文化祭実行委員が決まった日の放課後。
こうなってしまったのだから仕方がないが、俺という人間はほとほと運が悪いのだと思った。
自分のクラスを出て、黒髪のおさげで丸眼鏡で、何故か常に眠たげな目をした女。名を松山千佳子とか言うクラスメイトと、俺は共に廊下を歩いていた。目指すは委員会のミーティングが行われる会議室だ。
別々で向かえばいいとは思うのだが、松山は俺に一緒に行くべきだと提案してきた。理由は『田島くんとは喋ったことがないので、これからの事を考えると多少は仲良くなりましょう』だとか。一理あるので俺も異論なしと、その提案に乗ることにしたからだ。
なので、こうして共に向かっているのだが、話すことがない。ものすごく気まずい。何せ俺は基本的にクラスメイトと話すことはほぼない。話かけられたら返答はするが、会話なんてのはその必要最低限のもので、基本的には喋らない。休み時間も眠くて机に突っ伏していることの方が多い。
いわゆる二人組を組まされるタイプの授業は、余り物の奴と組めるくらいにはクラスでも除け者扱いはされていない。しかし、浮いていると言われるとそうだと答えざるを得ない程度には、俺はクラスで孤立していた。
ということもあって、俺はこの松山のことも知らない。基本的にクラスメイトの顔なんざ覚えていない俺は、そもそも松山がクラスメイトであることすら知らなかった。名前すら知らなかったからな、顔も存在も知っているわけがない。そも興味がないのだから当然だろう。
覚える気もなければ、意識する気もない。そんな人間が人の名前と顔を一致させることが出来るか?否である。
その旨を伝えたら、松山は何故かすこぶるショックを受けた顔をした。それからというもの、松山は妙に俺との距離感が近かった。
それもあり、未だに距離感が掴めずひたすらに気まずかった。
とはいえ俺から声をかけることもないので、ひたすらに無言で廊下を歩く。ちなみに松山は俺と付かず離れずと言った距離感である。
会議室までの道のりはそこまで遠くなく、同じように会議室に向かうのであろうガヤガヤと騒ぐ生徒達の喧騒をバックに歩けば、数分もしない内に会議室に着いた。
「田島くん。着きましたよ、席はどこに座りましょうか」
「……席まで一緒なのか」
「勿論。仲良くなる為ですから」
「そうかい……まあ、どこでもいい。好きに選んでくれ」
「なら、後ろの方にしましょう」
そう言って、俺は松山と一緒にコの字型に並べられた席の、コの字の上の横棒と縦棒がクロスする辺りに座った。
ホワイトボードの前にはまた一列に長机が二つほど並べられているが、アソコは委員長やら先生やらが座る席だろう。
松山と隣り合わせて座り、一息つけば、彼女がこちらへと顔を向ける。
「田島くんは、こうしたイベント事で実行委員になった経験はありますか?」
「中学生の時にならな。体育祭実行委員だった」
「へぇ、意外」
「別に……ただの、気の迷いだよ」
「そうですか」
俺は吐き捨てるようにそう言って頬杖を着く。
体育祭実行委員として、委員長となった彼女の指揮の元、一色と共に働くのはそれなりに楽しかった。しかし、あれも今となってはどうでも良い事だ。どうせ……いずれ忘れなければならないのだから。
「……?どうかしましたか?」
「あん?別にどうもしてないが」
「……そうですか」
未だ納得してないと言わんばかりに、無表情ながらも眉根を寄せて怪訝な顔をしている松山を無視し、思い出した過去に蓋をして、それらを忘れるためにふぅと息を吐いたあと当たりを見回した。
会議室の生徒たちは開始時間よりも早いからか、未だチラホラといるだけで、空席も多くあるようで、開始時間が近づけば自然と埋まってくるだろう。学生は大体十分前行動が基本だが、それを律儀に守るほど彼等は真面目ではないのである。ちなみに今は二十分前くらい。少々早く来てしまった感があった。
特にやることもなく、チラホラと増えてくる生徒を眺めていると入口から見知った顔が一つ。どんよりとした陰気臭い顔、腐った目、斜に構えたような猫背。そう、奉仕部の悩みの種その一、比企谷八幡である。
彼は座る席がないか当たりを見回した後、俺と目が合って少し固まった。そんな彼に、俺は空いている隣の席をニヤニヤしながらトントンと叩けば、渋々といった様子で隣に座りに来る。
「……まさかお前が実行委員とはな、比企谷。些か驚いたぞ」
「こっちの台詞だわ。なんでまたお前が」
「俺はくじ引きでな。ハズレを引いた」
「そりゃ運がなかったな。ちなみに俺は寝てたら平塚先生に勝手に決められてた」
「お前のは自業自得だな」
「うるせぇ」
苦々しい顔をする比企谷をカラカラと笑っていると、松山が驚いた顔でこちらを見ていた。
「なんだ、そんな目を丸くして」
「いえ……田島くんにも、お友達がいるのだなと」
「いや、別に───」
「友達じゃねーよ。ただの部員でしかない」
食い気味に否定してくる比企谷に肩を竦めて、俺もそれに同意する。事実、俺たちは別に友達と言うほど仲が良くもない。あくまで部員以上でも以下でもないのだ。とはいえそこまで食い気味に否定されると少し思うところはあるが。
そんな俺たちに松山は少し興味深そうに眠たげな目を更に細める。
「部活ですか……少し興味深いですね。あ、ちなみに私は松山千佳子です。どうぞお見知り置きを」
「あ、はい……比企谷はちまんでしゅ」
何故か途端に緊張して自己紹介を噛む比企谷をクスクスと彼女は笑いながら言葉を続ける。
「それで、どんな部活に入っているのですか?」
「奉仕部という部活だ」
「……聞いたことありませんね」
「そりゃそうだろう」
恥ずかしそうに目を腐らせていた比企谷に変わって彼女の質問に答えれば、一瞬考え込むように顎に手を当てたあと彼女は不思議そうに聞き返してきた。
隣では比企谷が「やっぱ非公式の部活なんじゃねぇの」とつぶやく。実際そうだと思えるくらいには、この部活動は無名なのだ。だというのに依頼が時折やってくるのだから不思議な話だ。平塚先生の人脈恐るべしというべきか、思春期学生達の悩みの多さこそ恐るべしというべきか。
隣の比企谷が、こちらへ体を寄せてボソボソと喋りかけてくる。
「……つーか、このちっさい女誰だよ」
「……クラスメイトだ」
「……随分と親しげですねぇ。田島くん?なに、彼女?」
「……黙れ、違う。離れろ。色々とあるんだよ」
「へいへい、そーですか」
ちっさい女とは松山のことである。俺は彼女の名誉のために敢えて言及しなかったが、彼女は身長がかなり小さい。140以上で150は間違いなくないだろうといった背丈で、見た目はどう見ても高校生というよりかは、中学生、あるいはもっと下と言った様な容姿をしていた。比企谷がちっさいとわざわざ言っても問題ない程には個性として成り立っている見た目なのだ。
そんな低身長な松山を見て、面倒くさそうにしながら体を離す。
ボソボソと喋る俺たちを見て、除け者にされたからかなんなのか、少し不満そうな顔をしたあと、彼女は口を開いた。
「……ちなみに、他の部員はいらっしゃるので?」
「ん?ああ……」
とりあえず部長の名前でも出しておくかと、雪ノ下の名前を口にしようとしたタイミングで、それまでの騒々しさが一転。シーンと水を打ったような静寂が会議室を支配する。
何事かと思って皆の視線を辿れば、その先にいたのは奉仕部の悩みの種その二、雪ノ下雪乃であった。
俺は雪ノ下を見た後、松山の方を見る。
「アレだ」
「……不思議な人脈をお持ちですね」
松山は何に呆気に取られていたのか、しばらく呆けていたが俺が声をかけると、ハッとした表情の後不思議そうに呟いた。
俺とてこうして、雪ノ下雪乃に対する生徒達の反応を見る確かに妙な縁だと思う。これも全ては平塚先生が原因なのだから当然ではあるが。
しかし、それにしても相変わらず注目を浴びる女だ。
普段奉仕部で見ている姿を知っている身からすれば、世間の評価の方が不思議に思える。それはクールで氷のような冷たい完璧女あるいは慈愛に満ちたマザーテレサの生まれ変わり。しかしその実はちょっとした事でメンタルが弱る、性悪で毒舌で人との距離感が分からない思っているよりも普通の女。その実態を知っていると、世間の印象なんざ当てにならないと笑い飛ばしたくなる。
「そうか?アレで意外と普通の女だぞ。その本性は性悪の毒舌女だ。別に知り合いだとしても、そこまで不思議じゃないさ」
「そうなのですか?……噂とはやはり当てにならないものですね」
「全くその通りだ」
二人でケラケラと笑いあっていると、いつの間にか席に着いた雪ノ下と目が合った。絶対零度の視線が飛んできたが……なんだ話でも聞かれていたのか?しかしそんな話が聞けるような距離でもないと思うが。もし聞こえたのだとしたらとんだ地獄耳だ。恐れ入る。
そんなふうに雪ノ下から視線をずらせば、隣で比企谷がやけに深刻そうな顔をしてジっと雪ノ下の方を見ていた。
「どうしました比企谷くん。そんなに雪ノ下さんの方を見て」
「ん……いや」
松山もそれに気づいたのか、彼に対し声を掛ける。比企谷はそんな声に、曖昧に返事をしたあと、口を開いた。
「確かにお前らの言う通り、他人の下す評価なんて当てにならないもんだと思ってな」
「そうですね。第一印象でその人のことを理解した気になっているのは愚か者のすることでしょう」
松山の言葉に、比企谷はまた曖昧な返事をして、最後にボソッと『だよな』と何故か自嘲するような笑みを見せた。
俺は何故だかそれが妙に気になりながらも、扉が開いてやってきた体育教師の厚木と、何故かいる平塚先生へと気を取られて次第にその興味もなくなっていった。
目が合うとウインクしてきたぞあの人。しかも様になっているし。
呆れていると、その後に続いて入ってきたのは、肩までのミディアムヘアーを両側で結び、三つ編みにして下げ、前髪をヘアピンで止めたつるりと覗くおでこが特徴的な、ほんわかとした女子生徒だった。この女子生徒は見覚えがある。確か、名を城廻めぐり。この総武高等学校の生徒会長である三年生の女子生徒、のはずだ。
そんな彼女の元に集まる形で、一部の生徒が前へとやってくる。そうして彼女から書類を受け取れば、各生徒へと配り始めた。時計を見れば、会議の開始時刻に時計の針が重なっていた。
それぞれの生徒に資料が行き渡ったのを確認すれば、女子生徒は立ち上がった。
「それでは、文化祭実行委員を始めまーす!」
そんな生徒会長の開始宣言共に号令がかかり、文化祭実行委員会が始まるのであった。
◇
委員会はつつがなく執り行われ、無事終了した。
途中、雪ノ下が先生や生徒会長から委員長を期待されていたが、実際に雪ノ下が委員長になることはなく、最終的には相模南とかいう比企谷と同じクラスの女が委員長になることが決まった。
それ以外も各々役職が決まって、俺と松山、そして比企谷までもが記録雑務へと送られたのである。俺と比企谷は言うまでもなくやる気がなく、楽な仕事をしたいからだったが、松山はというと俺がそちらに行くなら、という理由で記録雑務を希望していた。相変わらず訳の分からん女だ。
さて、そんな時から1週間が経って、今は文化祭までおよそ一月といったところ。
各クラスでは文化祭の準備の為居残り準備が解禁された。それは俺のクラスも変わりなく、何やら忙しなく内装などや飾り付けなどの準備、それ以外にも衣装の発注などをしている。
我が2年E組はメイド喫茶をやるそうな。実に文化祭の学生らしい頭の悪いアイディアでよろしい。
委員会の時間まではやることのない俺たちは、手持ち無沙汰というのもあって雑談していたが、そんな最中、衣装の発注を見てきた松山は隣で文化祭実行委員で良かったと安堵の息を吐いていた。
「私は見ての通り地味なので、惨めな思いをしなくて済みそうです」
「……」
ホッと息を吐く彼女のことを眺める。別に顔立ちは悪くない。特徴的な丸眼鏡だっていいアクセントだ。それにその身長が、まぁなんというか。一部の人間に需要がありそうではある。見向きもされないなんてことは絶対になさそうだがな。
しかし本人に言うのは、墓穴を掘る所の騒ぎではないのでやめておこう。
「……何か言いたげなお顔をしていますね。別に言っても構いませんが?怒りませんし」
「やめておこう。それよりも、俺は少し部活に顔を出してきたいのだが……構わないか?」
「ええ、どうぞ。私は少しお手伝いすることがあるそうなので。委員会には遅れないように」
「分かっている」
手をヒラヒラと振ってくる松山に手を軽く挙げることで返答し、俺は教室を出た。
廊下に出てそのまま部室へと向かおうとすると後ろから声がかかる。
「あ、みのるん」
振り返ればそこに居たのは横に並ぶ由比ヶ浜と比企谷。そういえば、コイツらは隣のクラスのF組だったな。普段はこちらのクラスのHRが爆速で終わることもあり、放課後になってもかち合うことが少なかったので忘れていた。
「おう。お前たちも部室に向かう途中か?」
「うん」
「そうか。奇遇だな」
「じゃあ一緒に行こっ。ヒッキーも良いよね?」
「別にいいぞ」
由比ヶ浜の言葉に比企谷は頷く。特段断る理由もないので、俺も二人と一緒に部室に向かうことにした。
二人のように横並びになる訳ではなく、比企谷の左ななめの少し後ろに着く形になる。由比ヶ浜のように並ぶのは、些か気が引けたから。
本館や新館は、文化祭の準備期間ということもあって賑やかだ。出し物をする部活、あるいは有志たちが各々の出し物のために練習をしている。
かき鳴らされるギターの音。どこからか聞こえる弦楽器の音色。あるいは高らかに歌い上げる知らん奴の声。
文化祭準備期間特有のこれを一年生の頃の俺には馴染みがなかったので些か鬱陶しかったが、一回経験してしまえば耐性が着くもので、意外と気にならなかった。
そんな本館や新館を抜ければ、ひっそりとした静寂に包まれた特別棟へと繋がる廊下が伸びていた。特別棟は基本的に文化祭で出し物をしない部活動の部室しかないようで、先程の喧騒とは一転して静かなものだった。
特別棟は日陰になることが多い故に、自分たち以外いないのではないか、そんな錯覚を覚えてしまう。
まあ勿論そんなことはないのだが。
少しだけ光が漏れ出る締まりきってない部室の扉に比企谷が手をかければ、からりと乾いた音を立てて部室の扉が開かれるのであった。
『田島実』
【誕生日】
三月十二日
【特技】
特になし
【趣味】
コーヒーを飲むこと
【休日の過ごし方】
コーヒーを飲む。喫茶店巡り。
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松山さんは完全オリキャラになります。
今後も話の展開上オリキャラが当然のように出てくることがありますので、あしからず。
次回 アイツが登場
この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?
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雪ノ下
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一色いろは
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鶴見留美
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松山千佳子
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材木座義輝
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戸部翔