青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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自分すら救えていないのに、他人など救えるものか


十九話 目を逸らした先の客

 曰く、あくまで比企谷八幡曰くだが、キャンプにはカレーらしい。確かに外におけるカレーほど作りやすい料理もないだろう。更に、野菜に肉、米など基本的な栄養を取れる食材を使う。何より一度に多量に作れるのが良い。それ故にこうした大人数の調理には向いているのかもしれない。

 俺はキャンプなんぞしたことがないので、本当にキャンプ飯がカレーがいいのかどうかは知らないが。だがこうした所で飲むコーヒーは格別だろう。夜が楽しみになってきた。

 何を隠そう……隠すほどのことでもないが、今日の晩飯はカレーだ。

 小学生達が共同で火を起こし、食材を下拵えし、飯盒を囲み、鍋で野菜とルーを煮込んでカレーを作る。

 言ってしまえばそれだけの事であり、大したことではないのだが、これまた普段料理を毎日しないであろう小学生達にとっては貴重な経験だ。ここから毎日食事を用意してくれる母親に感謝するやつもいれば、しない奴もいる。あるいは普段からやっている事だと手際良く終わらせるガキもいるかもしれない。

 百人余りいるんだ。それぞれの事情くらいあるだろうが、大抵の生徒にとってはきっと良い経験になるだろう。

 こうしてボランティアとして参加している身としては、楽しんでいても、いなくても、問題がなければそれでいい。目に見えなければ、それでいいのだ。

 炊ぎの煙が周囲から上がる中、俺たちのような中高生になってしまえば、普段から料理をする奴もいるのもあって、こちらはそれなりに手際良く終わる。あとは鍋でカレーを煮込むだけだ。

 ボケーッと、火とぐつぐつ煮える鍋を眺める。カレーのスパイスの香りは香ばしく、好物というわけではないのだが、それでも鼻腔をくすぐるこの良い匂いは、空きっ腹には些か毒だ。要するに腹が減った。

 ちなみに鍋を見ているのは俺と平塚先生だけである。

 他のメンバーは、小学生達の手伝いも兼ねて見回りをするらしい。

 もちろん俺は断固拒否をした。小町さんから誘われたが、少しだけ申し訳なく思いつつも、やんわりと断った。戸部から死ぬほど肩を掴まれたので、鳩尾を殴ったあと拒否をした。誰があんな見えている地雷原に突っ込むものかよ。

 

「はぁ……」

「さっきからやけにため息をするじゃないか。なんだね、私といるのがそんなに嫌かね?ふむ、もしやこう言って欲しかったのか……?二人きり、だね……」

 

 ため息を吐く理由の内三割はこの、隣でキャッとか恥ずかしっとか、歳を考えずはしゃいでいる女教師のせいである。

 もうすぐ三十になるのだから、そろそろ年相応の落ち着き、というやつを見せて欲しいものだ。

 

「はぁあ……」

「さっきよりも大きくなっているじゃないか……何か心配事でもあるのかね?」

「ええ、まあ……」

 

 ちらりと、ガヤガヤと騒がしい方へと視線を向ける。そこには葉山が中心となって小学生を集めていた。

 そこには、鶴見留美とかいう小学生もいる。集められた小学生の中心で、中心人物たる葉山に話しかけられている。

 しかし彼女は葉山と一言二言話した後、どこかへと走り去っていった。

 居た堪れなくなってその場から離れたのだろう。孤立している人間が、周囲に同年代の男女を侍らせる人気者の人間から声をかけられたらどうするか?そりゃあ逃げるだろう。目立ちたくない、注目されたくない、あるいは勘違いされたくない。その時の気持ちは様々だが、大凡として関わりたくないが一番に違いない。

 だから逃げる。彼らが来ないような場所まで。

 

「彼女か……」

 

 平塚先生も煙草の煙を吐き出し、腕を組みながら俺と同じように鶴見を見ていた。その顔はサングラスによって少し隠れていて汲み取るのに苦労する。しかし呆れたようなため息混じりの様子からは、似たような気持ちだと察することが出来た。

 

「……別に彼女のことを心配するほどお人好しではありません。もちろんあの光景に思わない所がない訳ではありませんが。しかしそれよりも、もしかしたら面倒事が起きるかもしれない。その可能性の方がぼくは心配だ」

「面倒事か……具体的には?」

「生徒間の諍いなら、それを止めるのは学校側の仕事でしょう。俺…ああいやぼくたちの関わる仕事じゃない。いや、寧ろ、生徒が起こす問題は、そのほとんどがぼくたちの仕事には関係のない話です」

「そうだな、私も極力そういうのは勘弁して欲しいものだ」

 

 平塚先生も俺も、面倒事を嫌うという点では同じである。その言葉の重みは、立場を鑑みたら彼女の方が圧倒的だが。

 

「だが、もし仮に、彼女の事を救いたいと思う阿呆がいるのであれば話は別になってしまいます。なにしろ、わざわざ自分から首を突っ込みにいくんですから。そこにはその行為の責任が伴う。中途半端にでも関わったなら、少しでも事態を好転させるという責任が」

「なら……君は、彼女の事を救いたいとは思わないのかね?」

「生憎と、人一人の人生の岐路を決める可能性がある行為の責任を受け持てるほど、俺は人が出来ていないんですよ」

「……一人称、また戻っているぞ?」

 

 俺の話を聞いて、その上で微笑ましいものを見るかのように、平塚先生は俺を見る。その柔らかな笑みから逃げるように、俺は再び鍋へと視線を向ける。

 

「……すみません」

 

 そんな、弱々しい謝罪だけが、口から漏れ出るのだった。

 

 

 飯盒の米はふっくらと、鍋の中のカレーが良い感じに煮え始めた頃、見回りに行っていたメンバーが戻ってきた。

 俺は平塚先生に命じられて、人数分の器の用意と、盛り付けをする。見回りをサボった罰だそうだ。

 全く、なんで俺が。ぶつくさ文句を言いながら器にカレーを装っていると、小町さんがこちらにやってきた。

 

「小町も手伝いますよ!」

「ああ、悪いな。ありがとう」

「いえいえー」

 

 お礼を述べつつ、人数分のカレーを装って配膳した俺たちはそれぞれ好きな席に着く。

 

「さぁ、切って洗って煮込んで鍋を見て、盛り付けまでしてやった、この俺に感謝しながら各自食事を取るがいい」

「なんでそんな偉そうなんだし!」

「ウェーイ!実くんサンキュー!」

「あはは……まあ実際田島くん凄い手際良かったから、ありがとう」

 

 ブーイング八割感謝二割の声援が飛び交う。

 それに手を振ってとびきりの笑顔で返すと、さらにブーイングが上がった。

 俺はそのままコーヒーを入れようとしたが、それを待っている間に飯が冷めるからやめろと言われたので仕方なく席に戻った。

 

「さて、それではいただくとしようか」

 

 平塚先生が合図をすると、各々軽く手を合わせて「いただきます」と言う。

 カチャカチャと食器にスプーンがぶつかる音が鳴りだし、各々がカレーに舌鼓を打つ。カレーの味自体は大したものじゃない。

 しかしこの自然に囲まれた環境で食べるというロケーションと、こうして大人数で囲んで食事をとるという状況が、カレーの味を数段上げているように感じた。

 ああ、コーヒーが飲みたい。そう思いながら、俺はその欲求を誤魔化すようにしきりにスプーンを動かすのだった。

 

 

 食後、小町さんが入れてくれた紅茶を啜りながら一息つく。

 腹一杯食べたというわけではないが、少食の俺からすれば十分な量である。

 もう小学生は本館へと戻っており、そろそろ就寝時間だろう。高原の夜は冷えるが、つい先程まで聞こえていた喧騒がなくなると、その冷えた空気はより涼やかなものになる。肌寒さ、と言うよりは物寂しさによる心の冷えだ。

 虫の音、風によって揺れる葉の音がいやでも耳に入ってくる。

 コトリと紙コップを置いた葉山がつぶやく。

 

「今頃、修学旅行の夜っぽい会話、しているのかな」

 

 その声色は何処か懐古に満ちたものだった。俺は寝る時間になったら寝ていた人間なので、そういった会話とは無縁だ。班から浮いていた訳でもないし、ハブられていた訳ではない。昔の俺は単純に夜更かしになれていなかっただけである。眠かったら寝る。それが出来ていた頃はきっと幸福だった。

 今でもこうしてこの時間になると眠くなって、欠伸をする程度には、健康的な人間なんだろう、俺は。

 

「大丈夫、かな……」

「ふむ、何か心配事かね?」

 

 心配そうにつぶやく由比ヶ浜に反応したのは、煙草をくゆらせる平塚先生だった。心配事の中身については鶴見留美のことだろうし、それも彼女はわかっているはずだが、それをわざわざ問うて来るのは俺たちの意志を確認したいのか。

 しかし毎度思うが、一応風下にいるとはいえ、学生の前で煙草を吸うのはどうなのか。似合っているから別にいいんだが。

 

「ちょっと、孤立しちゃってる子がいて……」

「ねー、可哀想だよねー」

 

 三浦が相槌のつもりでそう言うが、その言葉のチョイスは良くない。

 別に俺はいいのだが、そういうのに目敏く、いや耳敏く反応する男がいる。そう比企谷八幡である。

 

「いや、それは違うぞ葉山。お前は問題の本質を理解していない。孤立すること、一人でいること自体は別にいいんだ。問題なのは、悪意によって孤立させられている事だ」

「はぁ?なんか違うわけ?」

 

 三浦がそう聞き返す。

 俺のように、望んで一人でいる人間。雪ノ下のように、過去疎まれた経験から孤立せざるを得なかった人間。その両者は似て非なるものだ。

 この世の中には望む望まないに限らず、その環境や性質、価値観によって孤立する人間もいる。それを一緒くたにすることは許さないと、比企谷は暗に言いたいのだろう。

 今回の鶴見の孤立に関しては後者であるのは確実だ。その原因は間違いなく環境にある。

 

「改善するべきは彼女の環境、ということを言いたいわけか」

「そういうことだ」

「それで、君たちはどうしたい?」

「それは……」

 

 平塚先生に問われて、皆が一様に黙りこくる。別にどうかしたい訳ではない。少なくとも俺は。本気で心配している人間もいるのだろうが。おおよそにしてそんな者ですら、この状態をこの短期間で好転させる自信があるか?否である。故にを噤むし、視線を下に逸らす。

 この言葉に即答できる愚者はいない。

 だから、代弁くらいはしてやるさ。

 

「別に、どうも。ぼくは特に何かしたいとも思いませんよ」

 

 俺がそう主張すると、全員の目線がこちらへと一斉に向いた。咎める目、信じられないものを見る目、呆れた目。それらを意に介することなく、俺は紅茶を呑気に啜る。……しかし、コーヒーが飲みたい。

 そんな俺に、葉山は強い視線を向ける。

 

「……君は、彼女を見て何も思わないのか?」

「あれを良しとするほど俺も腐っちゃいない。だが、状況を好転させるだけの確証がないのに動けるほど、人が出来てもいない。お前も、そうだろう?」

「俺は……」

 

 葉山は一瞬、口を閉ざす。しかしそれは俺の言葉に図星をつかれたからとかではなく、ただ、何を言うべきか迷っているような一瞬の沈黙の後、その視線を一瞬雪ノ下の方へと向けた。

 

「……できれば、可能な範囲で何とかしてあげたいと思う」

「……そうかい」

 

 優しい言葉だった。

 出来ない可能性も含めて、それでも希望を持って優しさを振りまく愚か者の言葉だ。

 ここでそれを臆せず言えるのはこいつの人格が優れているからか、あるいはまた別の要因か。どちらにせよ、俺の目には羨ましく映る。

 

「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」

 

 俺の返答で終わりかと思われたこの会話に、再び切り込んだのは雪ノ下の言葉だった。

 葉山は苦しげな顔を一瞬覗かせる。

 

「そう、だったかもな。……でも、今は違う」

「どうかしらね」

 

 意外な関係性を見た。いやその予兆は、彼が持ち込んだチェーンメールの依頼の時からあったか。あの時雪ノ下はどこか刺々しい雰囲気があったのを思い出す。

 つまり、この二人は昔から関係があって、何らかの確執があると見ていいのかもしれない。

 

「やれやれ……雪ノ下、君は?」

 

 問われると、雪ノ下は顎に手をやった。嫌な予感がする。

 

「……一つ確認します」

「何かね?」

「これは奉仕部の合宿も兼ねていると平塚先生は仰いましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか」

「……ふむ。そうだな。まあ、原理原則から言えば、その範疇に入れてもよかろう」

「そうですか……」

 

 答えたきり雪ノ下は目を閉じる。

 そよぐ風は静かに、枝葉すらも揺れぬほどに弱まっていく。誰も彼もが、まるで森すらも彼女の言葉を決して聞き漏らさないと言わんばかりに、耳を立てていた。

 俺を除いて。

 

「私は……、彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」

「本気か?」

 

 雪ノ下の確かな宣言に、俺は意義を申し立てる。

 それに対して彼女はキッと鋭い視線を向けてきた。まるで文句でもあるのかと、目だけで問いただすかのように。

 

「……ええ、本気よ。それともあなたは違うのかしら」

「さっきもそこの葉山くんに言っただろう?俺の意見は変わらない」

 

 俺と雪ノ下は互いに目をそらすことなく、真っ直ぐと見据える。いやむしろ睨めつけていると言っていい。ただでさえ重苦しかった空気が、より重たく、冷たくなっていっそう俺にのしかかる。

 

「お前、今回のはいつもの学生の悩みだとかとは違うものだとわかっているのか?よりセンシティブかつ、繊細な問題だ。外部の俺たちでは解決出来るとは思わない」

「それを解決に努めると言っているのよ」

「確証もないのにか?」

「それでも、手を差し伸べるのが、私達奉仕部の役目でしょう?」

 

 きっと、雪ノ下には俺が臆病者のように映っていることだろう。いや、事実そうなのだ。俺は結局のところ、恐れている。

 だが、この選択は一人の少女の人生を変えるかもしれない。それは良い方向にも悪い方向にもだ。

 

「そりゃ、立派な事だ」

 

 そんな選択を、この場で決められるほど、人一人の人生を背負えるほど、俺は立派でも優秀でもない。ただの、何も出来ない凡人なのだから。

 

「……あなたのそういう初めから諦めているところ、嫌いだわ」

「……なんだ、珍しく気が合うじゃないか。俺も俺が嫌いだよ、雪ノ下。お前と同じように、な」

「……」

 

 紅茶を飲み干して、紙コップを机の上に置く。フーっと息を吐いて少し下がった眼鏡を上げる。これ以上やっても平行線だ。それに熱くなりすぎた。俺がこいつを説き伏せるなんてことが、出来るはずがないんだ、落ち着こう。

 頭まで昇った熱を出すように、再度ゆっくりとふーっと口から息を吐き出す。そうして、雪ノ下の方へと改めて顔を向けた。

 

「……悪かったな、これが奉仕部の活動ということならば異論はない」

「……そう」

 

 そこで会話は途切れる。重苦しい空気は変わりなく、緊張にも似た固い面持ちで、それぞれが口を噤む。

 そんな俺に対して、平塚先生は呆れたよう見ていた。

 

「全く君は……他に雪ノ下の結論に反対の者はいるかね」

 

 平塚先生はゆっくりと顔を巡らせて、各々の反応を確認する。しかし誰も反対の声をあげるものはいなかった。

 

「よろしい。では、どうしたらいいか、君たちで考えてみたまえ。私は寝る」

 

 そう言って平塚先生は欠伸を噛み殺しながら去っていった。……この空気で議論しろと?いや原因の一旦は俺だが……本気か?本気なのだろう、平塚先生だし。

 勿論議論が進む訳もなく、結局俺たちは議論の内容を翌日まで持ち越すことだけが決定し、この場は解散したのだった。

 

 

 深夜、皆が寝静まった夜に俺は一人バンガローを抜け出す。

 

「さて」

 

 どうせ寝れんのだ。せめて夜くらいは好きに動こう。確か明日は午前中は自由行動日だと平塚先生から聞いている。多少寝なくてもなんとかなるだろう。

 川辺りの方までやってくる。本館近くに小さな小川があるのを見つけた。ここはもうひとつの場所と違って、川原に石が少なく、砂が多い。座るのであればこちらの方が良さそうだ思い、来た時から目星をつけていた。

 川のせせらぎは心地よく、涼やかな高原の気温は、注ぐ月明かりによって素晴らしい情景を作り上げる。このようなところで飲むコーヒーは、さぞかし格別な味だろう。

 持ち出したコーヒーセットを取り出して、必要な機材を並べていく。

 そんなところで、ガサリと何かを踏みしめる音がする。

 

「?」

 

 不審に思って振り返れば、そこにいたのは招かれざる客。驚いた顔をした鶴見留美が、そこに立っていた。




次回、鶴見留美とのタイマン

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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