青春ラブコメ憂鬱譚   作:FAN男

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二十八話 見えるモノ、見て見ぬふりをする者

 雪ノ下が副委員長に就任したと相模から発表された。文実の反応としては概ね好評だった。元々、彼女の姉が前の文化祭で委員長として歴史的な文化祭をやったそうだ。故に、彼女の妹である雪ノ下も大いに期待されていたのだ。その時は委員長になることはにべもなく断っていたが。

 しかしそんな中、彼女が副委員長として就任するとなったので殆どの人間は諸手を挙げて歓迎した。多分、歓迎してないのは俺くらいのものだろう。比企谷がどう思っているのかは知らないが。

 

「それでは、定例ミーティングを開始します」

 

 相模の号令で定例ミーティングが始まった。まず定例ミーティングの最初は各部署の報告から始まる。だが、雪ノ下が舵を取りはじめたことによって、これも彼女の手腕が存分に発揮される場となった、

 以前までは報告に対し、相模が当たり障りのないコメントを行って次々に報告するだけの場だったのだ。

 だが今はそうではない。報告から問題点を浮き彫りにし、その進捗の具合を指摘、あるいは現状での必要な事柄を伝え、次に繋がる指示を出す。

 それは正しく剛腕を振るうと言わんばかりの才覚を発揮する雪ノ下に対し、皆口々に雪ノ下を賞賛した。

 それはもちろん隣にいる松山も同様である。

 

「噂以上の才女っぷり。凄いお人ですね」

「……そうだな」

「……?何か拗ねていますか?」

「拗ねてなんかいない」

 

 そんな光景を俺は頬杖を着いて眺めているだけだ。記録雑務のリーダーは名前も知らない三年生であり、報告の義務があるのは彼である。俺ではない。

 特に何もないと報告した三年生を、変わらず臆せず申し付ける雪ノ下に対し、皆が気圧されるのを俺は変わらず眺めていた。

 

「いやぁ……雪ノ下さん凄いね。さすがははるさんの妹だ」

「いえ……そんなことは」

 

 生徒会長が雪ノ下を賞賛し、雪ノ下はその言葉に恐縮する。

 しかしそれは雪ノ下本人への賞賛になってなどいないだろう。そのかつて何かを成し遂げた人間の関係者であるというものの見方は、その人間への賞賛にはなり得ないのだ。

 

 『彼女の息子ならば、この程度のことは出来るに違いない!』『さすがは彼の息子だ。優秀だな』『かれらの息子なのに、この程度のことも出来ないのか』

 

 ならば雪ノ下がこの選択を取ったのは、姉へのコンプレックスからだろうか。ああ確かにそういえば、彼女が初めて委員会に顔出した時、雪ノ下陽乃の妹として大層期待されていたはずだ。その時は突っぱねていたが、もしかしたらアレが火付けになったのかもしれない。あるいは、実行委員になった時から。

 そこまで考えて、俺は思考を止めた。やめだやめ。どうせ俺は関係ないのだ。考えるだけ時間の無駄というやつだろう。

 俺は相模の終了の号令が聞こえたに気づいて、頬杖を着くのをやめた。視線の先では、相模達取り巻き含む三人が何処か肩身が狭そうにいそいそと会議室から出ていくのが見えた。

 溜め息が漏れる。

 

「田島くんやっぱり何か拗ねていませんか」

「……黙れ。しつこいぞ」

 

 こちらを変わらず眠たげな目でじっと見つめる松山のことを鬱陶しく思いつつ、俺も会議室を後にした。

 

 

 そんなミーティングの翌日。

 放課後になった2-Eは変わらず文化祭準備に勤しんでいた。何を作るかのメニュー決め、衣装の採寸合わせなどを行っている。

 詳しくは聞いていないがよくあるメイド服ではなく、大正浪漫風のメイド服で行くそうな。何故そういった路線になったかは、これまた詳しくは知らないが松山曰く立案者がハマっているそうだ。何にハマっているんのだろうか。

 予算的な問題は他を切詰めることでやっていくそうだが、何とかなるのだろうか。その辺は立案者たちの方で上手くやって欲しいものだ。

 なんて思いながら、しかしやることもないので教室の隅でボケーッと作業の様子を眺めながら缶コーヒーを飲んでいると、松山が何やら焦った様子でやってくる。

 

「田島くん助けて下さい」

「は?突然なんだ一体」

 

 そのまま俺の後ろに隠れる松山。

 その光景に着いていけずに、若干フリーズしていると両手をワキワキとさせながらクラスメイトの女子……名前は知らん。いや、確か佐藤とかだったような気がする。

 佐藤は最初は目を怪しく光らせながら、両手をしきりに動かしさながら変質者の如き様子でこちらへとにじりよってきていたが、松山が隠れた相手が俺だと気づくとビクッとしてその佇まいが変わる。

 

「ぐへへ……って、田島くんっ……!?」

「なんだ、一体何をやっている?」

「いやぁ〜……その、あはは……」

 

 佐藤は途端目を逸らし、冷や汗をかいた。

 何だこの反応は。

 

「そりゃあ田島くん。そんな無愛想なお顔でジーッと見られたら誰だって怖いですよ」

「ああ……なるほど」

 

 俺はお世辞にも人相は良いとは言えない。それでも比企谷よりはマシだと思っているが。そりゃあそんな男が傍から見たら不機嫌そうな顔で見つめてくるのだから、こういう反応になっても仕方がないか。

 とはいえどうしようもないのだがな。とりあえず話を松山に聞こう。

 

「そもそも何故に松山は俺の後ろに隠れるんだ」

「見てくださいあの獣のような目を。まるで私を食い物でもしてやろうかと画策している目です。捕食者の目つきに他なりません。私は食べられる運命にあるのですよ。ああ、可哀想な私」

 

 松山は、よよよ……と手を口元に隠すように持ってきて、その丸眼鏡を光らせながら、堂々と嘘泣きをする。

 

「いやいやいや、違うからね!?松ちゃんもメイド服を着てもらおうというね……!」

「嫌です。お断りします」

「そこをなんとか!」

 

 俺を挟んで繰り広げられる謎の攻防戦。はっきりいって迷惑だからやめて欲しい。

 

「別に良いじゃないか。着れば」

「スカートの丈が短いので嫌です」

「……そうかい」

 

 いや別に着ようが着まいが、俺としては糞ほどどうでも良い。だが、とにかく俺を挟んでやるのをやめて欲しい。松山をどかそうにも完全に手が届かない位置にいるのと、缶コーヒーが零れる可能性があるので出来なかった。

 いい加減嫌気が差して文句の一つでも言ってやろうかと思っていたら、突然佐藤が笑いだした。

 

「ふーん……。つまりスカートの丈が長ければ良いんだね?」

「え、いや別にそういう訳では───」

「もちろん用意していますとも!カモンっ!」

「ヒャッ……!?」

 

 佐藤が指をパチリと鳴らすと、突然俺の後ろから二人の女子生徒がニュっと現れた。

 それにはさすがの俺も松山も肩をビクッと揺らして驚いてしまった。いやお前たちどこにいたんだ。は?スタンバっていた?何時からだよ。

 俺はあくまで肩を揺らすだけだったが、松山はいつものような眠たげではなく少し涙目になっていて、可愛らしい悲鳴すらあげていた。

 そのまま、二人の女子生徒が松山の脇の下に腕を入れてそのままひょいとあげて見せた。松山がかなり小柄だから出来る芸当だろう。

 

「えっ、ちょっと、離してくださいっ」

 

 手足をばたつかせ、必死に抵抗するが抵抗虚しく松山はドナドナされていく。

 

「た、田島くんっ!」

 

 彼女は最後の希望と言いたげな顔で、俺の方へと振り返った。

 俺はその顔に、恐らく俺ができる最大の笑顔を浮かべながらサムズアップで返すことにした。

 希望は潰え、残るは絶望のみと言った様子で項垂れながら、更衣室の方へと連れていかれた。

 頑張れよ、松山。強く、生きるといい。

 松山の尊い犠牲に胸を打たれていると、松山と一緒に行ったと思われた佐藤が俺の方へと近づいてきた。

 

「あっ、そうそう。田島くんさ」

「どうした?」

「コーヒー淹れるのが趣味って松っちゃんから聞いたんだけど。それ本当?」

「ん、ああ。そうだな。それがどうかしたか?」

 

 おそらく以前、松山とした会話の際に、話題として出た趣味の話しを、彼女は他のクラスメイトにも話したのかもしれない。

 別に隠すようなことでもないので、俺は頷いてそれを肯定した。

 

「いやー、そっかそっか。頼みたいことがあるんだけど、今日はもう委員会の時間近いんでしょう?」

「一応、あと数十分はあるが」

「ふむふむ。まぁでも松ちゃん借りてるしなぁ……とりあえず詳しい話は明日するからさ、よろしくねー」

「は?おい待て佐藤」

 

 それまで笑顔だった佐藤の顔が一転、急にこちらをじっとりと見つめる視線へと変化する。そうして、ぽつりと一言。

 

「……いや、私加藤」

 

 それには思わず、加藤から視線を横に逸らした。

 さすがの俺も、一度真面目にクラスメイトの名前を覚えたほうがよいなと、本気で反省した。

 

 

「────良いですか田島くん人が助けを求めているのに無視するだけではなくあまつさえ親指を立ててあんなに良いお顔で見送るのはさすがの私としてもどうかと思います────」

 

 くどくどくど。

 文化祭準備をしていた俺たち、それは主に松山だが、しかし俺もクラスの面々の手伝いをしていた。主に提示された予算と必要な衣装や飾り付けなどを比較しての大体の見積もりや、あとは松山が来たメイド服の意見である。二つ目は俺である必要はない。

 

「───そもそも田島くんは見た目からして少し怖いのですからああいうところで人情がある人物であると周囲に分からせなければならないのにどうしてそう言った血も涙もない行為ができるのでしょうか見送られる私の気持ちを考えましたかとっても悲しかったのですよ───」

 

 くどくどくど。

 俺としては驚いたのは、クラスで思っていたよりも俺の存在が受け入れられていたということだ。

 

「───それに私の格好を見ていつものように死んだ目をしながら『いいんじゃないか』なんて心底どうでも良さそうに答えたのもむかっ腹がたちますあれどう考えても答えたセリフの後にどうでもがつきますよね────」

 

 暇だったから手伝いを申せば、すんなりとあれをやれ、だのこれをやれだの、扱き使われた。遠慮も配慮もあったものじゃない。ごくごく当たり前のように、クラスの一員として扱われていた。

 それに少しばかり困惑をしながら俺は───

 

「聞いているのですか、田島くん」

 

 そんなところで松山が俺の目の前で立ち止まり、頬を膨らませながら、眠たげな目をより細くさせ、かなり不機嫌な顔で睨むように見てくる。

 敢えて無視する為に俺は思考を巡らせてい訳だが、こうして前に立たれては無視することも難しい。

 

「聞いているわけがないだろう、アホめ。お前個人の愚痴なんざ死ぬほどどうでもいい」

「……お口が悪いですね。反省してないようで何よりですっ」

「待て、わかった。俺が悪かった。愚痴でも何でも聞いてやる」

 

 頭の上から何やら煙でも出てるのではないかとそう思ってしまうくらいにはお怒りな様子の松山。それに面倒くさいと思いつつ、こうなった以上はしばらくサンドバッグ状態で殴られているのが良いのだと知っている俺は再び口を閉じる。

 そんな感じで会議室までの廊下を歩いていると、何やら会議室の前が騒がしい。

 

「なんでしょうか……」

 

 それまでは俺に対する愚痴を変わらずマシンガンのように口にし続けていた松山だったが、さすがに気になったようでその喧騒に意識が向いていた。

 会議室の扉の前では人だかりが出来ており、皆が一様に中の様子を伺っている。さすがに最後列からだと中の様子は見えそうにない。身長が低い松山なら尚更のようで、しかし彼女は知り合いがいるのかその辺の女子生徒に話しかけていた。 

 

「すみません。これは一体どうしたのですか?」

「あ、松ちゃん」

 

 松ちゃんというのは松山の愛称だ。松山は見た目が小さく、かつあんな感じで敬語という特徴的な喋り方をするので、クラスではマスコット的な扱いをされて可愛がられているのを、俺は文実で一緒になってから初めて知った。

 見た目が良いというのは得だな、なんて思ったものだ。しかしどうもそれはクラスメイト以外でもそのようで、松山はその女子生徒と特に問題もなさそうに会話をしている。

 しばらく説明を聞いて納得したのか彼女はペコリと女子生徒に頭を下げた後こちらへとよってくる。

 

「それで、なんだって?」

「なんでも、雪ノ下さんのお姉さんが来ているそうです。しかし雪ノ下さんと少し険悪な雰囲気を出しているようで、皆さん入りづらくてあんな感じで遠巻きに見ているのだとか」

「納得だ」

 

 俺はもう慣れたものだが、雪ノ下が醸し出す氷のように凍てつくあの雰囲気は中々どうして近寄り難いものがある。姉を意識しているかもしれない今の雪ノ下ならば尚更だろう。近づいたらきっと凍りついてしまう。雪の女王のカイのように、心まで凍てついてしまうのはゴメンだ。

 俺にゲルダはいないのだから。

 

「どうしますか?会議室に入るだけなら難しくはなさそうですか」

「落ち着くまでは待っていよう。どうせ、仕事をする雰囲気でもないだろうからな」

「……そうですね」

 

 入った頃でロクでもない目に遭うのは目に見えている。今はここで様子でも見ているのが楽だ。

 そう思った俺たちは、人だかりから少し離れた場所て待っていた。

 しばらくすると相模実行委員長がいつもの取り巻きと共にバタバタと忙しなく会議室に入っていったのが見える。

 そろそろ人だかりも崩れるだろうと思い、俺と松山も視線だけ合わせて互いに頷き、相模達の少しあとに続いて会議室に入った。

 中に入ると案の定と言うべきか、険悪そうに眉を寄せ不機嫌そうな顔をしている雪ノ下。それに対し自然すぎて逆に不自然に見える微笑みを湛えた女。雪ノ下陽乃だ。

 入ってきた俺たちに一瞬視線が集まるが、一瞬目があった雪ノ下と知り合いである比企谷以外はやや頬を染めていた相模へと視線が戻る。

 比企谷と雪ノ下に鼻を鳴らした後、俺は相模と雪ノ下姉の方へと視線を移す。

 そちらでは、雪ノ下姉が相模へと有志団体として文化祭に出るための参加許可を貰おうとしていた。

 

「……いいですよ。有志団体足りないし、OGの方が出たりすれば、その、地域とのつながり?とかアピールできるし」

 

 雪ノ下が以前のミーティングで有志団体についてコメントする時に、言っていたことをそのまま理由として使いながら、相模がさも自身が考えたかのように告げる。

 

「きゃーありがとー」

 

 雪ノ下姉はわざとらしく喜びながら、相模南に抱きついた。

 その様子を眺めて、松山が小さな声で呟いた。

 

「もう少し遅れて入室するべきでしたか……」

「入ったものは仕方がない。さっさと席に着くぞ」

 

 チラホラと生徒たちがいい加減に痺れを切らして席に着いているのを見て、俺達も普段座っている席へと着席をする。

 向こうでは雪ノ下が何やら相模に詰め寄っていたが、相模に何か言われて言葉を詰まらせたのか顔を歪めていた。

 

「雪ノ下さん、お姉さんと何かあるのでしょうか」

「知らん」

 

 ザワつく喧騒を背後に俺はやるべき仕事をやり始める。記録雑務の仕事は多くない。基本的には文化祭当日の仕事が多いからだ。ただ、それでも雑務系の仕事が回ってくるので基本的には委員会中はそれをやるのが主な仕事だ。

 とはいえ、それも対して多くは無いし、自分がやるべきことを終えたら帰れるので、俺は黙々と仕事をやっていた。無駄な残業、断固反対。

 ふわぁと欠伸をした後、俺は一度書類から目を離す。

 委員長である相模は未だに何やら楽しそうにお喋りを続けている。ではその助力を頼まれた雪ノ下はと言うとパソコンから目を離さず、一心にそのキーを叩き続けていた。

 

「みなさんちょっといいですかー」

 

そんな折、ふと相模がなにか思いつたかのようにニヤリと企むような表情をして、前へと出てきたのを見て、俺はため息を盛大に吐いた。

 

 

 相模が提案したアイデアは、文化祭を楽しむ為にはクラスの方も大事。だからこそクラスの方に顔を出す為に仕事のペースを落としましょう!という巫山戯たものだった。

 その提案を相模は綺麗な言葉で己の言論を飾り立て、どこかの誰かが言っていた取ってつけたような理由と、雪ノ下陽乃という協力者を得て、彼女は雪ノ下雪乃を黙らせた。故に、そんな巫山戯た話が通ってしまったのだ。

 雪ノ下が不測の事態の為にバッファを取る為に少し前倒しにしていた予定がそれによって崩れた。

 その結果、変化は徐々にだが現れ始めた。

 まず遅刻や欠席が少しだけ増えた。

 一度それがまかり通ってしまうと、ならちょっとくらい休んでもいいかな、などという甘えが出る。その甘えが積み重なれば積み重なるほどスケジュールに影響が出るのだ。

 そしてスケジュール通りに進めようとする為に、仕事が増える。正しくは相模がその場のノリで行った有志団体の増加、それに伴って宣伝広報の協力場所の増加、予算関連の再算出などの仕事が出てきて、余計な負担が増えたことによって、仕事量の偏りが出てきている。

 俺たちがいる記録雑務のような当日の仕事が主な担当はそれでも問題ないが、他の有志、宣伝、会計辺りの人手不足感が顕著だった。

 そしてそれをカバーするために生徒会役員と雪ノ下が介入する。それで多少はマシだったのだが、回数を追うごとに、遅刻していた生徒が欠席になり始めた。仕舞いには無断でサボるやつも増えてきた。しかしそれも当然のことだ。休むことにペナルティが存在せず、自分以外もサボっている人間がいるのだから罪悪感を感じることなくサボれる。俺や比企谷のように強制的に文実になった奴らもいるのだろうし、良心の呵責という枷が無くなってしまえば、当然そこにあるのはサボりたいという欲求だけだ。故にサボるし欠席する。

 そのせいでより仕事量が減らない!これは一体どういうことだ?なぜ俺は記録雑務だと言うのにそれ以外の仕事もしている。机の上にさりげなく仕事を積んでいく奴がいるので、明らかにサボりたいだけの奴を見たら、それを突き返すのがいい加減に面倒くさくなってきた。すこぶるに迷惑そうな顔をされるのだが、迷惑なのはこちらなのだから本当にやめて欲しい。それでも大変そうな後輩や先輩の仕事が回ってくるのだから、これ以上増やされてたまるかという意地で突き返しているのだ。

 そも何故俺が議事録なんざ作成している?ああいや、そうか。これの理由は責任者の仕事だったのに大凡が休んでいて、最終的にメンツで一番仕事をしている俺に回されたからだ。担当の三年生がいないから議事録、誰が書くんだ?とか言った俺が悪いんだが……いやどっちにしろ雪ノ下に議事録が出されていないのを指摘されて書く羽目になるのは目に見えているので、早めに気づけたから良しとするしかない。

 ため息を着きながら今週の議事録を書き終える。右隣では比企谷が死んだ目をして、時折「フヒッ」と気持ち悪く笑いながらPCとにらめっこ。左隣では松山が疲れた顔をしながら、これまたPCと睨めっこをしている。

 

「お茶」

「えっ……」

「は?おい待て」

 

 そんな中唐突に松山の目の前に湯呑が置かれる。ネクタイの色的におそらく先輩だろうが、思わず敬語を使うのを忘れるくらいに腹が立ったので、立ち上がってその腕を掴む。

 

「チッ……」

「ご自分で、淹れて貰えますか?」

「……ご、ごめん」

 

 盛大に舌打ちをしてきたが、それをしたいのはこちらなので睨み返す。すると相手は萎縮しながら謝罪して、そそくさと去っていった。

 頭をバリバリと掻きむしりながら、再び着席する。盛大に溜め息が漏れ出た。

 疲れる。会議室全体に余裕がない。雰囲気が悪いし、どいつもこいつも疲れと減らない仕事のによる余裕がないせいで苛立ちが隠せていない。そのせいで今のようなやつも出始めている。あれじゃ翌週あたりにはいなくなっていそうだ。真面目な奴ほど損するというが、確かに今の状況であれば頷ける。俺とて何度休んでやろうと思ったことか。

 

「あの……ありがとうございます」

 

 しかし、今俺に対して申し訳なさそうに感謝してくる女が律儀に毎回参加するので、俺も仕方がなく参加するしかなかった。

 

「ああ、別に気にすることはない」

 

 本当に気にする事はないのだ。こんなことに気を回しているくらいならば仕事をしてくれ。

 とはいえ、そろそろ休憩した方がいい、か。

 

「おい、松山お前も一旦休め」

「……そう、ですね」

 

 松山が一度手を止めて、凝り固まった筋肉を解す為に背を伸ばした。

 会議室は普段よりも静かだ。前述の通り人が少ないから。しかしそれでも委員会が回っているのは、雪ノ下と生徒会役員たちの尽力、それと時折現れては溜まっている一部の仕事を片付けていく雪ノ下陽乃のお陰だろう。雪ノ下の姉なのだから同様に優秀なのだと思っていたが、あれは優秀だとか言う言葉では片付けられない能力の高さだった。

 一度お茶を注いで行くために、サーバーの方まで近づいて、比企谷も休憩に入っていたのを見て、俺は二つの湯のみに茶を注いだ。

 

「そら」

 

 二人の前に湯呑みを置いて、俺はカバンから缶コーヒーを取り出した。

 プルタブを開けて、その中身へ口をつける。

 

「サンキュ……」

「助かります」

 

 三人で喉を潤しながら一息入れる。

 

「仕事、減らねぇなぁ……」

 

 うんざりしたように比企谷が呟いた。

 

「そうですね……」

 

 同じように疲れた表情をしながら、松山も丸眼鏡を外して窓から外を眺めている。遠くの方を見ているのだろう。

 

「仕方がない、見てわかる通り人手が少ないのだからな。そのせいで仕事をしても仕事をしても仕事がある」

 

 再びコーヒーに口をつける。疲れているからなのか、普段は不味い缶コーヒーでも美味しく感じてしまう。

 

「いやでもお前俺たちよりも三倍くらい仕事するスピード早くない?なに、赤い彗星なの?」

「は?」

「いや、なんでもないっす……」

 

 恥ずかしそうに目を腐らせて茶をずずーっと啜る比企谷。赤い彗星ってなんだ。燃え尽きてないか、それ。

 

「まぁでも実際田島くんのお仕事量はかなり多いとは思いますよ」

「そうか?」

「ええ」

 

 言われてみれば、確かに積み上がっている仕事の量は比企谷や松山と比べると多かった。しかし、別に他より多いことに文句などないし言われなければ気づかなかった。そもそも俺よりも多く仕事をこなしている人間がいるのだから。文句など言っている場合でもない。

 

「俺なんぞより遥かに雪ノ下や生徒会役員たちの方が多いから、あまり気にしていなかったな」

「まぁ、な」

 

 比企谷と俺は雪ノ下の方へと目を向ける。多分、あいつはほとんど休憩を取っていない。人が十回休憩を取ったとするならば、あいつはそのうち一回だけで休憩時間も数分程度だろう。

 仕事の鬼と言っていい。恐れ入るね、全く。

 そうやって休憩していると、生徒会長と目が合った。彼女も休憩していたようで、ニコリと笑いかけてこちらまでやってくる。

 

「城廻会長。お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「お疲れ様っす」

「うん。はい、お疲れ様」

 

 会長はにっこりと微笑んでいるか、普段のような柔らかなものではなく、その顔は疲れが隠しきれていないものだった。

 

「さすがに人手が足りなくて皆さんも大変そうですね」

「……うん。来てない人達、みんな忙しいみたいだから仕方ないんだけどね」

 

 松山の言葉に会長は首肯する。閑散とした会議室は、タダでさえ広いというのに普段よりも広く感じてしまう。会長はそれを少し悲しそうに眺めたが、直ぐに明るい顔になった。

 

「で、でも明日には増えるだろうし!」

 

 元気づけるその言葉に、俺たちは苦笑いで返す。きっと、明日も減るだろう。

 コーヒーを再び啜った。

 俺たちの様子に会長も申し訳なさそうな顔をしたあと、お茶を啜っている。しかし休んでもいられないので、会長は執行員席の方へと戻って行った。

 そんな中扉がノックされて、「失礼します」と一言言った後入ってきたのは葉山隼人だった。

 雪ノ下との会話を聞くにどうやら有志団体の申し込みでやってきたらしい。

 俺はそれを気にしているよりも仕事をした方がよっぽどいいので再び書類を書いていく。こっちは、広報、こっちは有志か。書類だけでも仕事の多さが如実に現れている。

 書いた書類はファイルに纏めて、纏めたあとはPCにデータとして残しておく。残したデータは纏めて雪ノ下のPCへと送る手順になっている。

 しかしやはりと言うべきか雪ノ下の仕事量が多い。おそらく文実の仕事のほとんど雪ノ下だ。あいつだけ仕事量の多さ可笑しいのだ。いつ倒れても不思議じゃない。

 いつの間にか比企谷とお喋りをしている葉山も、いやなんで喋っているのか分からないが、彼もそれに気づいたのか雪ノ下の方を見ていた。

 

「でも、見る限りほとんど雪ノ下さんがやってるように見えるけどな」

 

 それにしばし沈黙していた雪ノ下だが、葉山の視線に耐えかねたのか口を開いた。

 

「……ええ、その方が効率がいいし」

「でも、そろそろ破綻する。そうなる前に、ちゃんと人を頼った方がいいよ」

 

 葉山の言うことは最もだ。幾ら雪ノ下が優秀だと言っても、どこかでヒビが入っているはずだ。遠目から見たら問題がなくても、近くで見れば小さな綻びがある。それがいつしか瓦解する時、この委員会の終わりになる。

 どこかで手を入れなければ───。いや俺には関係のない話だった。

 その後葉山が手助けを申し出と、生徒会長のお願いもあって割り振りを考え直しその申し出を受けると雪ノ下が宣言した。

 それに葉山はと生徒会長は満足そうに微笑むのだった。

 

「雪ノ下さん、少しは休めると良いのですが。一見して分かりにくいですが私たち以上に疲労がお顔に出ています」

「よく見てるな……しかし、どうだろうか。あの様子だと、仕事を持ち帰って家でも仕事をしていそうだ」

 

 雪ノ下が一番遅くまで残って仕事をしているのを俺は知っている。そんな女なのだ、仮に割り振りを見直したところで、自分自身の負担を減らす割り振りなんてするわけがない。

 ギリギリまで追い込むつもりだ。いや、それどころか限界を超えるだろう。そうしてどこかで倒れる。

 ため息を吐いて、どうしたものかと頭を悩ませて、面倒くさくなって考えるのをやめた。

 俺は再び無心でキーボードを叩き付ける仕事に戻るのだった。




『松山 千佳子』
【誕生日】
12月17日
【特技】
人間観察、一輪車
【趣味】
面白いもの探し
【休日の過ごし方】
読書、漫画を読むこと、映画鑑賞、ふらりと宛もなく出かけること
──────────────────
次回、重い腰をあげる

この作品のメインヒロインを誰だと捉えてますか?

  • 雪ノ下
  • 一色いろは
  • 鶴見留美
  • 松山千佳子
  • 材木座義輝
  • 戸部翔
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