青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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十六話 どこを向いて歩けばいい?

 およそ、夏というのは人から嫌われている季節なのではないかと思う。暑いし、夏休みのせいか街中にいる人の数が多いし、なにより暑い。暑くて干からびてしまいそうだ。

 故にエアコンのある屋内こそ最高なのだ。それは今まさに俺がいるこの自宅のことであった。ビバ、屋内。このまま夏休みは自宅に引きこもっていよう。……いや、喫茶店巡りくらいはしたいのでどうせ外出することにはなるのだが。

 夏休みが始まってからおよそ一週間。特にやることもない俺は、いつものように日課のピアノだけ終わらせて、テレビの前に座っていた。

 

「よし」

 

 暇になったらコーヒーを淹れよう。

 今日はいつもと趣向を変えて、エスプレッソを淹れようと思っている。

 エスプレッソは、普段のドリップ式の重力によってコーヒーを抽出するものと違い、高い圧力をコーヒー豆にかけることによって、一気にそれを行う。短い抽出時間と、少量の湯によって行われる抽出は深いコクと旨みだけをコーヒー豆から引き出すのだ。故に普段のドリップしたコーヒーとはまた違った味わい深さがあるのだ。

 まずはエスプレッソメーカーを用意する。これは所謂直火式のエスプレッソメーカーで、マキネッタと呼ぶ。

 まずはボイラーに水を入れたら、いつものようにコーヒー豆を挽いていく。エスプレッソには豆をかなり細かく挽いた極細挽きが適している。

 挽き終えたコーヒー粉をバスケットの中に入れる。バスケットに入れる際は、あまり強く押し付けないで軽く鳴らす程度に留めておくのがポイントだ。

 そうしたらボイラーをセット、バスケットをボイラーに差し込む。そうして組み立てマキネッタをコンロの上に載せ、コンロを弱火にして、そのまま加熱を始める。

 後は待つだけだ。

 ここにミルクフォーマーがあると、更にカフェラテすら作れてしまうのだ。まあ持ってないのだが。それを加味しなくても、マキネッタさえあれば、簡単にエスプレッソ、それに連なる飲料を作れてしまう。技術進歩様々だな、全く。

 手持ち無沙汰になった俺は、スマホでなんとなしに天気予報を見れば、ここ一週間は晴れの日が続くそうだ。

 雨に降られるのも困るが、晴れが続くというのも些か憂鬱だ。かんかん照は好きじゃないのだ。雲間から陽射しが差し込む分には良いが、ずっと照らされては気も滅入る。

 といっても今の俺には全く関係ないのだがな!幾ら一色に誘われたとて俺は家を出ないぞう!別に誘われてはないのだが。

 総武高のサッカー部の事情は戸部から聞かされるどうでも良い話でしか詳しくは知らないが、どうも夏休みは練習に試合となかなかハードなスケジュールらしい。我が高校は別方サッカー部が強い訳では無いそうだが、夏休みともなると流石に忙しいのだろう。

 一色がマネージャーだとしても付き添いだのなんだのと色々あるのだそうだ。メジャーな運動部のマネージャーはきっと大変なのだろうさ。奉仕部の俺には全くもって関係のない話だが。

 そういう我らが奉仕部は夏休みは特に何もない。元から大した活動もない部活動だ。当然と言えるだろう。そもそも奉仕部は何部カテゴリーなんだ。文化部でいいのか?

 そろそろコーヒーも抽出し終えただろうし、コンロの火を止めて、ふと思い出す。

 

「いや、そういえば平塚先生が何か言っていたな」

 

 あれはそう、夏休み前、平塚先生にいつものように声をかけられた時のことだ。

 

 

「田島じゃないか。ちょっといいか?」

「……ええ、大丈夫ですよ」

 

 夏休み前の最後の提出物を提出し、いつも通り奉仕部に向かおうとしたところで、恐らくHRが終わったであろう平塚先生と出くわした。どうやらなにか用があるとの事なので、俺は了承していつものように立ち話を始める。

 

「それで、ぼくになにか用ですか?」

「うむ。ちょっと伝えたいことがあってな。夏休みの部活動についてだ」

「奉仕部の夏休みの活動ですか」

 

 正直に言うとやりたくはない。夏休みまでもが奉仕部の活動に支配されるというのはゴメンである。まあやるというのであれば、参加はするのだが。極力、可能な限り。

 

「ちなみにどんな活動をするのでしょうか」

「小学校の頃、君も夏休みに林間学校をやっただろう?それのボランティアだよ」

 

 それを聞いて眉をしかめてしまう。平塚先生はそんな俺の様子に愉快そうに眉を上げると、愉快そうに、そして呆れたように笑う。

 

「そんな露骨に嫌そうな顔をするな。せめて隠す努力くらいはしたまえ」

「すみませんでした。以後気をつけます」

「心のこもってない謝罪だな、全く。これはいつものように決定事項だ。異論反論は認めないぞ」

 

 そう言って得意げに腕を組めば、彼女は再びニヤリと笑った。

 

「日程などは追って連絡をしよう。ああ、丁度いい君ともメールを交換しておこう」

「自分はメールやっていませんよ」

「なら今始めたまえ」

 

 そう言って俺は強引の平塚先生とメールアドレスを交換した。もちろん部活には遅れた。しかし何故だか雪ノ下から罵倒が飛んでこなかったのは、幸いだったといったところだろう。

 

 

 ああ、確かこんな話だったな。そうだった。しかしメールか。一応何かしら来てる可能性も捨てきれないので、確認してみるとしよう。

 エスプレッソメーカーから抽出したコーヒーをカップに入れつつ、手元にあるスマホのロックを解除する。フリーメールのアプリをタップして開けば、確かに数件メールが来ているようだ。

 いくつかのどうでも良いメールの中に、平塚先生のメールも送られてきている事に気づく。

 

差出人:平塚静

題名「林間学校のボランティア活動における日程のご連絡」

 

 という題名でメールが届いていた。

 内容を読めば、ボランティア活動は一週間後のようだ。今思い出しておいて良かった。これで当日にメールを見ていたなんて事態になってしまったら、俺がどんな目に合うのか想像がつかないな。いや、そもそも想像なんぞしたくもない。

 カップに注いだエスプレッソを啜りながら、寝室に戻る。少しはしたないが、誰も見ていないし問題はないだろう。いい味だ、悪くない。

 階段を登って、寝室のドアを開ける。

 我ながら物の少ないというか、生活感のない部屋だ。寝る時以外はあまり使わないのが原因なのだが。

 本棚の上の倒れた写真立てをそのままに、隣にある卓上カレンダー、そこの今日から一週間後の日に印をつける。

 カレンダーに印をつけるのは久々だな。中学生の時はよくつけていたが。そもそも二年生になって奉仕部に入ってからやることなすこと久々なことばかりだ。

 誰かのために頭を捻るのも、誰かを祝うのも。

 そう考えると、一色には悪いことをしている。今年も昨年もあいつの誕生日を祝ってやるのを忘れていた。

 どうにも最近忘れっぽくなっている。元々あまり記憶力はいい方では無かったのだが、最近は余計にだ。

 これから、変えていければいいのだが。まあ、奉仕部にいればきっとなにか変わるはずだ。

 変わらなくてはいけないのだ。そうだとも。いい加減、後ろばっかり見ていてはいけない。いい加減、前を向かなくてはならない。

 

「ああ、しかし───」

 

 ベットの上にゴロリと寝転がる。

 

「前って一体どこなのだろうか」

 

 そうして目を閉じた。

 

 

 一週間後、平塚先生から聞いていたボランティアの朝になった。

 必要なものをカバンに詰めて、そして外出用のコーヒーメーカーをケースに入れて一息ついた。後は時間が来るまで待てばいい。水を注いだコップを飲み干して、適当に洗った後ラックの上に置いておく。

 確か二日だか三日だかの予定のはずだから、今詰めたので問題ないはずだ。

 

「ふぅ……肩が痛い」

 

 ジムに通い始めたはいいが、体を長いこと動かしてなかったせいでどうも筋肉痛が酷い。それと金の問題も酷い。いい加減バイトをしないとな。この夏休みは稼ぐとしよう。

 その為には、とりあえずボランティアを無事に終わらせるとしよう。

 

「んぁ……眠い」

 

 盛大なあくびをしながら、ソファーに沈む。本音を言うと行きたくない。そもそもこの暑さの中外に出るのは阿呆か間抜けか、平塚先生かだ。つまり平塚先生ならやるということだ。ああしかし、眠いな。

 うつらうつらしているところで家のインターホンが鳴った。

 

「あ?」

 

 パチッと目が覚めて、ソファーから立ち上がる。ここの家はドアホンはあるが、カメラがないもんで、仕方なく玄関まで歩いていく。

 

「宅配は頼んでいなかったはずだが」

 

 なにかあったかと記憶を探りながら、玄関のドアを開けた。

 

「あ?」

 

 そこに立っていたのは、サングラスをかけ、頭にカーキー色のキャップを被った女性。一瞬誰か分からなかった。女はふかした煙草を口元から離し、フーっと煙を吐いて、愉しげに口を開く。

 

「やぁ田島」

「……あぁ……?」

 

 女は平塚先生だった。

 俺は、空いた口が塞がらなかった。

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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