青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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あなたとの約束を忘れたことなんてないから


二十四話 後輩

 ボケーッと、昼食のそうめんをすすりながら、お昼のニュース番組を眺める。

 名前も知らん女のお天気ニュースキャスターによれば、今日は一日晴れらしい。即ちいつも通りである。今日もまた洗濯物を干すには良い日ということだ。

 夏休みは折り返しをすぎ、もう残り一週間あるかないかといったところ。数日後には、毎年恒例のどっかの河川敷で花火大会がある夏祭りがやるそうな。中学生の時は少し遠出して行ったな、なんて思い出しかけ、直ぐに記憶に蓋をした。

 ちゅるりと最後のそうめんを啜った。

 使った食器を洗って片付け、洗濯物を物干し竿に掛けて、ベランダに並べればとりあえず今日のやることは終わりだ。

 さて、コーヒーを、淹れよう。

 思い立ち、席から嫌だ嫌だと駄々を捏ねる重い腰をあげて立ち上がった俺は、婆さんが用意したコーヒー関連や専門の器具が収められている棚からとある道具を取り出す。

 その名もエアロプレス。

 コンパクトかつ、太く大きめの注射器のような外見をしているそれは、空気圧を使って抽出するというもの。ちなみに似たような器具としてフレンチプレスなるものもあるが今回は割愛しよう。

 往々にして、コーヒー抽出用の器具は最近に作られたものになればなるほど、短時間で抽出できるのが売りになっている。コーヒーを淹れるのはそれなりに手間がかかるのだから、単純化効率化を目指すのは当然のことと言えよう。

 もちろん、このエアロプレスも例に漏れず、実に短時間でコーヒーを抽出することが出来る。

 エアロプレスの抽出の特徴としては、コーヒー粉とお湯を上から自身の力をかけてコーヒーを抽出するという点にあり、そしてそれはカップの上で行う。なので、その力に耐えうるだけの強度がある厚くて丈夫なマグカップを選ぶと良い。

 今回はインヴァート方式でセットするとしよう。これは初心者向きの液漏れが防げるセット方法だ。俺自身、ある程度力が必要なエアロプレスの扱いはまだ慣れていないのもあって、今回は簡単なやり方にする。

 プランジャーの上にチャンバーをセット。そして予め挽いておいた中挽きのコーヒー豆をチャンバーの中に入れる。そして、30秒ほど時間を掛けてお湯をチャンバーに注ぐ。

 注ぎ終えたら付属のパドルを使って、静かに数秒ほどお湯を混ぜて撹拌する。撹拌すると、表面に泡の層ができるからわかりやすいぞ。

 あとはフィルターをセットしておいたキャップをはめて、一分ほど待った後、ひっくり返したカップの上に乗せる。

 あとは、上から押すだけだ。しかしこれが中々どうして力がいる。感覚としては、心臓マッサージの押し込む部分を絶妙な力加減でずっと押し込み続ける。そんな感覚だ。

 あまり力を入れすぎるとカップが倒れるし、最悪エアロプレスが壊れる。

 なので一定の力加減と速度で押し込む必要があるのだ。

 ちなみにほとんどの抽出方法でそうなのだが、最後まで抽出しきるとエグ味が出るから程々でやめておこう。

 

「ふぅ……」

 

 やはり結構力を込めなければ行けない抽出方法なので、額から汗が垂れる。それを手の甲でグイッと拭ったあと、エアロプレスを桶の中に入れておく。後で掃除しよう。

 むう、ジムに通っているはずだがやはり筋肉はあまり増えていないような気がするな。まあ一ヶ月程度しか通っていないのだから、仕方があるまい。 

 一心地ついて、席に座る。

 早速淹れたコーヒーに口をつけた。エアロプレスはドリップ式よりも強い圧力で抽出するために、コーヒー豆固有の成分がしっかりと出ている。

 つまり。

 

「美味い」

 

 ふーっと、息を吐く。至福の時間だった。適当に昨日借りてきた映画でも見ようかと思って、席を立った、ふと窓の外を見た。先程まで快晴だったのに、今は曇りがかって少し暗かった。

 嫌な予感がして窓から外を眺めれば、黒い暗雲が空を覆っていた。

 その瞬間だ。

 

「おい、冗談だろ……?」

 

 ザーッ!とまるでバケツをひっくり返したかのような土砂降り。

 何が今日一日晴れ絶好のお出かけ日和だ、天気雨なんてレベルではないぞ。美人お天気キャスターだかなんだか知らんが、適当な仕事をしよってからに、クビにしろ!干したばかりだぞ、アホか。

 内心恨み言を吐き続けながら、俺は急いで、洗濯物を取り込む。

 ひーこら言いながら必死の想いで、洗濯物をとりこんだ。焦りと、急いで取り込んだせいで息が切れた。荒い呼吸をしながら、俺はなんとか立ち上がった。

 クソが。とりあえずいくつかの服は乾燥機に放り込んで、あとは部屋干しか。部屋干し、部屋が臭くなるから嫌なんだが、まあ仕方がない。

 盛大にため息を吐きつつ、片付けをしていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 誰だ?

 以前に頼んだ品はもう届いたはずだ。となれば別の宅配だろうか。しかし何か注文した記憶はないが。

 何はともあれ、ちょうど洗濯物もカゴに放り込みきったので、一度手を止めて、玄関へと向かう。

 玄関の扉を開ければ、そこに立っていたのは、全身ビショ濡れの一色いろはだった。

 彼女は全身ずぶ濡れになったまま俯いて玄関の前で立ち尽くす一色に、何やらただならぬ気配を感じた俺は咄嗟に声をかけた。

 

「一色……?どうした?何があった?」

「田島さん……」

 

 彼女は顔を上げる。その瞳は潤んでいて、悲壮感が漂っていた。後輩よ、何に嘆いているのだろうか。

 

「……驚かせようとして田島さんちに来たら、急に雨降ってきてびしょびしょになっちゃったんですよ〜」

「あぁ……?」

 

 あまりに間抜けなその理由に、強ばった体は一瞬で緩んで、思わず間抜けな声が出てしまった。

 そんな理由で立ち尽くすんだったらあんな深刻そうな雰囲気で立つなバカが。紛らわしいのも大概にしろ、全く。

 

「はぁ……度し難いほどの阿呆め。仕方がない、中に入れ」

「はーい!」

 

 ルンルン気分で家へと入ってくる一色を見て、我ながら甘すぎやしないかと、少し反省した。

 

 

『田島さん、替えの服ってどこにありましたっけー!?』

「ああ?」

 

 洗ったエアロプレスをまた使って珈琲を淹れていると、今は風呂場にいるはずの一色からくぐもった声で、すこし聞こえにくかったが呼ばれた。

 替えの服だとかそんなもの俺は全く知らんが。まさか勝手に家に置いていったのか?まさかあの誰だかよく分からんキャリーケースか。

 俺は客間の押し入れに置いてあったアレを思い出す。あのライトグリーンのキャリーケース。パッと見女のものに見えたので、てっきり婆さんのものかと思って、大事に、という訳ではないが捨てずに取っておいたのだ。確かに婆さんの趣味にしちゃ若いとは思っていたが、一色のだったとは。

 舌打ちをした後、腰を上げて一階の客間へと向かう。

 リビングのすぐ隣にあるこの部屋だが、客間とは名ばかりで実際はただの和室だ。リビングの隣にあって歳で病気になった爺さんがここで寝ていたらしい。

 そうそう使うこともないし、広いもんだから一応客間として用意している。

 押し入れの戸を開けると、かび臭い匂いが鼻をの奥を刺す。ここも使ってないからな。そろそろ掃除をしなければならないか。

 なんてことを思いながら、下の段の奥の方に置いてあったライトグリーンのキャリーケースを取り出して、持ち上げてみれば確かに何かが入っている重みが腕に伝わってくる。服が入っていると知っていれば、確かに服が入っていると分かる重さだった。

 バックを持ち上げて、風呂場へと向かう。風呂場の前までやってきて扉をノックした。

 

「おい、この緑のキャリーケースでいいのか」

『あ、それです。ありがとうございます』

「洗面所に置いておく。お前はさっさと風呂場の中に入っておけ」

『はーい。あ、覗かないでくださいね?』

「阿呆か」

 

 呆れつつ、中から扉の開閉する音が聞こえた数秒後に洗面所の扉を開ける。洗面所から風呂場は直接繋がっているので、床が少し濡れていた。一色が先程までいたのだろう。

 風呂場からはザーッとシャワーから水の流れる音が聞こえる。曇りガラスからは一色の影らしきものが映っていて──直ぐに目を逸らした。

 

「置いておくぞ」

 

 そう言ってとりあえず床にキャリーケースを置いて、俺は洗面所を出た。遅れて一色からお礼が飛んでくる。俺はそれに返すことなくリビングに戻ってから、溜まった何かを吐き出すように盛大にため息を吐いた。

 

 

 一色が風呂から出てくると、時刻はおよそ十五時ほどになっていた。雨は止む気配がなく、正しくゲリラ豪雨といった空模様だった。

 

「そうだ、田島さん」

「あん?」

 

 一色は先程淹れたコーヒーを飲みながら、思い出したかのように俺を呼ぶ。

 

「私、実はまだお昼食べてないんですよねー」

 

 そう言ってチラチラとこちらを見てくる。つまり飯を食わせろということだ。

 

「あぁ?全く……そうめんでいいか?」

「え〜。まあいいですけど」

「文句を言うんじゃない」

 

 ぶーたれる一色を他所に、俺は台所へと向かい揖保乃糸を取り出す。仕送りとして、実家から大量に送られてきたのだが、俺一人じゃ消費しきれなさそうな量だったので、実は一色がこうして昼飯を食べていくことは非常に助かるのであった。

 湯が沸いたらそうめんを鍋に放り込んで、麺を茹でていく。時間を図るためにタイマーだけセットして、俺はコップに麦茶を注いで喉を潤した。

 リビングに戻れば、一色が暇そうに借りてきた映画のパッケージを眺めている。

 

「田島さん、なんか面白いのないんですか?」

「カンフーナチスとかはどうだ?」

「いや絶対B級映画でしょ!」

「C級かもしれん……」

 

 正式名称『アフリカン・カンフー・ナチス』。あまりにもタイトルがパワーワード過ぎて勢いで借りてしまったが、しかし俺一人で観るのには些か躊躇いがあるので一色がいるのは丁度良いかもしれない。

 誘ってみるか。

 

「観るか?」

「観ーまーせーん……そもそも面白いんですか?これ」

「知らん」

 

 しかし一色は興味がないようで、パッケージをポイッと置いた。嘆かわしい。巷では快作だとか、意外と面白いだとかと言われているようで少し期待していたのだが……やはり一人で観るしかないようだ。

 そろそろそうめんが茹で上がった頃なので、ザルに盛って麺つゆを用意しておく。

 

「そら」

「ありがとうございます!あ、薬味あります?」

「ネギとわさびなら」

「じゃあそれで」

「……少し待て」 

 

 ここは飯屋か?

 内心愚痴りながら俺は薬味を用意する。ネギを切って、さすがに本わさびなんかはないのでチューブの練りわさびを用意した後、それを小皿に載せて一色の前へと置く。

 

「ありはとうふぉざいまふ」

「食べるか喋るかどっちかにしろ、行儀が悪い」

「……すみません」

 

 既にそうめんに口をつけていた一色は、口をモゴモゴとさせながら礼を言うので、叱りつけておく。

 こういう行儀だのマナーだのは日頃の積み重ねだからな。どこかしらで行儀の悪さが出る、なんて良く言っていたのは婆さんだったはずだ。

 爺さんがその辺あまりにもズボラだったため、婆さんは随分と厳しい人だった。その為か、うちの母親は気品のある女だった。

 一色はどうかと言えば、普段の行儀の良さはかなりのものだ。他人から自分がどう見えているのか、ということを気にしている一色は、育ちの良さなのだろう。些細な仕草から行儀の良さが読み取れる。

 しかし本来の性格なのかは分からないが、こうして俺の前や気の知れた相手だと時折はしたないというか、行儀の悪い所も見えたりする。つまるところ普段から多少なりとも意識している、ということだ。そこはこいつの長所だろう。意識すれば、猫を被ることもおちゃのこさいさいという訳だ。

 そんな一色いろはは、基本的に俺に用がある時は連絡してくる。しかし、今回は連絡がなかった。珍しいことがあるものだ、と思いながら一色を眺めていると、彼女は眉を顰めた。

 

「そ、そんなに見られていると食べ辛いんですけど」

「ん?ああ……いや、お前が連絡しないで俺を訪ねてくるのは些か珍しいと思ってな」

「一応したんですけどねー。田島さんどうせメール見てないんでしょう?」

「メールゥ?」

 

 そう言ってスマホのメールボックスを見れば、確かに一色からメールが届いて───かなり届いてるな。平塚先生はいいとして、由比ヶ浜や小町さんや戸塚からも届いているが、一色が一番多い。平塚先生よりも多いのか。

 いつから届いているのか遡ってみれば、だいたい林間学校くらいからだった。そこから定期的にメールが送られている。内容は、大体は俺の予定を聞いているものが多い。しかし最後の方は俺の安否確認まであった。我ながら心配をかけすぎだ。

 

「おおこんなに……いや悪い。メールなんぞ見る習慣がなくてな」

「折角交換したんだからってメールで連絡しましたけど、これからはまた電話で連絡しますー」

 

 頬をふくらませてムスッとした顔であからさまに拗ねてしまった一色。

 

「悪かったな」

「むぅ……あっそうだ、じゃあ代わりに今日泊めてください」

「なんと?」

 

 一色の顔を見る限り冗談ではなさそうだ。つまり本気で泊まりたいという訳だが……まあ客用の布団はある。定期的に洗ってもいる使えるか。

 

「駄目……ですか?」

 

 一色は目を潤ませ、不安そうに手を胸元に持ってきて、やや上目遣いになってこちらを見つめる。こいつが媚びる時によくやるパターンだ。

 それに負けた訳じゃないが、特に断る理由もないので、今回は許可してやろう。

 

「別にいいぞ。断る理由もない」

「……ほんと、表情変わりませんねー」

「流石にもう見慣れた。あざといだけだ」

「あざとくありませんー!」

 

 そういったあと、最後のそうめんを口へと運び、咀嚼し嚥下した後一色は一息つく。その後手を合わせて「ご馳走様」と言ったあと皿を持って台所へと向かった。

 

「そこに置いておけ」

「今日はお世話になる訳ですし、私が洗いますよ」

「そうか?悪いな」

 

 しばらくカチャカチャと皿を洗う音が聞こえる。一色もこの家に来るは初めてじゃないので、こうして当然のように家事もこなせる訳だが、それはそれとして一応俺の家なのだが、ここは。

 なんとも言えない気分になりながら、飲みかけのコーヒーに口をつける。今回はホットコーヒーなので少し冷めていたが、まあまだ飲めるレベルだ。

 手持ち無沙汰なので、一色の背中を眺める。我が家の台所に誰かがこうやって立っているというのは新鮮だった。そもそも一色ですら家に来るのは久々だ。だいたい一年ぶりくらいだろうか。

 謎の気持ちに支配されながら、再びコーヒーに口をつけた。程よい苦味と、その直後に感じる酸味が舌の上に残る。

 そうやってコーヒーに舌鼓をうっていると、一色が戻ってきた。

 

「あ、そうそう、私が今日田島さんの家に来た理由ですけど」

「驚かせに来たとか言ってなかったか?」

「それもあります。でももう一つあります。ていうかそっちが本題です」

「ほう。それで、なんだ?」

 

 彼女は俺の真正面に位置取る形で、椅子に腰をかけた。

 

「いや実際二週間前から何をしていたのかなって思いまして」

「なるほどな。良いだろう、聞かせてやる」

「妙に上から目線ですね……」

 

 そうして俺は一色に、林間学校の手伝いで忙しかったこと、バイトやらジムやらの話を、誇張なしに話した。

 

「へえ……そうだったんですね。そういえば部活に入ってるんでしたっけ」

「ああ」

「なんでしたっけ、ご奉仕部?」

「ごは要らん」

 

 それが付くと途端にいかがわしい感じになるのは、げに日本語の妙だろう。

 

「……部活?」

 

 一色が首を傾げる。今更俺が部活に入ってるからといって不思議がることはないだろう。あるいは何か引っかかることでもあるのだろうか。

 

「あ!そうです、前のデートの時に知り合いがどうのこうの言ってませんでしたか!?」

「あん?……ああ、アレか」

 

 面倒なことを思い出したな。

 恐らく、以前ららぽーとに一緒に行った時見た雪ノ下姉の事を言っているだろう。

 以前の俺は雪ノ下姉のことを知らなかったのだから、彼女のことを雪ノ下に似ていると称した。しかしそれを直接伝えず知り合いに似ているとぼかしたせいで、あの時は中々どうして痛い目を見たのだが、仕方がない。今回は素直に話してやろう。

 

「結局アレ誰のことだったんですか?」

「雪ノ下雪乃」

「はぁ!?」

「うおっ!?」

 

 突然一色が机から身を乗り出してくる。

 

「雪ノ下ってあの!?」

 

 そういえばあの女、学校ではそれなりに有名人なのだったか。最近あまりに身近になりすぎたもんだから忘れていた。というか、俺がボカした理由もそれだったか?いや、単に勘に従っただけのような記憶もある。

 とはいえそれなら一色の驚きも納得だった。と思いながら一色を見ていると、何かブツブツと呟いていた。

 

「……田島さんは、雪ノ下先輩みたいな人がタイプなんですか?」

「あ?バカを言えよ……」

 

 机に肘を置いて、頬杖をついた。

 何やら真剣な顔をするコイツに対して、俺はなんと声を掛けるべきか。雪ノ下に対してそんな気持ちを抱くつもりは微塵もない。無論、他の女にも。何を不安がって……そうだな、そうだった。コイツは、知っているのだ。

 

「俺は……もう、誰かを愛する気なんて、ないよ」

 

 一色は、目を見開いた後、一瞬顔を歪めて、すぐに何処か諦めたような表情になる。

 

「……知ってますよ」

 

 なんて言って、俺に微笑むのだ。

 これだけ理解をしてくれている彼女に、俺は何をしてやれるのだろうか。

 そもそも何故、彼女は俺と一緒にいてくれるのだろうか。ただただそれが申し訳なくて、酷く苦しい。

 早く、前に進まなければならないのに。

 右目が痛い。

 ああ、クソ────憂鬱だ。

 

 

◇*◇

 

 

 隣から寝息が聞こえる。

 多分、田島さんがようやく寝たからだと思う。それに気づいた私は布団から体を起こした。

 彼の部屋で一緒に寝られるように頼み込んだところ、了承(無理やり)を貰った私は、彼が寝入るまで待っていた。理由は、寝顔を見るため。別にやましい気持ちがあるとかじゃない。ほんとだよ?

 前に、田島さんは夜眠れないって言っていた。理由も説明してくれた。でも実際どんな風に魘されているのかは、私は知らなかった。だから、一応確認しておきたい。

 昼は私のせいで昔を思い出させてしまったから。きっと、今日は良い夢を見れないだろう。

 

「あ……」

 

 倒れた写真立てが目に入る。

 こういうのをそのままにしておくのは、A型だからか変なところで結構細かい彼らしくないなって思った。そもそも私が田島さんらしさを語るのは、少しおこがましいかもしれないけれど。

 写真立てを起こして───見たことを後悔した。

 田島さんがこの写真立てを倒れたままにしていたのは、きっと思い出したくないから。以前、もう昔のことは忘れたいのだと、そう私に言っていた。だから本当は忘れたいんだと思う。でも、忘れられないからこうして置いているんだ。

 忘れたかったのなら捨ててしまえばいいのに。でも捨てられない。私もそうだから。

 パタリと写真立てを倒して、寝ている田島さんの方へと近づく。

 不規則に寝息をたてる彼の顔は、青ざめていて、時折なにかに魘されるように、しかし悲しそうにその表情を歪める。

 あなたはどんな夢を見ているんですか。それはきっと、悲しくて、辛くて、見たくもないものでしょうか。

 以前のあなたを私は忘れることが出来ない。死人のような顔をしていたあなたを。

 でも最近は少しだけ、和らいだような気もする。奉仕部とかいうのに入ってからかな。それを成したのが私じゃないのは、少しだけ悲しいけど、田島さんの苦しみが少しでと減ったならそれは嬉しいこと。

 だから、私に出来ることはせめてその夢が良いものになるように、祈ることだけだ。

 田島さんの布団の中に入って、その体を抱き締める。彼の背中は思っていたよりも広かった。以前よりも痩せ細ったその体は、強く抱き締めたら壊れてしまうんじゃないかと思っていたけど。それでも男の人なんだなって、思える硬さを感じられた。

 そして、その身体は小さく震えている。

 

「だから、安心してください。良い夢を見れるように、私が祈りますから────()()

 

 

◇*◇

 

「んが……」

 

 目が覚めた。

 隣には誰もおらず、ベッドの下に敷いてあった布団は既に畳んで隅に寄せてある。

 やけに、寝覚めのいい朝だった。なにか夢を見たような気もするのだが、覚えていない。そもそも途中で見るのをやめたのか、あるいは覚えることが億劫になるくらいに悪い夢だったのか。ただそれにしては良い気分だった。まるで何か暖かいものに、包まれていたかのような。

 というか一色がいない。俺よりも先に起きたのだろうか。珍しいことあるものだ、なんて思いながら時計を見れば時刻はもう九時────九時?

 我ながら寝すぎである。いや俺からすれば良い事なのだが。

 首を傾げながら、リビングまで戻っても一色はいなかった。

 テーブルの上には皿の上にラップがけされたサンドイッチが乗っていて、隣にはメモ用紙が一つ。

 

『朝食、私が愛情込めて作りましたから、味わって食べてくださいね!by一色いろは』

 

 といった内容のメモだった。

 せめて一言ぐらい声をかけてから帰れば良いだろうに。なんて、内心文句を言いながら、サンドイッチに口をつける。

 ふわっとしたパンに挟まれた、口当たりの良い卵、酸味と甘さがちょうど良い味わいは、まろやかで食べやすい。

 つまり、美味い。アイツまた料理の腕をあげたな。

 コーヒーでも淹れるか。

 そう思えば、俺はこのサンドイッチに合うコーヒーをどう淹れるか、胸を躍らせるのであった。




次回から文化祭編入ります

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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