青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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二十七話 知ったことではない

「やっはろー」

 

 由比ヶ浜の挨拶に雪ノ下はゆっくりと顔上げたあと、眩しそうに目を細めながら、少し躊躇いがちに口を開く。

 

「……こんにちは」

「こんにちは」

「おう」

 

 いつものように挨拶をして、定例の位置に座った。

 俺はカバンを置いた後、ポッドで湯でも沸かそうかと思ったが、後に委員会があると気づいて、片付けも面倒だからと素直に席に着いた。

 

「お前も文実なんだな」

 

 比企谷がそう雪ノ下に言う。確かに改めて考えると些か意外ではあった。雪ノ下はあまり積極的に前に出るような女とは思えなかったが。あるいは俺たちのようにたまたま、それともクラスで他者推薦されたとかも有り得そうだが、雪ノ下の部活動以外での普段を知らないのだから、推量するのはやめておこう。

 比企谷の言葉に、由比ヶ浜はキョトンとた顔をした。どうやら比企谷から聞いていなかったらしい。

 

「え?そうなの?」

「ええ……」

 

 雪ノ下は持っていた文庫本から目を逸らさない。

 

「へぇ、意外だね」

「確かにこういうのをやるようなイメージはないな。雪ノ下、お前自身が立候補したのか?」

「ええ」

「なんだ、そんなにやりたかったのか?」

「……かもしれないわね」

 

 雪ノ下は俺の問いに、視線をこちらへ向けたかと思えば直ぐに文庫本へと戻し、その意図をはぐらかすような曖昧な答え方をした。

 

「……私としては、あなたたちが実行委員にいた方が意外だったけれど」

「あーだよねー。……たち?え?みのるんもなの?」

「うん?なんだ、知らなかったのか」

「知らなかったんだけど!?あたしだけ仲間外れってこと!?あたしも立候補すればよかった……」

 

 由比ヶ浜があからさまに私ショックですと全身で表現しながら落ち込んだのを見て、俺の名誉の為にも訂正をしておく。いやどうにも俺はこの前の一件から、由比ヶ浜に事実を勘違いさせたままなのが嫌なようだ。面倒くさくなると確信したからかもしれない。

 

「別に示し合わせた訳じゃないぞ。俺はたまたまだ、たまたま。くじで当たりを引いてな。もれなく比企谷が着いてきた」

「俺は駄菓子かなにかかよ。てか俺は半ば強制なんだぞ……まぁあのミュージカルに出るくらいならあっちで雑用やってた方がマシだから、結果オーライだけどな」

 

 ミュージカルとはなんぞや。後で由比ヶ浜に話でも聞くとするか。

 

「あなたらしい理由ね」

「お前はらしくないけどな」

 

 随分と棘のある言葉だった。

 奉仕部の雰囲気が少しだけ険悪なものになっているのは、とかく比企谷のこうした態度のせいだった。そして普段であれば何かしら反論するであろう雪ノ下が、比企谷の言葉に何も反応せずに文庫本から視線を動かすことがない。らしくない。全くもってらしくない。こんな言葉を使うほど俺は二人を全て理解しているわけではないが、それでも、らしくないと思ってしまう。

 俺は小さく嘆息して、チラリと時計に目を向ける。時計の針は淡々と時を進めていて、委員会までの時間はまだ先だ。ならば、このまま沈黙していたところで何か変わるわけでもない。とりあえず話を変えるとしよう。

 

「それで、少し聞きたいのだが。部活動はこれからどうする?この中で三人も委員なんだろう?活動に参加するのは少々難しいと思うが」

「あー……ていうかあたしも多分、これからクラスの手伝いとかで忙しくなりそうなんだよね……」

「ああ、俺も文実で参加は難しいな」

 

 雪ノ下は目を閉じて何かを考え込むと、初めてしっかりとこちらに顔を向けた。

 

「……なら、とりあえず文化祭が終わるまでは部活は中止しようと思うの」

「そうか、了解した。平塚先生には俺の方から伝えておこう」

「お願いするわ」

 

 雪ノ下の言葉に俺たちは頷く。片方にかかりきりで片方がおざなりになるのも良くないだろう。ならば雪ノ下の判断は妥当というものだ。

 

「なら、今日はこれで終わりか」

 

 比企谷は文庫本を机に置いて、椅子から立ち上がった。俺もそれを見て、カバンを手に持つ。

 コンコン、部室の戸がノックされる。戸の向こうからは数人の女の実にかしましそうな声が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 

 雪ノ下がいつものように入室を促す。部室の戸が開かれた。

 

「失礼しまーす」

 

 入ってきたのは見知らぬ女子生徒だった。いや、一人だけなら見覚えがある。確か、実行委員長に立候補した女ではなかったか。名前は、相模南だったはずだ。

 彼女の後ろにはまだ二人ほど女がいて、彼女たちも相模と同様に軽薄そうな笑みを湛えていた。

 これまた、この場には似つかわしくない女たちだ。葉山のグループとは違ったタイプの、比企谷風に言えばリア充といったやつだ。しかしまぁ、どうにもその薄っぺらい笑みのせいで本当にリアルが充実しているのかどうかは疑いたくなるが。

 

「って、雪ノ下さんと結衣ちゃんじゃん」

「さがみん?どしたの?」

 

 由比ヶ浜が不思議そうに彼女へと問いかけるが、相模はそれに答えることなく部室を見渡した。

 

「へぇ〜、奉仕部って雪ノ下さんたちの部活なんだぁ」

 

 気持ちの悪い視線だ。値踏みをするような、明らかに人を見下したその視線。それは由比ヶ浜と比企谷の方に向いていて。

 

「……何か、用件でも?」

 

 自分でも驚くくらいに低い声が出た。

 

「っ……。その、ごめん、なさい。相談事があって、来たんですけど……」

 

 相模はかなりたじろいだあと、先程の見下すような視線を霧散させ、少し緊張したような佇まいで胸の前に手をやった。

 

「相談事?依頼ということか……」

 

 俺はそう言って雪ノ下へ目配せをする。今日はもう部活動は終わりだという話だったが。それを理解したのか雪ノ下は顎に手をやって少し悩むそぶりを見せる。

 

「……それでどんな相談事なのかしら」

 

 しかし相模の話を聞くことを選択したようで、彼女たちへ続きを話すように促した。

 

「うち、実行委員長をやることになったけどさ─────」

 

 

 相模の話はこうだ。

 実行委員長をやることになったが、自信が無いから助けて欲しい。それにみんなに迷惑かけるのも嫌だし、何よりクラス一員としてそちらの方も協力したい。

 しかしそれを両立してやるのが不安だから手伝って欲しいという旨の内容だった。

 巫山戯た話だ。そもそもこの女は自身のステップアップ、もとい自身を変えるためのスキルアップの為に立候補しているのだ。だというのに、いざ立候補して実際になってみたら不安になってしまってだからその手伝いをして欲しい。

 要するにこれを受けたら俺たちはコイツが覚悟もなくやった事の尻拭い、ケツ持ちをしなければならない。

 奉仕部の理念としても、個人的な感想としても、やるべきではない依頼だ。

 そもそも奉仕部の仕事と文実の仕事を両立するのが面倒くさい。他の面子の負担にもなる。

 さっさと断って追い出してしまうのが、最適解だろう。

 

「悪いが、俺達もそんな───」

 

 そうやって断ろうとした時だった。今まで黙していた彼女が俺の言葉を遮るように口を開いた。

 

「田島くん待って。相模さん……話を要約すると、あなたの補佐をすればいいということになるのかしら」

「うん、そうそう」

 

 まぁ言葉を遮られる形にはなったが、どうせ俺が言っても雪ノ下が言っても結果は変わらない。同じように断るわけなのだから良いだろう。故にあとは雪ノ下に任せてその先を言うのをやめる。

 大いに期待に満ち満ちた顔をしている相模には悪いがな。雪ノ下の表情もこうして冷めきっている訳だし───。

 

「そう……。なら、構わないわ。私自身、実行委員なわけだし、その範囲から外れない程度には手伝える」

 

 俺は思わず雪ノ下の方へと振り返る。

 本気で受ける気なのか?そんな気持ちを言外に込めて、雪ノ下を見るが彼女は意に介さず、ただ雪ノ下の言葉にはしゃぐ相模達の方を見ていた。

 

「じゃ、よろしくねー」

 

 相模は軽いノリで、取り巻きの女たちと部室から出ていった。

 部室の雰囲気は、また重苦しいものへと戻った。それは由比ヶ浜から発せられているものもあるのかもしれない。

 彼女からは怒りと、困惑が見て取れる。そんな由比ヶ浜はなにか決心したような顔をして雪ノ下の前へと立った。

 

「……部活、中止するんじゃなかったの?」

 

 その声色はいつものような暖かみはない。そのことに気づいた雪ノ下は肩を震わせる。一瞬だけ顔を上げて由比ヶ浜を見ようとしたが、その目は直ぐに逸らされた。まるで親に怒られた子供がバツが悪くてその目を見れないような、そんな反応だった。

 

「……私個人でやることだから。あなたたちが気にすることでは無いでしょう」

「でも、いつもなら─」

「いつも通りよ」

 

 どの口が言うのか。

 

「個人でやる?雪ノ下、お前がか?」

「……文句でもあるのかしら」

「ああ、あるとも。大いにあるとも。お前、偉そうに俺たちに語っていた奉仕部の理念を忘れたのか?自立を促すだったか、これからやるお前の行動がそれに沿ったものなのだと?」

 

 雪ノ下は俺の言葉に声を詰まらせる。何かを言おうとして、その口を開くがやがて閉口した。

 しばらくの沈黙、その後雪ノ下は絞り出すように声を出した。

 

「……言ったでしょう。あなた達は気にすることではないと。個人で請負うのだから、勝負のことも関係ないわ。あなたは……監督役として、この依頼のことを気にする必要もないから。だから……」

 

 言うだけ言って、彼女は目を逸らした。俺からの返答は要らないということだ。

 

「ああ、そうかい。分かったよ。なら、勝手にやるがいいさ」

 

 胸をかき乱すような苛立ちを隠すことなく言葉に乗せて、俺は席を立った。

 

「み、みのるん」

 

 由比ヶ浜が心配するような声で俺の背中に声をかける。俺は振り返らずに、その声に返した。

 

「悪いな。やはり俺では無理そうだ。あの件は、そこで間抜け面を晒している男にでも頼んでくれ」

 

 まぁ、ソイツがそもそもの原因なのだろうが。知ったことではない。何より、俺が介入する理由は彼女によって潰されたのだから。本当に、知ったことではない。好きにやってくれ。

 部室の戸をピシャリと閉める。

 廊下を歩いて、鬱陶しい日差しを避けるように日陰の部分を歩きながら、盛大にため息をついた。

 この気持ちの悪い苛立ちはなんだ。これは失望か?それとも期待外れだったということで呆れているのか?怒りなのか?

 全くもってなんなのか分からない。検討もつかない。しかしとにかくイライラする。

 意識していない舌打ちが漏れた。

 一旦落ち着いた方がいい。

 そう思って廊下の角を曲がろうとしたところで、あわや人とぶつかりそうになった。

 

「わっ」

「とっ」

 

 ぶつかりそうになった人物を見れば、酷く驚いた顔をしていた松山だった。

 

「松山?」

「おや、田島くん。もう───何かイライラしてますか?」

「あ?……まあしているが、お前が気にするようなことでもない。それより随分と早いな、委員会までは時間があるだろう?」

 

 四時から開始とされている委員会まではまだ数十分の時間がある。なにか手伝うことがあるならば、もう少しギリギリまでやっていても問題はないはずだ。

 そんな俺の問いに、松山はふむと息を吐き、メガネをクイッと上げて自身のお下げを弄りながら口を開いた。

 

「ああいえ、少し早く終わったので。噂の奉仕部とやらを見てみようかと思ったのですが……何やら間が悪そうですね」

「暫くは奉仕部の活動はないぞ。運がなかったな」

「残念です」

 

 そういう彼女は残念に思っているのかどうなのか、分からないいつも通りの眠たげな顔をしている。

 

「まあ、部活がないなら、さっさと委員会に向かいましょうか。もしかしたらお仕事がもうあるかもしれませんから」

「……そうだな」

 

 彼女の提案に俺は小さく顎を引いて、先に歩き出した松山の後へと続く。

 奉仕部の依頼は雪ノ下が勝手にやるのだから気にする必要はないだろう。何かあったとしても由比ヶ浜が何とかするはずだ。だから、気にすることなど何一つとして存在しないのだ。

 元より俺があの部活にいるのは、ただ平塚先生との貸し借りがあるから、その一点のみなのだ。これで部活が瓦解することになったとしても、俺にはどうでも良い話だ。その、はずなのだ。

 俺はちらりと、後ろを振り返る。まだ日は落ちてなく、外は明るく窓からは眩い日差しが差し込む。だというのに、奥へと伸びる廊下の向こうはやけに暗く見えた。

 それから、雪ノ下雪乃が実行委員会副委員長に就任するということが伝えられたのは、相模が奉仕部にやってきてから数日経った後だった。

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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