか……確かに妥当な案ではある。現状由比ヶ浜が戻ってくるように説得する機会もないのだから。それに、比企谷と由比ヶ浜、直接顔を合わせて話し合う機会を作るという点でも、理にかなっていると言えよう。

 

『本当はあなたにも着いてきて欲しかったのだけれど、用事があるのよね?』

「まあな。しかしなぜ俺を?大して役には立てんぞ」

『それでもいないよりはマシでしょう』

「そうか?」

『そうよ。でも、用事があるならいいわ。一応小町さんも呼んでいる事だし』

「小町さん……?ああ、比企谷の妹か」

 

 俺は詳しく知らないが、川崎弟の依頼の際に比企谷の妹も同席していたそうだ。名前は比企谷小町。雪ノ下や由比ヶ浜が言うには、本当に比企谷の妹かどうか疑わしい程の溌剌さと可愛らしさを備えた中学生との事。

 話が違わなければ確かに適任ではあるだろう。俺や比企谷、雪ノ下よりかは最近の流行にも詳しそうだ。

 

「なるほど、確かに兄よりも適任だな」

『ええ、そうでしょう?あなたよりもね』

 

 クスクスと雪ノ下が俺を嘲笑する。

 

「……とにかく、プレゼントだな?俺の方でも見繕っておく」

『お願いするわ。私、彼女に伝えなければならないことがあるから』

「そうか。話は以上か?なら──」

『待って』

「あ?」

 

 通話終了のボタンを押そうとすると、赤いアイコンに指が触れる直前で雪ノ下から止められた。

 

「……なんだ」

 

 再びスピーカーからは雪ノ下の息遣いだけが聞こえる。これだけ言うと変態のようだが、ノイズ混じりのそれはあまり心地の良いものではない。それにこの静寂は、まるで問い詰められているような息苦しさを感じる。

 

「……おい。用件がないなら切るぞ」

『あなたは……あなたは由比ヶ浜さんに伝えることはないの?』

「俺が?」

 

 なぜ俺なのだろうか。今回の一件の原因は比企谷だ、俺はなんら関係の無い話だろう。まあ同じ部員という括りで見れば彼女の言い分も分からなくはないが。

 しかしながら質問の意図はわからない。

 

『……ないならいいのよ。それじゃ』

 

 そう言って雪ノ下は電話を切った。

 電話だと相手の顔色が見えないから、何が言いたいのか分からなくて少し怖い。

 抽出したコーヒーをカップに入れて、それを飲みながら先程の雪ノ下の質問を考えるが、やはり俺には分からなかった。

 

 

 来る日曜日。

 今日は梅雨の晴れ間と言うべき晴天の最中、俺は一色に指定された駅前の待ち合わせ場所に立っていた。

 季節も夏に入ったばかりであり、うだるような暑さだった。根っからのインドア派の俺としては立っていることすら辛い。どこか座れるところでもあればいいが、休日の駅前は家族連れのやカップル、休日すらも仕事の人間等で賑わっており、座れるようなところに俺の居場所はない。

 仮に空いているところあったとしても、そこには先にカップルやら何やらが座っており、一人分すら開けられないスペースで、しかもその上彼らの間座ることになる可能性があるなんて考えると、さすがにゴメンだ。

 だからこうして突っ立って待っている訳だが、流石に辛い。

 それにしてもあの女いつ来るんだ。かれこれ待ち合わせ時間から三十分は過ぎている。一色は普段から待ち合わせをするとなるとだいたい遅れてくる訳だが、今回は特段遅い。一体何をしているんだ、全く。

 目立つ女だし、何か面倒な輩に絡まれてなければいいが。さすがに電話ぐらいかけてみようと思い、スマホを取りだしたタイミングで声がかかる。

 

「すみませ〜ん!お待たせしました〜!」

「……遅いぞ」

 

 ベージュのオーバーオールに、白のブラウスとスポーツサンダルといった夏らしい涼し気な格好をして、一色いろはは待ち合わせ場所にやってきた。少し息が乱れているのを見るに、それなりに急いで来たことが伺える。

 俺の返答に納得がいかなかったのか、一色はジトッとした視線を飛ばしてきた。

 

「……こういう時は、『今来たとこ』と返すべきって、前もわたし言いましたよね?」

「こんなクソ暑い日に待たせる方が悪い」

「しょうがないじゃないですか〜。人身事故で電車止まっちゃったんですよ」

 

 遅れてきた理由は人身事故か。スマホで軽く調べると、確かに電車が遅延しているようだ。嘘ではないらしい。まあ、別に疑っている訳ではないが、念の為である。あくまで念の為。

 

「なら電話ぐらい入れろ。そうと分かっていたなら適当な店で涼んでたというのに、全く……そら行くぞ」

「あ、ちょっと待って下さいよ〜」

 

 何か言いたげな顔をしていた一色だが、俺は話を切って歩き出す。何しろ暑いのだ。いい加減、クーラーが多少なりとも聞いた屋内に入りたいという気持ちを優先してしまうのも仕方のないことだろう。

 まあ、それと少し心配して損をした気分、というのもなくはないが。

 

「もしかしてずっと外で待ってたんですか?」

 

 隣に並んだ一色が顔を覗き込むように聞いてくるが、思わず視線を逸らしてしまう。

 

「……悪いか?」

「いえ。馬鹿なのかな?とは思いましたけど」

 

 呆れたように一色はクスリと笑う。 

 

「お前が遅れてこなければ待つ必要もなかったんだがな」

「いや、だからそれは電車がですね……」

「わかっている、それでも恨み言の一つくらいは言わせろ。それで?今日は何をするんだ?」

 

 実の所今日の目的地はららぽーとというのは聞いているが、そこで何をするのかは聞いていなかった。なので向かう道中でついでに一色に質問をしてみる。一応デートという話でもあるので、本来なら俺がプランを考えるのがいいのだろうが、面倒、かつコイツから誘ってきたのだからやりたい事くらいはあるだろう。

 

「そうですね……なんか、服とか見たいです」

「服か……まあ構わんよ」

「あとはぶっちゃけノープランです。田島さんは何かやりたい事とかありますか?」

「ない…と言いたいが、実はある」

「え」

 

 ぽかんと口を開けた間抜け面で一色はこちらを見る。そんなに俺にやりたい事があるのが珍しいのか。珍しいのだろう。何しろ俺もそう思う。

 

「色々と見て回りたい。お前の要件が終わってからでいいが」

「それは勿論いいですけど……」

 

 ボソリと一色は「ちょっと驚いた」と胸に手を当てている。そこまでか?そんなに心拍数確かめるような行為をする程に俺が目的を持って動くのが意外なのか。

 まあでも、一色ならばそうなのかもしれない。俺を誰よりも知るこの子ならば。

 

「とにかく、さっさと行くぞ」

「ちょっと、待ってくださいよー!」

 

 俺は少しだけ歩みを早めた。一色に対する申し訳ない気持ちを悟られないように。

 

 

 休日のショッピングモールはやはりと言うべきか人が多い。学生や家族連れ以外にも老若男女問わず様々な人間が集まっている。

 近隣でも最大のショッピングモールと言うだけあって、広いのでその分やってくる人間も多い、というわけだ。

 その分店員達もやる気に溢れているわけで、そんな中アパレル系なんかの店に入ってしまうとどうなるかと言えば───

 

「お客様、本日は何をお探しでしょうか?」

「ああ……いや、ぼくは連れを待っていまして……」

「そうですか、何か御座いましたらお声がけ下さい」

 

 こうなるのである。俺は普段こうした大型のショッピングモールなんて全く利用しない人間であり、服なんかは専ら古着や適当にネット通販で買っているので慣れていない。とはいえそればかりだと駄目だと一色に言われて、時折こうした店に来るのだが未だに慣れそうにないな。

 服屋やアパレル系の店員は、こうして話しかけて売るノルマがあるとかどうとかと以前に聞いたが、そのノルマを達成する為に彼らも必死なのだろう。俺としては迷惑なことこの上ないが。他人に無遠慮に、自身のパーソナルスペースにはいられるというのは中々どうして筆舌に尽くし難い。

 一人だったら近づいてくる気配を察して立ち去るのだが、今回は一色がいるのでそうもいかなかった。

 

「田島さん、これとかよくないですかー?」

 

 そんな店員に辟易していると、一色が夏服のTシャツを持ってきた。白地で胸元にワンポイントのあるものだ。

 

「あ?ああ……良いんじゃないか」

 

 どうでも。

 

「プリーツスカートと合わせると似合いそうだ」

「ですよね!」

 

 なんて言うと拗ねること請け合いなので、適当に答えておく。

 楽しそうに再び物色し始める一色を他所に、由比ヶ浜に渡すプレゼントを考えては見るが、服はないな。重いというか最早気持ちが悪い。

 

「さっきのは買わんのか?」

「はい、お金ないので」

「そうか」

 

 女というのはどうして買う気のないものをわざわざ見に来るのか、いわゆるウィンドウショッピングと言うやつだろうが、どうにも時間の無駄なような気がしてならないな。

 俺はめぼしいものは特に見つからなかったので、一色を放って一度店を出る。外で待っていればアイツが出たとしてもわかるだろうと思い、出てすぐ目の前にあるベンチに座った。

 しかし、ここまで一色の冷やかしに付き合いつつ俺も色々とめぼしい物を探してはみたが、今のところこれだと思うものは見つかっていない。

 由比ヶ浜が好きそうなものとはなんだろうか。イメージとしては、頭が悪そうな物が好きそうではあるが。

 丁度、一色の方もあらかた見たのか店を出たようだし、折角だから聞いてしまおう。

 結局、財布と相談した上でお眼鏡に叶うものはなかったらしく変わらず手ぶらの一色に声をかける。

 

「来たか」

「あっ……もう、田島さん先に出ていたんですね。声くらいかけてくださいよ」

「悪かった。それより、少し質問していいだろうか」

「はい?まあ、いいですけど」

 

 俺の唐突な提案に怪訝な顔しながら一色は頷いたあと、俺の隣に座る。

 

「……お前、俺からプレゼントを貰うとしたら何がいい?」

「はえっ!?…………はっ!?もしかしてわたしを落とすつもりですか?そういうのはいくら田島さんでもちょっと早いと思います、ごめんなさい」

「……随分と久々に聞いたな、その口上」

 

 一瞬硬直した一色は、直ぐに動き出し俺の質問に答えることなくワタワタと腕を前に突き出して早口で何か言ったと思ったら、ペコリと頭を下げた。

 一色いろはの口癖なのだろう。時折こうして何か勘違いをしたと思ったら早口で俺の事をフッてくる。告白もしていないのにだ。勿論、するつもりは毛頭ない。

 最近はあまり聞くこともなかったもんで、思わずそう呟いてしまったが、そうそうに誤解を解く必要がある。

 

「何を勘違いしている、お前に渡すわけがないだろう。知り合いの女に渡す必要があるんだが、その参考にお前からの意見が聞きたかっただけだ」

 

 俺の言葉に一色はむくれる。

 

「は?それはそれでなんかムカつくんですけど。でも納得です。だからさっきからレディースのコーナーを結構真剣に見てるんですね」

 

 一色が気になるくらいには真剣に見ていたらしい。頭を悩ませている目下の原因なので仕方がないのだが。

 

「何を渡したものかと、悩んでいてな」

「渡す相手が誰なのかとかよくわからないですけど、ゴディバとかじゃダメなんですか?」

 

 と俺の話を聞いた一色から提案される。

 

「俺も一度は考えたとも。だが、無難過ぎてもアレだ。今回の目的は関係性の進展にあるからな」

 

 俺だけ無難な選択だとかえって気を遣われていると感じるかもしれない。由比ヶ浜はそういうところは気にする女だろう。

 

「だから一応消耗品ではない物を渡した方が効果があると考えている」

「関係性の進展ですか?誰と?」

「……俺の所属している部活動で色々とな」

「は?田島さん部活入ってるんですか!?」

 

 俺の言葉に一色が今日一の大きな声を上げる。彼女も思ったより大きな声が出たのか恥ずかしそうに今度はボリュームをかなり抑えて耳元で囁くように声を出した。極端だな。

 

「……聞いてませんけど……!」

「言ってなかったか?」

「ないです……!」

「そりゃ悪かった」

 

 確かに言った覚えがない。恐らく言う機会がなかったのだろう。その必要もないというのもあるが。そもそもこうして休日遊びに行くのに部活動に入っているかどうかはさほど重要ではない。

 一色がこうして不機嫌になる理由が俺には思い当たらなかった。

 

「はあ……だから放課後の予定聞いてもいつも空いてないって言ってきたのか……」

 

 と、顎に手を当ててブツブツと呟き出す。

 

「なんだ?」

「なんでもないです!」

 

 一色は勢いよく立ち上がった後、つかつかと歩き出したと思ったら不機嫌そうな顔で振り向く。

 

「何しているんですか、探すんでしょう?プレゼント」

 

 そうしてその顔を帰ることなくこちらへとそう告げてきた。

 その様子にフッと吹き出してしまう。

 本当に、変わらないやつだ。

 ベンチから立ち上がり一色の隣に並ぶ。

 

「悪いな」

「そう思うなら何か奢ってください」

「お前だって遅刻しただろう?」

「釣り合いが取れません」

「……なんだったか、新しいクレープ屋がオープンしたらしいぞ」

「……それなら許してあげましょう」

 

 そう言って彼女はひまわりのように笑うのだ。




大変後れてしまって申し訳ない。
どうにも展開を考える上で没にしすぎて軽くモチベが下がっていたものですから。
あとTRPGのシナリオ作りの方が捗ってしまったのもある。
あとブルアカが楽しすぎたのもある。
いやほんと申し訳ない。

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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