目が覚める。不思議と今日は、夢を見なかった。良い事だ。
時刻はおよそ六時半。睡眠時間は五時間と言ったところか。我ながらよく寝たものだと思いつつ、体を起こす。
眼鏡はどこに置いたんだったか。
霞む視界を頼りに何とか眼鏡ケースを発見し、手を伸ばしたが、しかしその手は空を切った。
もう少し右だったようだ。ケースを掴み取り、蓋を開けて眼鏡をかける。指紋が着いていて汚いのがわかったので、一度外して布巾で拭いてから再度掛け直した。
首をゴキゴキと鳴らし、手を組んで背筋を伸ばした後、俺はムクリと布団から抜け出す。どうやらまだ他のメンバーは寝ているらしい。
俺が寝ていたバンガローには男組が放り込まれている。なので各々のスペースは狭いのだが、俺は一番端で寝ていたので、布団ぐらいは畳むことが出来た。
隣では戸塚がすやすやと気持ちの良さそうに寝ていた。
布団をゆっくりと畳んで隅に寄せた後、俺は寝間着から普段着へと着替える。
「ううん……」
ゴソゴソとできるう限り音を立てないように着替えていたが、どうやら戸塚が起きてしまったようだ。
「んん……たじまくん……おはよ……」
寝ぼけ眼を擦りながら戸塚は体を起こす。
少しサイズがあっていない服のせいか、少しだけズレており、襟から覗く白く色素の薄い肩がやけに艶かしく感じてしまう。
なんだろうな。この男の筈なのに醸し出される妙な色気は。
比企谷のように気持ち悪い反応をするのは有り得ないが……本当に同性かどうか疑いたくなる。骨格やらなんやらで男だということは理解しているのだが。これがいわゆる男の娘、というやつか。
帽子を被り、昨日使ったままのコーヒーセットを持った後、俺は戸塚へと近づいた。
「……起こしてしまったか。おはよう」
「…いま……何時?」
「六時だ。朝食まではまだ時間がある。もう少し寝てるといい」
「……そうする」
戸塚は再び、もぞもぞと動きながら布団の上に横たわった。
戸塚が再び寝息を立てて、寝始めたのを確認した俺は、バンガローを出た。
まずはコーヒーセットを洗うとこからだな。昨日洗わなかったから何か面倒な汚れとか残っていなければいいのだが。
◇
コーヒーセットを洗った後、俺は良い時間になったのでビジターハウスへと向かう。
俺たちは小学生より後に朝食を取る事になっている為か、ビジーターハウスの中には小学生はいなかった。
「おはよう。どうやら永眠はできなかったようね」
「おはよう。生憎と、人並みの睡眠しか取れなかったとも。残念だったな?」
「ええ……残念ね」
開幕朝一番、雪ノ下がいつも通りの罵倒を見せてきて、思わずため息が出そうになるのを抑えながら俺も挨拶をする。
見れば雪ノ下は由比ヶ浜と小町さんと来ていたようで、一緒のテーブルに座っていた。その二人はまだ眠たそうな顔をして、うつらうつらとしているが。
「みのるんおはよー」
「おはようございますー」
「おはよう」
朝はあの珍妙な挨拶じゃないんだな。
まあいいか。とりあえず雪ノ下に対して、改めて謝っておかないとな。
「雪ノ下」
「何かしら」
俺の言葉に雪ノ下は反応する。昨日のことに気まずさがある反面、雪ノ下は意外と気にしていなさそうだった。
「一応、改めて謝罪をしておこう。昨日は悪かったな」
「……昨日も謝罪は受けたわ」
「故に一応と言った。謝意と言うのは中々伝わらないからな。特にお前みたいな跳ねっ返りの女は、尚更だ」
「謝りたいのか喧嘩を売りたいのかはっきりしてもらえるかしら……」
彼女は呆れたように額に手を当てる。その後、顔を上げる。
「私は、昨日言ったことを訂正する気はないわ」
「それで構わんよ。それにこの謝罪は、ある意味で昨日の反論の撤回の意も込めてだ」
「そう……ならいいわ」
雪ノ下は視線を手に持っていた文庫本へと落とした。
こいつ外でも本を読んでいるのか。
呆れていると、由比ヶ浜と小町さんから視線が注がれているのに気がついた。
「……なんだ」
「あ、いやー、なんかまた昨日みたいに喧嘩始めちゃうのかと思って……ちょっとハラハラしてた」
「ですよねー……昨日の田島さんなんか怖かったですし」
「悪かったな。俺も少し思うところがあったんだよ」
昨日の夜の一件、鶴見との邂逅を経て俺は一つ、俺がこれから奉仕部として、どう在るべきかを定めることが出来た。
俺は優れた人間じゃない。人の人生の今後を決める選択。その責任を負うなんてことはできやしない。
そんな才能も、実力も自信もなくて、それを認めてしまっているが故に凡人の俺ができることは、依頼人が変わる手伝いをすることだけだった。
雪ノ下のように人を救うなんて宣言はできない。そこまで真っ直ぐにはなれないから、俺はこのスタンスで行くと決めた。
直接依頼人の悩みを解決するのは雪ノ下達に任せればいい。適材適所というやつだ。監督役のスタンスにも沿っているはず……だ。
◇
今後の予定を聞いた俺達は、それぞれの仕事に取り掛かる。なんでも、今日は聞いていた通り一日自由行動、その夜に肝試しとキャンプファイヤーをするそうな。
そういう訳で男組はそのキャンプファイヤーの準備をした後、各々自由行動の時間となった。一度俺は葉山と一緒にバンガローまで戻ってきたが、何でも葉山や戸部達は何処かに行くとの事なので、俺もバンガローを出てプラプラと散歩している。
鶴見と接触するにはこのタイミングだろうが、さて彼女は何処にいるのか。
とりあえず歩いていればなんとかなるだろう。
変わらずプラプラと森林の中を歩く。並び立つ木々の隙間を吹き抜ける風は爽やかで、鬱蒼と茂る木々から漏れ出る光は神秘さすら感じさせる。
別にいわく付きの森でもない、普通の森なのだろうが、こうやって木漏れ日があると何故か神聖さを覚えるのは、森林が身近ではない現代人が故の感覚なのだろうか。
しかし高原とは言え、昼かつ肉体労働後だとさすがに熱いな。帽子を脱いで、パタパタと仰ぎつつとりあえず涼し気な場所に行こうと思い立ち、歩を進める。
途中でちょろちょろと流れる水の流れ、つまるところ支流を発見した。この先は、おそらく昨日の目星をつけていた小川とは別の、恐らく上流に位置する小川だろう。
それを辿って歩いていけば、並び立つ木々はやがて少なくなっていき開放的な空間が広がっていた。注ぐ太陽の光が眩しい。
予想通り、目をつけていた場所とは別の小川のようだ。昨日の小川の幅が一メートルもない位だとしたら、今回は二メートル程の幅で倍はある。
ボケーッと立ち尽くしていると、声がかかった。
「あれっ?実くんじゃね?なになになに、実くんも結局こっち来た感じ?川遊びしに来た感じ?」
「その割には水着じゃないみたいだけど……」
戸部と葉山だった。上半身裸で下は水着姿を見るに、こいつらここに水遊びしに来たようだ。
「俺はいい。濡れるのは好きじゃない」
「そうか?まあ混ざりたくなったら何時でも言ってくれ」
「そーそー、俺ら実くんならいつでもウェルカムだから」
「……気が向いたらな」
良く見ると、戸塚や小町さんや平塚先生。それに少し離れたところに雪ノ下や由比ヶ浜もいるようだ。比企谷と俺以外は皆ここにいたようだ。
日差しを遮るために帽子を被る。水に濡れるのは嫌いだが、外聞気にしないのであれば、今すぐ川に飛び込みたい気分だった。
「うん?ああ、ここにいたのか」
雪ノ下と由比ヶ浜がいる所木陰近くまで来れば、なぜ彼女達がここに集まっているか理由がわかった。
少女は俺に気がつくと、顔を上げる。
「……実さん」
木陰には彼女達の他に、比企谷と鶴見が座り込んでいた。恐らく、俺が来るまで何かしら喋っていたんだろう。比企谷の下、何か地面に数式のようなものが書いてある。
何の話をしていたんだ。
「あれ、みのるんも来たんだ」
「ああ。そこの鶴見に用があってな。探していたんだ」
「留美ちゃんに?」
由比ヶ浜は少し驚いたような顔をして、俺と鶴見を交互に見た。
比企谷や雪ノ下も、言葉を発することはないが興味があるようで俺の動向に注目している。
「持ってきたか?」
「うん。これ」
そう言って鶴見が差し出してくるのは、「林間学校のしおり」と書かれた書類と、鉛筆だ。
「わざわざしおりを選んだのか」
「しおりなら無くさないし、すぐに読めるから」
「なるほど、実に合理的だ」
俺はしおりを受け取って、その中のページを開く。ペラペラと薄い紙を捲れば、メモ書きの欄があったので、そこに小さく俺の連絡先を書く。携帯電話の番号と、家の電話番号だ。分かりやすく、『携帯』『家』と番号の隣に書いておく。
鉛筆なんぞ使うのは久々だが、思ったより違和感がないのは6年の義務教育の長さの賜物なのかもしれないな。
数秒もしないで書き終わると、俺は鶴見へとしおりを返す。
「よし……そら、失くすなよ」
「だからしおりにしたって言ったでしょ……」
彼女は嘆息しつつ、しおりを受け取る。そして立ち上がったあと土に触れていた部分をポンポンと手で払った。
「どこ行くの?」
「わかんない。とりあえず迷わない程度に適当に歩こうかなって。それに私も実さん探してただけだし。それじゃあね、八幡。実さん」
そう言って彼女は木々の隙間へと消えていった。去る寸前、パシャリとカメラの音が鳴ったのは気のせいだと思って見逃してやろう。
それにしても比企谷は呼び捨てなんだな。
「……実さん、ね。あなた、彼女と何かあったの?」
「あん?そうだな……別に大したことじゃないんだが」
「うーんでも、確かに留美ちゃん昨日と違って、少し雰囲気柔らかくなってたよね。それにみのるんともすごい親しげだったし……」
「何を思っているのかは知らんが、間違いなく誤解だ」
あからさまな疑いの目を向けられる。なんなら雪ノ下からは軽蔑の視線まで飛んでくる。
こいつ何を勘違いしているんだ?俺は幼児体型に興味などは無いし、ロリータ・コンプレックスでもない。見当違いも甚だしいぞ。
いや、こう思ってしまう時点でその毛があるのか……?俺自身が恐ろしくなってきた。やめておこう、どうあれ考えてしまうと実現してしまうのが人の世だ。
「というか、お前何を書いたんだ、あれ」
「俺の連絡先だな」
「連絡先?」
「……仕方がない。どうせお前たちにも話をしなければならないし、少し話すとしようか」
そうして俺は昨日何があったかを話す。小川でのたわいもない話。俺が恐れていたこと、鶴見の本音。そして俺の選択、鶴見の選択を。
「故に俺は依頼を受けた。勝手に受けたのは悪かったと思っているが……まあ副部長権限ということで許せ」
「お前副部長だったのか……」
「あたしも知らなかった……」
由比ヶ浜はともかく比企谷は自己紹介の時に言っただろう。忘れたのか?忘れたのだろう。主張する機会が殆どなかったのだから仕方がない。
愕然とこちらを見る二人を無視して、俺は雪ノ下へと目を向ける。
「まぁ……これが俺なりの答えだ。奉仕部の理念に則って、俺が解決するではなくあくまで本人が自己の改革に務めるのを手伝う。そうしたやり方で、俺はやっていくよ」
雪ノ下はジッと俺の目を見る。俺も、彼女から目を逸らすことはない。
「そう……それがあなたの答えなのね」
そう言って彼女は目を伏せた。
その仕草にはどんな感情が秘められているのか、今はまだ俺には分からないことなのだろう。
ただこの前の由比ヶ浜の一件から、俺は雪ノ下に少し思う所がある。
俺は雪ノ下の事を知らないし、知りたいとも思わない。だが、それでもいつか知る必要になる時がくる。俺が奉仕部に所属している以上、いずれ比企谷達とも、そして雪ノ下とも向き合う必要が来る時が。
それまでは、せいぜい理解することに努めるとしよう。
「だがよ、結局留美の環境は変わらないだろ。変わるっていうのは、それなりに時間がかかるはずだ」
比企谷の問いには俺は頷くしかなかった。
俺の行為は、鶴見の今後の選択肢を増やすことであり、彼女の悩み、と言うより彼女が悩んでいる原因となっている環境の解消自体は成していないのだ。
「そう、そこが一番の問題だ。雪ノ下が解決に努めると宣言した以上、俺達は鶴見の現状を変化させる必要がある」
「何か案があるのかしら」
「ない」
「ないんだ!?」
その驚きに溢れた問いにも俺は頷くしかなかった。そこはほら、雪ノ下達に期待すると昨日と今日も言っているから。
正直俺ではいい案は浮かばないだろう。取れる選択肢はあるにはあるが……周りに迷惑をかけるものばかりだ。やるべきじゃない。
各々思案するが、まともな案は出てこない。
「……一応、案がないわけじゃないが……」
しかしそこで比企谷が傍にあった枝を弄りながら、地面を向いたままポツリとつぶやく。
「なあ田島」
「なんだ」
「留美は、惨めなのは嫌だって言ってたんだよな」
「ああ」
「そうか」
俺の返答に比企谷はまた黙りこくった後、立ち上がって背を伸ばす。そうしていつものように、腐った目を細めながら、猫背のまま口を開いた。
「考えがある」
◇
比企谷の考えはかなり最低なものだった。
肝試し中、鶴見達の班がまず孤立したタイミングで、高校生達が彼女たちにこれから暴力を振るうという体で脅し、二人だけ見逃す人物を自分たちで選ばせその結果疑心暗鬼にしてしまおうという作戦だ。
それでも他に案がないから採用する他なかった。
というのは他の奴の意見で、俺はそこまで悪くはないと考えた。少し危ない橋を渡ることにはなりそうだが。
変わると俺に言って見せた鶴見が、この事態を前にしてどう行動するのか。期待半分、恐ろしさ半分といったところだな。
失敗したら謝罪だけじゃ済まなさそうだ。
「うぅ〜……」
「何を蹲っているんだお前」
そうして待機している俺の隣では変な呻き声を上げて蹲る由比ヶ浜がいた。
今は順番が最後になるように細工した、鶴見達の班の順番が来るまでは脅かし役に徹するという形だ。そして一番最初の脅かしポイントに配置されたのが由比ヶ浜と俺だった。
「な、なんか……時間たって冷静になったら恥ずかしくなってきた……!」
「まあ……ただのコスプレ姿だからなぁ。それ」
由比ヶ浜に関してはだいぶ、というか小悪魔のコスプレした変態にしか見えないので、正直怖くはない。
仕方がない一肌脱いでやろう。
「よし、由比ヶ浜。お前は今から俺の言う通りに動け」
「へ?」
「ガキ共をとびきり怖がらせてやるとしよう」
◇
小学生達が肝試しをスタートする時間となったのを確認し、俺は今いる位置から由比ヶ浜がいるであろう位置の近くまで歩き始める
肝試しの夜、その会場となる森は静かだった。
深い森の中で、頼りになる灯りは地面を照らす月明かりのみで、しかもその月光すら鬱蒼と茂る木々に遮られて些か頼りない。
そんな中影が四つ。
やってきたのは少年たち四人の班。快活そうな男の子が四人。スポーティーな格好をしている所から、恐らくスポーツをやっているに違いない。
小学生達に気取られないように、ガサリと草木を揺らしつつ、俺の声が十分に聞こえる距離まで近づく。
「ヒッ」
「今、なにか動かなかった?」
「バカ、そんなわけねーじゃん」
「だよね……」
小学生達は恐怖を紛らわすかのように、口々に強がりを口にした。
高原の夜は、夏らしくない涼しさを伴っている。冷え込んだ空気は肌を撫で、別に何か起こっているわけでもないのに、何かがいるのではないかと、得体の知れない存在を勝手に想像して怖気付いてしまう。
そうして彼らは一つの人影を発見した。
それは露出の高い黒い衣に身を包んだ女のように見えた。
女は何をするのでもなく、ただその場で静かに肩を揺らして蹲っていた。
ここで俺はスマホで元から起動していた、動画サイトの女の泣く声を再生した。
唐突に聞こえた女の泣く声に、少年たちは意図せず、ビクッとその背中が跳ねる。
しかし、快活そうな少年たちの中でも一際活発そうな雰囲気を感じる少年が女に声を掛けた。
「あ、あの大丈夫ですか……?」
女は答えない。女がシクシクと小さく嗚咽を漏らすを漏らすその声が聞こえるのみだった。
痺れを切らしたのか、声を掛けた少年が少し距離を詰めた、俺はそのタイミングで動画の再生を止める。これが合図だ。
ガバッと振り返った由比ヶ浜は、俯いたまま小学生の方へジリ、ジリ、と一歩ずつ躙り寄る。そうして肩を掴んだ。
俺はそれを見て息を吸う。
「……んだよ」
「え?」
「……ないんだよおおおおお!ないんだああああああ!お前たちか……お前たちかああああ!?」
と俺が叫ぶ。彼らから見れば、女から男の低い声が出ているという状況で、かつ友人が襲われているように見えるだろう。
「「「ひ、ヒイイイイイイ!」」」
少年達は女に肩を掴まれた少年を一人置いて、絶叫しながら走り出す。
「あっ!ちょっ!え……待っ、待ってくれよ!」
残された少年も残されたと気づくと女の手を振り払って同様に進路を守りながら走り出すのであった。
「……フッ、ハハハハハ。見たか!由比ヶ浜!あのガキ共の驚く顔を!傑作だなぁ!」
「………」
「どうした?何を黙っている?」
女、もとい由比ヶ浜は押し黙ったままこっちまでずんずんと近づいてくる。
そして唐突に肩を掴んで揺らしてきた。酔うからやめろ。
「……超怖かったんだけど……!」
「なんで演じているお前が怖がっているんだ全く……」
「うぅ……ていうか、ないって何がないの?」
「知らん。適当だ。暗い森を進む度胸がないとかじゃないのか?」
人は未知を恐れる生き物だ。一寸先の闇、何故か鳴り止まない音。得体が知れなければしれないほど恐ろしい。
今回はその習性を利用した。女から男の声が出るという意味不明な状況、何を言っているのか分からないが凄い剣幕で叫んでくる女。そして暗闇というシチュエーションがより、恐怖を演出する。
大人を驚かすにはこれでは足りないかもしれないが、小学生くらいであればこれぐらいでも驚いてくれるだろう。
「いやあ……しかし良い演技だったな。そのままあとも頼むぞ」
「嫌」
「何故」
「あたしも怖いから!」
「だから演じているお前が怖がってどうする……」
結局由比ヶ浜主導で驚かす事になったが、結局良い驚かし方は出ず『ガオー!食べちゃうぞー!』とかやり始めた時は天を仰いだ。
絶対に俺の案が良いと思うんだがなぁ……。
◇
鶴見の班が俺たちの持ち場へやって来て、由比ヶ浜の適当な脅かしが終わったのを確認すれば、俺と由比ヶ浜は移動を開始した。
「上手くいくかな……」
由比ヶ浜は不安そうな面持ちで胸の前で手をキュッと握った。
「さてな…」
葉山達がいるであろう場所近くまで向かうと、雪ノ下と比企谷が既にそこにはいた。
「おう、首尾はどうだ」
「そろそろ葉山たちと接触する頃合だ。俺は見に行くけどお前たちはどうする?」
「当然行くわ」
「あたしも、行く」
「右に同じく、だ」
それを聞けば比企谷は頷いて歩き始めた。俺達もその後に続く。道中に会話はない。もちろん存在を悟られないようにという意味もあるが、そこにはある種の緊張があった。それはこれからやる事が、あまり褒められたことではないからかもしれない。
指定位置で、既に葉山達と鶴見達の班が接触していた。
「あ!お兄さんたちだ。超普通の格好してるー!」
硬く口を結んだままの鶴見以外は、口々に葉山たちを笑いものにする。それもそうだろう。葉山、戸部と……跳ねっ返りの女。確か三浦とかいう筈だ。とにかくその三人は私服でそこに立っていた。
小学生達は見知った顔がいた事で、一層砕けた様子で葉山たちに近づいた。
しかしその手を戸部が振り払う。
「あ?何タメグチ聞いてんだよ?」
「ちょっと、あんたらチョーシのってじゃないの?別にあーしら、あんたたちの友達じゃないんだけど?」
一瞬、小学生達の動きがピタリと止まった。そこからは目も当てられない光景が始まる。戸部と三浦が脅し、葉山が静かに視線だけを投げかける。楽しかった時間は終わりなのだと、彼女たちはいま後悔していることだろう。
そして葉山は口を開く。
「こうしよう。半分は見逃してやるあとの半分はここに残れ。誰が残るか、自分たちで決めていいぞ」
そして冷たい声で、残酷な現実を彼女たちに突きつけた。
小学生達は誰も彼もが言葉を発さない。言葉を発して、何か不味いことを言ってしまえばここで終わってしまうのだとそんな予感があったからかもしれない。無言で互いの顔を見合わせて、目配せだけで、様子を伺っていた。
「鶴見、あんた残りなさいよ……」
「……そう、そうだよ」
「……」
最初に生贄に捧げされたのは、やはりと言うべきか鶴見だった。鶴見は無言のまま、目を伏せて、何も言わなかった。こうなることは彼女自身わかっていたことだろう。故に俺たちもここまでは想定内。
隣では、比企谷と雪ノ下が緊張故に息を吐いていた。
「ここからが、あなたの狙いなのね」
「ああ、鶴見留美を取り巻く人間関係をぶっ壊す」
隣では由比ヶ浜や比企谷が会話を始めるが、俺はそれを聞くことも返答することもなく、目の前の光景から目を離すことが出来なかった。
お前はどうするんだ、鶴見。変わると俺に宣言して見せた、お前なら、どうする。
思わず拳を握り込んでいた。それに気づいて、たった昨日喋っただけなのに、これだけ彼女に期待をしてしまっている自分に少しだけ呆れた。
しばらくして、鶴見が押し出されるわけでもなく、一人前へと出た。それを見て葉山は一瞬苦々しい表情をしたが、すぐに冷たい仮面を被って、口を開くその瞬間だった。
今まで俯いていた、鶴見がバッと顔を上げる。その表情は決意に満ちていた。
「あの!」
鶴見が、手を挙げた。葉山がなんだと問おうと、皆の視線が鶴見に集まる。
その瞬間、鶴見の胸元から閃光が迸った。
恐らくカメラのフィルムがシャシャっと動く音がする。
咄嗟に目を細めて軽減したが、それでも暗闇に慣れた目では強烈な光だった。
「走れる?こっち。急いで」
眩い光によって視界が明滅する中、鶴見が他の少女たちの手を取って走り出していくのが見えた。その時に鶴見と目が合ったような、そんな気がした。
「今のは、カメラのフラッシュか?」
未だに目が慣れていたいのか、目を細めながら呆然とつぶやく葉山。
三浦や戸部も同様だ。彼らがそうなるのも無理はない。強烈な光を突然浴びせられたのだ。さながらそれは閃光弾と同様だろう。
「そうか……」
ほうと息を吐いて、地べたに座り込む。緊張が解けて、ようやくまともに呼吸ができた。
鶴見は、彼女たちを助ける選択を取ったようだ。
全く、やってくれる。それに鶴見は俺たちに気づいていたようだ。その意図まで理解したかは分からないが。よく思い返せば、舌をベッと出していた気がする。
これが彼女の決意なのだろう。
ならば俺は彼女の決断に、敬意を示そう。彼女から受けた依頼を達成するという行動をもってして。
原作と少しだけ展開が変わりました。
ルミルミの決断が少しだけ早まるという小さな変化ですが。
次回、林間学校終了
追記:タイトルに前編つけるの忘れてました、マジで申し訳ない
この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?
-
雪ノ下
-
一色いろは
-
鶴見留美
-
松山千佳子
-
材木座義輝
-
戸部翔