月曜日、退屈な授業を四限目まで受けて今は昼休みだった。
天気は昨日と同じく快晴だが梅雨ということもあり空気は少しジメッとしている。天気予報によれば明日雨が降るとの事なのでその前兆かもしれない。
四限目の教科書やノートを机の中に仕舞い、俺はいつも通りコーヒーを買うために教室を出る。
道中特に何かある訳でもなく、特別棟の購買近くにある自販機までやってこれた。安堵しているのは時折平塚先生とエンカウントする時があるからだ。
あの人、奉仕部に関連する何かしらの連絡を混じえて話をしてくるのだが、中々どうして話が長い。話がすぐに脱線したと思えば、時々重要そうな事をポロリと言うのでこっちも困っている。
今日は夏入りも近いということもあって気温も徐々に上がっており、そんな中エアコンも着いていない廊下で平塚先生の長話を聞くのは、些か、いやかなり堪える。長話がなければ結婚出来るのではないかと思う。ここに本人がいなくて本当に良かった。いたら殴られるのは確実であろう。
そんなことを考えながら、黄色いコーヒー缶の隣にあるブラックの缶コーヒーのボタンを押す、そのタイミングだった。
「あ……」
女の声がした。
そちらに顔を向ければ、そこに立っていたのは最近の悩みの種である由比ヶ浜結衣その人だった。彼女は気まずそうな顔をして、作り笑いを浮かべている。
由比ヶ浜とはおよそ一週間ぶりの邂逅だ。その程度の短い期間しか経っていない筈なのに、由比ヶ浜のその姿はやけに久しぶりに見えた。
そんな彼女の姿に気を取られつつ、自販機のボタンを押す。
ガコンと音を立てて取り出し口に落ちた缶コーヒーを軽く屈んで取り出し口から取りだした。しかしそれは黄色い缶コーヒーで、間違えて買ってしまったらしい。小さくため息を吐いて、俺は顔を上げた。
「……」
何を言うべきか迷っているのだろう。由比ヶ浜は変わらず作り笑いを浮かべながら「えっと」だとか一単語だけ口にしてすぐに黙りこくる。そんな態度に埒が明かないと思った俺は、口を開く。
「一週間ぶりだな、調子はどうだ?」
由比ヶ浜は一瞬驚いた顔をして、少しだけ雰囲気が和らいだあと「えへへ……」と再び先程よりは自然な風に笑う。
「う、うん。久しぶり。元気だよ、えっと、その……部活、行けてなくてごめんね」
由比ヶ浜は申し訳なさそうに表情を暗くする。それと比例して、言葉尻もどんどんすぼんでいった。相当気に病んでいるのがその態度だけで察せられた。
「気にすることじゃない、誰にだって気が乗らない時くらいはあるさ」
「でも……ごめん」
俺の気休め程度の言葉では由比ヶ浜の表情の影を照らすことは出来ない。まあ分かっていたことだ。俺はまた、ため息を吐く。ことの原因は俺ではないし、未だに俺と由比ヶ浜は互いに壁がある。彼女からしたら、気遣っているとしか思われないだろう。
由比ヶ浜は俺の隣に来て、自販機からレモンティーと、カフェオレのボタンを押す。恐らくグループ内の友人からパシられたのだろう。確か、優美子とか呼ばれていた中心格の女がいたはずだから、恐らくソイツから頼まれたに違いない。
取り出し口から二本のペットボトルを取り出し、由比ヶ浜は立ち上がり、こちらをちらりと見る。
「えと……じゃあね」
「由比ヶ浜」
そのまま踵を返してその場を去ろうとした由比ヶ浜の背中に俺は思わず声をかけてしまった。しまった、何を言うかなんて何も考えてないぞ。
「あ、え、とととっ……セ、セーフ。な、何?」
由比ヶ浜は予想だにしない声がけにペットボトルを手から落としかけ、何とか掴んだ後俺の方へと向き直った。
「ああ、いや……部活、今日は来るのか?雪ノ下に呼ばれてるんだろう?」
「……うん、呼ばれてるよ、ゆきのんから」
由比ヶ浜はやけに暗い顔をしながらそう答える。
「そうか。なら……また、部活でな」
「うん……」
そう返事をしたあと由比ヶ浜は、今度こそ、踵を返して去っていった。結局、俺には彼女が何故ああも表情が曇っているのかついぞ分かることはなかった。
◇
昼休みの後、これまた退屈な授業を二時間聞いて、ようやく放課後になった。
体をほぐすために軽く腕を上げて体を伸ばせば、バキバキと嫌な音が鳴る。これだから学校の椅子は嫌いだ。
相変わらず眠いと訴える脳を、コーヒーを飲んで無理やり覚醒させつつ、俺は立ち上がる。これからある意味で一大イベントをやらなければならないのだ。気合いを入れなければならない。
後ろの席を移動すれば、クラスメイトがカラオケ行くだのなんだのという話が聞こえてきて、それをBGMにして俺は教室の戸に手をかけた。窓が空いているおかげで風通しが良く、比較的涼しい教室から廊下に出れば、ジメジメした空気が肺に入り憂鬱な気分になる。
俺はこの梅雨特有の妙な匂いのする湿度の高い空気が嫌いだ。これに加えて雨が降っているとより最悪だ、その日は出掛けたくない。低気圧のせいか頭痛がすることすらある。それもあって俺は雨と雪の日が嫌いだった。
何時もよりも足早に歩き部室を目指す。特別棟に入り、やがてして部室の前に着けば見知った顔が二つ。比企谷と今日の主役である由比ヶ浜だった。
二人は顔を下げて黙りこくっている。
「何をしている?」
「うおっ!?」
「わっ、た、田島くんか。びっくりした〜」
相当驚いたようで彼らは二人してワチャワチャしながら後退り、その後俺とわかったのか安堵の息を吐く。
「人の顔を見て驚くな、失礼だろう。それよりも邪魔だ。入らないならどけ」
「お、おう……」
主役がいる訳ではあるが、それはそれ、これはこれ。邪魔なのは事実なのだから。どうせ映画でポップコーンを食べようとして、お互いの手が触れ合った時のように互いに目を見つめあってしまって、気まずくて視線を逸らし沈黙していたのだろう?チッ、リア充め。爆発しろ。それか滝に打たれて煩悩を一切合切消し去ってくるがいい。
いかんな、少し蒸し暑いからからイライラしてきた。さっさと部室に入ってしまおう。
部室の戸を開けると、窓から吹き込む爽やかな風が頬を撫でる。そうして雪ノ下と目が合って、彼女はすぐに露骨にガッカリした顔になった。
「……こんにちは」
「そう、ガッカリした顔をするな。お待ちかねの人物は俺の後ろだ」
俺が部室の中に入ると、続けて比企谷と由比ヶ浜も入ってくる。
「うす」
「や、やほー。ゆきのん……」
由比ヶ浜はわざとらしく明るい声で答えると、雪ノ下はさも興味なさげに本へと目を下げる。
「……そんなところで立ってないで、早く座りなさい。部活始まっているのよ」
雪ノ下はいつも通りを装ってそう告げているが、明らかに頬が紅潮している。下を向いて隠しているつもりのようだが、誰がどう見ても明らかだった。由比ヶ浜が部室に顔を出したことがそれほどまでに嬉しかったらしい。まあ、由比ヶ浜の方は、雪ノ下が部室にいるという事で部室に入るのを躊躇っていたがな。
さもありなん。
「う、うん」
雪ノ下に促されるように、由比ヶ浜は彼女の定位置である、俺の左どなりの席に座る。俺や、比企谷も同様に定位置へと腰掛けた。
とりあえずコーヒーでも入れるかと、俺が席を立ち上がると、皆の視線が集中した。それに呆れたような溜息で返すと、カバンから取りだしたミネラルウォーターをポットの中に入れて、湯を沸かす。
奉仕部を妙な沈黙が支配する。いつもはダラダラと携帯を弄くりまわすであろうその拳を、膝の上で握って軽く俯いている由比ヶ浜も、緊張しているのか、あるいは由比ヶ浜を意識しまいとして逆に意識をしているのか微動だにしない雪ノ下も、そしていつもよりも皆の動向を、興味なさげに頬杖をつきながら、しかし注意深く探るように視線を動かす比企谷も。いつもと違う彼らのその態度がこの沈黙を作っている。
誰も彼もが、口を開かず、だが皆が誰が喋ってもいいようにその一挙一動を見逃すまいと耳を澄ませる。
どいつもこいつも、肩の力が入りすぎだ。そもそも、そこまで緊張することでもないだろう。確かに由比ヶ浜と部活動では久々に顔を合わせるわけだし、比企谷だってこうした状況を作った一因だと多少は自覚している訳だから、気まずくなってしまうのも分からなくはないが……。
時計が秒針を刻む、それすらも嫌な音として認識してしまいそうなこの沈黙は、俺を憂鬱にさせた。だから口を開く。再び、皆の視線が俺へと集まった。
「雪ノ下、呼んだのはお前だろう。そろそろ本題に入れ」
俺がそう促せば、雪ノ下はピクリと、肩を小さく動かしたあと、パタンと本を閉じた。それを見て、俺は再び席に着く。
「え、ええ……由比ヶ浜さん」
雪ノ下は今までにないくらいに深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
その後由比ヶ浜に向き直って、何かを口にしようと、体をそちらへ向け口を開くが、言葉出てこなかった。それに合わせて、由比ヶ浜も体を雪ノ下へと向けるが、視線は未だに下を向いていた。
こりゃあ拉致があかなそうだな。何かしら、手助けでもした方がいいと思い、口を開こうとするが、俺よりも先に由比ヶ浜が口を開こうとしたのを見てやめた。
「あ、あーっと……ゆきのんと、ヒッキーのことで、話があるんだよね」
「ええ、私たちの今後の事で、あなたに話を」
雪ノ下が言葉を続けようとすると由比ヶ浜がそれを遮るように言葉を発した。
「や、やー、あたしのことなら全然気にしなくていいのに。や、そりゃ驚いたし、びっくりしたって言うか……でもそんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫だよ?お祝いとか、祝福とか、そんな感じだし……」
「よ、よくわかったわね……そのお祝いをきちんとしたかったの。それに、あなたには、感謝しているから」
「や、やだなー……感謝されるようなこと、あたししてないよ……何も、してない」
「自覚がないのはあなたらしいわね」
そうして由比ヶ浜と雪ノ下の絶妙に噛み合っていない会話が始まった。お互いに主語がないせいで、勝手に脳内補完で話が進んでいる。雪ノ下が伝えたい想いと、由比ヶ浜が受け取った意図が食い違っているような感覚だ。ちぐはぐと言えばいいだろうか。
雪ノ下は感謝を伝えようとしているのに、由比ヶ浜はそれを受け取りたくないような反応をする。雪ノ下が言葉足らずなのか?とにかく由比ヶ浜が何らかの勘違いを加速させているのは間違いない。
その証拠と言うべきか、雪ノ下の言葉に由比ヶ浜は昼休みに見せたあの影がある顔をしていた。いや、むしろあの時より酷いか。よく見れば細めた目は潤んでいる。
しかし一体由比ヶ浜は何を勘違いしているのか、少し考えてみるとしよう。
まず由比ヶ浜は『ゆきのんとヒッキーのことで話が』といった。しかしそこには俺がいない。対して雪ノ下のいう私たちの今後とは、奉仕部の事だ。由比ヶ浜の言っていることが奉仕部の事ならば、自惚れているようではあるが、俺が入っていないのは些か可笑しい。つまり、この時点で食い違いが発生している可能性が高い。
となれば由比ヶ浜にとって雪ノ下と比企谷の事で聞きたくない話とは何か。そこに俺が入らない理由は何か。更に由比ヶ浜の比企谷に対する想いは何か。そう、今までの由比ヶ浜の態度を見ればそれは明らかであり、導き出される答えは一つだ。
それに辿り着いた時俺は思わず天を仰いだ。
雪ノ下……お前、由比ヶ浜を今日部室に来るように言った時、一体どんな台詞を吐いたんだ?全く。
そうして思考を切るように俺が深いため息を吐くのと、由比ヶ浜が思い切るように口を開いたのはほぼ同時だった。
「あ、あの」
そのタイミングでダンダン!と強いノックの音がした。その音だけで随分とノックの主は焦っていることが伺える。よく聞けば、荒い呼吸音とふしゅるるる〜とまるで獣の嘶きが如き音も聞こえる。おいおい、ここはいつから動物園になったんだ。
雪ノ下がそっと本を膝の上に置いて、扉に向けて声をかける。
「どうぞ」
その声と同時に黒い影がヌッと伸びてきた。
「うおーん!ハチえもーん!」
間がいいのか悪いのか。いや、やはり究極的に間の悪い人物は、誰が予想したか俺を何故か師と仰ぐクソッタレな暑苦しく騒がしい迷惑男。材木座義輝。その人だった。
お ま た せ
いやごめんなさい、ほんと許してください。
予想以上に伸びてしまってノリと勢いだけで展開を考えて良いのだろうか、とモンモン悩んでいたんです本当です
嘘です、遊戯王とブルアカしてました
あと、前回言った遊戯部との対決は次回になります。
それはそれとして
多くのお気に入りと、評価誠にありがとうございます。
これからもこんな感じでゆっくりと更新していきますので、お暇であれば読んでくださると幸いです。
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