青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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二十五話 秋風と吹き抜ける憂鬱

 長いようで……いやそんなことも無く普通に短かった夏休みは終わり、暦上は秋になった。

 とはいえ暦が変わったからと言って気温はすぐに変わることはないが、それでもジメッとした空気はカラッとした乾いた空気へと変わろうとしている。それに伴って蒸し暑さは也を潜めて、涼しい風が窓から吹いては心地よく頬を撫でた。そんな九月の初め。

 世間では台風が近づいていることで話題になっているが、新学期が始まった学生達は近づいている文化祭に少しだけソワソワしている。

  さてもさても、俺はと言えば、奉仕部が終わった放課後、ある女に呼び出された。

 自転車を押して、正門まで行けばそこに居たのは由比ヶ浜結衣である。

 

「待たせたか?」

「ううん、全然」

 

 手をヒラヒラと小さく降ってにへらと笑う彼女に対してやや目線を外しながら俺は話をするように促す。

 

「なにか要件があるんだろう?凡そ察してはいるが……時間も時間だ、歩きながら話そう」

「そだね。いこっか」

 

 由比ヶ浜の歩くペースに合わせて自転車を押す。しかし由比ヶ浜とこうして二人きりで下校することになるとはな。中々どうして気まずい。何故かと言えば、俺は由比ヶ浜が苦手だ。より端的に言い表せば由比ヶ浜の笑顔が苦手だ。

 それは由比ヶ浜と比企谷の仲を取り持った今でもそうだ。肝試しの時は、肝試しに集中することで忘れられていたが、特に考えることがないとそれをいやでも認識してしまって彼女の顔が見れなくなる。

 俺はできる限り彼女の顔を直視しないようにしながら歩く。

 

「……それで、話なんだけどね」

「大体は察しているよ。比企谷と、雪ノ下だろう?」

 

 そう、夏休みが明け新学期となった我らが奉仕部を待ち受けていたのは比企谷と雪ノ下のちょっとした違和感だった。

 不和と言うには会話はするし、挨拶もする。別にコミュニケーション上特に問題はない。

 しかし、間違いなく何かある。薄くて見えないが壁、あるいは膜と言っていい。よく見なければ分からないそんな何かが二人の間にはあった。

 部員間での会話をする際に、肌で感じる違和感。それが何か明確に言葉にすることは出来ない。由比ヶ浜と比企谷のすれ違いの時のような明確なものではなくて、なんというか言いたいことがあるのに言えていない。そんなもどかしさが二人の間にはあった。

 いつもだったら二人の間にある何か、ここまでで積み重なった信頼と言ってもいいそれが、今はどこかに少し歪みが生じているような感覚だ。

 それがとにかく二人の会話で目につく。耳につく。

 絶妙に肌を撫でる違和感があるのだ。例を挙げると会話にキレがない。罵倒合戦になりうるところで会話が途切れる。それと単純に由比ヶ浜の振る話題に対する反応が悪い。

 そんなもんだから、俺としても居心地が悪かった。

 隣で歩く由比ヶ浜は少し視線を下にして、暗い表情をしていた。

 

「うん……やっぱりみのるんなら気づいてたよね」

「余程鈍くない限りは誰でも気づくと思うがな」

 

 とはいえ、奉仕部にいて彼らの様子を傍から見れるのは俺と由比ヶ浜だけである。由比ヶ浜は人をよく見ているし、俺に関しては言わずもがなだ。

 仮にそんな鈍いのがいるとしても、それこそ戸部ぐらいだろ。

 

「正直俺は、林間学校以降二人どころかお前たちとも顔を合わせちゃいないんだが……何か知っているか?」

「うーん……」

 

 由比ヶ浜は考え込むようにして、頭をひねるっているのか物理的に頭が斜めるがふと思いついたようにハッと、顔あげる。

 

「あ……でも……」

 

 しかしすぐに口を噤んだ。

 

「どうした?何か言いづらい事だったか」

「えっと…………うーん」

 

 由比ヶ浜はしばらく逡巡する。どうやら結構悩むことらしく、彼女は足を止めた。むむむ、と何やら可愛いらしい唸り声を上げていたが、ほうと息を着くと口を開いた。

 

「でも、多分みのるんももう他人事じゃないよね」

「なんのことだ」

「あたしとヒッキーのことなんだけどね───」

 

 由比ヶ浜が話してくれたのは、彼女と比企谷の仲が宜しくなくなった原因でもある、一年前の入学式の出来事だった。

 早朝、彼女が飼っている犬のサブレを散歩していたところ、不注意で彼女がリードを手放してしまいサブレが逃走。そのまま未だ赤信号になっているにもかかわらず横断歩道をサブレが渡ってしまい、あわや車に轢かれると言ったところで偶然通りかかった比企谷がサブレを庇ったらしい。

 変わりに比企谷が怪我をして、一、二ヶ月入院することになったそうな。

 なるほど、犬だの助けただの言っていたのはこれか。俺は三ヶ月前の不和の詳細をようやく知ることが出来たのである。とはいえ、これを今更知ってなんだという話ではあるが。

 由比ヶ浜曰く、俺ももう関係ない訳じゃないとのこと。確かに実際にその場にいたわけではないが、関係が全くないと言えばそうじゃないだろう。何せそれが発端の事に巻き込まれたわけだしな。

 しかし、別にそれを話すのは今じゃなくていい。それに雪ノ下だって────。

 いや……もしや、そうなのか?

 今は、話を聞いた方が良さそうだ。

 

「それで、俺にそれを話した理由があるのだろう?」

「うん。ヒッキーを轢いた車なんだけど」

 

 そして、由比ヶ浜は再び足を止めた。多分もうすぐバス停が近いからだろう。彼女はバスで登下校しているそうだから。

 

「あのさ……みのるん、林間学校の時さ。ゆきのんのお姉さんが乗ってた車覚えてる?」

「あん?ああ……あの」

「うん。あの、黒い……ベン、ベン……ベンチ?」

「は?……もしやベンツのことを言っているのか」

「そうそれ!ベンツ!」

 

 もしや黒くて高級な車は全部ベンツだと思っているのか?ハイヤーにもベンツはあるだろうが……。しかし俺も詳しい車種は知らんが、間違いなくベンツではない。ベンツの特徴的なレリーフが着いていなかったと記憶している。数十秒見ただけだから細部までは見ちゃいないが。

 ふんす!と得意げな顔をしている由比ヶ浜には申し訳ないが訂正はしておこう。

 幼い子供に間違いを訂正するように、あくまで優しい笑みを崩さずに俺はフッと笑いながら口を開く。

 

「由比ヶ浜。残念だが、あの車はベンツではないぞ」

「そうなの!?え、じゃあなに?」

「いや、知らーん。どうでもいいからさっさと続きを話せ」

「えっ?あっ、うんうん。そだね。それでね……」

 

 何を話していたのか忘れたようで、再び頭を悩ます彼女に呆れつつ俺はこれは長くなりそうだから、どこか座って会話出来る場所でもあればいいがと当たりを見回す。バス停で長話をするのは流石に迷惑だ。確かこの辺りには、ちょっとした公園があったような覚えもあるが。

 ああ、あった。

 

「由比ヶ浜」

「……え、あうん。どしたの?」

「どうせ長くなるんだろう?なら、近くに公園があるから、そこで話した方が良い」

「あー……そうだね、そうしよっか」

 

 というわけで、俺と由比ヶ浜は一度落ち着いた場所に行く為に、バス停から外れて、公園まで歩くこととなった。

 

 

 部活終わりに女と二人きりで公園に。文面だけ見ればロマンティックな逢い引きだが、相手が俺じゃそうはならない。

 辺りは暗く夜闇が街を包む。立ち並ぶ街頭と、頼りない月明かりだけが、ベンチで座る俺たちを照らしていた。

 

「それで?雪ノ下姉の車がなんだって?」

「うん。それなんだけどさ、多分。あの車ヒッキーを轢いた奴なんだよね」

「似てる車ぐらいあるだろう」

「聞いたんだ、陽乃さんから……」

 

 聞いた、とは何の事だろうか。流石にあなたを轢いたのは私です。とはならないだろう。

 というか陽乃さんは誰だ?名前的に雪ノ下の関係者だろうが、ふむ。

 

「あ、陽乃さんはゆきのんのお姉さんだよ」

「そうか。それで、その陽乃さんとやらがなんと?」

 

 そして由比ヶ浜はいくつか話してくれた。

 二人で花火大会に出かけたその日、俺としてはこちらの方が気になったのだが、詳しく話してはくれなかったので、割愛する。とにかく、二人で出掛けたその日、花火を見ようと場所を探していた時に雪ノ下姉と出会ったらしい。

 その後、花火を見終わった帰ることになった際に、駐車場まで着いて行った二人に車で送ろうかと彼女から提案されたそうだ。そしてなんでも比企谷が敏感にその雪ノ下家の車に反応していたらしい。由比ヶ浜もそれを不思議に思っていたら、雪ノ下陽乃が『そんなに見つめても傷なんて着いてないわよ』と発言したのだとか。それと『雪乃ちゃんから聞いていなかったの?』とも。

 つまり、雪ノ下家の車は比企谷を轢いた車で、それを雪ノ下は彼らに伝えていなかったということだそうだ。

 やはり、か。だからこその、あの時の雪ノ下の発言だったのだろう。正しく、雪ノ下は加害者側の人間であったと。となると、奴が比企谷にそのことを打ち明けなかったから話が拗れたのだろうか。いや、しかしそんなものを気にするほど比企谷はみみっちい男ではないと思うのだが、それ以外にも何かあるのだろうか。

 

「ふむ、話を聞いただけでは、不仲の原因はイマイチ分からんな」

「うん……だけどヒッキー、凄い難しい顔してたから何かあるのかなって」

「お前がそう思うなら事実そうなのだろうな……」

 

 少なからず恋する乙女というのは、恋する対象のことを見ているものだ。よく観察しているからこそその対象の長所短所が分かる。まあ恋は盲目と言うから目につかないことも多々あるのだろうが、由比ヶ浜に限っては、それは有り得ないだろう。

 となると比企谷と雪ノ下の不破の原因はそこにあるのは確かだが、それがわかった所で結局のところ本人たちが何を抱えているのかを話さなければ自体の解決にはならない。つまり、現状解決は無理だろう。

 

「まあ、それを知ったところで何も出来やしないがな」

「二人とも多分何も話してくれないもんね……」

「なんだ、分かってるのか。なら俺に話す理由もないような気もするが……どうせ、時間が解決するだろうよ」

「あはは……まあそうなんだけどさ。さっきも言ったけど、みのるんももう他人事じゃないと思ったから」

 

 そうやって、少し恥ずかしそうに人差し指で頬をかいて、笑う由比ヶ浜。

 他人事じゃない、か。

 そう言われるのは悪い気分じゃない。少なくとも奉仕部の一員として認めてもらっている証拠だろう。だが、今の俺にとってはそんなものは必要ない。

 いずれなくなる縁だ。なら最初からない方がいい。

 

「……なんにせよ、俺に出来そうなことはないな。話は以上か?それなら……ああ、そうだな。時間も時間だ、家まで送っていくか?」

「いやいや、みのるん自転車だし流石にいいよ、あたしはバスだし。とにかくっ!あたしも気にしておくからさ、みのるんも二人のことよろしくね」

「善処しよう。夜道には気をつけろよ」

 

 ばいばいと、手を振って去っていく由比ヶ浜を見届けて俺も公園の外に自転車を出す。最近の公園は自転車が入らないように、入口に柵が設けられていることが多いがここの公園にはそれがなく、簡単に自転車を中に入れることが出来る。恐らく小さい公園だからだろう。

 自転車の上に跨って、ペダルを踏み込む。そうすれば自転車はそのタイヤを回して走り始めた。

 

「……やはり違うんだな」

 

 そう呟いた声は、夜の闇へと消えていく。

 君だったら、きっと俺には告げずに一人で悩んだのだろう。そして勝手に解決する。

 だから俺は君に憧れたのだ。高嶺の花だと思って手を伸ばした。本来なら伸ばした手は届きそうで、一生届かない。高嶺の花なんて、所詮はそんなものだ。

 しかし俺が手を伸ばしたのは太陽だった。なぜだか手を伸ばしたらすぐ触れられる距離にあって。だけれども、太陽に手を伸ばし、その手を掴んだら焼かれるのは当然のことだ。それでも元より既に目も心も焼かれていたのだから、いっその事手などくれてやると思ったのだ。

 だと言うのに、背中に火傷跡だけ残して、君はいなくなってしまった。

 それがたまらなく寂しくて、悲しくて。

 だから、由比ヶ浜の笑顔に君が重なった。

 だけどそこには君はいないらしい。それが分かったのだから、大丈夫だ。明日からは由比ヶ浜の笑顔も見れる。

 再びペダルを踏み込んで自転車を漕ぐ。夜の街を風が吹き抜ける。空に星はなく、照らす光は街灯と窓から漏れる家の灯りのみ。

 そんな住宅街を自転車で走る。

 早いとこ家に帰って、飯を食って風呂に入ってさっさと寝よう。今日も疲れたし、何より眠い。

 本当は眠りたくはない。君の夢を見るから。だが、それでも眠らないといけないのが人間という生き物だ。

 

「ままならないなぁ」

 

 また、ペダルを強く踏み込んだ。

 

 

 数日後、二年E組にて。

 教卓の前に立つ俺の手には先端が赤く塗られたくじが握られていた。唖然とした表情のまま黒板へと目を移せば。そこには、『二年E組 文化祭実行委員 田島実』とチョークで書かれた白い文字で、デカデカと表記されていた。

 

「これからよろしくお願いします。田島くん」

 

 隣では、眠たそうな目をして眼鏡をかけたおさげの名前すら知らん女が俺にそう告げる。

 俺はそれに、気のない返事を返せば、盛大にため息をついた。

 自分の運のなさを呪いながら。

 




というわけで文化祭実行委員になった田島くんです
次回は文化祭実行委員編

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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