青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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二十三話 家族の愛

「……」

 

 おそらく俺は今、人生で最大とまでは言わないが、それでもトップレベルに危険な状況に巻き込まれている。何か一つでも間違えれば俺の人生が終わってしまうのではないかと、嫌な予感をひしひしと感じてしまうのだ。

 俺の目の前では一人の女性がソファーで向かい合うように座っている。

 ショートボブで短めに切り揃えた艶やかな黒髪を持ち、切れ長の目とキリッとした眉は真面目で少しキツめの印象を覚える。顔だけ見れば、正しく教育ママといった雰囲気だった。

 服装は白のカットソーとジーパンで身を包み、上には薄手のカーディガンを羽織っている。おそらく部屋がエアコンで冷やされているからだろう。

 というか俺ですら少し肌寒いな。温度を上げて貰えないだろうか。と、言いたいが下手なことを言えば何をされるのかわかったもんじゃないので口を噤んでおく。

 目の前の美人は俺の目を見て返答を待っている。

 クソ、何がどうしてこうなった?いや原因はもちろん自分にあるのは間違いないのだが。

 我関せずと隣でオレンジジュースを飲んでいるコイツが憎い。全く、こうなったのも二割程はお前のせいなのだからな。

 

 

 奉仕部におけるゴタゴタも終わり、林間学校のボランティアも終わった事でようやく夏休みらしい日々が始まった。

 世間では炎天下の活動は熱中症の危険性がある等と警告が出されるほどに、本日の気温は高いらしい。

 暫くは雨も降らないそうだから、澄み渡る青空が望めることだろう。こんな青空の下、外で活動するとなったら恐らく俺は死ぬ。しかし幸い今日は外出の予定はなかった。バイトは明日からだし、夏の暑さに呪詛を吐くこともない。

 ジムに行く日でもなく、一色からの連絡もない。グダグダしていても誰からも文句は言われない。理想的な暇な日だった。

 そんな日に、現代の最高の発明品のクーラーによって冷えた部屋で飲むアイスコーヒーは格別な味だ。

 ことりとアイスコーヒーの入ったマグカップを机の上に置いて、テレビのチャンネルを変える。お昼のニュースは程々に情報バラエティ番組が始まった。

 そろそろ昼食でも作るかと思い立ち、ソファーに沈めていた体を起こす。

 夏バテと言う訳では無いが、元から少食気味な俺は昼食を取ると言っても大したものは作らない。

 適当に食パンを焼いて、その間に目玉焼きとベーコンを焼いて乗っけて食う。ついでにサラダを用意してそれも食う。

 正直朝食の延長線である。

 料理が面倒くさくてこういうので済ませてしまうが、これだと食費が半端ないので、そろそろそうめん生活が始まるだろう。

 食べ終えて食器などを洗い、後片付けを済ませれば、食後のコーヒーを入れる。

 今回は特に拘りもなく普通のドリップ式のコーヒーだ。

 しかしいつものホットと違ってアイスコーヒーで入れる。違いは単純、コーヒーを落とすポッドの中に氷を入れるのみ。

 それだけで普段と変わらない手順で美味しいアイスコーヒーが作れる。

 先人達の知恵というものは偉大だよ。

 チビチビと、コーヒーを啜って、カップをテーブルに置いたあと。俺は再びソファーへと沈んでいく。

 

「……」

 

 どうにも、今日の俺は何かをしないと下らないことを考えてしまうようだ。いやそれは林間学校が終わってからずっとか。その時にはしゃぎ過ぎたのか、なんなのか。

 あれ以来、幼い頃のことをよく思い出す。習慣となっているピアノを弾く事すら億劫になる。

 妹は今何をしているのだろうか。なんてどうでもいいはずの感傷が出てくる程だ。

 大きな溜め息を吐く。

 どうせ会うこともない家族のことを考えるくらいならば、天井のシミを数えていた方がよっぽど有意義だ。

 家族で思い出したが、そういえば雪ノ下の姉が黒塗りの高級車に乗ってやってきていたな。

 完璧すぎるが故に、不自然に映るあの笑顔が俺にはどうも厄ネタにしか思えなかった。故にあの場は逃げたのだが、残った方が良かったのだろうか。しかし残ったところで何が出来るのか。雪ノ下に手も足も出ない俺が残ったところで、その上を行きそうな姉に対しては何も出来ないだろう。何かするわけでもないのだが。

 まあどんな会話をして、どんな事があったかは由比ヶ浜に聞けばいい。

 比企谷や雪ノ下だと自分はこう思うから話す必要がない、なんて物言いで出来事を正しく語らないことがまあ多々ある。

 故に話を聞くなら由比ヶ浜だ。少し頭が弱いところがあるので抽象的な語りをするが、それでも上記の二人よりかはよっぽどマシである。

 本当、奉仕部は由比ヶ浜がいないと成り立たないのではないかと思えるな。俺含めて雪ノ下も比企谷も問題児だ。平塚先生のお眼鏡に叶って奉仕部に放り込まれているのだから、それはある意味で証明されている。

 これからも苦労することだろう。それに、雪ノ下は何か問題を抱えているようだし。それがあの姉と繋がらなければいいのだが、さて。

 ふわぁっと小さな欠伸が出る。結局今日も睡眠時間が足りないので、こうやって何もしてないと眠くなってくる。学校にいるのであれば、見るものやることやるべき事が沢山あるので問題ないのだが、休日はダメだな。

 起きなければならないが、瞼が重く感じる。

 うつらうつらと体が柔らかな革張りのソファに沈んでいく。大事に丁寧に扱っているこのソファーは柔らかで、昼寝するには丁度いい。

 眠りたくはない、しかしこの睡魔に抗うのも馬鹿らしい。意識が段々と沈んでいく。頭が、まわらない。もうすぐいしきがおちる。

 ブーッ!ブーッ!と何かが鳴った。

 手の中で振動するそれによって俺は覚醒する。

 危なかった、と安堵しながら画面を見れば、知らない番号からの電話だった。

 滅多に電話なんぞかかってこないし、非通知以外の電話は全て出るようにしているので、迷うことなく通話のアイコンをタップする。

 

「田島ですが」

『もしもし、実さん?私。鶴見留美だよ』

 

 電話越しに聞こえる声は鶴見留美のものだった。どうやら、約束通り連絡してきたらしい。

 

「鶴見か。随分早かったな、何か用か?」

『うん。その……ちょっと待ってて』

「あん?」

 

 鶴見は俺の返答を待つことなく、電話を保留にしたようで、電話口からはチープな電子音で作られたエルガーの『愛のあいさつ』が聞こえてくる。

 なんなんだ、一体。彼女が待っててという前に一瞬別の誰かの声が聞こえた気がしたが。

 嫌な予感がするな。ボケーッと待っていると、保留音が止まり、ザーッと環境音らしき雑音が耳に聞こえる。

 

『留美と変わりました。田島実さんのお電話で宜しいでしょうか』

 

 突然耳に入ってきたのは知らない女の声だった。

 俺は驚いて、反射的には?と声に出しそうになったがなんとか抑える。くぐもった気持ちの悪い声が出た。

 声質的に歳上なのは間違いない。それに鶴見を名前呼びしていた時点で、彼女の家族か親族なのもほぼ確定だ。

 硬い雰囲気を受ける機械的な声。コールセンターの受付嬢のような雰囲気だ。

 耳元からスマホを外し、マイクに入らないように深呼吸をする。声に動揺が乗らないように息を吸って吐く。その後、俺は改めてスマホを耳元に持ってきた。

 

「はい。ぼくの電話で問題ありません。失礼を承知でお聞きするのですが、もしかして貴女様は留美さんのお母様でしょうか」

『ええ。そうです』

「そうですか……ええと、その。どう言ったご要件で……?」

 

 恐る恐る、要件を問う。まあほぼ予想はできているのだが。

 

『留美から、林間学校の件や学校での話をお聞きしました』

「ああ……なるほど」

『本日はなにかご予定などはありますか?』

 

 さて、どうしたものか。

 用事がある、予定があると言って断るのは簡単だ。それに対して相手も追求などしないだろう。しかしそれはあくまで現状の先延ばしでしかなく、いずれ向き合わなければならない問題である。

 それに俺は鶴見留美の依頼を受けているのだから、この問題はどちらにせよ何れぶつかるものだとは思っていた。

 それがこんなに早くになるとは思っていなかったが。やはり親とコミュニケーションを取れ、だなんて言ったのが悪かったのだろうか。

 しかし、鶴見から少し話を聞いた奉仕部の面々いわくだが、林間学校の際に鶴見は母親から友達との写真を撮ってきなさいと言われ、デジカメを渡されていたそうだ。

 つまり鶴見は母親に対して自分の現状を話していないということになる。もちろん、それは当然のことであるのだが。親に自分が虐められていて友達がいないなんて正直に言える子供がどれだけいるだろうか。

 だが変わることを選択した鶴見ならば問題ないだろうと思い、母親とコミュニケーションを取れ、と伝えたわけである。

 

「特に予定はありません」

 

 まあいいだろう。

 何れ向き合わなければならない問題なのだ。だったら今の内に解決するに限る。俺としてもいつ余裕がなくなるかなんて分からない。

 林間学校ではその片鱗はなかった、あるいは俺が見逃しただけかもしれない。しかし由比ヶ浜の誕生日。あの日の雪ノ下の言葉には、その表情には、何かあると思わせるには十分だった。

 あれが発端で、それとも別のことが発端で。問題児ばかりの奉仕部は何が起きてもおかしくないのだ。後顧の憂いはここで断っておくのが吉と見た。

 

『そうですか。では、よろしければですが、お話をしたいと思いまして』

「構いませんよ」

『ありがとうございます。ですが、電話ではなんですので……そうですね、ここは私の自宅で、というのはどうでしょうか?留美も、会いたがっていますから』

 

 とはいえやはり、断っておくべきだったかもしれないと、少しだけ後悔した。

 

 

 鶴見家は俺の今住んでいる家からはかなり離れた所にあった。近くの駅まで自転車で行って、そこから電車で二駅分。そして更にバスに乗って近場の住宅街までやってくる。

 ギラギラと眩い日差しを浴びながら、俺は鶴見家まで辿り着き、そうして今鶴見母と向き合っていた。

 歓迎されているのか、されていないのか。鶴見は少し嬉しそうな様子だったが、今は隣で済ました顔をしながらオレンジジュースを飲んでいる。呑気なヤツめ。

 正直、美人とこうして向き合い続けるのは疲れるのだ。

 鶴見留美は美少女の部類に入るのだから、その母親である鶴見母が美人なのは当然のことだと言えよう。

 鶴見はクールな佇まいを持つ女の子だが、母親の方は、なんというかキツい雰囲気があった。ナイフのように研ぎ澄まされた鋭さ、凛としたその佇まい。しかし大人が故の余裕を感じるその雰囲気。

 クソ、最近まともな年上の女性と喋った経験が平塚先生しかないせいでこういう時どうすればいいか困る。そもそも俺は話をしに来たはずなのに、なんで黙っているんだ。

 

「お母さん、実さん困ってるよ」

「そうね……ごめんなさい。来てくれてありがとう、田島さん。留美の母です」

「どうも。改めまして田島実です」

 

 互いにペコリと頭を下げる。

 今更な自己紹介ではあるが、家に入ってから鶴見とだけしか喋ってないので、実際に言葉を交わすのは初めてである。

 しかしなんというか、鶴見母の硬い雰囲気が霧散したな。電話口で聞いた声と見た目の雰囲気とのギャップが凄い。

 鶴見の前だからだろうか、今は結構柔らかい雰囲気を感じた。

 

「まずは、林間学校で留美がお世話になったようで、ありがとうございます」

「とんでもない。ぼくは大したことはしていませんよ」

 

 実際林間学校の件は、比企谷の案がなければ解決に持ち込むことは難しかった。

 俺は大したことはしていないだろう。雪ノ下は誇っていいと言っていたが……まあ無理な話だ。俺が俺を誇ることなんてのはきっと永遠に来ない話だよ。

 鶴見母はそんな複雑な内心を見透かしたのかどうなのか、知ったことじゃないがふわりと微笑んだ。

 

「そうですか。しかし、やり方はあまり褒められたものではないと思います。何か間違えれば、留美もあなた方も危なかったかもしれない」

 

 しかしそのすぐ後に、キリッと引き締まった表情になる。

 

「……ええ、自覚しています」

 

 そこもしっかりと鶴見から聞いているらしい。

 母親としてはあまりに正論だ。俺としては返す言葉もない。作戦の立案は比企谷とはいえ、それにゴーサインを出したのは、実は俺である。

 林間学校の肝試し。あの時に比企谷の作戦に対し雪ノ下も葉山も良い顔はしなかった。雪ノ下に関しては拒否したくらいだ。リスクが高すぎる、とな。

 だが俺はやるべきだと思って承諾した。もちろんそこで取りだしたるは副部長権限……ではないが、俺が積極的だったのを見て他の面々も渋々承諾したと言った形である。

 故にこそ、俺は俺たちがやった作戦のリスクをしっかりと理解している。あれは、小学生たちの罪悪感と混乱によってそこまで頭が回らないことに賭けた、綱渡りの作戦だったのだから。

 そして何より、失敗すれば鶴見の今後がより酷いことになってい可能性だってある。鶴見母が言いたいのはこっちだろう。

 

「娘さんを危ない目に合わせたこと、謝罪させてください。本当に申し訳ない」

 

 だから頭を下げる。

 本当ならば比企谷にだって頭を下げさせたいが、鶴見からの依頼を受けたのは俺で、その作戦を了承したのも俺だ。なら代表のようなものだ。

 とはいえ頭を下げたところで許されるとは限らないが。

 頭を下げ続ける俺に、彼女は「頭を上げてください」と言って、俺は言われた通りに頭をあげると、彼女はクスリと笑っていた。

 

「……別に責めている訳では無いのです。留美があなたたちのお陰で前より元気になったのも事実ですから。でも」

「でも?」

「親として、文句の一つは言わせて欲しいな、と」

「……なるほど」

 

 俺も思わず笑ってしまう。

 いや確かに、その通りだ。それは彼女達が待っている最大の権利だろう。それは行使するべき権利だし、今こうして行使されるのは道理である。

 この程度で済ましてくれるのだから、彼女が良き人なのは明白だった。

 鶴見母は微笑んだまま、鶴見の頭を撫でる。鶴見はくすぐったそうに目を細めたあと、ハッと我に返った。

 

「実さんの前だからやめて」

 

 そう言いながら手を払う鶴見に対して、鶴見母は再びクスリと笑うと、口を開いた。

 

「正直、留美に何かあるのでは?と思っていたのです。最近はずっと元気がなかったので」

「そうなの?」

「ええ。多分留美が思っている以上に元気なかったのよ」

「そうなんだ……」

 

 自分の状況を親に伝えられない気持ちは如何程のものか。きっと後ろめたさでいっぱいだったはずだ。

 だからこそ親の前でも、意気消沈しているような、ぎこちない態度が目立ったのだと思う。

 

「だから林間学校で留美がカメラで何を撮ったのか、何も撮っていないのであれば、問い詰めようかと思っていたのですけど。まさか留美から話してもらえるなんて思っていませんでしたから」

「実さんが、お母さんと話せって言ってたから……」

「まあ、言ったな」

「ええ、だから文句はありますけど、感謝もしているんです」

 

 鶴見母はニッコリと笑いかけた。

 視線を逸らしながら、少し下にズレた眼鏡の位置を直して、ふーっと息を吐く。

 緊張の糸解けたというのもあるが、思ったよりも寛容なその態度に、少しばかり拍子抜けだったというのもある。

 

「留美、悪いけれど、台所からお菓子持ってきてくれるかしら」

「?いいけど」

 

 鶴見が立ち上がり、とてとてと奥のキッチンまで歩いていく。ついでにコップを持っていったので、飲み干してしまったジュースも補充してくるようだ。

 キッチンまで行った鶴見を目で追っていると、鶴見母から声がかかる。

 

「……田島さん」

「はい?」

「その、一つだけお聞きしたいのですけど」

 

 随分と真面目な顔をだった。

 ここからが本題のような気がするな。せいぜい気を引き締めるとしよう。とはいえ鶴見が戻ってくるまでだからそう時間はかからないだろうが。

 

「どうぞ」

 

 俺が促すと、彼女は意を決したように顔を上げる。

 

「……留美に対して、何かこう、劣情を抱いたりはしていませんよね?」

「いや……え、あ?いやいやいや……そんなに信用ありませんか?」

「いえ、そういう訳じゃないのだけれど……」

 

 なんだか申し訳なさそうな顔をして目を伏せる。

 奉仕部の女子二人といい鶴見母といい、人をロリコンにしないと気が済まないのか?俺はそんなに小児性愛者のような顔をしているのか?いやいやいや、それはないだろう。

 自分に自信がないからいまいち確証が持てないのが、俺のダメなところだ。全く嫌になる。

 

「まぁ、そうじゃないなら良いのです」

 

 ほうと、安心したように息を吐いて鶴見母は目尻を下げた。

 

「実さんどうしたの?変な顔して」

「……なんでも」

 

 戻ってきた鶴見が怪訝な顔でそう聞いてきたので、俺もため息混じりに返事を返したのだった。

 

 

 結局あの後、俺は帰ろうとしたのだが、鶴見母の押しに負けて鶴見家で夕食までご馳走になってしまった。

 父親は来ないのかと疑問に思ったが、どうやら仕事でいつも帰りが遅いらしい。一家の大黒柱は大変、ということだろう。

 ちなみに夕食はミートスパゲティ。かなり美味かった。コーヒーが飲みたいが、さすがに何も持ってきてはいない。

 鶴見母は、台所の方でカチャカチャと音を立てながら、使い終わった食器を洗っている。手伝おうと思ったのだが、客人だからという理由で断られてしまった。

 時刻はおよそ、十九時を回る頃だ。やることもないし、そろそろお暇させてもらいたいが、さて。

 

「実さんそろそろ帰る?」

「ん?ああ……そうだな。そうしよう」

「ふうん。じゃあね」

「じゃあねってお前……」

 

 素っ気ない返事に思わず呆れてしまう。

 全く……自分で言うのもなんだが客人なんだぞ、一応俺は。

 ため息を吐いて、鶴見母の方を見る。ボソリと、「良い母親だな」なんて言葉が口から出てしまった。

 

「……そうかな」

 

 そんな俺の言葉に、鶴見は自信なさげに答える。

 まあ、自分の母親が他所様の母親と比べて、良いか悪いかなんて鶴見くらいの年齢じゃ分からないものだろう。俺もそうだったからよく分かる。

 

「そうだろうよ。お前のことをしっかり大切に思っているのは、さっきの短い問答でも理解出来たからな」

 

 大切に思いすぎてロリコン扱いされる程だからな!

 

「まあ、これからも仲良くするといい」

 

 椅子から立ち上がって、鶴見母の方へ行く。

 彼女はまだ食器を洗っている最中で、忙しなく手を動かしていた。やはり手伝った方が良かった気がするな。世話になったのだし。

 仮に今度来て、ご馳走になった場合は手伝うとしよう。

 

「すみません」

「田島さん。どうかしましたか?」

「いえ、そろそろ帰ろうかと思いまして」

 

 鶴見母は手を止めて、水道の水を止めたあと、こちらへと振り返った。

 

「もうお帰りになられるんですか?」

「ええ、まあ良い時間ですから」

「そうですか。今日はわざわざ来てくださってありがとうございます。これからも、留美と仲良くしてあげて下さい」

 

 ニッコリと笑う彼女にぺこりと会釈を返し、俺は踵を返す。

 居間を出て、玄関まで行くと鶴見が立っていた。どうやら見送ってくれるらしい。すました顔で、じゃあね、なんて言っていたのはなんだったのか。今更寂しくなったのかな?せせら笑ってやろうかとも思ったが、大人気ないからかい方だな。やめておこう。

 何はともあれ優しいことだ。

 

「実さん」

「うん?」

「また電話するね」

「……ああ、またな」

「うん、また」

 

 鶴見に手を上げて、俺は玄関の扉を開けた。

 

 

 夏は太陽が沈むのは遅いが、さすがにこの時間帯になると、夜の帳はもう下りていた。頬を撫でる風邪は涼しく、夜の寂しさを感じさせる。

 鶴見の母に呼び出された時はどうなるかと思ったが、思っていたよりも向こうが俺に対して、寛大な心で受け入れてくれていた。黙って向かい合っている時は、人生最大の危機かとも思ったが、意外と何とかなるものだな。

 正直もっと糾弾されるものかと思っていた。鶴見が何か話したのか、それとも彼女の母親が寛容だったのか。多分どちらもそうなのだろう。

 だからこそあんな呟きが漏れたのだが。母親、か。俺の母親は今何しているのだろうか。もう一年以上会っていない。まあネットで調べれば何らかの公演をしているだろうし、簡単なことではあるのだろうが。さすがにそこまでやる気はない。面倒だし、そもそも興味がない。どうせ元気にやっていることだろうし、何かあれば向こうから連絡してくるだろう。

 

「くあ……」

 

 欠伸が出る。いい加減コーヒーも飲みたいし、早めに帰ろう。

 俺は何度も出てくる欠伸を噛み殺しながら、帰路に着くのであった。




田島実
おおよそ175cm程度の身長で痩せ型。
くせっ毛の黒髪、どんよりとした暗く深い闇のような死んだ黒目が特徴の少年。
細身で寝不足気味な為常に顔色が悪く、目の下には酷い隈があるせいで、病人のようにも見える。

by 友人作

【挿絵表示】


友人の絵が思った以上にイメージ通りなので、あまり詳しい説明はしなくていいかなと思う所存。
次回は、多分一色回。

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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