青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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誰もが集団で上手くやれるわけじゃない
俺もそうだった。
だからこそ、憧れたのだろう。


十八話 少女と憂鬱な予感

 千葉村に向かい始めてはや一時間が経過した。最初はガヤガヤと騒がしかった車内も、ある程度時間もたてば多少なりとも興奮は収まるようで、今は各々その席に座っているメンバーで喋っている、そんな状態だった。

 聞こえる会話は様々だが、平塚先生と比企谷は夏休みでも働く社会人の悲しみについて話していたり、雪ノ下と由比ヶ浜はいつものようにたわいもない話をしてた。

 では、戸塚と小町さんの間に座ることになった俺はというと。

 

「へー、田島さん一人暮らしなんですね」

「今は亡くなった母方の祖母の家に住んでいる。なんでも売っぱらう寸前だったらしくてな。少し愛着もあったものだから、親に頼んで住まわしてもらっているんだ」

「そうなんだ……」

 

 戸塚と小町さんの間に挟まれて、この一時間殆ど俺に対しての質問に答えるばかりだった。正直言って辛い。あまり自分のことを話すのも慣れていないと言うのもあるが、何より彼女のテンションを見ていると一色を思い出す。似てる訳じゃないが、とにかく思い出すので勘弁して欲しい。

 とにかく話を切ろう。

 

「まあ、俺の事はもういいだろう。それより、小町さんの事を俺はなんも知らん。少し聞かせてくれ」

「は、はいっ。どーぞ!」

 

 少し緊張した面持ちになる小町さんに戸塚は苦笑いを浮かべた。俺も同じく苦笑しながらとりあえず無難な質問をする。

 

「そこまで緊張しなくてもいいからな。とりあえず君は、中学……何年生なんだ?」

「小町は三年ですよ」

「総武高に行こうとしてるんでしょ?八幡から話聞いてるよ」

「ほう、そうなのか」

「はいっ!……でも偏差値的には全然届いてないんですけど」

「そうなんだ」

 

 俺たちの通う総武高校は、一応進学校という扱いになっている。ここ千葉県の中でも、私立を除けばそれなりの学力と、内申点の良さが必要なのだ。

 俺は彼女の学力を聞いてはいないが、喋っている限り、地頭が良いタイプではなさそうだ。ただ飲み込みの速さなどを見る限り、決して頭が悪いという訳ではないだろう。

 

「まぁ、受験まで期間はまだあるんだ。適度にやっていくといいさ」

「はいっ!あっ、田島さんメール交換しませんか?小町勉強で聞きたいこともありますし」

「俺に?対して力になれるかは分からんが……いいぞ」

 

 小町さんとメールを交換する。交換する相手が今のとこ平塚先生含め女しかいないな。交友関係が広がっているように見えて実はそうではないような気がしてきた。

 しかしさっきからひたすらに眠い。昨日の夜もあまり眠れなかったから仕方がないのだが。今日はいつにも増して眠い。話している時も度々睡魔に襲われて仕方がなかった。

 俺を挟んで色々と話す二人の前で、堪えきれない欠伸を思わず盛大にしてしまう。ただ喋るだけで、しかもトイレの関係上コーヒーも飲めないとなると、かなり眠い。

 

「やっぱりさっきから田島くん眠そうだね」

「ん、ああ、いや……」

「あっ、ごめんなさい。小町、全然気づきませんでした」

 

 明らかに申し訳なさそうな顔になるとこちらが困ってしまう。気にすることではない、なんて言っても気にするだろう。これが奉仕部メンバーであれば話は別だったろうに。

 すると前の席に座って、由比ヶ浜と何やらくっちゃべっていた雪ノ下がこちらに振り向く。

 

「気にする必要はないわ、小町さん。その男はいつもそうだもの。ね?睡眠不足くん」

「あ?誰のことを、なんのことを言っている?まさか俺の事か?まさか雪ノ下ともあろう女が、人の名前を間違えるとはな。実に嘆かわしい」

「あら、皮肉の一つも分からないほどに低脳だったのね。微生物の方が余程ユーモアがあるんじゃないかしら」

 

 少々苛立ちながら雪ノ下の方を見れば、クスリと小悪魔のように笑う雪ノ下がいた。こいつまさか今ので助け舟を出したつもりか?どんな助け舟だ、それ。そもそも氷で出来た舟は舟というのか?ただの浮かぶ氷のオブジェクトだろ。

 雪ノ下の強烈なパンチに小町さんも戸塚も少々口が引き攣っているが、せっかく雪ノ下が出してくれた助け舟だ。乗ってやるとしよう。

 

「馬鹿め、あえて無視しているんだ。それに、ユーモアさでいったらお前ほどユーモアさの欠片もない女は見たことがないな!」

「へぇ……言ってくれるわね」

 

 そうして俺は、雪ノ下に買い言葉に売り言葉。といった形でいつもは途中で切りあげる罵倒合戦に乗ってやった。しかしそれは三十分も続き、そろそろ俺が根負けしそうなタイミングで何故か突然罵倒の対象が比企谷になった。哀れな奴だ。後で何かジュースくらいは奢ってやろう。

 

 

 結局寝た。眠気に耐えられなかったのである。しかし睡眠時間が少なかったからか、それなりに良質な睡眠だったのは幸いだった。あるいは人数が多かったから単に浅い眠りというだけだったかもしれない。

 他のメンバーが降りるのに続いて車を降りれば、視界に広がるは一面の緑。自然豊かな木々達が俺を出迎える。

 長い時間座って寝ていたのもあって、体を伸ばせば、体中からバキバキと音が鳴った。

 高原の涼やかな風が、夏の熱気を警戒していた俺の心をほぐす。現代のコンクリートジャングルでは味わえない心地良さだった。別荘を作るならこういう山の高地が良いな。そんな金も気力もないが。

 蒸れた帽子を一度外して、潰れた髪を直していると平塚先生がタバコの煙を吐く。

 

「ここからは徒歩でいくことになる。各自荷物を下ろしておきたまえ」

 

 平塚先生の指示に従って、俺たちはそれぞれワンボックスカーから荷物を下ろしていると、もう一台白いワンボックスカーがやってきた。

 一般客だろうか。こういう林間学校の時は貸切でやっているイメージがあったので、少々意外に思えた。

 車から降りてきたのは、俺と同い年程度の男女四人組だった。四人で来るには随分と若い連中だが、保護者などはいるのだろうか。などと思っていると、その中の一人がこちらを見て声をあげる。

 

「あれ、実くんじゃね?」

「はあ?お前戸部か?」

「やっぱ実くんじゃん!っべー、マジ驚いたわ〜」

 

 声の主は戸部だった。よく見れば、比企谷の方には葉山がいる。どうやら葉山のグループもここに来たようだ。となれば、残りの女子二人は以前に見た気の強い女と眼鏡腐女子だろう。あともう二人、男がいたはずだが、今回は来ていないのだろうか。

 

「実くんもただでキャンプしに来た感じー?分かるわータダとかマジ最高だわー」

「……何を言っている。お前も林間学校のボランティアで来たんじゃないのか?」

「え?マジ?俺そんなこと聞いてねーべ。ちょい待ち、隼人くーん?聞いてた話と違うんだけどー?」

 

 戸部が俺の傍から離れ向こうにいる葉山に話を聞きに行ったのを見て、俺もすかさずその場から離れた。待て、なんて言われたが誰が待つか。

 思わずため息が漏れ出る。奉仕部だけでもうるさいというのに、戸部までいるとは。

 後で平塚先生に話を聞いたところ、なんでも人手が足りないから彼らを呼んだと言う。元々校長に頼まれた件だったらしい。そういうのは学年主任の辛いところだろう。とはいえ俺たちを巻き込めんでるのが、学年主任の権限の使い所だろう。

 そんな話を聞いている時に、平塚先生はなにか思いついたかのように柔和に微笑んだ。

 

「丁度いい、君たちは別のコミュニティと上手くやる術を身に付けた方が良い」

 

 その視線の向く先は、どちらかというと俺に対してというよりかは、主に雪ノ下や比企谷に対してのようだった。

 平塚先生は続けて無視するのでもなく、敵対するのでもなく、ビジネスライクにやり過ごせ、などと彼らに言いつける。まああたりまえの事だ。嘘をつくのではなく、妥協点を探し波風立てることなくやれというもの。今後社会を生きていく上で必須のスキルだ。むしろ俺の得意分野と言えよう。

 しかし隣で平塚先生にそう言われても、了承する訳でもなく、反対する訳でもなく、何か思うことがあるかのように黙りこくる二人にはいささか難題のようだが。

 全く。どうなる事やら、だな。

 

 

 本館まで行き、荷物を置いた後、俺たちは「集いの広場」とかいう開けた場所へと向かわされた。

 そこには約百人はいるであろう小学生達が立っていた。背丈を見るにおそらく小学五、六年生程度。それぞれ発育に差があり、皆が思い思いの装いをしているのもあって中々混沌としている。制服姿でないとこうも統一感が出ないものなのだと改めて思わされるくらいだ。

 そして何より喧しい。やいのやいの、きゃいきゃいきゃいきゃい、がやがやがやがや。ガキは元気が一番とは言うが、限度がある。それこそこう声変わり前の男子、女子関係なく喋り散らかされると、もう、何とも、まあ。いや、今の気持ちを語るのはやめておこう。

 とはいえ流石にバッチリ目が覚めた。この感じなら今日一日は問題なさそうだ。

 やがてしてお馴染みの、皆さんが静かになるまで〜というセリフを先生が言ったあと、お説教が始まる。正直時間の無駄だと思う。その後、今後の予定が説明された。

 今日はオリエンテーリングをするそうだ。一応フィニュシュまでの時間を競うためにコンパスと時計を使って全力疾走する、かなりアクティブかつ真っ当な野外スポーツの一種ではあるが、そこまで本格的ではないだろう。まあよく言えば森林浴しながら散歩的な意味合いの方が強そうだ。きっと子供にはいい経験になる。

 

「では最後に、皆さんのお手伝いをしてくれる、お兄さんお姉さんを紹介します。まずは挨拶をしましょう。よろしくお願いします」

「よろしくおねがいします!」

 

 バラバラに挨拶をする小学生達。正直百人近い子供が同時に声を発すると喧しいことこの上ないな。当時は微塵も違和感などなかったのだから、俺も大人になったということなのだろう。

 小学生たちの好奇に満ちた視線が俺たちへと注がれる。とりあえず、目深く被ったキャップを少し上にあげて、顔ぐらいは見えるようにしておくか。

 そうしていると、別に打ち合わせをした訳ではないのに葉山がスっと前に出た。

 

「これから三日間、みんなのお手伝いをします。何かあったらいつでもぼくたちに言ってください。この林間学校で素敵な思い出をたくさん作ってくださいね。よろしくお願いします」

 

 拍手喝采である。一部の女の子からは黄色い歓声すら上がっていた。

 手馴れてるな。内容も打ち合わせをした訳ではないのに、難しい言葉を一切使わずにそれらしい喋りだった。もしかしたら、普段からこうして人前で喋るのかもしれない。面がいい奴は、内面もいいってことだろう。阿呆か、そんなわけない。

 

「では、オリエンテーリング、スタート!」

 

 そうしてオリエンテーリングが始まった。

 小学生は四人から五人のグループで班を決め、それぞれ山の中を歩き地図上に決められチェックたポイントにあるクイズを回答する。そしてゴールまで辿り着いたタイムと、道中のクイズの正解数で競うというレクリエーションのようなものだった。

 こういったものはやった覚えはないが、きっとうまくやれてるグループは楽しいだろうな。逆に言えばそこで何かを思い出して苦い顔をしている比企谷のようなやつは楽しめないということだが。

 俺たちがやることはゴール地点での昼食の準備、つまるところ雑用である。そこまで行くのは徒歩だそうだ。平塚先生の鬼め。

 ここが涼やかな風の吹く高原ではなかったら俺は道中野垂れ死にしていることだろう。

 歩きつつ、いくつかの小学生の集団とすれ違う。時には一度すれ違ったらことのある顔ぶれとも再びすれ違ったりもする。

 

「お、比企谷またさっきのガキ共だぞ」

「は?お前一々覚えてんのかよ。ロリコンか?」

「目が腐っているのか?いや実際に腐っているか……顔は俺も見分けがつかんが、服装が特徴的な子がいるだろう?」

「マジか……全然わからん。アイドルの顔見分けるのより難しくないか?」

「俺はそっちの方が無理だ」

 

 俺たちは別れる必要はないので、それぞれ会話をしながら進んでいると、女子五人のグループと出くわした。

 このグループは知らないな。

 とりわけ元気で活発な雰囲気を出す少女たちは、その雰囲気の通り元気そうに話しかけてくる。そして気づけばマンツーマンで会話をしていた。

 俺と比企谷と雪ノ下以外で。当然の結果である。

 更に気づけば一緒にチェックポイントを探す流れとなっている。最近の小学生のコミュニケーション能力はすごいな。今日は感心させられることばかりだよ。

 しかしそんな巧みなコミュニケーションをする少女たちだったが、一つだけ、いや一人だけ違和感があった。

 五人のうち一人、班から離れている少女がいる。腰まで伸びたストレートの黒髪、大人びた表情でフェミニンな服装をした少女は、どこか垢抜けた印象を覚えた。そのビジュアルは、世間から充分見た目が良いと言われることは想像にかたくない程には、美少女と言って差し支えない。

 そんな彼女は何故か集団から少し離れた位置でとぼとぼと、デジカメを首から提げて具体的にどこを見るわけでもなく、しかし景色を楽しんでいる様子もなく、所在なさげに木々や小石を見つめるだけだった。

 とはいえ離れているといっても距離にして一メートルもない幅で、傍から見たら孤立なんて印象は受けはしないだろう。

 しかしそうした印象を受けるのは間違いなく、他のメンバーの行動せいだ。その孤立少女を、それ以外の四人は時折振り返って見ればクスクスと嘲笑するのだ。そら、今もしただろう。

 その行為がたった一メートルもない距離感に明確に一線を引いていた。目に見えない壁が、彼女たちの間に線を引き、その関係性に溝を入れる。よくある事と片付けてもいいが、見せられている側としてはあまり良い気分ではない。

 

「……」

 

 どうやら気づいたのは俺だけではないようで、雪ノ下も眉根を寄せて険しい顔をした後、ため息を吐いた。比企谷は言わずもがな。似たような経験をしたことがあるであろうこいつらならば、目ざとく気づくのも当然の事だった。まあそもそも喋っていないから、周囲を見る暇があるというのもそうなのだが。

 とはいえ俺たちに何か出来る訳でもなし、無視するのが安牌だ。

 しかし、そう思わない阿呆もいるようだ。

 

「チェックポイント見つかった?」

 

 葉山隼人が少女に声をかける。

 

「……いいえ」

「そっか、じゃあみんなで探そう。名前は?」

「鶴見、留美」

「俺は葉山隼人、よろしくね。あっちの方とか隠れてそうじゃない?」

 

 そう言って葉山は鶴見の背中を押して少女たちの一団の方へと誘導していく。

 さりげなく名前を聞き出した上に、チェックポイント探しにまで誘う手腕は流石としか言いようがないが、やり方が良くないな。

 

「あまりいいやり方とは言えないわね」

 

 ポツリと、雪ノ下が誰に言うともなく呟いた。

 鶴見は葉山に促されるまま、少女のグループの中心まで連れてこられた彼女だったが、その様子はあまり楽しげとは言えない。むしろ浮いていると言えよう。

 当たり前のことだ。元から馴染めていなかった存在がグループに入ったところで、異物は異物。受け入れて貰えるわけが無い。

 それを口に出さず、態度に出さずとも自ずと人というものは出てしまうのだ。嫌悪、拒絶、忌避感。それらが目線、アクセント、ちょっとした動き等の、細やかな動作に反映され、間接的にその空間へと侵食し、確かに意志という形で伝播する。

 空気で語る、というやつだ。感情は目に見えない、なんて言うがとんでもない。人というのは感情を可視化できずとも、目で見て、感じ取ることが出来る生き物なのだ。

 それは別にその場にいる奴だけの話じゃない。俺たちだってその空間を作り上げる要因だ。

 やがてして鶴見はその集団から再び追いやられ、離れた位置にいた。

 

「……やっぱりね」

 

 雪ノ下は分かっていたのだろう、あの様子を見てため息を吐く。

 

「小学生でもあるんだな、ああいうの」

「そりゃあるだろうさ。むしろ、感情が理性を上回る可能性がある分、小学生の方が余程タチが悪い。何しろどうでも良い些細な事でいじめが始まることすらあるからな」

「……結局、小学生も高校生も同じ人間ということよ」

 

 地図上ではこの当たりがチェックポイントらしい。程なくして、木陰に刺さる汚らしい看板を見つけた。雨風に晒されてボロボロになった看板に、白いコーピー用紙が画鋲で貼り付けられていた。

 

「ありがとうございます!」

 

 あとはクイズを解くだけなので、俺たちは元気な挨拶をする少女達と分かれる。まだまだ元気いっぱいな彼女達はチェックポイントを探すようで、かしましく喋りながら去っていった。

 俺達も一足先に、ゴールへとつかなければならない。いい加減仕事をするとしよう。

 集団より遅れてスタートした鶴見が、見えなくなったのを見て俺も歩を進めた。

 願わくば、あの子が火種で面倒事だけは起きないように祈るとしよう。神なんざ死んでしまったと思っているが、それでも面倒事はゴメンだ。特に、こうした外部の人間では解決に時間のかかって憂鬱になるようなものは、な。


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